第二話 森林都市レーライア
翌朝俺は日の出と共に目覚めた。
飯を食べる前に寝たせいで盛大に腹が鳴っている。 まだ少し寝たり無いが、起きるとしよう。
昨日は転移をしたおかげでかなり精神力を消耗したが、一晩寝てそれも回復したようだ。
時空間転移の術式は術者の精神力の大半を消費する。
その為、効果は絶大だが使うには慎重を要する術式なのである。
日本から持ってきた食料と水をテーブルの上に乗せ、縮小していたそれを拡大の術式で元の大きさに戻す。
夜の事も考え半分は残しておく事にして、残り半分は腹が減っている事もあって、ほんの数分で俺の胃袋におさまった。
さて腹も満たした事だし、次は奴隷だな。
この為に十二年間も修行してきたんだ、奴隷を求めるのに何の迷いも無い。
という訳で、さっそく奴隷商人の元へ行く事にする。
師匠に描いてもらった地図をテーブルに広げた。
この塔はナルスーン大陸にあるサンドグラム帝国の南西部に位置する。
塔はルソス森林と呼ばれる深い森に囲まれており、滅多な事では人が来ることは無い。
ここから歩いて三日ほどの場所に森林都市レーライアがあり、そこに件の奴隷商人がいるらしい。
俺は出かける準備を始めた。
塔から街へは、歩いて三日といっても飛行の術式を使えば三時間ほどで着く。
出かける準備といってもそれほど荷物は多くないだろう。
服はシャツとジーンズの上にフード付の黒いローブを着込んだ。 いちおう魔術師らしくしておかないとな。
日本から持ってきた手鏡で身だしなみのチェック。 短めの黒髪に、切れ長の目は人によっては冷たい印象を与えるようだ。
スタイルは中肉中背、やや細めだが人並みに鍛えていたおかげで少しは筋肉もついている。
日本から持ってきたポーチを腰に取り付け、そこに地図や奴隷購入の為の金貨などを入れた。
もちろん、そのままでは全部入りきれないので術式で縮小している。
後はソーラー式の腕時計を左手首に装着した。 細かい時間が分かった方が便利だろう。
最後に精神防護と隠匿の術式を展開した。
精神防護は心を読んだり、精神を攻撃してくる術式を防ぎ、隠匿は探知系の術式から守ってくれる。
どちらも優れものの術式だ。 持続時間が一週間というのも使い勝手がいい。
そもそも師匠に教わったこの魔術、敵を直接攻撃するような術式は実はそれほど多くない。
情報戦を制する者は戦いを制す、とは師匠の教えだが、俺もまったく同感だ。
こういった一見地味な術式を使いこなせるかで、魔術師としての力量に差がついくると俺は思っている。
準備が終わると俺は塔を出た。
塔には結界の術式が掛けられていて、師匠から引き継いだ際、俺と俺が許可した者だけが出入りできるようになっていた。
塔の周りは鬱蒼とした森におおわれ、高い木々に囲まれた塔の入り口は薄暗く、葉や枝の隙間からわずかに光が射し込んでいた。
俺は少し歩いて開けた場所を見つけると、飛行術式を発動し森林都市レーライアへ向けて飛び去った。
車が走るようなスピードで上空を飛行する。 眼下に見えるルソス森林が猛烈な速さで後ろに流れていった。
途中二度の休憩をとった後、空を飛び続けると一際大きな木々が密集している場所が目に飛び込んできた。
どうやら森林都市のようだ、レーライアは名の通り森の中に街が造られている。
かかった時間は休憩も込みで三時間半、だいたい予定通りだ。
森林都市レーライアは広大なルソス森林の北東に位置する。
それに対し俺の塔はルソス森林の中央部にあり、そこからはるか南へ行くとエルフが住むという迷いの森につながっている。
俺は都市の入り口の側まで近づくと、まわりに誰も人がいない事を確認してそこに降り立った。
地上から森林都市を見上げると、その異様な概観が目に入ってきた。
なんと人々の住む住居は全て、その巨大な木々の枝の上に建てられているのだ。
地上にある唯一の建物は街の守衛がいる詰所のみであり、はるか頭上にある居住区へ行く為には、巨木の周囲をらせん状に回っている階段を上るしかない。
そしてその唯一のらせん階段は、詰め所の中から上るようになっている。 まさに天然の要塞だ。
俺は街に入る為詰め所へと向かった。
上の居住区に上がるには、簡単な身分証明と荷物検査が必要なようで、詰め所の前には十数人ほど並んでいた。
森林都市だからか、並んでいるのは人間だけでなくエルフや獣人も見受けられた。
エルフは細身の身体に美しい容姿を持つ種族で、細く長い耳と長寿という特徴を持つ。
獣人は狼や猫などの獣の要素を持つ人間で、頭の上にある獣耳とお尻の中央についている尻尾が特徴である。
俺はすぐ側にいるエルフや獣人を見て感動し、改めて異世界に来たのだと身震いした。
しばらく待つと並んでいる人も流れ、俺の番がやってきた。
守衛は俺を見るとにこやかに告げる。
「ようこそ森林都市レーライアへ。 さっそくですが身分を証明できる物を見せてもらえますか」
俺は師匠から授かった指輪を守衛に見せた。
ミスリル銀で出来たこの指輪は、一人前の魔術師としての証である。
その表面には本人の名前と、この者を魔術師として証明する、と術式によって刻印されている。
師匠のもとで修行し、免許皆伝を受けた魔術師のみがこれを授かる事ができるのだ。
もちろん他人には外せず、無理矢理それを奪おうとした者には呪いが掛かるようになっている。
「魔術師リョウ様ですね。 どうぞお通り下さい」
おお、指輪を見せただけで通れるのか。 それに荷物検査も無いみたいだし。
師匠に聞いていた通り、こちらの世界で魔術師は高い地位にあるようだ。
「ありがとう」
守衛に礼を言うと俺は詰め所の中に入り、らせん階段を上り始めた。
離れて見ても感じたが、実際にその側へ行くと巨木の大きさに驚く。
幹の太さが高層ビルくらいあるんじゃないかこれ。 階段の途中で見下ろすと凄い高さだし。
階段には落下防止の手すりはあるものの、高所恐怖症の人はきついだろう。
しばらくらせん階段を上り続け、ようやく上の居住区にたどり着くことができた。
着いた所は木で造られた広場のようになっていて、巨木のまわりをドーナツ状に囲んでいた。
そしてそのドーナツ状の広場から放射状に八つの木製の橋が伸びており、それぞれが別の巨木へと繋がっていた。
居住区は地上の静けさが嘘のように人で賑わっていて、下で見たようにエルフや獣人も結構な割合で歩いていた。
昼飯は二度目の休憩の時にすでにとっているので、後はまっすぐ奴隷商人の所へ行くだけだ。
俺は師匠が懇意にしていたという奴隷商人が経営している店、ラーカイル商会へと向かうことにした。