第十話 エルフの召喚師
「ここが二階だ。 二階から十階までは全て倉庫フロアになっている」
俺達は応接間に荷物を取りに戻ると、二階フロアへとやって来た。
塔の二階は周りが森なのもあって、薄暗く気温も低い。 水や食料を保管するのに最適な環境だった。
俺はリュックからサイコロ程の大きさの小箱を大量に取り出すと、フロアの中央に慎重に並べ始めた。
「何をやってるんですか、ご主人様」
レティシアが興味津々といった風に聞いてくる。
「これはダンボールといって、この中に水や食料が入ってるんだ」
答えながら、種類別に分けて上に積んでいく。
「ダンボールの中には水入りのペットボトルや、肉や果物入りの缶詰が入っている。 缶詰はここなら数年は持つんじゃないかな」
「ペットボトルや缶詰とは何でしょう」
またしてもレティシアが手を上げて質問する。
いや、いちいち手を上げなくてもいいんだけどね……。
「ペットボトルはさっき食事したときに水を飲んだろ? あの入れ物の事だ。 缶詰は中に保存食が入っている容器の名前だな」
会話をしながら、なんとかダンボールを並べ終えた。 後は元の大きさに戻すだけだ。
「今からこれを大きくするから、後ろに下がっててくれ」
三人を後ろに下がらせると、拡大の術式を発動させダンボールを元のサイズへ戻す。
「うわ……拡大すると物凄く圧迫感があるな」
俺達の目の前にフロア一帯を埋め尽くさんばかりのダンボールの山が出現した。 そのあまりの数の多さに、三人も若干引いている。
「缶詰はいいとして、水はどのくらい持つかな」
天然の冷蔵庫状態だとはいえ、水は缶詰程は持たないだろう。
「水や食料でしたら、私の呪術で腐敗から守る事が出来ますが、如何致しましょう」
悩んでいると、サクヤが俺に進言してきた。
「それは助かる、やってくれるか?」
「はい、ご主人様。 それでは水と食料の浄化を致します」
サクヤは祝詞を朗誦し、水と食料を浄化した。
「ご苦労様。 それでこれは何時まで持つんだ?」
「浄化の呪術は腐敗を防ぐ効果しかありませんが、その分効果は永久です」
「それは凄いな」
なんという、巫女万能説。 というか禊や浄化は巫女の十八番だもんな、驚く方が失礼か。
それから俺達は三階から十階の倉庫フロアに、日本から持ってきた衣類、生活用品、キャンプ用品、家電品などをそれぞれの階に分けて収納していった。
そしてやって来た十一階。
「十一階から二十階までは魔術フロアだ。 ここ十一階は書庫で、魔術書や歴史書などの様々な本を保管している」
書庫にはフロア一面に書棚が整然と並べられていた。 その規模は日本の図書館並で、蔵書の数も数十万冊におよぶ。
俺はリュックから日本から持ってきた沢山の専門書や実用書を取り出すと、大きさを元に戻した後、書庫の棚の開いたスペースに並べていった。
「あ……」
サクヤが何か言いたそうにしている。
「どうしたサクヤ」
「いえ、あの……その本に書かれてある字が、ヤマトの文字に似ているなと思いまして」
「ああ、これは俺の国の文字なんだ」
そりゃ似てるはずだ、大和時代の文字が発展して今の日本語になったんだから。
「ご主人様の国って、どこなんですか」
興味深げに聞いてくるレティシア。 好奇心旺盛な性格なのか、レティシアが一番質問が多い。
「ニホンっていう物凄く遠くにある国だな」
「ニホン? 聞いた事ないです。 別の大陸にあるんでしょうか」
「まあ、そんなとこだ」
レティシアの質問に答えながら、本を棚に並べ終える。 っと、三人に言っておく事があったな。
「あと言い忘れてたけど、魔術フロアは日常生活では使わないから、案内は割愛する。 それとこのフロアは貴重な魔術の品があるから魔術の罠があちこちに仕掛けられている。 魔術フロアに来る時は必ず俺と一緒に行く事、いいね」
「「「はい、ご主人様」」」
「よし、それじゃ魔術フロアを飛ばして二十一階へ行こう」
「ここが二十一階の大浴場だ。 この階から最上階の三十階までは居住フロアになる」
大浴場は浴室と脱衣所のスペースに別れており、浴室の床や浴槽は黒い大理石のような素材で出来ていた。
浴槽は四人全員が入ってもまだスペースに余裕があるくらいの大きさがある。
「うわぁ、すごい。 大きなお風呂ですねご主人様」
フィーネが耳をピンと立てて喜んでいる。 他の二人も嬉しそうだ。
「このサイズなら皆で入れるな。 ただこれだけの量の水を用意するとなると……」
師匠はどうしてたんだっけ? 俺が考えていると、おもむろにレティシアが手を上げた。
「はい、はい、ご主人様! 水はあたしが用意できます」
今までサクヤに活躍の場を取られていたからか、ここぞとばかりにアピールしてくる。
「レティシアも魔法が使えたのか」
「あたし召喚師なんです」
誇らしげに答えるレティシア。 え、本当に? やるじゃないかレティシア。
「そいつは凄い。 ちょっと見せてもらってもいいか?」
「了解です。 今から水の精霊を召喚しますね」
精霊召喚か。 レティシアがそれを使えるなら、やれる事が大幅に増えるな。
「水の精霊よ、我が召喚に答えよ」
レティシアは精霊語で水の精霊に語りかける。 呼びかけに答えるように、浴槽の上に精霊が出現した。
外見は水色の肌をした女性だが、その肌は半透明に透き通っていた。
「うわあ、綺麗」
フィーネが水の精霊を見て感激している。 まあ確かに人間離れした無機質な美しさはあるよな。
「お願い、ここを水で満たして」
レティシアが水の精霊にお願いする。 願いを聞き入れてくれたのか、すぐに効果が表れた。
――轟音と共に、大量の水が浴室全体に降ってきた。
「「「きゃあああああ!!!」」」
「うおおおおおお!!!!!」
ちょっ、なんだこの水の勢い。 ――せめてこれだけはっ!
俺は三人を抱きかかえて踏ん張ったが、抵抗も空しく濁流の中へと飲み込まれていった。