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プロローグ とある青年の日記

 俺は今から異世界へ行く。

 その前に、これまでの経緯を日記に書き記しておこうと思う。

 万が一行方が分からなくなった俺を探してくれる人がいるならば、これを見て状況を理解してくれるだろう。


 子供時代の俺はごく普通の少年だった。 ――小学校に入学するまでは。

 忘れもしない小学校の入学式の日、俺は両親と停留所でバスを待っていた。

 そこに突っ込んできた一台のバス。後から聞いた話では居眠り運転だったそうだ。

「危ない!」という声と同時に突き飛ばされた俺は、両親を巻き込みながら壁に激突するバスをスローモーションで見ていた。

 それから先の事はあまり覚えていない。もうもうと立ち上る煙、誰かの悲鳴、集まる野次馬などを断片的に記憶している。


 両親は即死だった。悲しむ暇もなく、通夜や葬式とめまぐるしく過ぎていった。

 不幸中の幸いだったのは父の知人の弁護士さんが良い人で、どこからともなく集まってきた親戚連中にうまく対応してくれたことだ。

 慰謝料と保険金で億を超える額のお金が入ってきたが、これも弁護士さんが俺の名義の金としてきちんと処理してくれた。

 そうやって小学一年になったばかりの俺に、大金と都内の一軒家が残されることとなった。




 それからひと月ほどたった後だろうか、師匠に出会ったのは。

 学校からの帰り道、突然目の前の道路に怪しげな紋章が出現したかと思うと、一人の老人が姿を現した。

 老人は灰色のローブと三角帽子を身につけ、白く長い顎鬚あごひげを湛えたその姿は、まるで物語に出てくる魔法使いの様であった。

 老人は俺と言葉が通じないと分かると、なにやら呪文のようなものを唱え、すぐさま日本語を話せるようになった。

 驚く俺に、老人は「異世界から来た魔術師、ローラン・ソグスト」と名乗った。


 その頃の俺は両親の死や金の亡者たる親戚連中のおかげで、小学一年生にして既に人生を諦めているような所があったと思う。

 それと同時にちょっとやそっとの事では動じない冷静な、悪く言えば冷め切った考えを持っていた。

 これ以上は悪くなりようもないか、とまるで他人ごとのように考えた俺はその老人を自宅に連れ帰った。


 ローランは俺に異世界の様々な話をし、さらに色々な魔術を実際に見せてくれた。

 最初は半信半疑だった俺も、部屋を光で満たしたり、手から電撃を打ち出したり、本人が空を飛んだりするのを見せられたら魔術を認めざるを得なかった。

 しかし異世界や魔術は納得したが、肝心のどうしてこの世界に来たのかはまだ聞いていない。

 問いただすと、ローラン曰く「愛する者が全て亡くなり、自分がいた世界に未練が無くなった。 それでまったく別の世界で余生を送ろうとこの日本にやってきた」そうだ。


 ローランは俺に取引を持ちかけてきた。

 俺が彼に衣食住とこの世界の情報を提供する、そしてその見返りとして彼は俺に魔術と異世界の情報を教える。

 魔術を教えてくれるという彼の提案は、目標を見失っていた俺にとってとても魅力的であった。

 幸いにも彼に提供する衣と食を購入するための金は腐るほどあるし、住居は一軒家に一人暮らしをしてることもあり部屋も余っていた。

 こうして俺は彼の弟子となり、ローランは俺の師匠となった。




 俺は師匠の教える魔術の世界に夢中になった。

 魔術とは術であり学問である。 やり方は無限にあるが正解はただ一つ、それはこの世界の数学に似ていた。

 呪文が公式であり図形が魔方陣、その解としての術式の発動。

 数学が得意で好きだった俺は、水を吸収するスポンジのようにどんどん師匠の教えを吸収していった。


 魔術と並行へいこうして師匠に教わったのが異世界の知識だ。

 師匠がいた大陸の地理や歴史、更には共通言語の読み書きと会話を完全にマスターするまで教わった。

 おかげで学校の勉強にしわ寄せがきたが、得意だった理系は上位の成績を残した。

 その分文系はさんざんだったが。


 師匠には異世界の色々な話をしてもらったが、中でも一番熱心に話してくれたのが奴隷についてだ。

 奴隷と聞くと日本では余りいいイメージは無いが、異世界では少し事情が違うようだ。

 奴隷といっても実質的には使用人とさほど違いは無く、身請けされた奴隷は、買い上げた金額を主人に支払えば自由の身になれる。


 奴隷に対する非人道的な行為は法で禁じられており、貴重な労働力として認知されている。

 非人道的行為とは、殺人やレイプ等の暴力的な行為や強制的な性行為で、お互い同意の上での戦闘や性行為については容認されている。




 さてその師匠だが大の奴隷好きらしい。 本人曰く「愛する者」というのは全て師匠の奴隷達だったようだ。

 そして奴隷について異常なこだわりが有るらしく、主従としての信頼関係をストイックなまでに追求していた。

 そんな師匠から俺は奴隷の良さについて、子供の頃から毎日吹き込まれ続けたのである。

 俺が奴隷好きになるのにさほど時間はかからなかった。


 師匠に異世界と奴隷の素晴しさを刷り込まれた俺は、年々奴隷に対する興味がふくらんでいき、ついには異世界に行きたいと思うようにまでなっていた。

 そこでこの事を師匠に相談すると、師匠は新たな取引を俺に提案してきた。

 俺のお金と家と、師匠の異世界にあるお金と家との交換トレードである。


 師匠はこう見えて、異世界では名の通った魔術師であるらしい。

 十数年は遊んで暮らせる金と、魔術師の住居のステータスである塔を所有しているそうだ。

 両親が亡くなりこの世界に未練は無いし、異世界(奴隷)に対する想いが日に日に強まっていた俺は迷い無く了承した。




 それからの俺は、以前にも増して魔術や異世界について真剣に学んでいった。

 更には奴隷についての知識や実技を師匠から徹底的に叩き込まれた。

 奴隷についての知識とは、奴隷の購入方法や相場、懇意にしていた奴隷商人の情報など。

 奴隷に対する実技とは、奴隷に対する様々な状況下での対処の仕方、奴隷の教育や夜伽よとぎのやり方など。

 夜伽については幾人かの女性と一夜限りの関係を持ち、そのやり方を学んだ。

 すべては奴隷のためである。 多忙を極めた俺に恋愛をする暇は無かったし、いずれは異世界へ行くのに特定の恋人をつくるわけにもいかなかった。


 こうして俺は十二年間、師匠から魔術や異世界の知識そして奴隷について学び、その全てを受け継いだ。

 師匠と出会った頃小学一年生だった俺は、全てを学び終わる頃には高校を卒業し年は十八となっていた。

 師匠から免許皆伝を受けた俺は、早速異世界へ渡る準備を始めた。


 そもそも異世界転移という術式は師匠の世界には無い。 空間転移テレポートの術式を師匠が独自にアレンジしたものだ。

 師匠は空間転移テレポートに時間遡行の概念を加え、時空間転移タイムトラベルの術式を完成させた。

 これで時間と空間を指定して転移ができるようになったのである。


 さて、いつの時間を指定するかだが、師匠が異世界を離れる少し前に行くのがベストなのだ。

 いくら師匠から知識を得ても、師匠がいた時代の百年前や百年後に行ってしまったのでは、その知識の有用性は低くなってしまう。

 そして異世界へ行く直前に聞いたのだ、異世界で師匠と俺がすでに出会っていた事を。


 愛する奴隷達が亡くなり無気力になっていた師匠は、その日その日をただ漫然まんぜんと過ごしていた。

 ちょうど両親が亡くなった後の俺と似たような状況だ。 そんな師匠のもとに突如とつじょ現れた俺。

 当然驚いた師匠は俺に事情を問いただす。 そして日本で俺の師匠となり、全てを教え、交わした取引を知る事になる。

 全ての状況を理解した師匠は、俺に師匠のお金や塔を引き継ぎ、日本へと旅立っていった。


 ――というわけで、俺が異世界へ行く事はすでに決まっていたのである。




 後は特に詳しく話すことも無いだろう。

 異世界では何が起こるかわからないので、色々な物を持っていくことにした。

 大量の食料と水、衣類、生活用品、キャンプ用品、家電品(全てソーラー式)、様々な専門書や実用書などなど。

 異空間ポケットなどという便利な物は無いので、縮小リダクションの術式で小さくして大型のリュックに大量に詰め込んだ。


 全ての準備を終えた俺は、師匠に別れを告げ異世界へともうすぐ旅立つ。

 願わくは楽しい異世界ライフを送られんことを!

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