二人で
「葵×聡太」の7話目です。
ではどうぞ。
土曜日は、葵姉と二人でショッピングセンターに出かけた。
将来の事に頭を悩ませ、顔を曇らせがちな姿を案じた僕が連れ出したのだ。
ちょっと一緒にそこまで・・・って感じの、学生にありがちなお手軽なデートコースだけど、気分転換にはなるんじゃないかなって。
昨日の夜電話して、急な話だったけど快諾してくれた。
そして今朝、家まで迎えに行くと、おばさんに驚かされた。
いつもよりテンション高くで迎えてくれて、
「上がってお茶でもどう?」
と、少々強引に誘われて困っていると、
「母さん、もう出かけるんだから止めてよ。」
と、葵姉が断ってくれた。
・・・航が言ってた『信頼が厚い』とは何か違うような気がするが、歓迎されてるのは間違いないらしい。
別に何を買うって目的は無いけど、適度に遊んで、無難にウインドウショッピングくらいで時間は潰せるだろう・・・と。
僕はそのくらいのつもりでいた。
けど、手近な入り口から店内に入ると、葵姉は服とか雑貨とかそんなものには目もくれず、
「じゃぁまずは、本屋に行こう。」
って、僕を置いてく勢いで歩き始めた。
これは、何かデートって感じじゃないな。
でもまぁ、しっかり気分転換になってるみたいで良かったかな?
ここに入ってる本屋は結構な面積を使ってて、その分、数も種類も多い。
少し珍しい本も置いてあり、僕もこの店は好きだ。
・・・でもその気持ちは、今の葵姉には敵わない気がする。
葵姉は、迷う事無く真っ直ぐと洋書の棚に向かい、ずらりと並ぶ様々な厚さのハードカバーの中から、熱心に何かを探している。
左端から棚をじっと眺め、ゆっくりと右に移動していく。
・・・たぶん今、僕の存在は忘れられている。
そんな事を考えて苦笑しながら、僕は葵姉の姿を眺めていると、しばらくして、
「あ、あった。」
やや控え気味ながらも、嬉しそうな弾む声を上げた。
僕はそれまで、適当な本をパラパラと捲りながら、しっかりとその真剣な姿を堪能させてもらった。
葵姉は見つけた本に手を伸ばしたものの、惜しいかな、その本は取れない。
ぎっしりと詰め込まれた棚の、少し高い位置ににあった本の背にかけた手は滑り、空を切っただけで葵姉には動かせなかった。
何度か試すも結果は変わらず、本はまったく動かない。
その様が可愛らしくて、しばらく観察していたものの・・・
でもそろそろ限界かなと、僕は横から手を伸ばし背の上部に指をかけ、少しだけ引き出した。
「どうぞ。」
限界なのはもちろん葵姉。
これ以上放っておくと、取れないのが恥ずかしくて怒りだす。そして、僕が取ってあげても拗ねる。
だから途中まで引き出した。
「ありがと、聡太。」
ようやく意中の本を手にした葵姉は、それを抱えて笑顔を見せた。
・・・これが長い付き合いの中で学んだ、葵姉の扱い方だ。
葵姉の目的の本は、何となく見覚えがあった。
表紙に少し違和感があるのは、そこに書かれた文字がすべて英語であるせいだろう。
そして、記憶より少し大きい。サイズと文字さえ違えば、以前に本屋の入り口辺りでよく平積みされていた本と同じ物だ。
・・・ちなみに僕は読んでいない。
確か、恋愛物っぽいポップが添えられていて、それだけで僕はスルーした。
「英語の原文なんだ?」
「うん、翻訳の本読んで面白かったら、原文も読んでみたくなっちゃって。・・・もちろん辞書を片手にだけどね。」
「へぇ・・・。」
意外だった。
恋愛物は意外でも何でもないけど。何せ葵姉が読んでる本の8割くらいが恋愛物だ。
でも、原文にまで手を出そうとするとは思いもしなかった。
「英語好き?」
「うん、結構好きかな。日本語よりもっと合理化されてる感じがするけど、そういうのも面白いなって。」
「あぁ・・・確かにそうかもね。」
「うん。で、比較してみたいなって思ったの。日本語は表現の種類が多くって、翻訳した人次第でまったく違う作品になるんだなって、それが凄いなって感動したの。」
訳された物があるのだから、それを読めば話の筋は分かるし、正直そこまでする必要があるのかなって・・・実はそう失礼な事も考えていた。
けど、今の話は納得がいった。
「葵姉はそういうのに興味があるんだ? なら将来は翻訳家とかもいいかもね?」
「将来?」
悩んでるのを知ってるから、僕はわざとその言葉を使った。
葵姉の事だから、最終的にはきちんと葵姉が自分で選ばなければならないと思う。
けど、好きこそ物の上手なれって言葉の通り、好きな事なら学ぶ意欲も相当だろう。
指標くらいのつもりで、そう口にした。
僕はあくまでも、気付いて無い部分を指摘しただけだ。さっき語った顔から察するに、出過ぎた真似では無いと思う。
葵姉は、一瞬目を丸くした後、右手を顎に当て、その右手を組んだ左手で支え、有らぬ方を見て何かを考え始めた。
・・・また僕は置いて行かれた感じだな。
きっと脳内で激しい会議が行われているんだろう。
「・・・そうね、そういうのもいいかもしれない。」
会議の議論をきちんと纏め上げ、きちんと答えを出して、ようやく戻ってきた葵姉は、曇りの晴れたキラキラする目で、今日この店に来て、初めて僕をまともに見てくれたような気がした。