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そう遠くない未来。  作者: 薄桜
葵×聡太
7/26

二人で

「葵×聡太」の7話目です。

ではどうぞ。

土曜日は、葵姉と二人でショッピングセンターに出かけた。

将来の事に頭を悩ませ、顔を曇らせがちな姿を案じた僕が連れ出したのだ。

ちょっと一緒にそこまで・・・って感じの、学生にありがちなお手軽なデートコースだけど、気分転換にはなるんじゃないかなって。


昨日の夜電話して、急な話だったけど快諾してくれた。

そして今朝、家まで迎えに行くと、おばさんに驚かされた。

いつもよりテンション高くで迎えてくれて、

「上がってお茶でもどう?」

と、少々強引に誘われて困っていると、

「母さん、もう出かけるんだから止めてよ。」

と、葵姉が断ってくれた。

・・・航が言ってた『信頼が厚い』とは何か違うような気がするが、歓迎されてるのは間違いないらしい。



別に何を買うって目的は無いけど、適度に遊んで、無難にウインドウショッピングくらいで時間は潰せるだろう・・・と。

僕はそのくらいのつもりでいた。

けど、手近な入り口から店内に入ると、葵姉は服とか雑貨とかそんなものには目もくれず、

「じゃぁまずは、本屋に行こう。」

って、僕を置いてく勢いで歩き始めた。

これは、何かデートって感じじゃないな。

でもまぁ、しっかり気分転換になってるみたいで良かったかな?


ここに入ってる本屋は結構な面積を使ってて、その分、数も種類も多い。

少し珍しい本も置いてあり、僕もこの店は好きだ。

・・・でもその気持ちは、今の葵姉には敵わない気がする。

葵姉は、迷う事無く真っ直ぐと洋書の棚に向かい、ずらりと並ぶ様々な厚さのハードカバーの中から、熱心に何かを探している。

左端から棚をじっと眺め、ゆっくりと右に移動していく。

・・・たぶん今、僕の存在は忘れられている。

そんな事を考えて苦笑しながら、僕は葵姉の姿を眺めていると、しばらくして、

「あ、あった。」

やや控え気味ながらも、嬉しそうな弾む声を上げた。

僕はそれまで、適当な本をパラパラと(めく)りながら、しっかりとその真剣な姿を堪能させてもらった。

葵姉は見つけた本に手を伸ばしたものの、惜しいかな、その本は取れない。

ぎっしりと詰め込まれた棚の、少し高い位置ににあった本の背にかけた手は滑り、空を切っただけで葵姉には動かせなかった。

何度か試すも結果は変わらず、本はまったく動かない。

その様が可愛らしくて、しばらく観察していたものの・・・

でもそろそろ限界かなと、僕は横から手を伸ばし背の上部に指をかけ、少しだけ引き出した。

「どうぞ。」

限界なのはもちろん葵姉。

これ以上放っておくと、取れないのが恥ずかしくて怒りだす。そして、僕が取ってあげても拗ねる。

だから途中まで引き出した。

「ありがと、聡太。」

ようやく意中の本を手にした葵姉は、それを抱えて笑顔を見せた。

・・・これが長い付き合いの中で学んだ、葵姉の扱い方だ。


葵姉の目的の本は、何となく見覚えがあった。

表紙に少し違和感があるのは、そこに書かれた文字がすべて英語であるせいだろう。

そして、記憶より少し大きい。サイズと文字さえ違えば、以前に本屋の入り口辺りでよく平積みされていた本と同じ物だ。

・・・ちなみに僕は読んでいない。

確か、恋愛物っぽいポップが添えられていて、それだけで僕はスルーした。

「英語の原文なんだ?」

「うん、翻訳の本読んで面白かったら、原文も読んでみたくなっちゃって。・・・もちろん辞書を片手にだけどね。」

「へぇ・・・。」


意外だった。

恋愛物は意外でも何でもないけど。何せ葵姉が読んでる本の8割くらいが恋愛物だ。

でも、原文にまで手を出そうとするとは思いもしなかった。

「英語好き?」

「うん、結構好きかな。日本語よりもっと合理化されてる感じがするけど、そういうのも面白いなって。」

「あぁ・・・確かにそうかもね。」

「うん。で、比較してみたいなって思ったの。日本語は表現の種類が多くって、翻訳した人次第でまったく違う作品になるんだなって、それが凄いなって感動したの。」

訳された物があるのだから、それを読めば話の筋は分かるし、正直そこまでする必要があるのかなって・・・実はそう失礼な事も考えていた。

けど、今の話は納得がいった。

「葵姉はそういうのに興味があるんだ? なら将来は翻訳家とかもいいかもね?」

「将来?」


悩んでるのを知ってるから、僕はわざとその言葉を使った。

葵姉の事だから、最終的にはきちんと葵姉が自分で選ばなければならないと思う。

けど、好きこそ物の上手なれって言葉の通り、好きな事なら学ぶ意欲も相当だろう。

指標くらいのつもりで、そう口にした。

僕はあくまでも、気付いて無い部分を指摘しただけだ。さっき語った顔から察するに、出過ぎた真似では無いと思う。


葵姉は、一瞬目を丸くした後、右手を顎に当て、その右手を組んだ左手で支え、有らぬ方を見て何かを考え始めた。

・・・また僕は置いて行かれた感じだな。

きっと脳内で激しい会議が行われているんだろう。

「・・・そうね、そういうのもいいかもしれない。」

会議の議論をきちんと纏め上げ、きちんと答えを出して、ようやく戻ってきた葵姉は、曇りの晴れたキラキラする目で、今日この店に来て、初めて僕をまともに見てくれたような気がした。

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