切り取られた時間
「葵×聡太」の2話目です。
ではどうぞ。
学校に向かって歩きながら、僕は前置きも無く話を切り出した。
「航? そろそろ置いて行ってもいいか?」
「何だ急に?」
もちろん葵姉の提案した話だ。
「急じゃない。まだわざと遅く出てくるつもりなら、僕は葵姉と行くぞ?」
別に脅しじゃない。
以前から不満はあった。
航はいつも家から出てくるのが遅い。
だがそれは、意図的に行われていた事だと、ひょんな事から最近知った。
航はあえて遅く出る事で、葵姉との時間を作ってくれていたのだと・・・。
気を使ってくれるその気持ちは嬉しく思う。
だが、そんな気を回すより、早く出て来い!
・・・それが本音だ。
「そっか、そうだなー、それも仕方ないかなー? 今は別にわざとやってる気はねーんだけどさ、癖? もう習慣だよな。」
葵姉と別れて、一人でたっぷり10分待たされて・・・その怒りは募っていった。
普段より速いペースで学校まで歩くのが当たり前で、その当たり前だという事に納得がいかない。
・・・僕の発する言葉に、その怒りが込められているのは自覚している。
しかし航は堪えた様子も無く、ヘラヘラと笑い飛ばしてくれた。
「・・・わかった。明日から実行に移す。」
「あ、ちょい、待って待って、義兄上!?」
さらに足を速めるが、ふざけた航にあっさり追い着かれる。
「いいんじゃねーか? 別に俺に気を使う必要はねぇって、」
くしゃりと笑って肩を叩かれた。
今度の笑顔は屈託が無くて・・・相変わらず表情の忙しいやつだと、怒りの熱は幾分冷めて溜息が漏れた。
「俺は、んな事干渉するほどシスコンじゃねーよ。」
そう言った航は、笑顔の中にも何か強いものを秘めた目をしていて、見ようによっては格好良いのかもしれない。
しかし僕は、朋ちゃんに言われた事をまだ気にしているのか? と、穿った見方しかできず、笑いを堪えるのに必死だった。
「おーい、聡太くーん、こっちこっち。」
教室の入り口で美晴さんが手招きをしている。
朝っぱらから会いたくなくて、折角の葵姉の誘いを断ったのに・・・向こうから来られたらどうしようもない。
どうせ碌な事じゃないだろうけど、そのまま無視するわけにもいかない。このまま放っておけば、あの人はきっと教室の中まで入ってくる。
そんな事に頭を廻らしているうちに、航が先に行ってしまい話し始めてしまった。
「美晴どしたんだ?」
「あぁ、ちょっと渡すものがあってさ、これなんだけど。」
そう言いながら出したペパーミントグリーンくらいの色の封筒を、航が手にするより前に急いで奪い取った。
・・・何が入ってるか知らないけど、これは誰にも見られてはいけないような気がする。
「何だ聡太、必死っぽいな?」
「そりゃ、相手が美晴さんだからね・・・。」
中の感触は封筒より小さな長方形・・・写真だなきっと。
「じゃ、渡したから。あ、そうだ。」
何かまだ言いたい事があるらしい美晴さんに、不意に袖を引っぱられて二歩踏み出すと、耳元で囁かれた。
「やるじゃん、見直したよ。」
何を?
・・・そう思ったのが失敗だった。
「じゃぁね。」
と、含み笑いをする美晴さんを訳も分からず見送ると、急に背中を叩かれて、後ろから朋ちゃんの大きな声がした。
「すごい、聡太くんどしたの!?」
・・・伏兵か?
いつの間に封筒を奪われたものか、既に写真は取り出されて・・・って、ちょ、それ、
「何で!?」
朋ちゃんが手にしている写真には、僕と葵姉が写っており、つい最近の光景で・・・
な、何でこんな写真を?・・・これ、あの日だよな。
その衝撃は凄まじく、この動揺は比類ない。
見てたのか? あの人は見てたって事だよな???
それで見直した・・・なのか? なるほど・・・じゃなくて、
「ちょ、ちょっと・・・とりあえず返せっ!」
既にしっかり見られてしまった写真を奪い返すと、朋ちゃんは冷やかすように笑ってくれた。まったく本当にいい性格をしている。
「へー、付き合いだしたってのは聞いたけど、こんな事までしてたんだ。」
「・・・素直に行動しただけだ。」
ニヤニヤする朋ちゃんに対して、僕はもう開き直る他無い。
「いいんじゃない? ね、」
「あ?・・・・・・あ、あぁ・・・。」
一方、急に振られた航は、かなり微妙な感じで・・・とても心中複雑な様子だった。
けど、気を使う必要は無いって、今朝聞いたばかりだし、
・・・僕、断る必要は無いよな?
きっといちいち断りを入れる方が、航にとって酷だろう。
と、そう考えた僕は、これ以上は触れず・・・如何にして朋ちゃんを黙らせるか? という課題に尽力した。