本当・・・親子だ
「美晴×芳彰」の8話目です。
ではどうぞ。
特にこだわりも無かったので、美晴の母親のお薦めだというコーヒーを頼んだ。
照れ笑いの先輩が運んできたカップに口をつけると、苦味の少ないまろやかな口当たりで、俺は嫌いじゃない。
「どう?」
「いい感じですね、俺もこういうの好きです。」
「そう、良かった。」
正面で微笑む女性が、何年か先の美晴のようで、どこか不思議な気分がした。顎ひじをついて悪戯っぽい笑みを浮かべる様は、本当に親子だなと妙に感心してしまった。
「後から思えば、時間って過ぎるの早いわよね。あのね、実は私も芳彰くんとはニアミスなのよ、正確には、あなたは小さかったから、覚えてないだろうってとこかしら?」
娘に彼氏ができる歳になって、嬉しいけど、その分自分も歳を取ったんだなって、思い知らされるようで複雑だ。・・・という胸の内を聞いた後、そんな事を言い出した。
「どこかで会ってたんですか?」
「毎年家族で写真撮ってた写真館覚えてる?」
確かに小さい頃はそんな習慣があった。両親の結婚記念日に合わせて写真を撮ってもらっていた。しかしそれも、俺達が大きくなるにつれ途絶えてしまった。
「はい、それは覚えてます。」
「私その頃、その写真館で働いてたから・・・イタズラ放題のあなたの事しっかり覚えてるわよ。」
してやったりの顔で身を乗り出して・・・本当に美晴そのまんまだ。
「そうなんですか? 確かに小道具触ったり、長いカーテンを引っ張った記憶が断片的にあるような・・・。」
・・・彼女の親に小さい頃を知られているのは、どこか気恥ずかしい。
同じように小さい頃を知っている人はたくさんいるが、昔からずっと知っている人、母と仲の良い婦長の千佳子さんを初めとする病院の人、友人の親なんかとは、やっぱり気分が違う。
・・・でもまぁこの感触だと、それはプラスに作用しているようなので、悪い事ではないのかもしれない。
「そうね。本当、芳彰くんは特別可愛かったから、それが美晴と・・・なんて、思いもしなかったわ。不思議な縁よね。」
そう言った美晴の母親は、少し遠くを見ているような気がした。
縁・・・か、確かに美晴と会っていなければ、いや美晴が俺に干渉してこなければ・・・俺は今でも鬱々として、もがいているままだったろう。
美晴のお陰で前を向く気になれたんだ。
「・・・本当に。不思議な縁だと思いますよ。」
「あら、その顔は色々ありそうね、よかったら教えて。」
美晴にも勝てないのに、その親に勝てるはずもなく、色々と問われるままに・・・出来うる限りだが答え・・・そう、気分はまな板の上の鯉だ。
だが、いいテンポで入る相槌や、楽しそうに耳を傾けられてしまうと、そう悪い気もしなかった。おまけに、美晴の事も色々と教えてもらい、収穫は大きい。
「私はね、あなた達の事反対なんかしないから大丈夫よ。美晴は嬉しそうにしてるし・・・あなたが酷い人なら話は別だけど?」
「そんな事は・・・」
「うん、そうじゃ無いから問題ないわよ。でも一つだけお願いがあるの。」
そう言って、それまでテーブルの上についていた腕を伸ばして、人差し指を俺の前に立てた。
「何ですか?」
「あなた達がこの先どうなるかは分からないけど、もしもずっと一緒にいてくれる気があるなら・・・あんまり早くにいなくならないであげて。」
それは当然と言えば当然で・・・でも実は、自分ではどうする事もできない話で。そのための努力はできても、実行はとても難しい。
そう・・・今俺は、そんな無理難題をお願いされている。
けれど、俺もそうありたいと思う。
「はい。出来得る限りですけど。」
自分可愛さからではなく、美晴のために・・・って、これは覚悟か?
・・・そうだな、俺にとってもこれは願ってもない話だな。
これで、親から先の確約を頂いたという事になるんだろう。
「縁起でもない事言っちゃってゴメンネ。でも・・・こんなのは私だけで十分。娘達にはこれ以上寂しい思いさせたくないから。」
気丈に笑う姿は、さすが美晴の母親だと思った。
早くに夫に先立たれたからこその言葉で、この親を見て育ったから、美晴はあんなに強いんだろう。
「あ、そうだもう一ついい?」
「はい?」
「私の事は弘美って呼んでね? お母さんって呼ばれるのは違うと思うし、おばさんって呼ばれるのは絶対に嫌だから。」
お願いは一つじゃなかったか?
そう思いはしたものの、にこやかな美晴の母親に
「分かりました、弘美さん。」
と、そう答えて、満足そうな表情を眺めた。
3時くらいにお母さんが帰ってきた。
「ただいま。あら? 和歌奈一人? 美晴は? ねぇ、どこ行ったか知らない?」
玄関で次々と質問を口にするお母さんの声に、私は仕方なく部屋から顔を覗かせた。
「おねぇちゃんなら、カメラ持ってどっか行ったよ。」
「そっか、残念・・・いえ、好都合かしら?」
母さんは靴を脱いで、二足の靴をきれいに揃えながら、弾む声を出した。
「和歌奈、芳彰くん良い子ねー。」
芳彰さんと会ってきたお母さんの感想の第一声は、それだった。
リビングでお茶を飲みながら話すお母さんは、とても機嫌が良い。
お母さんから見れば良い子かもしれないが、私から見るとそれは違う。
「良い子って言うか、良い人だと思うよ。昨日も寝ちゃったおねぇちゃん背負って連れてきてくれたし。」
優しくて、格好良いとも思う。
「何それ? 彼そんな事までしてくれるの?」
興味津々な反応を示すお母さんに、私は先を続けた。
「でも、おねぇちゃんは芳彰さんに甘え過ぎだと思う。普段はそんな事無いのに、芳彰さんの前だとさ・・・何か変なの。おねぇちゃん別人みたい。」
だけど、私の不満にお母さんは優しく微笑んでいた。
「・・・だからお母さんは、二人の事歓迎してるのよ。」
そう言ってまたお茶を啜り、それから延々一時間半、今日話してきた事を聞かされた。
文紘くんが「弘美さん」って呼んでるのも同じ理由です。