憂鬱な数日の始まりの日
「美晴×芳彰」の5話目です。
ではどうぞ。
朝目覚ましに起こされると嫌な感じがした。
下腹と腰の辺りに鈍い痛みを感じて、私は顔をしかめた。
・・・たぶん、来た。
起き上がってトイレに直行し、予想は確信に変わった。
・・・生理嫌だ。
いつもいつも、初日と二日目は生理痛に悩まされる。
相当な痛みなら、意地でも耐えてやる自信はある。
けれど、こういう中途半端な痛みには弱い・・・。
これは私の天敵だと言っても、過言ではないとすら思っている。
・・・そう自己正当化したくなるほど、私はブルーな気分だ。
いつも通り待ち合わせの場所で葵を待とうとして、ふと気付いた。
そういや葵は、これからは聡太くんと行くとかって言ってた気がする。
コンテストのリストに夢中で、あんまり話聞いてなかったけど、確かそうだ。
この浮かない日に、おまけにこんな仕打ち? って思いたくなるけど、
・・・まぁ、好きな人と一緒にいたいって気持ちは、私にだって分かる。
からかって憂さを晴らしたい所だけど、ま、我慢しますか。
そう一人で納得し、足を学校に向けた。
学校で会って、からかえばいいか・・・でもそれは、私にそんな元気があればの話だな。
進路指導室の膨大なファイルの中から、近くのデザイン課のある大学と、それより少しだけ遠い美大と、写真関係の専門学校のものを出してもらい、じっと眺めてみてるんだけど、今日はさっぱり記憶に刻み込めない。
「美晴どしたの? 朝から元気無いけど?」
同じように、近くの大学のファイルを出してもらった葵が、正面で私を眺めている。
「・・・お腹痛い。」
「あー、頑張れ。」
それだけで察してくれたけど、返ってきたのは冷たい声のエールだけだった。
「何頑張ったら痛くないの?」
「んー、気力?」
「そんなものでどうしろと・・・? とりあえず、このファイルの学校名メモしといて、お願い・・・元気になったらまた調べるから、今の私には無理だ・・・。」
お腹に貼った使い捨てカイロを手で押し当てて、閉じたファイルを示した。
「仕方無いわね・・・貸して。」
承諾してくれた葵にファイルを押しやって、私は崩れるようにテーブルに突っ伏した。
そのまま、サラサラと微かに響く音を聞きながら、動くシャーペンをぼんやり眺めていると
「そういえば、今回は『生理なんかいらない』って言わないのね?」
って、文字を書きながら何気なく言われた一言に、血の気が引いた。
「・・・あー、そうだね、」
これまでは、邪魔だとしか思っていなかったものが、今後は無くなると非常に困った事になるという事実に、今初めて気が付き・・・今の表情を葵に見られないように、腕を動かして顔を隠した。
「芳彰っ!」
玄関が開くと同時に、美晴の機嫌の悪い声がした。
何事だと思いつつも、触らぬ神に祟りなし・・・
一瞬そんな言葉が頭を掠めたが、再び名を呼ばれてしまった。
「芳彰、こっち来て。」
諦めて教科書を閉じ廊下に向かったものの、そこに声の主の姿は無い。ただいつもの紙袋だけがその場に存在していた。
「美晴・・・どこだ?」
「・・・ここ~。」
先程とは打って変わって、弱々しい声が聞こえた。
声のした方向を見ると、玄関の隣の・・・寝室のドアが少しだけ開いている。
「何いきなり転がってんだ?」
俺の布団に丸くなって転がる美晴を見下ろしていると、
「・・・もう限界。」
そう言って布団を引き寄せ、さらに丸くなった。
・・・何が限界だ?
「どうした?」
わけが分からず横に座って頭を撫でるが、弱々しいながらも、相当に機嫌が悪そうな声で否定されてしまった。
「そんなとこより、お腹に手を当てて。」
言われるままに美晴の腹に手を当てると、がっちり腕を掴まれて抱え込まれた。
「温かい・・・やっぱ自分の手を当ててるより、人の手の方がいいな。」
その言葉と行動で、ようやく俺は合点がいった。
「ひょっとして生理か?・・・お前そんなに酷いのか?」
「初日と二日目は痛い。あと、立ちっ放しが堪えた。もう少しで終わるって我慢してたから。」
我慢しなくても休めばいいのに。だがしかし、そういう事をこいつは嫌う。
「こんな時は、別に俺の事なんか気にしなくたっていいのに。」
玄関の紙袋を思い出してそう言ったのだが、見事に一蹴された。
「嫌だ。今日は用がある。」
「何の?」
「大学がどんな所か聞きたい。」
やっぱりこういう事は、休学中とはいえ一応現役の人間に聞いてみるのが一番だろう。そう思ってここに来た。
・・・そうじゃなければ、今日みたいな日は絶対に来たくない。
芳彰にこんな姿なんか見せたくない・・・けど、痛さに負けた。悔しいけど、やせ我慢すらできなかった。
せいぜい、八つ当たりしないようにするのが精一杯だ。
だけど、芳彰の手をお腹に当てて、こうやってしがみ付いてると、何だかホッとた。
最初のうちは、ちゃんと質問して話を聞いてたんだけど、そのうち安心感に負けてしまった。
・・・今日の私は負けてばっかだ。
本当、生理なんか嫌いだ。
人に質問しといて・・・途中で寝るなっての。
掴まれていた腕を引き抜いても、美晴はまつ毛を揺らしただけで、一向に起きる気配は無い。
「おい起きろ。」
何度か体を揺すってようやく目を開けたが、
「嫌だ、痛い。」
と、不満を漏らして、再び目を閉じようとする。
だからと言って、さすがにこのまま寝かしておく訳にはいかない。俺は構わないが、美晴の方が後で困るだろう。
「こらこら寝るな。帰らないとまずいだろう?」
「ここがいい。」
即答して向きを変え、俺の足に縋りつく。
・・・まったく寝起きは別人だな。
普段は自分からこんなにくっついてくる事なんか無いくせに。
くそっ、生理でさえなければ、喜んで手を出すものを・・・。
「良くないから・・・自分の部屋で寝ろ。」
「・・・歩きたくない。」
幸せそうな顔して、再び目を閉じる美晴の姿に、俺は諦めた。
「分かった。・・・連れてくから、帰ろうな?」
溜息混じりにそう言って、ポケットから出した携帯で電話をかけた。
最近生理痛がひどくなりました。
以前はそれほどでもなかったのですが・・・。
でも、無くなればいいのに!って、もう言えない二律背反。
(はい、昔は言ってました。ストレスで数ヶ月止まってたりした事も)
必要性を感じていないけれど、妊娠も困るし、まだ閉経も悲しい。
・・・と、それは私の主張(^^;