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男装騎士令嬢は王家に全力で囲われている

掲載日:2026/04/16

「お前……刺客だな。騎士として入り込み、ここまで私に近づけた事、褒めてやろう」


 圧を感じる落ち着いた声は、言葉とは裏腹に殺気を含んでいた。

 含んでいた、というよりは私の喉元に剣を突き付けているので、もう少し上の段階かもしれない。


 王の間で、私はフィリス王女の護衛騎士として控えていたところだった。フィリス女王が父である皇帝陛下と話をしているのをほほえましい気持ちで見ていた……次の瞬間。


 私の喉元には、王の剣が突きつけられていたのだった。


 完全に出遅れていた。これが狙われたのが王女であれば、大変な事態になっていたのは間違いない。護衛騎士として、失格だ。


 突然の事態に、私の頭はパニックだ。

 刺客だなんて、完全に誤解だ。


「い、いえ、私は刺客じゃありません……!」


 動揺した私から出てきたのは、何の説得力もない言葉だけだった。 

 喉元の剣に触れないように気をつけながら弁明したが、皇帝陛下は失笑しただけだった。


 た、大変な事態に……。隣にいるフィリス女王も、呆然とした様子で私の事を見ている。


「はっ。ここまで来ておいて刺客ではないというのか、ならばお前の目的を言え」


「も……目的は……」


「グレッグ、お前の事は調べた。すべてに偽の経歴だった。フェルザー男爵家には息子などいない。……娘のフィリスに近付き、どうするつもりだったのだ! 言ってみよ!」


 確かにフェルザー男爵家には息子はいません。辺境だからばれないと思いました。居るのは娘の私だけです……!


「お父様! グレッグは……私が推薦したのです!」


「フィリス王女……」


 王女が皇帝陛下の肩を掴み、必死で抵抗してくれる。大変に有難い……。しかし、それで誤解が解けるはずもなかった。


「フィリスの事までたぶらかしていたとは!」


 大変だ。剣を握る手に力がより入った気がする。誤解が深まっている。


 私の狙いはあなたの息子である王太子殿下を眺める事だけです! 推し活のつもりでした……!


 それにあなたの娘のフィリス王女は推し活仲間です! 彼女の推しは騎士団長のビーミント様です! これは男装で本当は女なので、フィリス王女にとって無害です!


 偽名なのは男になる為で、男になったのは騎士が男しかなれないからです!


 当然そんな事を言えるはずもなく、私はおろおろと周りを見るばかりだった。


 *****


 カキンという音が響き、相手の模擬剣がくるくると円を描いて飛んで行った。


「勝負あり! グレッグ、ヒースクロウ殿下にも勝ってしまうとは驚きだ!」


 ビーミント団長が手を叩いて私の勝利を宣言した。グレッグ、と呼ばれることには慣れてきた。この名前で手をあげ歓声にこたえる事にも、もう抵抗はない。


 息を整えつつ、私は礼を取る。


「ギリギリでしたが、勝てて良かったです」


「さすがだな、グレッグ」


 息を整えながら少し悔しそうにしているヒースクロウ殿下は、汗ばんだ肌に金色の髪が張り付いて、絶妙な色気を醸し出している。

 訓練用の騎士服が似合っていて、同じものを着ているとは思えないぐらい高級に見える。


 眼福すぎる。

 戦っているときの、熱を帯びた真剣な瞳もよかった。あんな風に見つめらるので、模擬線は最高だ。

 それでなくとも、王太子であるヒースクロウ殿下の視界に入れるなんて、少し前の私には望むことすらできなかったことだ。


 すごい。かっこいい。ずっと見ていたい。語彙力死ぬ。

 よこしまな気持ちで、私は息を整えているふりをしつつヒースクロウ殿下を盗み見る。


 冷たく見える程に綺麗な瞳がこちらを見た。目が合ってしまい、心拍数が一気に上がる。


「……その細い腕にどうしてあんな力があるのだ」


「力で押しているわけじゃないのですよ、殿下」


 悔しそうにうめくヒースクロウ殿下に、私はニッと笑って見せた。ちゃんと、騎士としての顔を作れている、はずだ。


「侮っているわけじゃないし、私も騎士団と訓練しててもそう負けたりはしないのに……!」


「小さい相手と戦いなれていないから、その辺が隙になっている可能性もありますね」


「明日からその辺の訓練も追加だ!」


 騎士になってから、ヒースクロウ殿下は負けず嫌いだという事を知った。

 いつも飄々としていると思っていたけれど、それは努力に裏打ちされたものだった。


 実際、ヒースクロウ殿下の剣は重くて、まともにやりあったらあっという間に倒れてしまう。訓練していることが、はっきりとわかる。


 だから、皆が彼の事を尊敬しついていきたいと思うのだ。


 遠くで見ているだけの時は知らなかったことが知れる。私、本当に男装して騎士になって良かった……!


「お兄様、残念でしたね。グレッグお疲れ様、流石私の護衛騎士だわ」


「ありがとうございます、フィリス王女」


 近くで見ていたフィリス王女が嬉しそうに笑いながら、私にタオルを持ってきてくれる。

 そして、素早く私に近づき、すました王女の顔のまま興奮した口調でささやく。


「私こそ、あなたが戦ってくれるから騎士団を見に来られて嬉しいわ! 助かる! ああ、ビーミント様、イケオジってああいう人の事をいうのよね、凛々しいし筋肉質な腕にもう今すぐにでも抱きしめられたい! お兄様をあしらう姿もいい兄貴分みたいで凄く素敵……!」


「ふふふ、本当にイケオジですよね。わかります」


 ビーミント騎士団長は、髭にくせ毛を後ろになでつけた髪が似合う野性的なイケオジだ。どちらかと言えば細身なヒースクロウ殿下とは違い、しっかりと筋肉をつけた男らしい体格をしている。しかし笑った姿は人懐っこく、ギャップが素敵だと私も思う。

 けれど、ヒースクロウ殿下はやっぱり別格だ。私は頷きながら、私の推しを眺めた。


「二人で何を話しているんだい?」


「秘密よ! ねえお兄様、やっぱりグレッグの剣の腕はすごいでしょう? 私、初めて見た時はびっくりしたわ。護衛騎士になってもらってよかった!」


「それは本当に。ここだと思っても受け流されてあっという間に距離を詰められてしまう。グレッグは身軽で、動きに無駄がなく素早い」


「有り難いお言葉です」


 自慢げに言うフィリス王女に、同じぐらい深く頷くヒースクロウ殿下。手放しでほめられて、すっかり照れてしまう。


 でも、地味だ魅力がないと言われてきた私にとって、剣は得意だと胸を張って言える唯一の事だ。


 令嬢としては意味がないと、繰り返し言われてきたけれど。

 だから、それを褒められると嬉しい。思わず笑みがこぼれる。


「……次は負けないから」


 なぜか私の事をじっと見た後に、ヒースクロウ殿下がさわやかに宣言する。


 ううう、顔が良すぎる。声もいい。剣を持った姿も素敵だった……。

 是非とももう一度近くで見たい。


「もう一戦やりますか?」


 欲望のままに、私は剣を持って誘いをかける。

 汗を拭いたヒースクロウ殿下も、立ち上がって不敵に笑って剣を持った。


「望むところだ」


「ふふっ。当然、負けませんよ」


 無謀かと思っていた私の推し活は、驚くほど順調だった。


 *****


「あああ、体中が痛いけど、すごく楽しかった……推しが近かった……」


 フィリス王女の私室に二人で戻り、私はソファに座って身体の力を抜いた。


 不敬だと言われる行為だけれど、メイドは見えない位置にいるしフィリス王女は私の事を友達だと思ってくれているので、何故かむしろ喜ばれる。


「もうーエリザベスったら。張り切っちゃうから」


 フィリス女王は二人きりの時は男装時の偽名であるグレッグではなく、本名のエリザベスと呼ぶ。

 すっかり女子会のような気分になる。


「そういうフィリス王女も可愛いドレス着てましたよね。ビーミント団長が好きだって言ってた青」


 私が突っ込むと、フィリス王女はあわあわと照れだした。

 可愛い。


 私の推しの妹だけあって、フィリス王女も相当な美形だ。しかし喋り出すと推しに対する熱量が私に似ていて、すっかり仲良くなった。


「可愛いって思ってもらえるといいのだけれど……。つい張り切ってしまうのよね。なかなか今までは騎士の訓練場には行けなかったけど、エリザベスが来てから毎日ビーミント団長を見る事が出来てしあわせすぎるわ……」


「毎日見ても見飽きないですからね」


「ええ。毎秒見れるわ。今日はエリザベスとお兄様の試合の解説もしてくださったのよ!」


「わー親切さが素敵。……フィリス王女はよく推しと普通に話せますよね……」


「あなたも騎士の時は普通に話せているじゃない」


「騎士の時は騎士として話せるんですよね。エリザベスの時は全然駄目です。まあ、身分的にもほぼ会えませんが」


「せっかくなんだから、私のお友達として可愛いドレスで会えばいいのに! 男装も確かに似合ってるけど。……いえ、むしろ似合いすぎているぐらいだわ」


 ぷっくりと頬を膨らませて、フィリス王女は私の頭を撫でた。


「騎士服は着なれているし、似合っていると思います。でも私みたいな男爵家の地味な娘じゃ、可愛いドレスは似合わないし普通に話すのもむーりー」


「エリザベスは自分の良さがわかっていないわ。私を颯爽と助けてくれたの、忘れてないから。本当にヒーローだと思ったのよ」


「あれでフィリス王女と仲良くなれたんですものね。私もフィリス王女を助けられて、とても嬉しかったです」


 それは、私が初めて王都のパーティーに参加した時の事だった。


 男爵というギリギリ貴族という私は、地位は低いし王都は遠いいし、パーティーには呼ばれてもいい思いをしないからと避けていた。

 可愛ければまた違ったのだろうが、昔から皆にとても地味だと言われていた。


 顔立ちは整っているかもしれないものの華は全くなくて、髪色も瞳もくすんだ茶色だ。ドレスも着慣れなく違和感が凄い。


 それでもいつかは結婚を、と強く勧める母の願いを断れずについここまで来てしまった。


 こんな華やかな場所で、当たり前だけど、私の事を相手にしようという人は居ないわよね……残念ながらお母様の期待には沿えそうもありません。


 心の中でさえおざなりに母に謝る。


 そもそも私は結婚に興味もなく、ずっと剣をやってきた。

 国境が近く土地柄騎士が多い領地の中でも負けない自負がある。


 領地経営の勉強もしてきたし、仕事の能力としては高いとの評価も受けている。従弟を養子にもらうという話になっているし、彼が領主になれば、補佐として十分仕事ができるはずだ。


 ……女子としての魅力と引き換えになっている気はするけれど、後悔はしていない。


 受け取った赤い可愛いお酒を手に、なんとなく辺りを見渡す。


 色とりどりのドレス、華やかな笑い声、きらびやかな装飾。すべてが輝いていそうなこの中で、一際輝いている人物がいた。


 名前は後から知った。

 ヒースクロウ殿下だ。


 優雅で、にこやかに、けれど冷静に状況を確認しながら周りの相手をしているその冷めた視線。あっという間に目を奪われる。ずっと見ていたくなる。その挙動から目が離せなくなった。


 こんな人が居るなんて。

 本当にそこだけ空気が違うようで、私は思わず息を止めてしまったほどだ。


 凄い。今まで考えたこともない、この人の為に生きてきたのかもしれない、と素直に思ってしまう。


 しかし彼は華やかな人たちに囲まれていて、みすぼらしい私は話しかける事もできず、遠くから見ていた。


 彼のそばにいることを許された、人たち。

 違う世界の人に、私はただ圧倒され見とれていた。


 彼の妹だという美しい王女が隣に並び、更に魅了されていると、目端に不審な動きをした男性が目に入った。


 きちんとドレスコードをまもり、優雅な仕草で歩いているように見える。一見普通の人物だ。

 しかし、その目は荒んだ空気を孕み、ポケットに入れた手が不自然だ。


 私はとっさに近くにいた給仕からディナーナイフを受け取り、皿を持ち何気ない仕草で彼らに近づいた。


 フィリス女王がヒースクロウ殿下の肩に手を置いた瞬間、男は走り出した。


 遅い。


 私は彼の手をひねり、体制が崩れたところで首にディナーナイフを当てた。男の手からは、小さいナイフが落ちた。私は素早くナイフに靴をのせる。


「動くな。動くと命はない」


 私が強い口調で警告をすると、失敗を悟った男は暴れだした。当然それで逃がすような事はしない。ぐっと力を籠め体制をさらに崩すと、男は身動きが取れなくなった。

 私の周りには怯えた人たちが居て、私は男を抑えたまま彼らに笑顔を向けた。


「問題ないわ。この男は私が責任をもって引き渡すから、安心してお過ごしください」


 長年の騎士としての礼を取り、ああ、これでは全く令嬢じゃなかったと落胆した。

 ヒースクロウ殿下も、私を驚きに満ちた瞳で見ていた。


 私はそっと彼から目をそらす。

 彼らとの距離は遠い。


 私が動じてないことを示したため、周りの人たちもふっと詰めていた息を吐いた。良かった。


 こういう時は、集団はパニックになりやすい。

 動揺を見せない事が重要だ。


 私は素早く周りを確認したが、これ以上の問題はなさそうだった。


「では、楽しいパーティーを」


 お呼びじゃない立場の私は、輝くヒースクロウ殿下を視界の端にとらえながら、男を引き渡すために連行した。


 その後、フィリス女王から直接お礼がしたいとお茶会に呼ばれ、いつのまにか親友と呼ばれるようになった。


 私も彼女と話すのはとても楽しい。

 護衛騎士になって、もっと近くにいてと言われたときは驚いたけれど。


 ……推しに会えるからという誘惑で、半年間の期間限定で承知してしまった。


 そうして、フィリス王女との推し活としてのいまだ。半年後は彼女とも会いにくくなるだろう。

 目の前のフィリス王女は、不満そうに頬を膨らませている。可愛い。


「ねえエリザベス、兄様もお礼がしたいと何度も誘っているのに、どうして断ってしまうの?」


 ストレートに聞かれ、私は困ってごまかすようにお茶を飲んだ。答えを促すように大きな瞳がじっと私を見て、根負けしてしまう。


「……推しが私の隣にいるのは、なんだか申し訳なくて」


「えええ、なあにそれ」


「私の事を気にかけてもらうことが、申し訳ないんです! 推しは見ているだけで充分です」


 それは本音だった。


 あの時感じた空気は、まるで舞台の上の役者にあこがれているようなものだった。手に届かなくて、それでも素敵で、ときめいて、手を伸ばす。


 全く別の世界の人間に憧れるだけの、観客な私。


 目があったら嬉しいけれど、対等に話すことは求めていない無責任な憧憬。それを求めるには、自分に自信がない。


 だから、推し活なのだ。


「護衛騎士の期間が終わっても今みたいに会話できれば、もっと楽しいと思うけれど」


「騎士だからこそ、対等に会話ができるんですよ。……それに、ヒースクロウ殿下だって、騎士じゃないただの令嬢の私と話しても、楽しいとは思えないと思いますよ」


「……お兄様は、前途多難ね」


「えっ。ヒースクロウ殿下がなんですか?」


「いいえ。ただ、私がせっかく護衛騎士にしたのにチャンスを生かせてないって事よ」


 チャンスって何ですかと笑えば、そっちじゃないと拗ねたように目を伏せてしまった。


「いいわ。明日は夜、お兄様も誘って食事にしましょう」


「えっ。恐れ多いです! 話聞いてましたか!?」


「エリザベスは、ちゃんとビーミント様も呼んでよね。あなたは護衛騎士のままでいいから」


「なんだ。それならすぐに団長に話をしてきます!」


 私がほっとして部屋を飛び出すと、フィリス王女は可愛く小首を傾げひとりごちた。

 すでに団長を探しに部屋を出た私には聞こえる由もなかったけれど。


「……ちゃんと機会は作ってあげるわよ、お兄様。後はお兄様次第だけど……期待薄いかしら」


 *****


「グレッグです。今日はお招きいただき光栄です」


 次の日の夜。私はヒースクロウ殿下の名で招かれた食事会に来ていた。

 膝をつき、ヒースクロウ殿下とフィリス王女にあいさつする。


 ……今日も格好いい。


 服の各所にちりばめられた宝石とゴールドの輝きが、威厳を孕みつつも手の行き届いた緻密な作りで、極上の気品と上品さを醸し出している。

 そしてそれに負けない顔に、輝くような髪。


 これを見ながら食事ができるだなんて、素敵すぎる……!


 それでも騎士服を着ていると、やっぱり楽しくヒースクロウ殿下と話すことができた。

 食事会は和やかにすすみ、始終笑いが絶えないものだった。


 キラキラとした目でビーミント団長と話すフィリス女王はとても可愛いと思う。


「妹はずっと騎士が好きなんだ」


 私が微笑ましい気持ちで見ていると、心の中を読んだようにヒースクロウ殿下が話しかけてきた。


「そうですね。訓練を見るのも楽しいと言っていたし、王女も訓練を始めればいいのに」


「流石にそれは難しいな。彼女は運動が苦手なんだ」


「そうだったのですね、失礼しました」


「いや、でも女性の騎士も素敵だよね。残念ながらここで見ることはできないけれど」


「今は規約で王城では女性は騎士にはなれませんから。王城に居ることが多いヒースクロウ殿下がそんな風に考えていたなんて、驚きです」


「……以前、パーティーで一人の令嬢が彼女と私の命を守ってくれた。……その日から、私も女性でもこんな風になれるのだと驚き、感動したのだ。価値観が、変わったのを感じたよ」


 ……それは、きっと私だ。


 私がヒースクロウ殿下の価値観を変えた。

 エリザベスである、私が。


 彼を構成するものの中に、私がある。


 じんわりと、胸の中に何かが広がる。


「そうだったの、ですね」


「ああ、女性であんな風に高潔な騎士であることは、とても、格好いいと思う」


「え、ええ。私もそう思います」


 思わずどもってしまう。


 私がお礼を言うのも変だし、同意も何か違う気がした。だって、エリザベスにとって騎士であることは、周りからしたらマイナス要素だったから。


「……君が騎士でいる事、嬉しく思っている」


 ヒースクロウ殿下がまっすぐに私のことを真剣に見つめる。


 これは、騎士としてのグレッグへの言葉だ。その前のエリザベスへの言葉とは違う。そばにいていいのは、グレッグとしての自分だけだ。

 嬉しいと感じていいのは、男としての自分だけ。


 それなのに。


 エリザベスとしての自分に言われたのだと誤解しそうな自分に、なぜだか泣きたくなってしまった。


 私、騎士でよかった。


 *****


「フィリス、食事会の場をありがとう」


 兄であるヒースクロウの言葉に、フィリスはうわべだけの笑顔を浮かべた。絶対に押しが足りなかった。アピールをするように伝えたのに、残念すぎる。


「いいえ、お兄様も楽しく会話出来ていたようで良かったです」


「これで少しは意識してくれているといいのだけれど」


「意識はしているとは、思うんですけどね……」


 フィリスは食事会の時のエリザベスの姿を思い浮かべた。

 兄と喋っていた彼女は、切ない顔で兄を見ていたのだ。


「グレッグとの距離は近くなったけれど、エリザベスとしての心の距離は全然近く感じない」


「まったく会えないときよりはいいでしょう。会う機会が増えるように護衛騎士にしてあげたんですから。それ以上はお兄様次第ですわ」


 エリザベスは可愛い。

 そして、誇り高い騎士だ。とても素敵なことだと思う。領地経営の才能もあると、彼女の父が言っていたのも聞いた。素晴らしい事だ。


 それなのに、女性としての自己評価が低くて兄の好意を受け取れないのだ。


 兄は兄で、押しがあまりにも弱い。大体この兄は何もかもが完璧にできすぎていたせいか、がむしゃらに頑張るという事がわかっていないのだ。


 そんな風に微笑んでいるだけでは、なぜか自己肯定感が低いエリザベスの心を開かせることなんてできない。


 ただ、ずっと幼いころから完璧だと思っていた兄が、こんな風に参っている姿は面白いし、ちょっとかわいそうな気もする。


 あと、フィリス自身、エリザベスともっと会いたい。


 このまま護衛騎士期間が終わってしまえば、エリザベスは領土に戻ってしまう。

 そこで、補佐をして暮らすのだと言っていた。

 あの能力の高さを、補佐に使うなんて!


 ……これは、荒療治しかないかもしれない。

 私はひらめいて、兄にぐっと手を握って見せる。


「お兄様、私が最後の賭けに出ますわ」


「えっ、フィリスが? 私がじゃなくて?」


「私に考えがあります。これで駄目だったら、もう諦めてください」


「……諦められないよ。彼女と話すことは楽しく、剣の趣味もあう。それだけでなく、彼女は経営にも精通していて、政治の話も問題ない。問題ないどころか、新しい提案もしてくれるんだぞ。逃がすわけにはいかない」


 兄は暗い瞳で低くつぶやいた。これは重症だ。

 エリザベスはどっちにしろ逃げられない。


「エリザベスの気持ちが第一ですわよ」


 応援していたはずなのに、思わず牽制するような言葉が出てきてしまう。


「わかってる……わかってるから、こんななんだ……」


 下を向いて肩を落とす兄に、フィリスはくすりと笑う。


 いつも完璧で、なんでも出来るが故に人に関心が薄かった兄。

 この兄がひとつの恋に、こんなに必死になって臆病になっている。押しは弱くはあるが。


「……なんとか、なるはず!」


「フィリス……お前は昔から、勢いだけで生きている」


 兄の苦言は聞き流し、フィリスは王である父に会いに行くことにした。


 エリザベスの動揺を誘い、素直な気持ちを引き出すのだ。


 父は自分に似ていて、勢いがあるし、いたずらも好きだ。

 エリザベスを騎士にするといった時も、相当面白がっていた。


 今の計画を話したら、喜ぶだろう。


 フィリスは楽しくなってきた気持ちを押さえられず、王の間に足早に向かった。


 *****


「お前……刺客だな。騎士として入り込み、ここまで私に近づけた事、褒めてやろう」


「い、いえ、私は刺客じゃありません……!」


「はっ。ここまで来ておいて刺客ではないというのか、ならばお前の目的を言え」


「も……目的は……」


「グレッグ、お前の事は調べた。すべてに偽の経歴だった……娘に近付き、どうするつもりだったのだ! 言ってみよ!」


 もう絶体絶命だ。でも、フィリス女王を巻き込むわけにはいかない。


「あの、」


「……陛下、フィリスに乗せられてからかっていますね。駄目ですよ」


 覚悟を決めるしかないと口を開いた瞬間、とても低く澄んだ素敵な声が聞こえてきて、私はびっくりしてそちら向いた。


 そこには呆れた顔をしているヒースクロウが立っていた。

 彼の周りだけ輝いて見える。


 慌てて振り返った為、皇帝陛下の剣で首が少し切れてしまった。しかしそんな事は関係ない。彼に裏切られたと思われたくない。


「ヒースクロウ殿下……! あ、あの私は刺客ではありません……」


「そんなことは今は関係ない!」


 ヒースクロウ殿下は私の弁明を一蹴し、慌てた様子で駆け寄ってきて、皇帝陛下の剣を払う。そして、私の肩を掴み、傷口を確認した。


「うわっ。怪我をしてるじゃないか……! なにをしているんですか父上!」


 ヒースクロウ殿下は、皇帝陛下の事をぎっとにらむ。その強い視線に、皇帝陛下すら一瞬ひるんでしまった。すごい。


「う。それは申し訳ない……」


「今はそれどころじゃないので後にしますが、覚えておいてください。……ああ、血が出ている」


「えええ、大丈夫です私ごときそんな風に心配して頂かなくても騎士なので全然傷とか気にしないですし問題ないです!」


 申し訳なさ過ぎて矢継ぎ早に問題ないと伝えたのに、ヒースクロウは眉を下げただけだった。


「無理しないでくれ……」


 心配そうに言い、そっと私の首元に触れ素早く魔法陣を展開し回復をかけてくれる。ふわっと温かな光が産まれ、痛みが引いていく。


「治った……! ヒースクロウ殿下の貴重な魔力を有難うございます記念に傷が残ればよかったぐらいです。ああでもヒースクロウ殿下の魔法で治らないはずないですよね愚かでした」


 私はぺこぺこと頭を下げお礼を言う。

 まさか推しがこんなに近くに来てくれて回復魔法までかけてくれるなんて、しあわせすぎる。


 私の命ここで終わるかもしれないけれど、本望だったかもしれない。


 うっとりとした気持ちでいると、ぐいっとヒースクロウに腰を抱かれた。

 透き通るような冷たい金色の瞳が驚くほど近くにある。


「夢?」


「……夢じゃない、グレッグ。というかエリザベス嬢」


「えっ。なんで私の名前を知っているの! ば、ばれてましたか!?」


 本名で呼ばれ、私は自分の正体がすっかりばれていることに驚いてしまう。

 いつばれてしまったの!


「ずっと気が付いていた。君は動揺すると色々喋るんだな、新発見だ」


「あわわ。口調が間違ってしまっていました。ヒースクロウ殿下ありがとうございます」


「今更すぎだろう。……ねえ、エリザベス。君がグレッグだということは知っていた。だから、距離が近い騎士の間、私は君にずっとアピールしていたのだけれど、気が付かなかった……みたいだね」


 私の動揺を気にした素振りもなく、ヒースクロウ殿下は残念そうにため息をついた。


「アピール!? え! ヒースクロウ殿下が? 誰に? え?」


 聞き間違いかと思う言葉を言われ目を丸くする私は、今度は別の方向から引っ張られる。


「お兄様、エリザベスの処理が追い付いていませんわ。駄目ですよ急にそんなにたくさんの情報を与えては。何のチャンスもいかせてません」


 私の隣にはいつの間にかフィリス王女が居て、キッとヒースクロウ殿下を睨んでいる。


「このままだと駄目だと言ったのは、フィリスじゃないか。動揺している間に距離を詰めるんだ」


「言いましたけど、もっとこうロマンチックなやり方があるでしょう。優しく抱き寄せ恩を着せ、甘く囁くのです。舞踏会のパートナーになってもらうとか」


 何故かフィリス王女の言い方もひどい。恩を着せるって。


「舞踏会の誘いはずっと断られているのに? 単純にそのまま断られそうだ」


「……動揺していても断りそうなのはわかりますわ。でも素敵な誘いも必要です。エリザベスは大事なお友達ですもの」


 私を挟んで、二人はひそひそと話し込んでいる。


 左側のヒースクロウ殿下は金色の猫のようで、右側のフィリス王女はそれを長毛にしたような雰囲気だ。スラリとした品のある佇まいと、誇り高い意志の強さを感じさせる瞳。


 それが私の両隣りに。


 素敵すぎて寿命が伸びそう。


 すぐに陛下に殺されるかもしれないけど。


 全く状況が読み込めない私は、とりあえず夢の世界に逃げることにした。何も考えなければ、素晴らしい状況であることは間違いない。


「似た雰囲気のお二人が話していると、それだけでもう尊いです……あの剣ですぐに死ぬかもしれませんが問題ありません……」


「それは問題どころの話じゃないぞエリザベス嬢」


「エリザベス、しっかりして。……お兄様は、この調子だとずっと推しから抜けられませんわよ早くどうにか頑張ってください」


「……それは困る」


 二人が謎の会話をしているのをぼんやりと聞いていると、フィリス王女は私に優しく微笑んだ。


「エリザベス、よく聞いて。お父様の言葉は冗談ですわ」


「えっ。この殺気が冗談!?」


「ははは。君が騎士になったのはフィリスの推薦だったんだから、私に正体がばれないと思うのは間違いだ。私をのけ者にした罰だよ」


 私が驚いて皇帝陛下を見上げると、皇帝陛下はそういって皇帝陛下はいたずらっぽく笑った。ずっと抜かれていた剣をしまう。


 その顔はヒースクロウ殿下と同じような色気を発していて、私はくらくらとした。


 すっと剣を鞘に収める仕草も、驚くほど格好いい。全部、これがいたずら?

 どこから? 私が護衛騎士になったときから?


 驚くべき状況に、私はへなへなと力が抜けていくのを感じた。良かった。

 ……この家族は心臓に悪いわ。


「こら、父上に見とれるんじゃない」


 拗ねたように、となりのヒースクロウ殿下が私の頭を小突く。


「そんな目で見てません! 推しが増えてしまっただけというかなんというか」


 私は立ち上がり、無罪をわかってもらいたくて必死で言い訳をした。私の動揺した言葉を全く聞いてきいていなそうなフィリス王女が、ヒースクロウ殿下に目配せをしたのが見えた。


 ヒースクロウ殿下は彼女に頷いて見せると、おもむろに私の前で跪いた。


「えっ」


「エリザベス」


 そして、その美しい手で私の手をとり、うるうるとした瞳で私をまっすぐに見つめた。


 直視できずに薄目でいると、ヒースクロウ殿下のごつごつとした手の感触を余計に感じてしまう。そして、そこにヒースクロウ殿下の唇が落とされた。


 わわわわわ、私の手に! キスを! 私の手綺麗だったかな大丈夫なの!?


 あまりの事に赤くなったり青くなったりしていると、ヒースクロウ殿下が今度は私の手を両手でぎゅっと握った。


「君が私の事を推しと呼び崇拝しているのは知っている」


「あああ、なんかもうすいません……!」


「それはいいんだ。……だが、私の事を一人の男としてもみてくれないか?」


「……ひとりの、男?」


 思わぬことを言われて、私は目を瞬いた。


 ヒースクロウ殿下は、悲し気に目を伏せ、言葉をつづけた。


「そうだ。君があの日私たちを守ってくれた時、君の高潔な姿にあっという間に心を奪われてしまった。実際に、護衛騎士になった君とたくさん話すようになって……もっと君の事が好きになった。しかし、エリザベスである君は私の事を推しであると言い、距離をとっていた」


「それは……だって、女である私は、淑女でもなく、地味で……」


「エリザベス、そんなことを言わないでくれ。私は君と話すことが楽しい。君と一緒に居ることが嬉しいんだ。見るだけじゃなく、私と話して、私と向き合ってほしいんだ」


 真摯に響く声は、信じられない内容だったけれど。

 私が殿下と向き合ってないという事は本当で。


 もし、それが殿下を傷つけてしまっているのであれば、それこそ、許されないことだ。


 ……殿下は、私の心を救ってくれていたのだから。

 私は、震える声で自分の心の内を、言葉にしていく。


「ヒースクロウ殿下……。確かに、私は女性としての自分に自信がなく、推しと言って向き合わずにいたかもしれません。……あの、私もヒースクロウ殿下と話すのは、とても楽しいです」


 ずっと推していた彼の事はたくさん知っていたけれど、私に笑いかけたり、ふざけたり、冗談を言ったりするヒースクロウ殿下の事は知らなかった。


 隣にいて話すことが、楽しかった。


 それは、推しじゃなくて、ヒースクロウ殿下として……。


 もう駄目だ。


 私もヒースクロウ殿下の事を一人の男性として好きになっていることを認めざるを得なかった。


 推しだ、といつまでも言っていたのは無意識ながら自衛の意味が、きっとあった。

 自分が傷つきたくなくて。


 私は、女性としては魅力がないから。


 でも、そんな態度がヒースクロウ殿下を傷つけてしまっていた。

 私は、はっきりと自分の気持ちを伝えることにした。


「騎士となって、まともに話すことができてそれも嬉しかったです。色々なことを知ることができて、もっと仲良くなりたいと思いました。それは、ちゃんと、目の前に居る人として。……私、いつのまにか推しではなく男性として、ヒースクロウ殿下の事を好きになってしまっていたみたいです。私の自信がなくて、避けてしまっていてごめんなさい」


 私が赤い顔でそういうと、ヒースクロウ殿下は同じぐらい赤くなって嬉しそうに笑った。


「謝らなくていい。それに女性としての君も、とても魅力的だ。嬉しいよ……これから、一緒に色々していこう」


 ぎゅっと抱きしめられ、甘い声で耳元でささやかれて、私はあわててヒースクロウ殿下の胸をぐっと押しのけた。


「だ、駄目です!」


「どうして?」


「推し期間が長すぎて! なんかこう……やっぱり申し訳ない感じになります! 私なんかが、抱きしめられていい気がしません」


「そうか、じゃあ慣れが必要だな」


 そう言って殿下は、今度は見せつけるように胸の前に持ってきた私の手に、自分の手を絡ませて笑った。


「わああああ」


「エリザベスの手は……騎士の手だな。次は負けないから」


「……望むところです!」


 騎士だと言われ、私ははっとなってヒースクロウ殿下を見た。

 負けない、といった彼は一緒に剣術の練習をした時を思い出させ、私もついにやりと笑った。


「負けたら、デートしよう」


「……! 緩急がつよい!」


「こうやって攻めていけばいいんだな。これから覚悟しておいてくれ」


 そうとろけそうな笑顔で囁かれ、私はどうしていいかわからずにヒースクロウ殿下の手をぎゅっと握った。


「……よろしく、お願いします」


「うん、やっと私を見てくれて、嬉しい」


「お兄様、エリザベス、おめでとう!」


 フィリス王女が手を叩いて喜び、抱きついてきた。


「おめでとうヒースクロウ、エリザベスよ」


「うわーみんな居た……」


 私が思わずつぶやくと、ヒースクロウ殿下はふふっと照れたように笑った。可愛すぎて、死ぬ。


「浮かれてちょっと忘れてたな」


「……私も、浮かれています」


 そのまま王の間はあたたかな拍手で包まれ、ヒースクロウ殿下と目を合わせ、再び笑いあった。

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