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98話--いろいろな反応--

--『開拓者(フロンティア)』side--


 ――生きていた。

 あの憎きクソアマが。


 モニターに映る銀髪女を見た瞬間、胃の奥がぐつりと沸騰する感覚が蘇った。

 忘れもしない、五年前。

 俺たちを嘲笑うかのように戦い、徹底的に叩きのめし、貶めた。


 許せなかった。

 あのとき心の底から誓った。

 絶対に殺してやる、と。


「はっ、自分の手の内を晒すとか馬鹿じゃねぇの?」


 ソファにふんぞり返って、ポテチの袋をカサつかせながら鼻で笑う。

 モニターには、さっきから例の聖女の配信アーカイブが流れっぱなしだ。魔力増加法だの魔力循環だの、聞いたこともねぇ理屈を滔々と語ってやがる。


「でもぉ、これ普通にヤバい情報だよねぇ。国家機密とかに指定しても遜色ないぐらい」


 テーブルに足を投げ出しているパーティの女が、ストローをいじりながら気怠そうに言う。

 その目だけは笑っていない。

 画面の中の聖女を、獲物を見る肉食獣みたいな目つきで睨んでいる。


「偉大なる聖女サマはこの程度屁でもねぇってことなんだろ。舐め腐りやがって」


 別のメンバーが舌打ちし、空になった缶を壁際のゴミ箱へ乱暴に投げ捨てた。

 カン、と乾いた音が部屋に響く。


 見ているだけで腹が立つ。

 息をしているだけで癪に障る。

 だが――。


 だが、国際交流戦。

 あの舞台なら、あの日の雪辱を晴らすことができる。


 建前上は「親善試合」だの「交流」だのと綺麗事を並べているが、結局は実力を見せつけ合う殴り合いだ。

 殺しは無し、とかのお題目も、俺たちからすれば関係ない。


 ルールなんざ、勝てばどうとでもなる。


「俺たちは強くなった。日本を捨て、大金を得て、大国の支援を受けて、今や世界でも1、2位を争うクランにまで成長した」


 窓の外に広がる煌びやかな夜景を見下ろしながら、リーダー格の男がゆっくりと言葉を紡ぐ。

 足元に転がるのは、かつての日本時代のハンターカード。踏みつぶされて折れ曲がり、今ではただのゴミだ。


「長い道のりだったよねぇ。日本を捨てるときに、日本に残るために抜けた子も何人か居たけどさ」


 パーティメンバーの女がからからと笑う。

 あのとき、情に流されて残ると決めた連中の顔が、一瞬だけ脳裏をよぎる。


 結局――雑魚は淘汰されるんだ。

 強くなれない奴は、そこで終わり。

 生き残る資格がない。


 俺たちは違う。

 日本という泥舟を蹴り飛ばし、引き抜きに応じ、金と設備とチャンスを掴み取った。

 その結果が、今だ。


「クソ聖女、首を洗って待ってろよ」


 画面の中で笑顔を浮かべている銀髪女に向かって、男は中指を立てた。


 国際交流戦。

 そのリングの上で、必ず――お前を殺す。


 


--とある研究員side--


 国際交流戦の日にちと詳細が決まった、とメールが来た。

 その通知を閉じて、私はいつものように研究室の隅で一人、簡単な昼食を済ませる。


 相変わらず、所長は帰ってこない。

 広い室内に、カチャカチャと食器の触れ合う音だけが虚しく響いた。


「……所長」


 食器を片づけたあと、デスクの端に置いてある写真立てを手に取る。

 額縁の中の所長は、いつもと変わらず柔らかく笑っていた。


 ――あの女のどこがいいのだろう。


 最近、画面越しに見るたびに、胸の奥がざわつく。

 銀髪の聖女。

 思慮深そうに見えて、何も考えてなさそうな顔をしている。


「顔だけじゃん……」


 写真立てをそっと元の位置に戻し、椅子にもたれかかる。


 銀髪――。

 そういえば、とふと記憶の底が掘り起こされる。


 時々見る夢がある。

 そこには、いつも銀髪の剣士が一人、当たり前のように立っている。


 夢の中では、銀髪の剣士と私、そしてほかに三人。

 五人でパーティーを組んで、当たり前のようにダンジョンを攻略していた。


 銀髪の剣士は、あまり喋らなかった。

 でも、アイテム袋にちょっかいを出しても嫌な顔をしなかったり、私の描いたマークを「かわいい」と言って笑ってくれたり――妙に距離感がおかしい奴だった。


 ……関係ないか。

 その夢の中に出てきた銀髪の剣士は、男だったし。

 今、所長の隣にいるのは、あんな女だ。


「はぁ……」


 小さくため息が漏れる。

 所長を誑かした銀髪の女を、国際交流戦で懲らしめてやろうか――なんて、最初は本気で考えていた。


 でも、今日の配信を見てわかった。

 多分――いや、間違いなく、私じゃ敵わない。


 魔力増加法に魔力循環。

 あんなものを平然と説明して、実力まで見せつける化物。


「どうすればいいかな……あっ」


 浮かんだひとつの考えに、自分で自分の口元が吊り上がるのがわかった。


 ファンのふりをして近づいて、毒の入った差し入れを渡せばいいのでは?


 致死毒なんて使うほど、私は鬼じゃない。

 麻痺毒ぐらいにしておいてあげよう。

 動けなくなって、所長の前で情けない姿を晒すぐらいで十分だ。


「へへっ、へへへっ」


 気がつけば、喉の奥から歪んだ笑いが漏れていた。


 そうと決まれば――やることは一つ。

 無味無臭、血中に入れば数秒で全身の筋肉を固める。

 そんな理想的な麻痺毒の開発に、全力で取り組まなければ。


 モニターに映る所長の研究データファイルを開き直しながら、私はそっと呟く。


「待っててね、私の所長さま」




--ハンターランキング1位side--





「ジーザス……」


 静かな書斎に、思わず漏れた感嘆が響いた。

 目から鱗どころか、体の中身をひっくり返されたような衝撃だ。


 それほどまでに、日本にいる“聖女”とやらが公開している技術は、狂っていた(クレイジーだ)


 ハンターとして覚醒してから、私はひたすらダンジョンに潜り続けてきた。

 命を賭けて戦い続け、ひとつずつランクを駆け上がり――気がつけば、ランキング1位。

 「最強のハンター」と呼ばれて、もう数年が経つ。


 富も、権力も、名声も。

 欲しいと言ったものは大体手に入った。


 ただ一つ――

 張り合える、“対等な相手”を除いて。


 そんな折に、聖女の配信が話題になった。

 暇つぶしのつもりで再生してみたのだが、途中から完全に姿勢を正していた自分に苦笑する。


 魔力増加法。魔力循環。

 どれもこれも、直感で「正しい」と分かる理屈だった。


 実際に真似をしてみると――世界が一段、変わった。

 体内の魔力の質が滑らかになり、スキルのキレが増し、身体の隅々まで力が行き渡る。


 聖女の公開した技術は、私を一つ上のステージに押し上げたと同時に、

 他の追随を許さないほどの差を、周囲につけてしまった。


 だが。


 聖女本人の力量は、それでもなお底知れない。

 配信の映像で確認できた範囲だけでも、常識の枠を易々と踏み越えていた。


 目隠しをしたままあの量の弾幕を防げるか?

 雷撃と矢と、正体不明の暗殺者の気配まで混ざった攻撃の雨を、一度も被弾せずにいなせるか?


 あれを“遊び”の延長のようにやってのけていた。


 しかも、隣にいた青髪の少女もそうだ。

 そこら辺のトップハンターよりも、よほど洗練された動きと反応速度を持っていた。


「ははっ、楽しい戦いになりそうだ」


 グラスの中で琥珀色の液体が揺れる。

 窓の外には、国際交流戦の会場として使われる予定の巨大ドームが、小さく見えていた。


 私はグラスを持ち上げ、まだ見ぬ“対等な相手”へと向けてそっと掲げる。


「An evenly matched battle――」


 そう願いを込めて、一人きりの部屋で乾杯した。


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