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94話--解決と襲撃--



 デザートエルフたちを、それぞれ仮住まいとして割り振った家に案内し終えたあと、その足で畑にも連れていった。

 拠点の端にある、そこそこ広めの耕作地。土はよく耕されていて、ところどころに前に植えていた作物の名残が見える。


 畑を一目見るなり、リーンたちの目がまん丸になった。


「こんな肥沃な土地が……!?」


 代表のリーンが、足元の土を掬って指先でほぐしながら、感嘆の声を漏らす。後ろにいた他のデザートエルフたちも、信じられない、というようにざわついていた。


「そんなにいい土地なの?」


 私が首を傾げると、リーンは土を両手でそっと戻し、真剣な顔でこちらを見た。


「私たちが暮らしていた環境は殆ど砂上でしたので……自然力を使い、水の精霊にお願いして水分を留まらせて、ようやく農作物を育てていたんです」


 なるほど。

 確かに、砂ばかりの場所に種を植えたところで、普通なら乾いて死ぬだけだろう。

 そこから“農業を成立させる”って、ちょっとやそっとの知識と技術じゃ到底無理だ。


「この土地なら簡単ですよ! 自然力を使えば三十日で収穫できます!」


 リーンがぱっと顔をほころばせて宣言する。


「それは頼もしい限りだね」


 思わず頷く。

 今まで頭を抱えていた食糧問題のところに、いきなり眩しい光が差し込んだ気分だ。


 後ろで話を聞いていた沙耶が、小さくガッツポーズをしているのが視界の端に入った。

 相当悩んでたんだろう。最近、帳簿とにらめっこしてる姿をよく見かけたし。


「あとモンスターの内臓と骨ってどこかにあったりします?」


 リーンが遠慮がちに手を挙げる。


「どうだっけな……。沙耶、何かわかる?」


「多分解体場にあるよ。内臓は食べれないみたいだったから穴を掘って埋めてあるはず」


「焼くと煙と匂いがすごくてしんどいんっすよねぇ」


 七海が鼻をつまむような仕草をしながら付け加える。


「もらってもいいですか? 私たちの中に【農業】のスキルを持っている者がいるので、肥料にできるはずです」


「いいよー、解体場には伝えとくね」


 沙耶がすぐに了承する。

 モンスターの内臓や骨は、今まで「邪魔なゴミ」扱いだったけれど、デザートエルフたちにとっては立派な資源らしい。


 頭を悩ませていた食糧問題が、淡々と、しかも順当に解決へと転がっていく。

 これで、書類に埋もれた顔をしていた三人を見る機会も、少しは減るかもしれない。


「じゃあ色々解決しそうだから私はダンジョンに――」


 そろそろ自分の仕事に戻ろう、と踵を返しかけたところで――。


「お姉ちゃん? もう夕方だよ? 約束……忘れてないよね?」


 後ろから、若干低めの声色で沙耶が呼び止めてきた。


 夕食前までには戻る――。

 今日、ダンジョンに向かう前に、ちゃんと沙耶と交わした約束だ。


 じとっ、と沙耶の視線が刺さる。

 無言の「どうせ忘れてたでしょ」が伝わってくる。


「――は今日はもういいかな! 家に戻って夕飯作ろう!」


 即座に進路変更。


「こーれ、絶対忘れてたやつっすね」


 七海に図星を突かれたので、苦し紛れにそこそこの力を込めたデコピンをお見舞いしておいた。


 べちん、と鈍い音がして、七海が「っっっ……!」と声にならない悲鳴を上げて額を押さえてうずくまる。

 カレンに妙なことを教え込んだ罰も、ついでに含まれている。


「じゃあ、リーン。何かあったら私たちに言ってね」


「はい! ありがとうございました!」


 リーンたちデザートエルフに手を振って別れ、私たちはそれぞれ自分たちの家へと戻った。


 今日の夕食当番は……小森ちゃんだ。

 間違いなく、テーブルの上は肉祭りになるだろう――いろんな意味で覚悟しておこう。



 リーンたちが私たちの拠点の正式な「仲間」となった翌朝。

 私は、軽い運動と壁の見回りを兼ねて、拠点の壁をぐるりと散歩していた。


 朝の空気はまだひんやりしていて、吐く息が少しだけ白い。

 ハンター協会の支部付近に見慣れた背中があった。


「おう、嬢ちゃん……」


 柵にもたれかかるようにして、相田さんが空を見上げていた。


「随分と元気なさそうだね」


 目の下にはくっきりとクマ。

 どこか焦点の合わない視線。歩き方もいつもより重い。


「この歳のジジイに徹夜は堪えるんだ……国際交流戦の詳細を詰めるためには時間が足りねぇんだ」


「おつかれさま。あまり無理はしないでね」


「なあに、嬢ちゃんが戻ってきてくれたおかげで何とかなりそうなんだ。この老体に鞭打ってでも働くさ」


 言葉とは裏腹に、背筋はまだ真っ直ぐで、その横顔には確かな熱が宿っていた。


「じゃあな」


 軽く手を振って、相田さんは協会の支部の方へと戻っていった。

 背中が少し小さく見えたのは、きっと疲れのせいだ。


 国際交流戦まで、あと十日ほど。

 他の国々は、とうの昔から準備を進めていたらしい。

 まともな戦力の多くが国外に流出している日本だけが、後手に回っている構図だ。


(……明日の魔力循環の配信のことも考えないとなぁ)


 砂埃の舞う外壁から視線を戻し、拠点内へと足を向ける。


 なんやかんやで、毎日考えることが多い。

 ダンジョンの殲滅、拠点の治安維持、技術の公開、国際交流戦への備え――ついでに、みんなのご飯の心配も。


 散歩を切り上げて家に戻ると、ちょうど朝食の準備ができていた。


 今日の朝食当番は沙耶だったらしく、テーブルの上には「これぞ和食」という感じの品揃えが並んでいた。

 納豆、味噌汁、卵焼き、漬物に、炊き立ての白米。


 椅子に腰を下ろし、一通り手を合わせてから箸をとる。

 胃袋を落ち着かせる優しい味が、じんわりと体の奥まで染み渡っていく。


「さあて、今日もダンジョンに――」


 家の前で軽くストレッチをして、「よし」と息を整え、駆け出そうとしたその瞬間。


 カン、カン、カン、と壁の方から鐘の音が鳴り響いた。


「敵襲! 敵襲ー!」


 見張り当番の張り上げる声が、拠点内の空気を一瞬で緊迫させる。

 遠くの方から、こちらに向かって一人の青年が全力で駆けてくるのが見えた。


 鐘の音を聞きつけて、家の中から沙耶が飛び出してくる。


「報告」


「はい! 西北西の方角よりモンスターの群れを確認! その数、約五万です!」


 息も絶え絶えに告げる青年。

 数だけ聞けば、十分“災害級”の規模だ。


「……はぁ。お姉ちゃん、いける?」


 沙耶が一拍置いて、私を見る。

 面倒くさそうに頭を掻いている。


「いいよ。全部倒しちゃっていいんだよね?」


「うん。終わったら戻ってきて」


「了解」


 簡潔にそう返すと、沙耶はすぐさま家の中へと戻っていった。

 端末を手に持っていたからおそらく避難が必要な場所に住んでる人たちに避難所へ逃げるように指示を出しに行ったのだろう。


 報告してくれた青年は、ぽかんと口を開けたまま、家の中に戻っていく沙耶と、こちらに向き直った私とを交互に見ていた。

 ーーそうだよね、いつもは沙耶が前線に立って指揮してたから困惑するか。


「走ってきたばかりで悪いけど案内して」


「はっ、はい! こちらです!」


 青年が再び駆け出す。

 彼の背中を追いかけるように、私も地面を蹴る。


 さっき壁の見回りをしていた時には、周囲にそこまでモンスターの気配はなかったはずなのに――何が起きた?


 五分ほど走ると、外壁の近くまで辿り着いた。

 梯子を駆け上がり、壁の上から外を見下ろす。


 土煙を上げながら接近してくるモンスターの群れ。

 その先頭には――人影。


 モンスターを引き連れ、一直線にこちらに向かって走ってくる。


(……トレインか?)


 思わず、小さく舌打ちが漏れる。


 回帰前の世界でも、何度か見たことがある光景だ。

 大量のモンスターを引き連れて、進行方向にいるプレイヤーにヘイトを擦り付ける――列車みたいに連れてくるから“トレイン”。害悪行為の代名詞だった。


「じゃあ、行ってくるね」


 壁上の兵士たちに一言告げて、私は壁の外側へと身を躍らせる。


「えっ、援護はいかがなさいますか!?」


「いらないよ。討ち漏らしが無いか見てて」


 地面に軽く着地し、そのままモンスターの群れに向かって走る。


 抑え込んでいた体内の魔力を、一気に解放する。

 肺の奥から吐き出すように、全力で【竜の威圧】を前方へ叩きつけた。


 ――瞬間。


 さながら見えない壁にぶつかったかのように、モンスターたちの進行がぴたりと止まる。

 咆哮も足音もやみ、空気が一瞬、押しつぶされたように重たくなった。


 先頭を走っていた人間は、その威圧に晒されて耐え切れなかったのか、その場に倒れ込んでぴくりとも動かなくなっている。


(……事情を聞くのは後でいいか)


 今はまず、目の前の危険の排除が先だ。


 動きの固まっているモンスターたちに向かって、一歩踏み込む。


 剣を顕現させ、魔力を刃に纏わせる。

 あとは、斬って、斬って、斬り刻むだけだ。


 一体ごとに力を込める必要はない。

 ただの作業として、最短ルートで命を刈り取っていく。


 といっても、油断はしない。

 返り血が飛び散らないよう、斬り方だけはきっちり調整する。


 牙を振りかざすコボルト、腕の太いオーガ、硬そうな甲殻を持つ虫型――。

 どれもそれなりに脅威ではあるが、正直なところ、特に歯ごたえのある相手は一体もいなかった。


 感覚としては、少し固めの雑草を黙々と刈り取っているようなものだ。


 およそ三十分ほど、淡々と“作業”を続ける。

 最後に残った個体が崩れ落ちるのを見届けてから、一度大きく息を吐いた。


 念のため、周囲に魔力を流して探知を行う。

 半径数キロの範囲内に、生きているモンスターの気配はもう残っていなかった。


「後片付けよろしくねー」


「はっ、はい!!!!!」


 壁の上から恐る恐るこちらを伺っていた青年に向かって声をかけると、彼は慌てて直立不動になって敬礼した。


 地面に倒れたままの“トレイン犯”の襟首をつまみ上げる。

 モンスターの血でべっとりと汚れた服。

 顔立ちはまだ幼く、十五歳くらいだろうか。

 短く刈った髪と、日に焼けた肌。よく走り回っていそうな、スポーツ少女という印象だ。


 威圧に当てられたせいか、目を覚ます気配はまだない。


「ま、とりあえず連れて帰ってから、かな」


 私はずるずると彼女を引きずりながら、拠点の家へと戻った。

 玄関の前まで来たところで、タイミングよく扉が開く。


「くぁ……今度は何拾ってきたの?」


 盛大にあくびをしながら、沙耶が出迎えてくれた。


「人聞きが悪いなぁ……襲撃の犯人だよ」


「……生きてるよね?」


「生きてるはず。血がべっとりついてるけど、私が斬ったモンスターの血だし」


「おっけー、七海さーん! 庭に椅子とロープ用意してー!」


 家の中から「はいっすー!」という元気な返事が聞こえてくる。


 椅子とロープ――何をするのか、聞かなくても大体わかる。

 間違いなく、これは「尋問」の準備だ。


 私は気絶した少女を見下ろしながら、小さく息を吐いた。

 ……敵意が無ければいいんだけどねぇ。

 厄介ごとの気配を感じながら犯人を庭まで連れて行った。


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