表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/131

92話--相談と決定--

 デザートエルフ達との話がひと段落したのか、カレンがとことこと私の方へ戻ってきた。


「ん、あーちゃん。みんな連れて行きたい……」


 開口一番、それだった。

 相変わらず前置きゼロで、要点だけをぽんと投げてくる。


「どっちに……?」


 魔界に連れて行くつもりなのか、こっち――地球側の拠点に連れて行きたいのか。

 どちらもカレンなら本気で言いそうなので、一応確認する。


 カレンは「ん」と短く返事をして、すっと顎をゲートの方へ向けた。


 視線の先には、デザートエルフ達が固まってこちらの様子を伺っていた。

 ローブに身を包み、弓を抱えた彼らは、見慣れたエルフよりもどこか逞しく、砂の匂いが似合う雰囲気を纏っている。


 ざっと見ただけでも、四十人前後。

 一人一人の魔力量は、魔力を目に集めて確認した限りそこまで高くはないが――全員が手に弓を携えていた。


「戦闘力の高い男たちは襲撃を受けた際に皆殺されてしまいました……どうか……」


 前に出てきた代表らしきデザートエルフの女性が、ぎゅっと弓を握りしめながら深々と頭を下げた。

 震える声に、押し殺した悔しさと恐怖が混じっているのが分かる。


「ん……かわいそう……。あーちゃん……」


 カレンが私の服の裾をきゅっと摘まむ。

 助けたい、と言うより「放っておきたくない」という感情がその仕草からこちらに伝わってくる。


 改めて人数を数える。

 四十人のうち三十五人は、ぱっと見て分かるくらい若い女性。

 残りの五人は、人間で言えば七〜八歳ほどの子どもだろう。大きな弓ではなく、小さな練習用の弓を胸に抱えて、不安げにこちらを見つめていた。


 この場で最終的に決めるのは、実質的には私だ。

 だけど、「はい連れて帰ります」とその場の情で決めていい話でもない。


「スキル持ちは何人いる?」


 まずは、冷静に戦力の確認から入る。

 感情を一度脇に置き、必要な情報だけ拾っていく。


「あっ、はい! 皆【弓術】持ちです……技能(アーツ)は【回収】と【強射】は全員が持ってます」


 代表の女性が、胸に手を当てながら答える。

 控えめな口調の中に、自分たちの技量への誇りが少しだけ滲んでいた。


「ふむ……」


 【弓術】の基礎を押さえる上で最低限欲しい技能は揃っている。

 【回収】があれば矢の消費を抑えられるし、【強射】は単純に火力を底上げする。


 あとは――実際に撃たせてみれば、現実的な実力が見える。


「少し離れて、全員で私に向けて矢を射って」


 あえて淡々と告げると、デザートエルフ達が一瞬「え?」という顔をした。

 自分たちの矢を真正面から受ける、と言われるとは思っていなかったのだろう。


「ん、気にせずやって大丈夫。あーちゃんは私より強い」


 カレンが横からさらっと保証を入れる。

 その一言で、彼らの表情から戸惑いがいくらか引いた。


「わっ、分かりました!」


 代表の声が響き、号令が飛ぶ。

 デザートエルフ達は素早く隊列を組み直し、私からおよそ三十メートルほど距離を取った。


 砂混じりの床を踏む足音が、ざり、と乾いた音を立てる。

 全員が弓を構え、弦を引き絞ると、周囲の空気がぴんと張り詰めた。


「いきます!」


 合図と同時に、四十本の矢が一斉に放たれた。


 ――思っていたより速いな。


 空気を裂く音と共に、矢の群れが黒い雨のような軌跡を描いて迫ってくる。

 七海の矢と比べれば、やや遅い。

 けれど、一般的なハンターの放つ矢と比較するなら、明らかに速く、重そうだ。


(これだけ揃ってれば、拠点の壁の上に立たせるには申し分ないかもね……)


 頭の片隅でそんな計算をしながら、私は剣を顕現させ一歩踏み出す。


 飛来する矢の軌道をひとつひとつなぞるように目で追い、最小限の動きで刀身を滑らせる。

 一閃、二閃――剣の軌跡が描かれるたびに、矢が次々と弾かれ、斬り落とされていく。


 甲高い金属音ではなく、乾いた木の折れる音が立て続けに響いた。

 やがて、一本も私の身体に触れることなく、矢は床一面に散らばって転がる。


 最後の一本が地面に落ちたのを確認してから、私は顕現していた剣をすっと消した。


「うん、実力は大体わかったよ」


 予想よりも、ずっと「実用的」だ。

 対モンスターだけでなく、対人戦でも戦術次第ではいい働きをしてくれそうだ。


「後は……皆に相談かなぁ、流石に私の一存じゃ決められないや」


 いくら私が「戦力として魅力的」と判断しても、拠点に住んでいるのは私一人じゃない。

 他の皆がどう感じるかも踏まえて、初めて「仲間」として迎えるかどうか決められる。


「ん。了解。わたしはここで待ってる」


 カレンがゲート脇の岩に腰掛ける。

 その隣で、デザートエルフ達が固唾を呑んでこちらの様子を見守っている。


「戦闘以外で何かできることある?」


 今の拠点で一番不足しているものを思い浮かべながら尋ねる。

 戦闘面以外で何かしらできることがあればそれも交渉材料になるかもしれない。


「えっと、不毛の地でも農作物を育てることができます!」


 代表の女性が、ぱっと表情を明るくして答えた。

 砂漠で生きてきた種族ならではの技術だろう。


「ん、あと拠点に居る人には傷付けさせないように、わたしが【宣言】させる」


 カレンが親指を立てて言う。

 【宣言】は、発動させた本人の行動を縛る強制力の高いスキルだ。

 私の【全知】でも効果が保証されている裏切り防止策としては、この上ない。


 そういえば、つい最近沙耶が「野菜がもうない」と嘆いていたのを思い出す。

 これは交渉材料として、かなり強力だ。


「悪くない交渉材料ができたね。じゃあ行ってくるよ」


「よろしくお願いします!!」


 デザートエルフ達が一斉に頭を下げる。

 揃った動きが妙に様になっていて、ああ、真面目な種族なんだな、と少しだけ頬が緩んだ。


 私はもう一度ゲートを潜り、自宅へと向かって駆け出した。



 玄関のドアノブに手をかける。

 カチャ、と金属の噛み合う音を鳴らして扉を開き、靴を脱いでそのままリビングへ向かった。


「あ、お姉ちゃん。おかえりー」


「おかえりっす……」


「おかえりなさい……」


 リビングに入ると、沙耶と七海と小森ちゃんの三人が、テーブルいっぱいに書類を広げて睨めっこしていた。

 三人とも眉間に皺が寄っていて、空気がちょっとだけ重たい。


「みんな難しい顔してどうしたの?」


 私が椅子の背にもたれかかると、沙耶が紙の束を捲りながら答えた。


「お姉ちゃんがモンスターを大分殲滅してくれたから農業ができる土地が確保できたんだけどさ……拠点に農業経験者が居なくて……」


「野菜も殆ど在庫が無くなってるんすよね。このままじゃ栄養バランスが崩壊するっす」


「今までは何とかやりくりしてたんですけどね……」


 三人が、ほぼ同じタイミングでため息を吐いた。

 モンスターという脅威が減った分、今度は生活の基盤――食糧の問題が前に出てきた、というわけだ。


「実は、今ダンジョンでさ……」


 ちょうどいいタイミングだ。

 私は椅子に腰を下ろし、さっきのデザートエルフ達とのやり取りを順を追って説明していく。


 魔界の砂漠から来たこと。

 カレン――正確にはカレンのお母さん――を頼って移動していたこと。

 戦闘力とスキル構成。

 不毛地帯でも農作物を育てられる技術を持っていること――。


 一通り説明し終えると、沙耶がふぅ、と小さく息を吐いた。


「拾ってくる前に相談してくれてありがとね、お姉ちゃん」


「……うん」


 ちょっと耳が痛い。


 学生時代、捨て犬や捨て猫を「かわいそうだから」と連れ帰ってきたことが何度もある。

 カレンを連れてきた時なんて、ほとんど事後報告だった。


 そのたびに「ちゃんと相談して」と沙耶に言われ続けてきた。

 だから今回は、ちゃんと先に相談している。これでも成長したのだ。


「農業できて戦力としても使える種族かぁ……」


 沙耶が顎に手を当て、考え込むように天井を見上げる。

 視線が書類から私へ、その後また机の上へと行ったり来たりしている。


「【弓術】持ってるんすよね!? うちの子分にして鍛えてもいいっすよ!」


 横から七海が元気よく手を挙げて割り込んできた。

 その後ろで、小森ちゃんが少し不安そうな顔をして問いかける。


「……カレンさんのスキルの効果で私たちを襲ってくることはないんですよね?」


「うん、実際何かあったとしても三人で対処できるぐらいの戦力だし……普通に意思疎通もできる」


 矢の速度も、技量も、手に負えないほどではない。

 それに、さっきの彼女らの態度からしても敵対心は薄く、むしろ必死に縋ろうとしているように見えた。


 沙耶が、うーんと唸り声を上げた後、一度書類をテーブルに置いて椅子から立ち上がる。

 きゅっと拳を握ると、こちらを真っ直ぐ見た。


「よし、見てから判断するよ。お姉ちゃん、私も連れてって」


「了解。七海と小森ちゃんは?」


「うちは賛成なので行かなくて大丈夫っす!」


「私は……沙耶ちゃんに任せます」


 二人の返事を聞いて、私は小さく頷く。

 デザートエルフ達が、この拠点の「仲間」になるかどうか――その分かれ目となる場に、沙耶を連れて再びゲートへ向かった。



 沙耶を連れてゲートに入るとカレンが手を振って出迎えてくれた。


「ん、妹ちゃん。この子たちが話の件」


「ありがとう、カレンさん。ちょっとそっちの子たちに質問させて」


 沙耶はそう言うと、デザートエルフ達の前まで歩み寄り、代表の女性と向き合った。

 真剣な表情で、けれど柔らかい声色で問いかける。


「人間……人族ってどう思う?」


「えっと、若いなぁ。と思います」


 ……その場に、微妙な空気が流れた。

 悪気はないのだろうが、返ってきた言葉があまりにも率直すぎる。


 沙耶とデザートエルフの代表の間に、しん……と沈黙が落ちる。

 沙耶がちら、と助けを求めるような目で私の方を見てきた。


「沙耶、エルフ族は老いが緩やかだから人間の10倍は軽く生きる種族だよ」


「そうなんだ……。! ねえ、あなた達、男性がいないけど人族と……えっと、その……」


 言い淀んだ沙耶の隣で、カレンがなぜか得意げな顔で手をグーにして、親指を人差し指と中指の間に出していた。

 どこで覚えてきたの、そのジェスチャー。


(……絶対七海あたりだな。あとで説教だな、これは)


 心の中で七海にマイナスポイントを付けながら、成り行きを見守る。


「……子は成せます。しかし、無理にそういうことは……」


 代表の女性が、頬を少し赤くしながらも真面目な顔で答えた。

 その仕草はどこまでもまっすぐで、こちらが変なことを聞いているような気さえしてくる。


「あ、いや! そういう意味じゃなくてね? 私たちの拠点は若い女性が少なくて、逆に若い男性の方が多いから……言い寄られたりアプローチされたりすることが割とあると思うんだ」


 ――美人さんが多いし。

 沙耶が顔を真っ赤にしながら、ぼそっと付け加えた。


 たしかに、デザートエルフ達は整った顔立ちの者が多い。

 砂漠の民らしい健康的な小麦色の肌に、すらりとした体つき。

 拠点の若い男たちが放っておくとは到底思えない。


「えっと、私たちを大切にしてくれる殿方であれば問題はありません! ただ……その人族の方たちの年齢をお伺いしても良いですか?」


「大体25歳~40歳が一番多いね。それ以上の人たちは大体みんな奥さんいるし」


「40!?」


 代表が素っ頓狂な声を上げた。

 その声に釣られて、周りのデザートエルフ達の間でもざわざわとどよめきが広がる。


「ん、たぶん見た目的に子供以外は全員240歳ぐらい。子供は……25歳ぐらい?」


 カレンがさらっと爆弾発言をする。


「老いが遅いって聞いてたけど本当なんだね」


「お姉ちゃん……これ本当に大丈夫……?」


「大丈夫じゃない? 若い男なんて見た目が良くて性格も良ければ年齢なんて気にしないよ」


 それは少しばかり偏見混じりだけど――、回帰前に六十五年、男として過ごしてきた経験から来る実感でもある。

 沙耶が「うぅ」と唸り声をあげてから、観念したようにひとつ息を吐いた。


「うん、私たちの拠点に来てもいいよ」


 その一言が告げられた瞬間、デザートエルフ達の間からわぁっと歓声が上がった。

 張り詰めていた空気が一気に緩み、子どもたちまで跳ねるように喜んでいる。


 その後は、拠点でのルールや最低限守ってもらう決まりごとを一通り説明し、カレンに【宣言】をかけてもらう段取りをつけてから、私たちは一緒にダンジョンゲートを出た。


 こうして、魔界の砂漠から流れ着いた新しい「隣人たち」が、私たちの拠点に合流することになったのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
下手に人にありそうな7〜80とかよりそうゆう種族、人間年齢いくつみたいに捉えやすいしね〜
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ