表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/128

91話--知らない種族--



 何事もなく朝食を食べ終えて、食器を洗って、一息ついて。

 それから私は、予定通り周囲のダンジョンを潰しに向かった。


 今日はこの前みたいに、楽しくなって時間の感覚を吹き飛ばしてしまわないように、家を出る前に新しい端末でアラームをぽちぽち設定しておく。

 夕方前と、夕飯少し前と、最悪の保険で夜の二十時。三段構えだ。


(これで帰り忘れたら、さすがに弁解の余地ない……)


 そんなことを考えながら、私の立っている位置から一番近いゲートへと足を向けていく。


 潰し始めて――三つ目、十個目、五十個目と数を重ね。

 八十二個目のダンジョンに足を踏み入れた、その瞬間だった。


 視界がゲート特有の揺らぎから切り替わるのとほぼ同時に、

 ヒュッ、と空気を切り裂く鋭い音が耳を打つ。


(矢――)


 考えるより先に体が動いていた。

 手に持った剣で刃を横から差し込む。


 カン、と乾いた音。

 飛んできた矢は、私の頭に届く前にあっけなく真っ二つにされ、そのまま床に転がった。


 矢の飛んできた方向へ、視線だけを向ける。


「……ダークエルフか」


 そこには、こちらをじっと窺うように立ち並ぶ一団がいた。


 特徴的な尖った耳、浅黒い肌、しなやかそうな肢体。

 森の中でも夜の闇に紛れそうな、濃い色合いの革鎧とマント。


(懐かしいな……)


 思わず、昔の記憶が引きずり出される。

 カレンと最初に出会った時も、似たような光景を見た。あの時も、彼女の後ろにいたのはダークエルフたちだった。


 ダークエルフの分類はモンスターだ。

 同じ耳を持つエルフは、モンスターではなく亜人として分類されていた。


 回帰前――まだ「人類」が余裕をギリギリで保っていた頃。

 ゲート内にいる、話が通じる人型の生物は総称して「亜人」として整理されていた。

 逆に、言葉が通じない、あるいは通じたとしても価値観が遥かに隔たっているものは「モンスター」。


 両者の違いは、結局のところ「会話が成立するかどうか」だ。


 カレンの話では、本来のエルフは森と清浄を好み、瘴気に長時間晒されると、その魂ごと汚染され、やがてダークエルフへと堕ちるのだという。


 魔界には瘴気が当たり前のように存在していて、魔族はそれに対する耐性を先天的に持っている。

 けれど、エルフはそうではない。だからこそ「清浄」にこだわるのだとカレンは笑っていた。


 稀に、そんなダークエルフの群れの中にも、高い知性を持つ個体が生まれる。

 そういう個体は「指揮個体」として群れを統率し、魔物の軍勢を組織だった戦力へと変える。


(……で、今回は居るみたいだね)


 前方の影の密度と、矢の飛び方、射線の整理のされ方で察しはついていた。


 基本的に、モンスターは強者に靡く。

 力の差を見せつけて、服従させてしまえば「戦力」として使えることもある……らしいが、

 元々が排他的なエルフだったせいか、素直に人間に従ってくれる例はほとんど無い。


 エルフ、もしくは同じダークエルフが相手でないと、言葉どころか命令も聞きやしない。

 カレンがダークエルフたちを従えていたのは、彼女の中に「高位エルフであるハイエルフの血」が流れていたからだ。


(しかし……動かないなぁ)


 こちらが剣を抜いて構えたまま、しばらく距離を保って対峙する。

 だが、矢の一斉射も、突撃もない。ただ、互いに相手を値踏みするように睨み合うだけ。


(待ち伏せ前提で戦うつもり……ってわけね)


 突っ込んでいっても、今の私なら普通に勝てる自信はある。

 けれど、戦術を駆使してくるタイプは単純に「面倒臭い」。


 小さく舌打ちして、一歩、また一歩と歩みを進める。

 緊張と殺気に満ちた空気の中、前方の集団から一人だけがふらりと前に出てきた。


(指揮個体、かな)


 周囲の視線の集まり方からして、間違いないだろう。

 1対1を尊ぶのか、自分の実力に絶対の自信があるのか。


 どちらにせよ――。


(思ってたより、ちょっとは楽しませてくれそう)


 自然と口角が上がる。


 前からやってくるダークエルフは、こちらとは対照的に、わずかに肩を強張らせているように見えた。

 遠目に見ていた時はぼんやりとしていたが、近づくにつれ、その肌の色が「浅黒い」というより、

 焦げ茶に近い、砂を焼き締めたような色合いなのに気づく。


(……突然変異、か? 瘴気の質が違うとか?)


 お互いが、自身の間合いに入ったところで、ぴたりと足を止めた。


 私は剣を構え、重心を前へ――踏み出そうとした、その瞬間。


「おおおお、お待ちください!!!!」


 耳をつんざくような声が、正面から飛んできた。


「……驚いた。ダークエルフは話が通じないと思ってたんだけど……」


 条件反射で構えを崩しかけた手を、そのまま静止する。


 目の前の“ダークエルフ”は、両手を高く挙げて、こちらに向かって必死な顔でまくしたててきた。


「あなた様から、高貴な方の匂いがします!! 身近にハイエルフ様の血筋の方がいらっしゃいませんか!?」


 言葉ははっきりしていて、発音も流暢だ。

 少なくとも、知性のないモンスターが発するうなり声ではない。

 間違いなく、こちら側の言語体系を理解している「亜人」の声だった。


 ハイエルフ――カレンのことだろうか。


 心のどこかで「油断させるための作戦かもしれない」とブレーキを踏みながらも、完全に構えは解かない。


 私が眉根を寄せていると、目の前の“ダークエルフ”が続けた。


「あと、私たちはダークエルフと間違われがちですが、デザートエルフと呼ばれる種族です……」


「デザートエルフ……?」


 耳慣れない単語に、思わず復唱してしまう。


 聞いたことのない名前だ。

 エルフの中でも、森の上層に住むハイエルフだの、樹海に溶け込むレンジャー系だのはカレンから散々聞かされたが、「デザート」は初耳だ。


 頭の中の辞書を引っ掻き回していると、デザートエルフを名乗る亜人が、慌てて説明を付け足してきた。


「森ではなく砂漠地帯に住むエルフです。南部の砂漠から、ハイエルフ様が女王をしているザレンツァに庇護を求め、向かう途中に……アラミスリドの魔族に襲撃され、気がついたらこんな場所に居たのです」


「……情報量が多くてよく分かってないんだけど、その肌色は――」


「日焼けです」


 即答。


 私たちの間に、気まずい沈黙が落ちた。


(あ、日焼け……そう言われると、確かに「毒々しい黒」じゃなくて「焼けた茶色」なんだよね……)


 言われてみれば、なるほど感がすごい。


 危うく、その「見た目」だけで斬ってしまうところだった。

 今後は、ダンジョンで人型と遭遇したら、少しくらい会話を試みてからでも遅くないかもしれない。


「ちょっと待っててね」


 ひとまず剣を下ろし、踵を返す。


 このダンジョンは、外とのゲートが常に開きっぱなしの「持続型」らしく、入口はまだそこに揺らめいていた。

 そこをくぐって、一度外に出る。


 そのまま全力疾走で家まで戻り、リビングを覗き込むと――

 ソファの上で寝転びながら、干し肉を噛みしめているカレンの姿があった。


「ん、あーちゃん、何事?」


 口の端に干し肉の繊維を付けたまま、片目だけこちらに向けてくる。


「ゲート入ったら日焼けしたエルフが居たんだ。ハイエルフを探してるって言ってたから大人しく着いてきて」


「ん。了解」


 干し肉をもぐもぐと飲み込み、カレンはあっさりと返事をした。


 そのまま私は、カレンの腰のあたりをひょいっと抱え上げる。


「ん、姫抱っこ」


「運搬が早いからね」


 ずるずる歩かせるよりは、抱えて走った方が早い。

 若干楽しそうにしているカレンを抱えたまま、再びゲートへと駆け出した。


 ダンジョン内へ戻ると、さっきのデザートエルフたちが輪になって何やら話し合っているところだった。


 こちらに気づいた瞬間――。


「お初にお目にかかります!!!」


 一斉に、全員が地面に額が埋まる勢いで土下座した。


 砂埃がふわっと舞い上がる。

 視界の端で、カレンの尖った耳がぴくりと揺れた。


「ん、楽にして」


 抱えていたカレンをそっと地面に下ろして、一歩引く。


 デザートエルフたちは、おずおずと顔を上げ、恐る恐るカレンを見上げ――

 次の瞬間、その瞳に「救いを見た者」の光を宿した。


 カレンは、いつもの調子で、淡々と、けれどどこか嬉しそうに彼らの話を聞き始める。


 私はと言えば、その様子を少し離れた場所から眺めながら、心の中でだけ小さく息を吐いた。


(さて……このダンジョン、どういう扱いにしようかな)


 ダンジョンのゲートを閉じる前に、少しだけやることが増えた気がする。


 ――一体どうなることやら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ