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88話--痕跡と魔力増加法--

 昨日は遅めの夕食を食べたあとは特に何事もなく、そのまま風呂に入って布団に倒れ込むようにして眠った。

 久しぶりに「明日やること」がはっきり決まっている夜だったせいか、妙に寝つきは良かった気がする。


 朝。

 目を開けると、カーテンの隙間から射し込む光が白く部屋を染めていた。魔界の空とは違う、見慣れた色だ。ぼんやりと伸びをして、寝癖も直さないままリビングへ向かう。


 リビングのドアを開けた瞬間、視界の真ん中にリシルが飛び込んできた。

 両足を肩幅に開き、胸の前で何かを掲げて、まさに仁王立ちという言葉が似合うポーズだ。


「はい! できたよ!」


 キラキラした笑顔と一緒に、手元のそれをぐいっと突き出してくる。


「早いね……ありがとう」


 差し出された端末を両手で受け取る。

 思っていたより軽い。手のひらの中でするりと馴染むような感触に、少しだけ感心した。


 画面を軽くタップすると、滑らかに起動した。

 沙耶が持っている端末より一回り薄く、液晶の発色も細かい文字までくっきり見える。映り込みも少ない。

 くるりと裏返して、背面を見る。


「このマーク……」


 そこには、小さな骨付き肉から花が咲いている謎マークが刻まれていた。


「かわいいでしょ! うちの研究員の一人が、自分の作ったものに入れてたんだぁ。かわいいから私も使っていい?って聞いたら『いいよ』って言ってたから、私が個人的に作るものには入れてるんだぁ~」


「……そっか」


 胸の奥が、きゅ、と少しだけ締め付けられた。

 回帰前にパーティーを組んでいた時のメンバー――僧侶のアイツが好んで使っていたマークだ。

 私のアイテム袋にも、同じマークが小さく刻まれている。

 ハンターをやりながら、どこかの研究機関でも仕事をしていて、

 「どっちの仕事も忙しすぎて死ぬ」って、いつも愚痴をこぼしていたな……。


 思わぬところで回帰前の記憶を引っ張り出されて、私は懐かしさと少しの寂しさを抱えながら端末の背面を指でなぞる。

 そんな私の顔を覗き込むように、リシルがぐいっと身を乗り出してきた。


「大丈夫そ……? 嫌だったらマークは消すけど……」


「いや、このままでいい。ありがとう、よく出来てるよ」


 正直、胸の奥に刺さるものはある。けれど、それを嫌だとは思わない。


「やったぁ! じゃあ代金の値上げ交渉も……」


「それはダメ」


 勢いよく食い気味に遮ると、リシルはむーっと頬を膨らませた。


「ケチ!」


 ぷいっと顔を背け、そのままソファへととことこ歩いていく後ろ姿が、拗ねている子どもみたいで少しおかしい。

 視線をカレンへ向けると、ソファの背もたれに寄りかかっていた彼女が、無言で親指を立ててきた。

 昨日、散々釘を刺されたのを思い出す。


『ん、姉上に付け入る隙は与えたらダメ』


 ――ちゃんと守ったよ。

 目でそう返すと、カレンは満足そうに瞬きを一つした。


 その後は、皆で簡単な朝食をとって、各自の準備をしながら少しのんびり過ごした。

 時計を見ると、時間的にはもうすぐ十一時になろうとしている。


 外に出ると、庭には既に配信用の簡易セットが組まれていた。

 テーブル代わりの木箱の上に端末、その横にマイク代わりの棒。

 沙耶と小森ちゃんが、カメラの角度や音声チェックをしている。


「講座の配信って何時から?」


 カメラの角度を確認している小森ちゃんの横を通り抜けながら、沙耶に声をかける。


「十一時十分だよ~。そろそろ準備してね」


「了解。始まりの口上とかは任せるよ」


「……お姉ちゃんがやってもいいんだよ?」


 ちらり、と意味ありげな視線を寄越してくる。


「遠慮しとくよ」


 全国配信の第一声を任されるほど、私は口が上手くない。

 そこはずっと配信を続けている沙耶が一番だ。


 庭に置かれた椅子に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら時間が来るのを待つ。

 魔界の荒れた岩場とは違う、土と草の匂いが鼻をくすぐる。


 やがて、沙耶がこちらを振り向き、両手で大きな丸を作って見せてきた。

 準備完了の合図だ。


 私は軽く頷いて返し、背筋を伸ばす。


「悩める子羊の皆~、聖女通信の時間だよ! 今日は約束通り基礎訓練……その名も“魔力増加法”講座だよー」


 沙耶がいつもの調子で明るく宣言し、ぱちぱちと手を叩く。

 リシルに作ってもらった端末でコメント欄を開くと、


「魔力増加法……?」「安直で非常に分かりやすい名前」「気をつけろお前ら」などなど、不穏な声が並んでいた。

 名前のシンプルさが逆に怖い、という意見も多い。


 オープニングトークを一通り終えた沙耶が、こちらを振り返る。


「詳細についてお姉ちゃんから紹介してね」


「……あー……魔力が増える……よ?」


「ふっ……!」


 自分でも頭の悪い紹介だなと思いながら口にしたら、案の定カメラ確認係をしている七海が吹き出した。

 肩を震わせながら私に端末を差し出してくる。


 画面には、「ただより怖いものはない」「今の間が非常に不穏」「眼球は爆発しませんよね?」といった、若干トラウマを思い出しているようなコメントが並んでいた。

 ……眼球爆散の話、前にしたからなぁ。そりゃ警戒もされるか。


 気にせず、話を続けることにする。


「じゃあ、やり方を説明するよ。大気中にある魔力を、呼吸で意図的に体に取り込むんだ。まずは、大きく深呼吸を十回ぐらいしようか」


「あっ、お姉ちゃん――」


 何かを慌てて言おうとした沙耶の声と、自分の「言ってないこと」に気づいたタイミングがほぼ同時だった。


「言い忘れた。死ぬほど痛いよ。死ぬことはないけど」


 七海が腹を抱えて爆笑しながら、再び配信画面をこちらに向けてくる。

 そこには、「おss」「は?」と、途中で指が止まっているコメントがいくつも流れたあと、ぴたりと文字の流れが止まったコメント欄が映っていた。


 うん。これは……。


「……どうしよう」


 思わず本音が漏れる。


「お姉ちゃん……デメリットは一番最初に言わなきゃダメだよ……」


「そうだね……忘れたよ」


「子羊さんたちが戻ってくるまで休憩ですね……。配信に映るように、お茶でも飲みましょう」


 小森ちゃんが、いつの間にかティーセットを乗せたトレイを持ってきてくれた。

 沙耶がテキパキとテーブルを出し、カメラの角度を少し変える。


 カレンは気づけばもうテーブル横の椅子に座っていて、当然の顔でカップを待っていた。

 この切り替えの速さはもはや才能だ。


 それから二時間ほど。

 湯気の立つお茶をすすりながら、ボードゲームを囲む配信というよく分からない図が続いた頃、ちらほらとコメントが戻ってきはじめた。


 「死んだぞ」「出産と同じぐらい痛かった」「心臓止まるかと思った」など、なかなかに壮絶な感想が並んでいる。

 いや、誇張は入っているだろうけど、気持ちは分かる。


「沙耶、戻ってきたみたい」


 端末を指さしてそう告げると、沙耶は盤面から視線を上げた。


「まだ少ないから、もうちょっと待とうかな。七海さん、チェックメイト」


「マジすか!? うちの負けっす……」


「人生ゲームなら得意なんすけどねぇ」


「七海さん、いつも大きい数字出すもんね……」


「あれはコツがあるんすよ。回転力と出る目の力加減を調整すれば――あっ」


 言いかけて、しまったという顔をした七海。


「……ずるしてたんだね?」


 沙耶の声が、いつになく低くなった。

 今のは七海が悪い。イカサマは、バレないようにやらないと意味がない。


 そんなやり取りを挟みつつ、さらに一時間ほどボードゲームを続けた頃。

 コメント欄の流れが、最初のオープニング時よりも明らかに速くなっているのが見えた。




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いつも先に言えって言ってるのに言われる側に(笑)
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