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79話--食糧問題--

 カレンの横にそっと近づいて、耳元に口を寄せる。


「追跡できる魔法とかって使えたりする?」


 息がかかる距離なのに、いつも通りの調子でカレンはこくりと頷いた。


「ん。使える。任せて」


 次の瞬間には、クリスさんの手首を縛っていたロープが短剣であっさりと切り落とされていた。

 その流れるような動作の途中、カレンの指先が、さりげなくクリスさんの背中に触れる。ほんの一瞬、空気の流れが変わって、微弱な魔力が流し込まれたのが分かった。


 ――うわ。今の、私でも注視してないと分からないレベルだ。


 魔力量も制御も完璧だ。

 魔法に敏い沙耶は、すぐに何かを察したようで、ちらりとこちらを見て小さく頷いた。


「組織の犬さん、もう帰っていいよ」


 沙耶がソファ背にもたれたまま、淡々とした声で告げる。丁寧語なのに刺々しい。


「……なんだか怪しいのだけれども、私を逃がすことで貴女たちに何のメリットが?」


 クリスさんはヘルメット越しでも分かるくらい眉をひそめ、周囲を警戒するように視線を巡らせた。

 そりゃそうだ。正直に「追跡魔法つけました!」なんて言うわけにもいかない。


 どう言いくるめるか考えかけたところで、沙耶がすっと立ち上がった。


「え、死にたかったなら言ってくれれば良かったのに……七海さん、私の杖持ってきて~」


「了解っすー」


 さらっと物騒なことを言うな、この子は。


「あっ、うん! 逃がしてくれるならそれに越したことはないわね! もう会うことは無いでしょうけど、さようなら!!」


 クリスさんは秒で態度を翻し、逃げるチャンスを全力で掴みにきた。

 さっきまでの疑い深さが嘘のようなスピードで出口に向かうあたり、生存本能は高いらしい。


 真顔であの台詞を投げた沙耶は、杖を取りに行く気なんてさらさらなさそうで、ただじっとクリスさんの背中を見送っている。

 冗談半分のつもりだったのかもしれないが、その横顔は、本気でやりかねない危うさを孕んでいた。


 ――五年って、こうも人を変えるんだなぁ。


「お姉ちゃんが全然帰ってこなかったせいで荒んだんだよ?」


「……何で考えてたことが分かったの?」


「顔に出てるっす。なんかやけに遠い目をしてたっすよ」


 七海に呆れ半分で言われ、苦笑するしかない。

 顔を覗き込んでくる沙耶の瞳は、笑ってはいるけれど、底の方でじくじくと怒りと寂しさを燻らせているように見えた。


 ――このまま放っておいたら、完全に立場が逆転して尻に敷かれる未来しか見えない。


 姉としての威厳、どこで落としてきたんだろうね、私。


『愛の神が腕を組んで頷いています』

『全能の神が後方親面で腕を組んでいます』


 頭の中に青いウィンドウがぴこぴこと表示される。

 ……相変わらず、絶妙に腹が立つタイミングで出てくるな、神様たちは。暇なのだろうか。


 ウィンドウを指先で弾いて消し、私は沙耶の頭に手を伸ばした。

 わしゃわしゃと乱雑に髪をかき回しながら、今すべきことを頭の中で整理する。


 まずは、現状の把握。周囲のダンジョンの位置、モンスターの密度。

 それが分からなければ、これから先の動き方も決められない。


 魔力を、一瞬だけ、広範囲に――けれど、誰にも害にならないよう薄く、薄く――放出する。


 ばぁっと、手のひらから透明な波紋が広がっていくような感覚。

 見た目には何も起きていないけれど、魔力を持つものすべてが、私の魔力の波に触れ、微かに反発して、その“位置”を教えてくる。


 魔力は、異質な魔力を嫌う。

 ぶつかってきたものを「押し返そう」とする性質がある。それを利用して、周囲の魔力持ち――つまり、ダンジョンや強力なモンスターの位置を探る。


 原理としては、魚探やソナーに近い。

 ただし、致命的な欠点がひとつ。


 ――発信源も、バレる。


 こっちの魔力の波は、魔力を扱える相手には「ここに居ます」と大声で叫んでいるのと同じだ。

 お互いの位置が分からない状態でこれをやるのは自殺行為に等しい。


 だから使いどころは限定される。

 相手にはもうこっちの位置がバレていて、自分だけが相手の位置を知らない時――今みたいに、こっちの拠点が筒抜けになっている時だ。


「お姉ちゃん何してるの……?」


「あぁ、ごめん。この周囲にあるダンジョンの位置を特定してた」


「なるほど……魔力にそんな使い方があったんだね」


 沙耶はじっと私の手元を見つめ、それからポケットから小さなメモ帳を取り出した。

 カバーは角が擦り切れて薄くなっていて、かなり使い込んでいるのが分かる。


 何を書いているのかと、後ろからちらっと覗き込む。

 左側のページに、丸っこい字でこう書かれていた。


 ――「お姉ちゃんが居なくなって1829日」


 思わず胸の奥がきゅっと痛む。

 毎日、律儀に数えていたのだろう。ページの端は、何度も開いたり閉じたりしたせいで指の跡がついていた。


 罪悪感で喉が詰まりそうになり、視線をそらしたちょうどその時、周囲の魔力の反応がまとまり始めた。


 地図を持ってきてもらい、テーブルの上に広げる。

 今いる拠点――つまり、私の実家――を中心に、感じ取ったダンジョンの位置に印を付けていく。


 拠点の半径5kmは、石壁と魔法障壁でがっつり囲われているだけあって、ダンジョンの反応は一切無かった。

 ここだけ、意図的に攻略したのだろう。


「ここと……ここ、あと……」


 赤ペンで点を打つ箇所が、どんどん増えていく。

 見ているだけで、頭が痛くなりそうな数だ。


「戦闘系のスキル持ちがおおかったときは攻撃隊とか組んで遠征してダンジョンを攻略してたんだけどね……」


 沙耶が、懐かしむような、悔しがるような、複雑な表情で地図を見つめる。


「他の拠点に引き抜かれたりモンスターにやられて戦えなくなっちゃったりでこの拠点守るので精一杯になったんすよねぇ」


 七海が肩を竦めた。

 その隣で、小森ちゃんが小さく息を吐く。


「人は無限にいるわけじゃないですからね……」


 当たり前のことなのに、妙に重く響いた。

 ひとり欠けるたびに、残された人間にかかる負担は何倍にも跳ね上がる。戦力が減れば、さらに守るための負担が増える。悪循環だ。


「よし、印付け終わった。私の立ってる位置から半径20kmの距離だとダンジョンは1200個ぐらいだね」


「そんなにあったんすね……」


 七海が素で引いた声を出した。

 地図の上は、赤い点でほとんど埋め尽くされている。これだけダンジョンがあれば、あのモンスターの洪水も納得だ。


 ――ここから先、やることはシンプルだ。


 片っ端から、ダンジョンを潰す。

 発生源さえ減らしていけば、少なくとも今よりはマシになる。


「そういえばダンジョン入るのに許可とか必要?」


「その制度は東京が壊滅してから機能しなくなったよ。自由に入って大丈夫」


「了解、あとさ、やり取りできる端末的なのって無いの?」


 アイテム袋から、かつて協会から支給された端末を取り出す。

 画面には「圏外」と無慈悲な二文字。バッテリー表示も殆どない。


 沙耶と七海が顔を寄せ、珍しい骨董品でも見るかのように端末をまじまじと観察した。


「今使われてるのはコレだね、魔石内蔵型の通信端末」


 沙耶がポケットから、自分の端末を取り出して見せる。

 一見、普通のスマホだ。だが、よく目を凝らすと、ケースの内側あたりに小さな魔石の気配と、もっと微細な別の魔力が渦巻いているのが分かった。


「……この端末の開発者って誰?」


「んー、分からないんだよねぇ。相田さんが国際連合の場で貰った~って言ってて便利だから皆使ってる感じ」


「普通にネットサーフィンもできるっすからねぇ」


「ただ分解すると壊れて使えなくなっちゃうので、そこだけ注意ですね」


 うーん、怪しい。

 魔石技術、謎の魔力、国連経由、分解したら壊れる――条件が揃いすぎている。


 さっきの『秘密の錬金術師たち』の影がちらつく。

 これもあの組織の産物なら、中身を知る価値は高い。だが、ここには余分な端末が無い。分解して壊したところで補充が利かないなら、無茶はできない。


 ――相田さんが日本に戻ってきたら、余ってる個体を一つだけでも回してもらえないか頼んでみよう。


「あっ、そうだ……バタバタしてて忘れてたけど、もう食料が底を尽きそうなんだよね」


 沙耶の一言に、場の空気が少し重くなる。

 目の前にある食卓も、質素そのものだ。米と少しの野菜、缶詰から出した肉の名残。


「そこら辺にいっぱい転がってるじゃん、それじゃダメなの……?」


 何を言ったのか分からない、という顔で三人がこちらを見る。

 私は、窓の外――山の中をうろつくモンスターの群れを顎で示した。


「転がってる? もしかしてモンスターの事を言ってるんすか!?」


「そうだけど……言ってなかったっけ……?」


 オークは豚肉、ミノタウロスは牛肉、コカトリスは毒抜きさえちゃんとすれば淡白な鶏肉になる。

 食えるモンスターなんて、いくらでもいる。


 しかし三人はそろって、じとーっとした半眼で私を見てきた。


「あれっ、伝えてなかったっけな……?」


 視線が痛い。

 どうやら「食べられるモンスター一覧」を共有するのを、私はすっかり忘れていたらしい。


 ――いや、待て。

 これ、ある意味で、食糧問題の解決策なんじゃないだろうか。


 そう内心で開き直りながら、私は三人の視線から逃げずに、ひとつ深呼吸をした。

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