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76話--空白の穴埋め--

 モンスターの殲滅を終えて、ようやく一息ついた。

 さっきまで地面を揺らしていた足音も、耳障りな咆哮も、今はもうない。辺り一面に転がっているのは、冷たくなった死骸と割れていない魔石だけだ。


 壁の上から、よく通る声が飛ぶ。


「戦闘員! 非戦闘員は全員集合! モンスターの解体と魔石の取り出し!!」

「「「「はいっ!」」」」


 張り詰めていた空気が、命令ひとつで一気に「いつもの仕事モード」に切り替わっていく。

 その声の主を確かめるように、私はあくびをひとつ噛み殺して、城壁の上へと歩いていった。


 雪混じりの冷たい風に銀髪が揺れるのが見える。

 私と同じ色――いや、私より少し短くて、戦い続けてきた時間が刻まれた背中。間違いない。


 そこに立っているのは、沙耶だった。


 近づいていく私に気づいた瞬間、沙耶は目を見開き、その場から駆け出した。次の瞬間、勢いそのままに私に飛びついてくる。


「お姉ちゃん!!!」


 胸元にぶつかるような衝撃と、腕にしがみつく細い力。

 あぁ、本当に――五年ぶりに、触って分かった。ちゃんと、生きて、ここまで辿り着いてくれてたんだ。


「ごめんね、遅くなって。ただいま」


 腕を回して受け止めると、肩の辺りが急にじんわりと濡れていった。


「お゛が゛え゛り゛!!」


 泣きながら叫ぶから、声がぐちゃぐちゃだ。

 涙と鼻水で顔は酷いことになっているけど、そんなのどうでもいい。私はそのまま抱きかかえて、沙耶の頭を胸に押し付ける。


「積もる話もあるだろうから、落ち着いて話せるところに行こうか」

「そうっすね~。沙耶ちゃんがどれだけ絶望してたか、話せる時がやっと来たっす!」


 軽口を叩く七海の声が、いつもの調子で耳に届く。

 その「いつも通り」が、こんなにも愛おしいとは思わなかった。


 モンスターの処理や後始末を手早く周囲に任せ、私たちは拠点にしている家へ向かった。


 そこは、見覚えのある風景の中にあった。

 ――母さんの家。その、すぐ隣。


 以前は更地だったはずの場所に、今は大きな家が建っている。外壁には、モンスターの骨や甲殻が補強材のように使われていて、五年間の苦労が視覚的に伝わってきた。


「ちゃんと……自分たちで、ここまで作ったんだね」


 玄関をくぐると、乾いた暖かい空気と、生活臭が迎えてくれる。掛けられたコート、整然と並んだ靴、積み上げられた保存食。

 ここで三人が「生きてきた」日々の跡が、そこかしこに染みついていた。


 簡単に外套を脱いで、リビングに腰を下ろしたところで、私は本題に入る。


「で、私から質問させて? 私が居なくなってから五年で、何があったの? 東京は壊滅してるし、そこら辺にモンスターが闊歩してるし……」


「ウチが説明するっす。あれは――」


 七海が、指折り数えるように話を始めた。


 私が魔界へ連れ去られてから、しばらくの一年間。

 メディアは「失踪した聖女」「『銀の聖女』崩壊」だとか、好き放題な見出しで騒ぎ立てたらしい。


 画面の向こうで、私のことを、勝手なストーリーで消費していったのだろう。


「で、さすがにキレた沙耶ちゃんが、炎球展開しながらテレビ局に殴り込みしたっす」


「ちょっと七海さん!? 脚色しないでよ!! ……多少は、したけど……」


 顔を真っ赤にして抗議する沙耶。

 ただ、その「多少」がどれぐらいなのかは、話を聞かずとも察しがつく。私は思わず苦笑した。


 そんな騒ぎも、結局は一時しのぎだった。


 私が居なくなってから二年後。

 東京上空に、かつて誰も見たことのない規模のダンジョンが現れた。都市ひとつを飲み込むほどの、馬鹿みたいに巨大なゲート。


 誰も攻略に行けなかった。行ける戦力が残っていなかった、と言うべきか。


 やがてブレイクは起こり、中から現れたのは――炎を吐く竜と、亀のような巨体を持つ竜。


 火竜と土竜。

 魔界で聞いた名前が、現実の被害として胸に刺さる。


 それだけでは終わらなかった。

 魔石から抽出できる魔力が、既存のエネルギーの代用としても使えると判明した途端、好戦的な国々が「魔力利権」を巡って戦争を始めた。


 火竜と土竜に都市機能を破壊され、立ち上がる余裕もない日本に、外からの戦火が降り注いだ。

 さらにその間も、世界中では新たなダンジョンが次々と生まれ続け、モンスターの数だけが雪だるま式に膨れ上がっていく――。


「なるほどね……。それで、三人はここを守ってくれてたんだね」


 ぽつりと漏らした言葉に、七海が肩をすくめて笑った。


「そうっす。今日で死ぬと思ったっすよ。先輩は相変わらず化け物で安心したっす」

「……帰ってくるのが遅かったのは反省してるって。私だって色々あったんだからさ……」


 次は、私の番だ。


 魔界での五年間――カレンの父さんとの地獄のような鍛錬、【器】を完成させたこと、気づけば次期魔王に祭り上げられていたこと。

 全部を、できる限り噛み砕いて話す。


「大変だったんですね……。私だったら毎日戦うなんて耐えられません……」


 小森ちゃんが、眉尻を下げて心底からの声を漏らした。


「相変わらず小森ちゃんは優しいねぇ……」


 その優しさが、五年間もこの拠点を保たせたんだろう。

 私は自然と手を伸ばし、小森ちゃんの頭を撫でる。撫で心地も、昔のままだ。


「あのっ、その辺で……沙耶ちゃんの顔が、すごいことになってるので……」


 言われて横を見ると、私の右腕にしがみついている沙耶が、眉間に皺を寄せて小森ちゃんを睨んでいた。

 完全に「猫が飼い主を盗られかけた時の顔」だ。


 苦笑しながら沙耶の眉間を指先でつん、と突く。すると、ふっと力が抜けて、また柔らかい笑顔に戻り、私の腕に頬を擦り寄せてきた。


「先輩はちゃんと姉として、沙耶ちゃんの責任を取ってあげて欲しいっすね」

「うんうん。今日は沙耶ちゃんに譲ろう?」

「ん。じゃあ二人は私と……」


「カレンちゃんも好き者っすね? 見た目も出会った時から変わってないじゃないっすか」


 カレンが、いつの間にか当然のような顔で七海と小森ちゃんの腕を取る。そのまま、ずるずると奥の部屋へと連行していった。


 扉のプレートには『七海の部屋』の文字。

 ……積もる話、なんて可愛いものをする気はないだろう。あの3人の組み合わせなら、だいたいどうなるかは想像がつく。


「お姉ちゃん、私の部屋に行こ?」


 右腕を抱いたまま、沙耶が見上げてくる。


「……うん。分かったよ」


 廊下を渡って、沙耶の部屋に入る。

 そこにはベッドと机と収納だけ。飾り気は少ないけれど、きちんと片付いていて、几帳面な性格がよく出ていた。


 ベッドの端に腰をおろすと、すかさず腕を引かれ、そのまま座る位置を詰められる。少しの沈黙のあと――ふっと、体が倒れ込んだ。


 沙耶に押されて、そのままベッドに仰向けになる。抵抗はしなかった。

 胸のあたりに、ふわりと温かい重みが乗る。


「私ね、ずっと待ってたんだよ?」


 沙耶が、私の胸元に耳を当てたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃんが入ったゲートが閉じたとき、この世の終わりだと思った。何度も何度も夢に出て来た。その度に胸が締め付けられて苦しいし、悲しかった。でも、信じて待ち続けたんだよ? 帰ってくるって……」


「ごめんね」


 本当に、それしか言えなかった。


 置いて行ったのは私で。

 ここで五年間踏ん張ってくれていたのは、彼女たちで。


 いくら事情があろうと、その事実は変わらない。

 だから私は、沙耶の頭を撫でることしか、背中をさすることしかできなかった。


 沙耶がゆっくりと体勢を変え、今度は私に覆いかぶさるように顔を近づけてくる。


「だから、お願い。本当に帰って来たんだって、お姉ちゃんがここに居るって、私に感じさせてほしい」


 震えた声でそう言って、沙耶はそっと私の口へと唇を押し当てた。


 あまり、こういう流れは得意じゃない。

 けれど、これがこの五年間の寂しさと不安と怒り、全部をごちゃ混ぜにした「答え」なんだと分かってしまった以上、突き放すことなんてできるはずもなくて。


 せめて今日ぐらいは、彼女の願いに応えよう――そう決めて、私は目を閉じた。


 やがて服が床に落ちる音がして、二人で布団に潜り込む。

 窓の外では、生き延びた事の住人たちの祝いの席の声が遠くで響いているのに、その音が妙にぼやけて聞こえた。


 ――その行為は、気づけば明け方まで続いていた。


 互いに息が上がり、もう腕一本上げる気力もない。

 布団の中で並んで寝転び、肩で息をしながら天井を見上げる。


 沙耶の方は特に、息も絶え絶えで、触れるだけでびくっと跳ねるほど敏感になっていた。腰にそっと手を回すと、情けない声にならない声が漏れる。


「……お姉ちゃん。なんか上手くなってない? なんかむかつくんだけど」


「そりゃ、訓練と称してカレンとカレンの母さんに仕込まれたからね……」


「はぁっ!? 親子丼???」


 睨みつける目に、若干引きつった笑いが混ざる。

 王になるには夜の王にもならないといけない――とか訳の分からない理屈で、無理やり実技まで叩き込まれたのだ。


 カレンの母さん曰く「センスがある」らしく、気付けばカレン相手でも主導権を握れるぐらいには成長してしまった。嬉しいのか悲しいのか分からない成長だ。


 かりかりと文句を言っていた沙耶を抱き寄せると、文句の続きは喉の奥でとろけて、やがて大人しく私の胸に顔を埋めた。


「……許したわけじゃないからね」


「はいはい。分かってるよ」


 口ではそう言っても、指先に伝わる体温は、もう完全に油断しきっている。

 

 心地よい疲労感と、胸の奥からじんわりと湧いてくる安堵。

 どちらにも抗うことなく、ゆっくりと瞼が重くなっていく。


 沙耶の頭にそっと手を置いたまま、私はそのまま眠りに落ちた。

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親子丼 いい響きだなぁ…
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