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75話--洗礼--

 ――見渡す限り、瓦礫しかない場所だった。


 ビルの骨も、電柱も、標識も、全部まとめて巨大なハンマーで叩き潰されたみたいに、地面の上には崩れたコンクリートと折れた鉄骨だけが転がっている。

 冬の乾いた風が粉塵を巻き上げて、鼻の奥がつんと痛くなった。


 一体この場所で何が起きたんだろう。


「カレン。ゲートの出る先間違えてたりしない?」


 自分でも分かるぐらい、声がわずかに震えていた。

 隣で尾を揺らして周囲を見渡していたカレンが、いつもの調子で首を横に振る。


「ん……、そんなことは無い」


「だよねぇ。私の住んでいた所だけなのかな……見渡す限り瓦礫の山だけど」


 東京のシルエットの象徴だった高層ビルすらも一本も残っていない。

 その事実が、じわじわと現実味を帯びて胸の中に沈んでくる。


 人の気配も感じない。

 あるのはモンスターの魔力反応だけ。

 世界の音が、息を潜めたモンスターと風の音だけになってしまったみたいだ。


 都心の方に向かえば、誰かしら生き残りが居るだろう――そう思い込むように、私は自分に言い聞かせた。


 襲い掛かってくるホブゴブリンやコボルト、オークを斬り捨てながら、かつて「渋谷」と呼ばれていた方角へと進んでいく。


 探索しながら2時間ほど。

 壊れた標識や、うっすら残った地形を頼りに進んで、ようやく辿り着いた先にあったのは、かつて渋谷駅があったであろう場所だった。


 あの、待ち合わせの象徴だった犬の像は……無残にも胴体から折られ、頭が地面に転がっていた。

 錆びた金属の色と、焦げた跡と、モンスターの爪痕。

 怒りとも悲しみともつかない感情が、喉の奥に詰まって言葉にならない。


 瓦礫の陰から、ぞろぞろとモンスターが這い出てくる。

 一体、二体……十体、百体――数えるのを諦めたころには、四方八方、地平線の向こうまでモンスターの群れで埋め尽くされていた。


 数万は越えているだろう。

 気付けば、あっという間に取り囲まれてしまっていた。


「カレン、この周囲に生きている人間の魔力反応はある?」


「ん、無い」


 短く答える声に、迷いはない。魔族としての魔力感知は私よりもずっと鋭い。


「おっけー。殲滅技使う」


 私は剣を縦に構え、意識を刃に集中させる。

 柄から先端まで、そこに通した魔力をさらに押し込むように流し込むと、剣先からきぃん、と澄んだ音がして、魔力で出来た刃がぬるりと伸びていく。


 雲を貫くほど長く伸びた、巨大な一本の剣。

 空気が震え、モンスターたちの本能が危険を察知してごちゃごちゃと動き出す。


「――」


 息を吸って、一回転。

 世界が一度だけ線になって流れた。


 反応すらできない速度の斬撃は、私が剣を仕舞ってから、ようやくモンスター達が「自分が斬られた」という事実に気付く。

 遅れて、ざらり、と音を立てて視界に映る全てのモンスターの体が二つになった。

 頭と胴体。上半身と下半身。斜めに、縦に、横に――切断面から黒い血が噴き上がり、それが一拍遅れて地面を赤黒く染めていく。


 この技は、カレンの父さん――バゼルから盗んだ技術の一つだ。

 近くに味方がいないことを確認しないと使えない大技だけど、それだけの価値がある。


「あーちゃん、どうするの?」


 隣に立ったカレンが、切り刻まれたモンスターの山を見ながら問いかけてきた。

 血の匂いが風に乗って流れてきて、少しだけ鉄臭い。


「うーん……正直想定外だなぁ。端末も使えなくなってるから沙耶たちとも連絡が取れないし……」


 協会から支給されている端末を取り出して開く。

 けれど画面の隅には、冷たく「圏外」の文字が表示されるだけだった。

 基地局が死んでいるのか、それともこのあたり一帯がもう機能していないのか。


 さて、どうしたものか。


 これだけ荒廃していると、闇雲に探し回ったら迷子になりそうだ。

 それに、私たちがそこまで消耗してしまうと、この先の「何か」に対応できない。


「あ、そうだ。何かあったら母さんのところに行けって言った気がする」


「ん。言ってた気がする」


 私は渋谷駅跡からの方角を頭の中でなぞる。

 ココが渋谷駅の入り口だから……母さんの家がある方角は、ざっくりあっち。

 大雑把すぎる気もするけど、この世界でもう頼りにできるものは自分の記憶ぐらいしかない。


「まっすぐ進めば何とかなる!」


 自分で自分を鼓舞するように声を上げる。


 カレンに向かう方向を指示して、互いに駆け出した。

 道すがら飛び掛かってきたモンスター達は、進行方向から落ち葉を払うみたいに刻んでいく。


 


 走り続けて半日。

 空はすっかり夕暮れに染まり、山の影が長く伸び始めていた。


 人と会うことは無く、モンスターとしか遭遇しなかった。

 人類は既に滅んでしまっているのか――そんな最悪の想像がよぎって、慌てて頭を振る。


「なんか、昔の東京の喧騒が懐かしいよ」


 誰もいない山を駆け抜けながら、ぽつりと呟いた。

 うるさい車の音も、酔っ払いの笑い声も、あの頃は邪魔だと思っていた雑踏が、今は胸が痛くなるほど恋しい。


 山の中にもゴブリンなどのモンスターが跋扈していた。

 倒して、魔石も回収しておく。

 渋谷の駅で殲滅したモンスターの魔石もちゃんと全部回収した。


 ――といっても、手作業で一個ずつ抜き取ったわけじゃない。


 カレンが魔法を使って、モンスターの体から魔石だけをぬるりと引き抜いてくれた。

 魔力の糸で選り分けるような繊細な制御は、流石と言わざるを得ない。

 あれを全部、手作業でやろうとしたら数日はかかってしまう。諦めようかと思っていたタイミングだったので、正直、心から助かった。


 日が暮れて、辺りが見えなくなるほど暗くなったため、状況整理も兼ねて山の中で野宿をすることにした。


「カレン。魔法で土の壁で覆って」


「ん。任せて」


 カレンが指先で小さく円を描くと、地面がもこもこと盛り上がり、私たちを包むように土のかまくらが形成される。

 外気を遮る土の壁は、冷たい風を防いでくれる代わりに、土臭さと少しだけ湿った匂いを運んできた。


 魔界から持ってきた寝袋を敷いて、私はそこに寝転がる。


「……カレン。寝袋ってのは1人用なんだよ?」


「ん。今更寂しいこと言わない。私とあーちゃんの仲」


 当然のようにカレンが私の寝袋に潜り込んでこようとする。

 大きめの寝袋ではあるが、二人で入るにはやっぱり狭い。

 物理的には入れるけれど、その分私の身動きは完全に封じられる。


 父親譲りの我儘な性格はきっちり継承されているようで、5年一緒に居てよく分かったが、こうなったカレンは止まらない。

 私が折れるか、代わりのものに意識を逸らさせるか――の二択だ。


 ……が、既に寝袋への侵入を完遂し、私の腕と胴体に絡みつくように密着し、器用に尻尾で寝袋のチャックまで閉めてくるあたり、今日はもう諦めるしかなさそうだ。


「肌寒いし、まあいいか」


「ん。こっち、寒いね」


 魔界で私が過ごしていた場所は年中を通して比較的温暖な場所だったため、「寒い」という感覚を久しく忘れていた。

 肌に触れる空気と、寝袋の中の体温。その温度差が妙に新鮮だ。


 身動きは取れず狭苦しいが、その分、ぴったりとくっついたカレンの体温が心地いい。

 明日には家に着くといいな、とぼんやり考えながら、私は眠りに落ちた。


 


 朝は、胸元が冷たくて目が覚めた。


 視線を下げると、カレンがよだれを垂らして私の胸元にぺったり張りついて寝ている。

 冷たいのはよだれだ。勘弁してほしい。


 手を前に回して寝袋のチャックをガッと開ける。

 そして、勢いよくカレンの額に頭突きをお見舞いした。


 鈍い音が、土のかまくらの中にこだました。


「……痛い。どうして」


「おはよう。出発するよ」


 頭突きをされたことが不服そうに、カレンは頬をぷくっと膨らませて私を睨んでくる。

 軽く頭を撫でて機嫌を取ってから、私は立ち上がった。


 かまくらの外に出て空を見上げる。


「曇りかぁ」


 どんよりと重たい雲が空一面を覆っていて、青色の空はどこにも見えなかった。

 寒さもひとしおで、吐く息が白い。


 カレンがぱちんと指を鳴らすと、背後で土のかまくらが崩れ、元通りの地面に戻った。

 寝袋をくるくる丸めて回収し、私たちは再出発した。


 おいしくない携帯食料を口に含みながら、山道を走る。

 味は相変わらず段ボールみたいだけれど、カロリーさえ取れれば文句は言えない。


 しばらく走っていると、見覚えのある建造物が目に入った。


「これは……高速の出口だ」


 錆びついて、半分崩れかけた料金所のゲート。

 看板は文字の半分が欠けているけれど、配置と形で分かる。ここはいつも母さんのところに行くときに使っていた高速道路の料金所だ。


 方角は間違っていなかったようで、胸の奥に安堵が灯る。


「これなら後2時間もしないで実家に着く」


 沙耶たちが居ることを願って……母さんたちが無事であることを祈って、私はさらに速度を上げる。


 


 しばらく走ると、前方に黒い波のようなものが見えた。

 近づくにつれて、それがモンスターの大群だと分かる。数万はくだらないだろう。


 大群を牽制するように飛んでいく魔法の光がいくつも見える。

 さらにその奥には、空を覆うような大量の弓矢が飛び交っているのも見えた。


 そして――そのさらに奥。

 城壁のように築かれた壁の上に、銀髪の少女が立っている。


 遠目からなので細かい表情までは分からない。

 けれど、背丈も、髪の長さも、魔力の色も、何よりその立ち姿も。


 あれは、間違いなく沙耶だ。

 あどけない見た目だったあの子が、大人の女性としてちゃんと成長している。


「う、うわぁあああぁぁ!!!」


「人の声? あ、モンスターと戦ってるのか」


 叫び声が聞こえて来た方向に視線を向けると、数十人の戦闘員たちがモンスターの大群と必死に戦っていた。

 けれど、じりじりと押されているのが一目で分かる。


 彼らの背後には、山の斜面とその先に開けた平地――私の実家のある方向だ。

 なるほど、ここが拠点か。母さんたちのいる「街」を守っている防衛戦力なんだろう。


「カレン、私はこっち側を片してから行くから先に飛んで沙耶たちと合流して」


「ん、わかった」


 カレンが翼を展開し、ばさりと一振り。

 強い風圧と共に、彼女の体は高く舞い上がり、そのまま拠点の壁の方へと滑るように飛んでいく。


 私は地上に残り、モンスターと戦っている人たちへと駆け出した。


 久しく使っていなかった技能を使おう。

 胸の奥で螺旋を描くように魔力を巡らせて――


「【神速】」


 視界が一段階、色を変えた。

 私の脚は地面を蹴った瞬間にはもう次の一歩を踏み出していて、風と景色が線になって後ろに流れていく。


 目にも止まらぬ速さで彼らの近くに居るモンスターを切り刻む。

 刃が通った軌跡に遅れて、モンスターの首や腕や脚が宙を舞った。


 無事なことを確認して、私はそのまま大群の方へと駆ける。

 心臓の鼓動がうるさい。でも、それは恐怖じゃない。高揚だ。


 自然と笑みが零れていた。


 周囲には味方は居ない。

 なら――遠慮はいらない。


 剣を握り直し、魔力で刃を伸ばす。

 さっきのような超長距離ではなく、今度は三メートルほど。扱いやすさと火力のバランスがいい長さだ。


 重さは変わらないので、振る速度も変わらない。

 ただ、届く範囲だけが理不尽に広がっている。


 モンスターの群れを縫うように走り抜けながら、私は片っ端からそれらを刻んでいく。

 飛び掛かってきた獣系のモンスターはそのまま空中でバラバラになり、後方から魔法を撃ってくる個体は、魔法陣ごと頭を刎ね飛ばす。


 そうしているうちに、前方から巨大な炎の塊が飛んできた。


 ――懐かしいな。


 胸の奥がぎゅっと締め付けられる感覚と同時に、脳裏にスライムのダンジョンがよぎる。

 初めて沙耶と二人で潜った、まだ何もかも手探りだった頃。

 あの時も、こうやって私の背中めがけて【炎球】が飛んできたんだっけ。


 私はあの頃と同じように、空気で道を作る。

 風の流れをひと撫でするように変えて、炎の塊が滑るレールを引いてやる。


 炎がぴゅっと軌道を変え、背後のモンスターのど真ん中へ飛んでいき、爆ぜた。


 暫くすると、空を埋め尽くすほどの魔法と矢が私の方に飛んでくるのが見えた。


「えっ、ちょっ、何で!?」


 火球、氷槍、雷撃。矢、矢、矢。

 それに混ざって、見覚えのある赤い血の槍や黒い闇の塊。


 ――赤い血の槍とかも混ざってる!? カレンの魔法??


「ちょっと待って!! この数は聞いてないって!!」


 私の慟哭にも似た叫びは、戦場に木霊するだけで、当然のように大量の矢と魔法は容赦なく飛んでくるのだった。

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