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74話--再会--※沙耶視点

「離してよ七海さん!! あの中に、あの中にお姉ちゃんが!!」


「嫌っす。行っても無駄死にするだけっす。ウチは自殺しようとしている人を止めないほど薄情な人間じゃないっす」


 お姉ちゃんとカレンさんが飛び込んでいった紫のゲートが、ばちん、と音を立てて閉じた。

 光が消えて、そこにはただの空間があるだけ。何度見ても慣れない、最悪の光景だ。


 膝から力が抜けて、その場にずるずると崩れ落ちる。

 喉の奥が熱くて、でも声が出なくて、代わりに涙だけがぼろぼろと溢れてきた。


「どうして、どうして止めたの……?」


「先輩なら帰ってくるって信じてるからっす。帰ってくるための可能性を上げるために足手まといの沙耶ちゃんを行かせる訳には――」


「……もういい。小森さん、運転できるよね? 車で私のお母さんの所に行ってほしい」


「何かあったら頼るように言われてましたもんね……準備して、行きますか」


 ――あぁ、いつも、ここまでなんだ。


 何度も、何度も何度も繰り返し見せられる、私の悪夢。

 お姉ちゃんがゲートに入って、そのゲートが閉じて、私が泣き崩れる。


 少しずつ違う場面も混ざるけれど、核の部分は変わらない。

 どう足掻いても追いかけられない、間に合わない、置いていかれる。

 見るたびに胸の奥を爪で引っ掻かれているみたいで、息が苦しくなる。


 それでも――忘れたくないから、忘れちゃいけないから、きっと私は何千回だってこの悪夢を見る。


 目が、開いた。


 狭い仮眠室の天井が視界に入る。布団が湿っている。汗か涙か、もう分からない。

 体を起こして扉を開けると、廊下の壁に寄りかかっていた七海さんが、こっちを見て小さく手を振った。


「うなされてたっす。また、見てたんすか?」


「私がお姉ちゃんを忘れるわけないじゃん。帰ってくるまで何千回でも見るよ」


「愛が重いっすねぇ……あ、小森ちゃんが重いってわけじゃないっすよ?」


「七海さん、冗談は程々にしましょう?」


 すぐ横で、小森さんがにこにことしながら、笑ってない目で圧をかける。

 この三人で交わす、いつものやり取り。

 口では軽口を叩きながら、全員どこかで限界をごまかしている。そんな空気だと自分でも分かっている。


 この現状は、嫌いだ。

 けれど、嫌いだからと言って目を背けられるほど、誰も余裕なんて持っていない。


 足元はいつだって薄い氷の上みたいで、誰か一人が踏み抜いたら全員まとめて落ちてしまいそうで。

 それでも笑っていないと、簡単に壊れてしまいそうだから。


「沙耶隊長、そろそろ配給の時間です」


 見張り役の子が駆けてきて、私に敬礼した。隊長、という呼び名にも五年経ってやっと慣れてきた。


「わかった。整列させておいて」


 お姉ちゃんが居なくなって5年。

 その5年で、世界はすっかり別物になってしまった。


 あの時の大規模なダンジョンブレイク。世界中でダンジョンが暴走して、モンスターが溢れかえった。

 東京には火を吐く竜が出現して、日本の都市機構はほとんど壊滅。

 自衛隊だって米軍だって、既存の兵器はほとんど通用せず、撤退と避難で手一杯だったと聞く。


 まるで、こうなることを最初から知っていたみたいに――お姉ちゃんは、あの「米買い取り」を始めていた。


 母のいる長野の山間部に拠点を構え、そこを中心に避難民とハンターたちの小さな「街」ができた。

 雪深い冬の長野は、今はモンスターの気配と、張り詰めた空気と、人の息の白さで満ちている。


「沙耶ちゃん、そろそろ……米が尽きるっす」


 配給所の脇で帳簿を見ていた七海さんが、頭を掻きながら言った。


「今年の冬は厳しそうだね」


「外に居るモンスターさえ駆逐できれば畑を広げられるんですけどね……」


 小森さんが、ため息混じりに遠くの山を見やる。

 山肌にはところどころ、モンスターの巣になったダンジョンの痕跡が見えた。瘤のように浮き出た紫の歪み。


 モンスターが溢れたことで、ダンジョンに辿り着くまでにハンターが消耗してしまい、ダンジョンそのものを攻略できずにブレイクする――負のスパイラルから、まだ抜け出せていない。


 私たちはこの拠点の防衛戦力。外に出て遠征する余裕なんて、ない。

 稲作をしようとしても、せっかく育った稲はモンスターに踏み荒らされる。

 「普通の生活」を取り戻すための一歩を踏み出す前に、何度も膝を折らされてきた。


 そんなことを考えながら、私はいつものように配給用の米を量り、列を作った人たちに配っていく。

 老若男女、皆が痩せて頬がこけているのが分かる。

 それでも、あの頃よりはマシだ。何も食べられず倒れていった人たちを思い出すたび、胸が痛む。


 苦虫を嚙み潰したような顔になっている自覚はあった。そこに――見張り台から、けたたましく鐘の音が響き渡った。


「敵襲! 敵襲!! 正面から……20万を超えるモンスターです!」


 血の気が引く感覚と、逆に体の芯が熱くなる感覚が同時に押し寄せてきた。

 もう、何度目かも分からない大規模攻撃。でも、20万は桁が違う。


「総力戦だね。七海さん、小森さん。死ぬにはいい日だよ」


 口から出た言葉は、思っていたより軽くて、私自身が驚いた。


「嫌っすね、今日も生き延びてうまい飯を食うんすよ」


「同感です!」


 二人の返事に、少しだけ肩の力が抜ける。

 円状に張り巡らされた拠点の壁。その外側を、黒い波がじわじわと埋めていく。

 正門側から半円を描くように展開し、左右からも包囲しようとしているのが一目で分かった。


 左側は七海さんと小森さんに任せる。私は正面。右側は、私たち以外の戦闘員たちが担当。

 これが現状で組める最善。……かどうかなんて、誰にも分からない。


「今日の私は夢見が悪かったんだよね、八つ当たりさせてもらうね」


 前に出て、両手を掲げる。

 魔力を練り上げると、肺が焼けるみたいに熱くなった。体の内側にまだ余裕があるのが分かる。


「【炎球】」


 空一面に、無数の炎の球体が浮かび上がる。

 真っ黒なモンスターの大群に向かって降り注ぐ隕石のように、それらを一斉に撃ち出す。


 が――大群に着弾する前に、何かに弾かれた。


 遠目にも分かるほど膨大な魔力で展開された、対抗魔法。

 炎球は空中で打ち消されて、熱風だけがこちらに返ってきた。


「あれは……指揮個体か」


 ダンジョンで言うボスに該当するやつ。

 あれだけの広範囲魔法を瞬時に打ち消せる個体が、一体や二体で済むとは思えない。


「指揮個体だけでざっと一万は居るんじゃないっすかね……?」


「しんどいなぁ」


 冗談みたいな数だ。笑えないけど。


 囲まれたら、お終い。

 ここで押し返せなかったら、この拠点ごと呑まれる。


 どうすれば――と必死に頭を回していると、右の方から一人、息を切らした兵が走ってきた。


「【魔法】持ちが負傷。口頭伝達失礼します! 右軍壊滅寸前に謎の人物が押し出ていたモンスターを瞬殺……そのまま笑って大群に突っ込んでいきました」


「……あのね、私は夢物語を聞きたい訳じゃないの。その人物の特徴は?」


「隊長と同じ銀色の髪でした……鍔の無い剣を持っていて、申し訳ございません。一瞬だったもので曖昧です」


「わかった。持ち場に戻って」


 兵士が駆け戻っていくのを見送りながら、私は無意識に視線を右へ向けた。


 モンスターの海を、かき分けるように進む一つの影がある。

 剣の軌跡が線になって見えるほどの速度で、前にいるものを片っ端から薙ぎ倒していく。

 血飛沫と魔力の残滓が空に散って、そこだけ別の戦場みたいだ。


 お姉ちゃんが居なくなってから、この五年間。

 「銀の聖女」を名乗る偽物は、嫌と言うほど見てきた。


 銀髪に染めて、似たような剣を持って、似たような服を着て、似たような口調を真似して――

 けれど、どれもみんな本質が違う。

 魔力の質も、戦い方も、なにより根っこの「覚悟」が違う。


 だから、あれもどうせ『銀の聖女』の名前が欲しいだけの偽物だろう。

 そう思った。思おうとした。


 でも――少しだけ、少しだけ試してみよう。


「【炎球】」


 さっきと同じように、数千の炎球を生み出す。

 今度は狙いを変え、大群の奥――モンスターを蹂躙しているその人物を狙って射出した。


 炎球は大群の中に突っ込んでいき、あちこちに着弾して爆ぜる。

 そのうちのいくつかが、蹂躙している人物の背中や横から直撃コースに入っていった。


 当たる、と思った瞬間。

 炎球が、剣の軌跡通りに――まるで糸で引っ張られたみたいに――誘導されて、モンスターの群れの方へと逸れた。


 この技……!!


 五年前、掃いて捨てるほど見てきた背中。

 それを間近で見上げながら、何度も何度も呆れられて、頭を叩かれて、笑われて、撫でられて――

 私の炎を、一度たりとも味方に当てなかった人の、あの誘導の仕方。


「遅すぎるんだよ……全く……」


 遠くからでも聞こえた、呆れ混じりの、でもどこか嬉しそうな声。


 視界がぼやけた。

 溢れ出る涙を手の甲で拭って、七海さんたちの方に視線を向ける。


 2人も既に気が付いているみたいで、鼻を啜っていた。

 泣き笑いの顔で、互いに頷き合う。


「さて、5年も待たせたお姉ちゃんに私たちの成長を見せてあげよう!」


「うっす!!」


「やったりましょう!」


 胸の奥に溜まりに溜まっていたものが、一気に燃え上がる。

 これまでの鬱憤も寂しさも悔しさも全部、魔力に変えて叩きつけてやる。


 お姉ちゃんが戦っているところも、関係ない。

 この人なら、全部どうにかしてくれるって私は知っているから。


「【身体強化】【魔力強化】【全体強化】」


 私の強化魔法が、前線に立つハンターたちを包む。

 筋肉が一段階太くなったみたいな、魔力が一回り濃くなったみたいな感覚が波紋のように広がっていく。


「【炎球】【炎槍】【大炎球】」


 爆炎の花が次々と咲き乱れる。


「【矢の雨】【矢増殖】」


 七海さんの放った一本の矢が空で増殖し、黒い雨のように降り注いだ。


「【血槍】【血の雨】」


 当たり前みたいな顔で混ざっているカレンさんの闇と血の魔法には、突っ込まないでおこう。今はそういうツッコミを入れている場合じゃない。


 空も地も、全部が殺意と光で真っ白になる。

 モンスターの悲鳴と爆発音の中――


 前線のど真ん中から、お姉ちゃんの叫び声が聞こえてきた。


 ――ざまぁみろ。お帰り、お姉ちゃん。

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