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69話--商店街--

 化粧をし終えたのか、七海がぱたぱたと軽い足音を響かせて戻ってきた。


「いやぁー、やっぱり素体がいいと化粧のし甲斐があるっすね!」


 やり切った、と言わんばかりに、汗ひとつかいていない額をわざとらしく腕で拭う仕草をする。さながら、一仕事終えた職人だ。

 その様子を見ていたら、どんな感じに仕上がったのか、急に気になってきた。


 膝の上に座らせていた小森ちゃんの両脇に、そっと手を差し込む。


「ひゃっ」


 小さな声と一緒に、ふわっと軽い体が持ち上がった。

 そのまま、ぶらーんと吊るされた小森ちゃんは、力を抜いた猫みたいにびよーんと伸びている。

 思わず、既視感に苦笑する。あぁ、これだ。

 ペットショップで抱き上げられて、何もかも諦めた顔をしている猫。あれにそっくりだ。


 ちゃんと足が床につく位置まで下ろしてから、私はカレンの様子を見に行った。


 鏡の前に座るカレンは、手鏡を両手で持ったまま固まっていた。

 普段は堂々としているくせに、今は知らない世界に迷い込んだ子どもみたいな顔をしている。


「化粧は気に入った?」


「ん。すごい。綺麗に見せる技術は知らなかった」


 静かな声でそう言うカレンの横顔は、いつもよりほんの少し大人びて見えた。

 一見すると、そこまで大きく変わったようには思えない。けれど、よくよく目を凝らしてみれば、肌の質感が柔らかく整えられていたり、目の輪郭がくっきりして少し大きく見えたり、唇にほんのり艶が足されていたり――

 そういう「微妙な差」が積み重なって、全体の印象がふんわりと底上げされているのが分かる。


 前に沙耶に「化粧した女性の褒め方がなってない」とダメ出しされたのを思い出す。

 ……今度こそ、正解のリアクションができているといいんだけど。


「あーちゃん……そんな近くで凝視されると、恥ずかしい」


「あぁ、ごめん。うん、とても綺麗になってるよ」


「……ありがと」


 真正面から素直に褒めたら、カレンはぱっと視線を逸らしてしまった。

 頬のあたりが、ほんのり赤い。化粧の血色感なのか、照れているのか、その境界はよく分からない。


 ……褒め方、間違っただろうか。

 困り顔のまま沙耶の方を見ると、彼女は何も言わずにゆっくりと首を横に振った。

 七海と小森ちゃんは、同時にふぅっとため息を吐いている。なぜため息なのか、ちょっと怖くて聞けない。


 このままだと、変な空気がリビング中にべったり張り付いたままになりそうだったので、私は軽く手を叩いて場の空気をリセットすることにした。


「じゃあ、みんな準備できたから行こうか」


「はーい」


 沙耶が元気よく手を挙げて返事をする。他の三人もそれぞれカバンを手に取り、靴を履きながら「今日は何買おうかな」と小声で盛り上がっていた。


 全員で玄関を出て、車に乗り込む。

 エンジンをかけると、穏やかな振動とともに車内にラジオの音楽が流れ始めた。道中は、窓の外の景色が流れていくのを眺めながら、他愛もない会話を続ける。


 「昨日の竜、ヤバかったね」とか、「団体戦の相手、誰だろうね」とか、「あの薬屋さん、支店出さないかな」とか。

 そんな取り留めのない話をしているうちに、あっという間に一時間が過ぎた。


 協会のあるビル群が見えてくる。

 駐車場に車を停めて中に入り、受付前を素通りして反対側の出口に向かうと――視界がぱっと開けた。


 そこには、武器や防具、素材、道具類を扱う店が所狭しと並び、看板や布のタペストリーが風に揺れている、ハンター専用の商店街が広がっていた。


「ほへぇー、案外栄えてるね?」


 沙耶が、田舎から都会に出てきた人みたいな感想を素直にこぼす。

 人の数はそこまで多くないけれど、店の多さと品揃えの濃さで、空間自体が賑やかに感じられた。


 道行くハンターたちの視線が、ちらり、ちらりとこちらに向かってくる。

 好奇の目、噂話の確認、珍しいものを見る目――色々混ざっているのが分かるけれど、いちいち気にしても仕方がない。

 ここにいるのは皆、同じ「ハンター」なのだから。


「各自で回るんすか?」


「うーん、物があると言っても大量にあるわけでもないし、実物が見れるってだけの利点かなぁ」


 武器と防具は、今のところ不自由していない。

 となると、見るべきは素材と、あとはダンジョン産の変わり種アイテムくらいだ。

 少しだけ、回帰前の「駆け出しだった頃」を思い出して、胸の奥がきゅっとなった。


 あの頃は、ちょっと良い武器を買うために、ひたすらゴールドを貯めていた。

 ショーケース越しに眺めるだけで胸が高鳴った、憧れの品。今はもう、そういう目で武器を見なくなってしまったのだと思うと、少しだけ寂しい。


 そんな感傷を横に置きつつ、流し目で武器屋のショーウィンドウを眺めながら、通りを進む。

 商店街の奥へ行けば行くほど、人の気配は薄くなっていく。

 手前側はハンターに人気の武器・防具・消耗品が並んでいるが、奥に行くと、素材やダンジョン産の珍しい道具ばかりになってくる。


 その途中で、小森ちゃんがふと足を止め、棚に並んでいた何の変哲もないランタンを手に取った。


「おや、いらっしゃい。このランタンはダンジョン産のランタンで魔力を流すだけで光る優れものさ! 燃料もメンテナンスの必要もないんだ」


 店番のおじさんが、待ってましたと言わんばかりに説明を始める。

 声に微妙な空回り感があるあたり、今日はまだほとんど売れていないのだろう。


「ふむふむ……値段はっ……!? 1000ゴールド!?」


 値札を覗き込んだ小森ちゃんが、ほとんど悲鳴に近い声を上げて、ランタンを落としそうになった。

 慌てて両手で抱え直している。


 確か、1ゴールドは日本円で約2万。

 単純計算で、2000万のランタンだ。

 燃料不要で半永久的に使えると考えれば妥当だが、初見でその数字を見せられたら、驚いて手が滑るのも無理はない。


 恐る恐る元の位置にランタンを戻し、小森ちゃんはそそくさと店を離れた。

 やっぱり現物を確認できる分、マーケット価格より割高なのだろう。こればかりは、商店街の「対面販売料」みたいなものだ。


「お姉ちゃん、私あの店見てくるね」


 少し先に見える、回復薬や補助薬を扱っているらしい店を指さし、沙耶が走り出す。七海も「ウチも行くっす」と後を追った。


 カレンは、事前の取り決め通り、小森ちゃんを連れて食材店の方へ向かっていく。

 勝手にどこかへふらっと居なくなられると面倒だから、どこか行くときは小森ちゃんを連れて行くこと――そう言い含めておいた甲斐があった。


 私は一人で通りを歩いていると、道の端にレジャーシートを敷いて、個人で何かを売っている人が目に入った。

 いわゆる露店だが、他の店より明らかに客足が悪く、おじさんは深々と肩を落として座り込んでいる。


 シートの上に並べられているのは、麻布でできた巾着袋がひとつ。

 値札だけちらっと見てみると――「5万ゴールド」と書かれていた。


 ……高い。

 単純に計算して、日本円で10億。通りがかるハンターたちが冷ややかな目で値札を見ていくのも無理はない。


「随分と高いね」


「何だ。冷やかしなら帰ってくれ……って、『聖女』様じゃねぇか」


 おじさんの視線が私の顔を捉え、目を丸くする。

 そう呼ばれるたびに、胃のあたりがむず痒くなる。自分で名乗った覚えもないし、未だに慣れない。


 冷たい目でじっとおじさんを見ると、すぐさま両手を振って謝罪の言葉が飛んできた。


「いや、すまなかった。あまりに売れなくって気が立っていたよ」


「大丈夫。そこまで気にしてない。5万ゴールド……日本円で10億って、本当に売れると思ってるの?」


 視線を巾着袋に落とす。

 麻で出来たような、ごく普通の袋。

 ただ、その形と布の質感に、見覚えがあった。


 ――私が持っているアイテム袋に、どこか似ている。


 嫌な予感と期待が同時に胸をよぎる。


「おっちゃん。この袋はどこで?」


「ダンジョンだよ。宝箱を偶然見つけて出てきたんだ。アイテム名は『次元の袋』で中に30種類の物が無制限で入れられる……って見てくれた人に何度も説明してるんだが、誰も信じちゃくれねぇよ。入れた物の時間も止まって永久に保管できるって入手した時の説明にあったんだがな」


 『次元の袋』――その名前に、はっきりとした記憶が反応する。

 回帰前、とある金にうるさい大企業が買い取って、大いに得をしたアイテムだ。

 運送にかかる人件費や、在庫のロスがほぼ消えると噂され、業界をひっくり返した、と言われていた。


「買うよ」


「は? いくら聖女と言え施しならいらねぇぞ? いくら俺が売るのを急いでいるからって買い叩かせないからな」


「うん。ちゃんとした金額で買う。その提示された金額じゃ買わないけどね」


「だから値下げは――」


「安すぎるんだって。私の知っている『次元の袋』ならもっと価値がある。ちょっと手に取ってもいい?」


「――はっ? あっ、あぁ」


 ぽかんと口を開けて固まったおじさんから許可をもらい、私は巾着袋を手に取る。

 指先から伝わる魔力の感触を確かめながら、心の中で【全知】に問いかける。


 【全知】、これは本当に『次元の袋』か?


『回答します。アイテム名:次元の袋で間違いありません』


 短く返ってきた答えに、胸の奥で「よし」とガッツポーズを取る。


 ――なら、適正価格で買ってあげないと。


「うん、本物だね。先約とかって居ないよね?」


「……居ない。なぁ、本当に買えるのか? このまま奪ったりなんて、ないよな?」


「そんなことしないよ。疑う気持ちも分かるよ、大金が絡むもんね……。そうだ、協会の土地だし協会に仲介してもらおっか」


 余計な疑いを残さない方がいい。

 私はスマホを取り出し、相田さんに電話をかけて事情を説明した。


 受話器の向こうで、深いため息がひとつ漏れる。

 それでも、「分かった」と短く言ってくれた数分後、黒いスーツ姿の職員が一人、早足でこちらにやって来た。


 販売人のおじさんと一緒に協会本部の最上階に通されると、そこには相田さんと、林さんがテーブルを挟んで座っていた。


「きょっ、協会長!?」


「なぁ、嬢ちゃん。儂は暇じゃないんだぞ?」


「ごめんね、助かるよ」


 軽く頭を下げてから、床の強度をざっと確認する。

 問題なさそうだったので、私は自分のアイテム袋から、じゃらじゃらと金貨を取り出した。


 ――500万ゴールド。

 床一面に金貨の山ができて、部屋の空気が一瞬で変わる。


「とりあえず、500万ゴールドでどう? もっと出せるけど……」


「橘さん、ストップです。販売主が気絶してます」


 林さんの冷静な声に視線を向けると、おじさんが白目を剥いて椅子にもたれかかっていた。

 完全にキャパシティオーバーだ。


「ガハハハッ! 確かに個人で取引する額じゃないな!」


 相田さんが豪快に笑う。


「これ以上積まれても困惑するだけでしょうし、詳細は私にお任せ下さい」


「そう? ありがとう! とりあえず500万ゴールドまでは出す。それ以上は要相談」


 林さんに、あとは全部丸投げして部屋を後にする。

 背後で、金貨同士が触れ合って高い音を立てていた。


 販売人のおじさんは、目が覚めた時には、一気に「億万長者」だ。

 ダンジョンには、こういう夢のある出来事が、本当にまれに、だけど確かに存在する。

 だからこそ、今日もまた、色々なハンターが命を懸けて潜っていくのだろう。

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