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68話--カレンと化粧--

 風呂から上がったあとは、全員そろって泥のように寝た。

 湯気に包まれている間だけは「まだ起きていたいな」と思っていたのに、布団に潜り込んだ瞬間、意識がすとんと落ちたあたり、やっぱり心も体も限界だったのだろう。


 庭でそのまま寝ようとしていた沙耶と七海も、ずるずると引きずって風呂に突っ込み、強制的に洗ってから寝かせた。あのまま放置していたら、確実に翌朝、家の中がゾンビダンジョンと同じ匂いになっていたはずだ。


 朝。

 目覚ましが鳴るより少し早く目が覚め、寝癖のついた頭のままリビングに向かうと、テレビでは、昨日の個人戦の特集が延々と流れていた。

 画面の隅には、団体戦が来週に延期になったというテロップ。理由は「会場修復のため」とある。


 ……うん、間違いなく私のせいだ。


 心の中で土下座しながら、今のうちに林さんに修繕費の見積もりを聞いて送金しておこう、と決める。相田さんは「気にするな」と言ってくれそうだけど、さすがに良心が痛む。


 カレンから昨日の闇竜や魔石の件について色々と聞き出そうとしたのだが、あっさり断られてしまった。

 「迎えが来たときに、お父さんから話してもらう」とのことだ。

 多分、私が今聞いても処理しきれないような面倒な事情が山ほどあるのだろう。無理にこじ開けるより、その時を待った方がいい。


 大きくあくびをひとつしてからリビングに入ると、沙耶がソファで丸くなりながらスマホで動画を見ていた。


「何見てるの?」


「お姉ちゃん、おはよ。これはお母さんの昨日の配信」


「へぇ……。って、昨日の個人戦じゃん」


「そう。リアルタイムでミラー配信してたみたいで、お母さんが私たちの事を娘って言ってるし……私は過去に配信出ちゃったからバレてるかも?」


 そういえば、前に実家に帰ったとき、母さんと沙耶が一緒に配信していたっけ。

 私は絶対に映らないように、カメラの死角を必死に探して家の中を逃げ回っていた記憶が蘇る。


 画面越しに、酒を片手に個人戦を見ながら騒いでいる母さんの姿が映る。

 はしゃぎながら、こっちの攻撃に合わせて「ナイスー!」だの「やったー!」だの叫んでいるのを見ると、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「暇なときにお母さんが残したアーカイブ見てるんだけど、お母さん覚醒してるみたい……」


「そうなんだ……本当に元気そうで良かった」


「ゴブリンの毒で死にかけたのはいい思い出って言ってるよ」


 まだ、私が何も説明しないまま解毒薬を口に押し込んだ一件、根に持っているのかもしれない。

 それでも、笑い話にできているなら、それでいい。


 そんな取り留めもない会話をしていると、残りの三人もふらふらとリビングに集まってきた。今日は特に予定を組んでいない「休養日」なので、皆、楽な格好だ。

 ……一人だけ、何も着ていないのも居るけど。視界の端に映る白い肌から、そっと目を逸らす。


 冷蔵庫を開けて中身を確認し、朝食のメニューを決める。

 今日は――卵だな。手早く作れて、それなりに栄養もある万能食材。


 食事の支度を済ませて全員でテーブルを囲む。

 テレビでは、いつものように朝の占いコーナーが始まっていた。


『今日の運勢、最下位は……かに座のあなた。今日は何をやってもダメダメ……難しいことは考えず気分転換してショッピングでもいかがでしょうか? ラッキーアイテムはゴブリンの耳飾りです!』


 どこからどうラッキーなのか分からないアイテム名が飛び出してきたところで、私の星座が最下位だと告げられる。


 正直、この占いが当たった試しは一度もない。

 ただ、戦争のような出来事があろうと、ダンジョン騒ぎがあろうと、淡々と同じ番組を流し続けるテレビ局の「日常を守る」姿勢がなんとなく好きで、なんとなく見ているだけだ。


「先輩、この占い好きっすよね」


「うーん……占いが好きなんじゃなくて、どんな時でも普通の番組を放送し続けるテレビ局の精神が好きだから付けてるだけ」


「あっ、確かに……渋谷で色々あったときも中継じゃなくて普通の番組やってましたね」


「そうだったんだ?」


 あの時は私は現場に居たから、テレビで何が流れていたかなんて知る余裕もなかった。

 七海が何気なく口にした一言で、改めて「外から見た世界」を想像してしまう。


 朝食も食べ終え、洗い物も片づけ、占いコーナーも終わったところで、ふとさっきの「ショッピング」という言葉が頭をよぎった。


 協会の周辺に、ハンター用の商店街が作られた、という話を思い出す。

 素材の売買を行うマーケットではなく、企業や個人が作ったアイテムを販売する専門街――だったはずだ。

 掘り出し物の一つや二つ、転がっているかもしれない。


「協会近くの商店街に行くけど付いてくる人ー」


 試しに参加者を募ってみると、全員が即座に手を挙げた。

 休みの日は、何も予定を入れないと、本当にだらだら過ごして終わってしまいがちだ。暇を持て余していたのだろう。


 それぞれが外出の準備を始める。


 沙耶たちに教わったおかげで、最近は「薄い化粧」ぐらいなら自分でもどうにかできるようになってきた。

 ――ような気がしているだけで、正直なところ、ちゃんとした化粧を一人で完璧に仕上げるぐらいなら、一人で闇竜を相手にしていた方がまだ楽かもしれない。


 ポーチの中から化粧道具を取り出し、洗面台の前でどうするか固まっていると、左右からそっと肩に手が置かれた。


「さて、お姉ちゃん。綺麗にお化粧しよっか?」


「せっかく高いの買ったんすから使わないと勿体ないっすよ?」


「あっ、はい……」


 化粧品の費用は、パーティー用の資金から出すことにしている。

 私と小森ちゃん、カレンはそのあたりの事情やブランドに詳しくないので、基本的に沙耶と七海に「全部任せて」いる状態だ。

 「多少高くても、必要だと思うものは遠慮なく買っていい」と伝えてあるので、二人は楽しそうに選んでいる。


 今日は、下地を沙耶が、仕上げを七海が担当するらしい。

 慣れた手つきで、私の顔に線を引き、パフで粉を叩き込んでいく。


 ――なぜそこに線を引くのかは、未だに理解できない。だが動くと怒られるので、大人しく石像のように固まっておくしかない。


 しばらくして、七海がぱん、と両手を払った。


「うっす! 完了っす!」


「ありがとう……皆は準備終わった?」


 振り返ると、全員きちんと化粧も終わっていて、いつでも外に出られる状態になっていた。


 ――いや、一人だけ、待った。


「カレン、こっち来て?」


「ん。あーちゃん、何用?」


「そういえば化粧ってしたことないよね。元がいいからしなくてもいいんだろうけど……」


 分かりやすく、沙耶と七海の方へ視線を送る。

 私の意図を瞬時に理解した二人は、すぐさまカレンの両腕にがっちり組み付いた。


 戦いや強さに全振りして生きてきたであろうカレンなら、私の苦悩も分かってくれるだろう――というのは建前で、本音は単純に道連れが欲しいだけだ。


「カレンさんもメイクしよ?」


「ん? 私は……大丈夫」


「皆最初はやったことないっすよ。安心するっす」


「……やだ。なんか、目が怖い……あーちゃん、たすけて」


 助けを求めるような視線が飛んでくるが、私は黙って首を横に振った。

 諦めるんだ、カレン。こっち側は、一度捕まると逃げられない。


 無理やり振りほどくような真似はせず、ただ頑なに椅子に座るのを拒んでいるカレン。

 その様子を見ていた沙耶が、何かを思いついたように顔を近づけ、耳元でそっと囁きかけた。


「カレンさん……メイクすれば今よりも可愛くなれるよ」


 囁かれた内容は、小声すぎて私の位置からは聞き取れなかった。

 けれど、次の瞬間には、さっきまで「断固拒否」の姿勢を崩さなかったカレンが、すっと椅子に腰を下ろしていた。


 その光景を見て、沙耶と七海は小さくハイタッチを交わす。


「ん。もし違ったら、今度あーちゃん諸共容赦しないから」


「え、なんで私巻き添え食らってるの?」


「橘さんが呼んだからじゃないですかね……」


 いつの間にか私の横に来ていた小森ちゃんが、憂いを帯びた声でぽつりと呟いた。

 よく見ると、小森ちゃんの方も、いつもはノータッチな箇所にもしっかりメイクが施されている。もう手遅れだ。


 そのまま、なんとなくの流れで、私は小森ちゃんの腰を抱えるようにして膝に乗せた。


「ふぇっ!?」


「あっ、ごめん……クッションを乗せる感覚だったや、嫌だったら降りて?」


 慌てふためく声が耳に届く。

 小さな体が硬直しているのが、膝越しにも分かる。


 数秒後、小さな声で「嫌では……ないです……」と呟くのが聞こえた。


 回帰してからというもの、冷えが本当に天敵になった。厚手のひざ掛けが必需品になったぐらいだ。

 その点、体温の高い小森ちゃんは、本当にちょうどいい。柔らかいし、温かいし、膝の上に乗せているだけで血の巡りがよくなる気がする。


 嫌ではないと言ったので、遠慮なく手を前に回して、そっと抱き寄せる。密着度が一段階上がった。


「あぁ……暖かい。助かる……」


「ひゃい……」


 耳まで真っ赤に染まっていく小森ちゃんが可愛くて、思わず悪戯したくなる衝動に駆られたが――ここで変にスイッチが入ると、外出どころの話ではなくなる未来が見えたので、ぐっとこらえた。


 その後ろで、カレンの下地メイクを終えた沙耶が、じとっとした目でこちらを見て「ずるい」とぼやいたのは、言うまでもない。

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