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67話--希望と痕跡--

 その場で固まってしまったカレンの顔を、私は恐る恐る覗き込んだ。

 普段は何を考えているのか分からない無表情か、戦闘中にだけ見せる恍惚とした笑みか、その二択みたいな子だ。

 だからこそ、完全に思考停止したような、ぽかんと口を開けたカレンの表情は逆に新鮮で、ちょっとレアものを見つけたような気分になる。


 そんな私の下心を嗅ぎつけたのか、すぐさま沙耶と七海、それから小森ちゃんまで寄ってたかって集まってきて、みんなで「珍しいものを見る会」みたいな体勢になってしまった。


 くるっ、とカレンの瞳が私の動きに合わせて追いかけてくる。

 その直後、ぱっと両手が動き出し、私の頬を左右からがっちり押さえ込んだ。両手の平でむにっと押し潰すような形で、顔を固定される。


「あーちゃん」


「ふぁい……」


 頬が押されて、口が「3」の字みたいな情けない形になる。

 自分でも分かるぐらい間抜けな顔をしているのに、カレンの手は容赦なく力を込めたままだ。


「食べたことは別にいい。何かスキル得た?」


 口元はぎゅうっと押さえられたままなので、まともに言葉にならない。

 パクパクと口を動かして抗議の意思を示していると、ようやくカレンが「あ」と小さく息を漏らして両手を離してくれた。


 頬を揉みほぐしながら、カレンの問いに答える。


「うん、【闇】と【器】……説明見てもよく分からないんだよね」


「……ありがとう。まだ、希望は繋がってる」


 短く礼を言ったカレンの表情は、さっきまでの呆け顔が嘘みたいに真剣だった。

 説明を見てもよく分からないというのは、例によって【全知】の時と同じく、スキル説明の肝心な部分が文字化けしているからだ。


 謎が深まるばかりだが、今のところ実害のなさそうなスキルだと信じるしかない。


「あれ? お姉ちゃん、エクステなんていつ着けたの?」


「エクステ……? そんなの着けた覚えないけど」


「じゃあメッシュ? 一束だけ紫になってる」


 沙耶が私の背中側に回り込み、器用に髪を掴んで前に持ってきて見せてくれた。

 普段は自分で見ることのない後ろ髪の部分。そこに、確かに一本だけ、鮮やかな紫色の束が混じっている。


 七海と小森ちゃんが興味津々といった様子で根元を確認している。


「……地毛っすね、これ。途中からじゃなくて、根元から紫っす」


「完全に色変わってます……魔力の影響、ですかね……?」


 どうやら根元から完全に紫色になっているらしい。

 髪を後ろで束ねたりしない限りはそうそう目立たない位置なので、とりあえず今は深く考えないことにした。

 ――今さら髪の色一本ぐらいで慌てる段階でもないし。


「ん。待たせた」


 いつもの調子でカレンが戻ってきた。魔力の気配も落ち着いていて、さっきの混乱から完全に復帰したように見える。


「もう、大丈夫なの?」


「ん……。全部繋がった、けど……あーちゃん、一回だけ私の国に来てほしい」


「行くことができるようになった行くよ? 問題は行く方法だよね……」


 唐突に出てきた「私の国」という言葉に、胸の奥が少しだけざわつく。

 カレンの両親に、彼女を暫く預かっていたこと。それから、カレンの気持ちが変わっていなければ、これからもパーティーを組んで私たちの世界で活動していくこと――そのあたりをちゃんと話しておきたい。


 問題は、そのための方法だ。

 顎に手を当て、どうやって魔界に行くのか頭の中で組み立てていると、カレンがあっさり口を開いた。


「ん、大丈夫。お父さん来た」


「……え?」


 カレンが指さした方向へ視線を向ける。

 そこには何も見えないはずなのに、確かに「何か」が近づいてきている気配だけは、びりびりと肌で感じ取れた。


 数秒ほどすると、地を這うような低く響く声がダンジョン全体に木霊した。


「カレーーーーーーーン!! そこに居るのかーーーーー!!!!」


 迷子の子供を探している、心配性の親の叫び声――いや、文字通りそのまんまの状況だ。

 こういう場合、子供側の立場としては「心配かけてしまった申し訳なさ」と「こんな場所で大声で名前を叫ばれる恥ずかしさ」が複雑に混じるものだが……カレンはどうだろう。


 私に顔を見せないように、わざと少しズレた方向を見ているけれど、長い耳が分かりやすく真っ赤になっている。

 ニヤニヤした顔が抑えきれず、つい覗き込んでしまうと、カレンの肩がぷるぷると震えだした。


「お父さん!! うるさい!!!」


 堪忍袋の緒が切れたように叫んだカレンが、近づいてきている「カレン父さん」の方向へ手を向ける。

 瞬間、彼女の足元に魔法陣が展開され、闇と血の気配をまとった槍が空間から次々と生成された。


 真っ黒の槍と赤い槍が、雨どころか猛嵐のような密度で一気に飛び出していく。

 ……カレンなりの愛情表現なのだろうか? 撃ち込み方が全力すぎて、見ているこっちが心配になるレベルだ。


 かなりの魔力を込めて放ったのか、着弾の衝撃波が遅れて押し寄せ、私たちの立っている地面をもドンと揺らした。


『ダンジョンエリアに外部より侵入されました。緊急措置として挑戦者をダンジョンから排出します』


 頭の中に、アナウンスが割り込んできたと思った次の瞬間。

 ダンジョンに入った時と同じような、ふわりとした浮遊感が全身を包み込む。


 瞼を反射的に閉じ、再び目を開くと、そこは既に現実世界――私たちが入ったゲートの前だった。

 さっきまで背後にあったはずのダンジョンの入り口は、完全に閉じてしまっている。


 カレンの方を見ると、どこかやり切ったような満足そうな表情を浮かべていた。


「残念じゃなかったの?」


「ん。お父さん、元気そうだった。魔力の痕跡を残せた、そのうち迎え来る」


「なら良かった……? のかな」


 どう評価していいのか分からない展開だけれど、カレンが頷いたので「そういうもの」なのだろう、と納得することにする。

 代わりに、私の中では別の不安がもくもくと湧き上がっていた。


 ――見るからに親バカそうなカレンの父さんを、果たしてちゃんと説得できるのだろうか……。


 カレンの国は「力が全て」と本人が豪語していた世界だ。

 高い確率で「力を見せろ」という話になり、戦いになる可能性がある。


 今のうちに色々とシミュレーションしておこう。最悪、土下座と正面殴り合いの両方を用意しておくべきかもしれない。


「ん。大丈夫、私はあーちゃんのもの」


「あっ! ずるい! 私だってお姉ちゃんのものだもん!!!」


 考え込んでいる隙を突くように、カレンが右腕に絡みつき、そのまま宣言する。

 対抗するように、沙耶も左腕にしがみつき、胸を張って言い返した。


 何に対して対抗心を燃やしているのか分からないが、このままだと流れに乗って七海まで飛び掛かってきそうな勢いだ。

 そうなれば確実に歩きにくいどころの話ではないので、私は早足で帰路についた。

 ――物理的な意味でも精神的な意味でも、これ以上視線を集めたくなかった。


 * * *


 帰っている途中、道行く人たちが一様に顔を顰め、さりげなく私たちから距離を取っていくのが見えた。

 視線だけこっちを向けて、さっと道を空けてくれる感じだ。まるで異臭を放つトラックでも通るみたいな反応である。


「あの、橘さん……わたしたち鼻が慣れてしまって気づいてないんだと思うんですけど、もしかして腐敗臭がすごいんじゃないんですか……?」


「多分、そうだね。よし、全速力で帰ろう」


 小森ちゃんの控えめな指摘で、ようやく現実を自覚する。

 ゾンビと闇竜の死骸の中で長時間戦っていたせいで、完全に感覚が麻痺していたようだ。


 カレンに小森ちゃんを任せて、私は沙耶と七海をまとめて小脇に抱えた。

 これから何が起きるのか理解していない二人は、きょとんとした顔で首を傾げている。


 対して、小森ちゃんは空気を読んだのか、すぐにカレンに「おんぶ」をお願いしていた。

 横目で確認すると、準備ができているのか、カレンがこくりと頷く。


 私は一足先に【神速】を使い、地面を蹴って跳躍する。

 高く跳び上がり、そのままビルの上へと着地。都市の夜景を駆け抜けるみたいに屋根から屋根へと飛び移り、家の方角へと全力で向かった。


 * * *


 家に辿り着く頃には、叫び疲れた沙耶と七海が、私の腕の中でぐったりとしていた。

 庭に静かに着地し、その勢いのまま二人を柔らかく地面に下ろす。

 完全に燃え尽きたみたいで、動く気配がない。……まあ、後でちゃんと引きずってでも風呂に入れればいいだろう。今は放置だ。


 それよりも――風呂だ。

 自分の体からうっすら漂う腐敗臭に、ようやく危機感を覚える。


 玄関を駆け抜け、自動で湯を溜めてくれるボタンを迷いなく押す。

 ついでに自室に寄って寝間着や替えの下着を回収し、そそくさと脱衣所へ向かった。


 服を乱暴に脱ぎ捨てて洗濯カゴに放り込んだところで、タイミング悪く脱衣所のドアがガラリと開く。


 カレンと小森ちゃんだ。

 パンツしか履いていない私と、ドアの向こう側で固まる二人。しばし、気まずい沈黙。


「……一緒に入る?」


 今さら隠しても仕方がないので、観念して提案する。


「ん、入る」


「入らせてもらいたいです……」


 ふたりとも、自分の汗臭さとゾンビ&竜由来の腐敗臭に耐えかねているのか、返事をするとほぼ同時に服を脱ぎ捨てた。

 脱衣所の温度が一気に上がった気がするのは、気のせいだと信じたい。


 湯が溜まるまで少し時間がかかる。

 それまでにシャワーで髪と体をざっと洗ってしまおう。血と汗と腐敗臭のミックスなんて、さすがに放置しておきたくない。


 シャンプーの泡が頭を覆い、シャワーの音だけが脱衣所に響く。

 戦いの緊張から解放されたせいか、全身からまとめて力が抜けていくのを感じながら、私は静かに目を閉じた。


 


『愛の神が腕を組んで頷いています』

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