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66話--闇竜--

 カレンが向かった方で戦闘が始まったのを、肌の内側がざわつくような感覚で悟った。

 空気の流れが変わる。さっきまで静かだったダンジョンの魔力の“温度”が、一段階ぐっと上がる。高い密度の魔力が、波のように押し寄せてきて、皮膚の上を這うみたいに私たちの居る場所まで届いていた。


 わざわざ私たちから距離を取り、単独であっち側へ飛んだということは――カレンなりに、周囲を巻き込まない算段を立てているのだろう。

 あの子は面倒くさがりだけど、戦いそのものに関しては変なところで律儀だ。だからこそ、任せられる。


 私たちは私たちの仕事をしよう。

 空に浮かぶ闇竜に対して、沙耶と七海は、息を合わせて絶え間なく攻撃を撃ち込んでいる。魔法陣のきらめきと矢の軌跡が、暗い空間の中でひとつの模様みたいに重なっていた。

 どちらか一方にヘイトが向きそうになったら、その前に私が剣を投げて【竜の威圧】を上乗せし、意図的に意識をこちらに引きつける。


 案外、闇竜にはまだ知性が残っているようで、私の挑発が「馬鹿にされている」ということぐらいは理解しているのが分かる。

 視線――と言っていいのか分からないけど、骨だけになった顔が、はっきりとこちらを睨みつけてくるのが分かった。


 闇竜が大きく息を吸い込み、口腔の奥がぎらりと光った、その瞬間。

 竜の巨大な体が、ぐらりと傾いだ。


 沙耶と七海の渾身の一撃が翼を貫き、バランスを崩させたのだ。

 黒い巨体が、空からもぎ取られたみたいに落ちていく。大気を震わせる鈍い落下音が、地面越しに足裏から響いた。


「よくやった! 距離を保ちつつ後方に下がって! 後は――私がやる」


 声を張り上げながら、私は振り返りもせずに指示を飛ばした。

 3人の魔力の残量は、見ただけで分かるぐらい薄くなっている。見える魔力の色が、さっきより一段階淡い。ここから先は、長期戦ではなく、一撃の攻防だ。


 魔力の残りが尽きかけている3人を下がらせ、その代わりに私が前へ出る。地に激突してもがく闇竜へと、泥と血の混じった地面を蹴って駆け寄った。


 翼に魔力が集中している。

 あの流れ方は、治癒と強化を同時に行っているパターンだ。翼を修復して、もう一度上に逃げるつもり――。


「させるかっ!!」


 思考より先に体が動く。【八剣】の1本を抜き放つように投げ放ち、翼の付け根に突き刺した。

 回復の術式を妨害できたのか、そこに流れていた魔力が乱れ、闇竜の魔力が一瞬ぶれる。


 さっきまでに投げまくったせいで、【八剣】は既に数が心許ない。残りは2本。多分、再度唱えれば補充はできるのだろうけれど、詠唱の一瞬でさえ隙になる。今はこの2本でやり切るしかない。


 闇竜が再び飛べないよう、私は翼の根元を狙って斬りかかった。

 骨に当たった瞬間、耳障りな金属音のような音がして、剣が弾かれる。


 ――想像以上の強度だ。


 鈍い痺れが腕から肩へ伝わる。斬り付けた部分を素早く目で確認すると、ほんの僅か――髪の毛一本ぶんほどだが、確かに浅い傷が付いているのが分かった。


「傷が付くなら斬れるね。さあ、何回で斬れるかな?」


 自分に言い聞かせるように呟き、呼吸を整える。

 闇竜の尾や爪から繰り出される攻撃を【八剣】で防いだり、受け流したりしながら、私はひたすら同じ場所だけを狙い続ける。


 攻撃を防いでいるときは、上空で舞う2本の【八剣】が私の盾になり、【八剣】に意識が向いているときは、私本体が懐に潜って斬る。

 同じ角度、同じ軌道。寸分の狂いもなく、まるで釘を打ち込むように、同じ傷口をひたすら抉る。


 数十、数百、数千と斬りつけ、感覚が麻痺して数が曖昧になってくる。

 斬撃の回数が万に差しかかろうとした頃――ついに、その瞬間が来た。


 いつものように弾かれる感触が来るはずの腕が、何の抵抗も感じないまま、空を裂いた。

 手応えは、紙を破るよりも軽い。続いて、骨が断たれる重い振動が、遅れて腕に返ってきた。


 闇竜の左翼が、遅れて気付いたように身体から離れ、地面へと落ちていく。

 大気を揺るがす咆哮が、肺の内側まで震わせるほどの圧でダンジョンに響き渡った。


 片翼を失った闇竜は、もう二度と空へは戻れない。

 地上戦に引きずり下ろした、と考えればここからが本番だ。


 尾での薙ぎ払いが唸りを上げて迫る。私は剣を滑らせるように当てて力を流し、勢いを別の方向に逃がし、そのまま尾の死角から胴体に潜り込んだ。

 薄く肉の残る胴体に剣を突き立て、骨に沿わせるようにして押し込んでいくと、内側で何か硬いものにぶつかる感触があった。


「胸の中心……魔石か!」


 ゾンビ化した状態の闇竜は、生きている判定なのだろうか?

 もし「生きている」扱いなら、魔石を食べるのはさすがに良くない気がする。けれど、ただの死体扱いなら――可能なら魔石を手に入れて、いつも通り食べることができれば……。


『回答します。現在、闇竜は生体としての活動は停止していますが魔石からの魔力信号が脳へ通達されて動いています』


「……うん? 結局死んでいるのか?」


 どっちだよ、と心の中でツッコミを入れる。


『生きています。操っていた魔族の死が原典に登録されていますので殺せば死ぬでしょう』


 なるほど。つまり、こっちは「操られている側」で、真に殺す対象は操っていた魔族の方、という扱いになる訳か。

 ということは――カレンは、もう勝ったんだな。


 先ほどから遠くで感じていたヤバそうな魔力の暴風は、やっぱりカレンのものだったようだ。今はもう、すうっと引いていっている。

 胸の中で溜めていた息を、少しだけ吐き出す。


 じゃあ、早く帰るためにも、こっちをさっさと終わらせないとね。


 魔脈を全開に開く。そして――意識的に、自分の魔石から魔力を引き出す。

 今までは、呼吸するみたいに無意識に魔力を使っていたけれど、魔石から直接流れ出る感覚を意識してみると、その「質」のようなものが違うのがはっきり分かった。


 重くて、深くて、色で例えるなら濃紺。

 憶測でしかないが、私の【竜の心臓ドラゴンハート】に含まれている古代竜の魔力……なのだろう。


 その魔力を魔脈に循環させ、一気に全身へと行き渡らせる。視界の端が少しだけ白く滲み、世界の輪郭が鋭くなる。

 地を蹴った瞬間、足元が爆ぜるように砕け、瞬きする間も無く私は闇竜の視界の死角へ肉薄していた。


 残像すら残らない速度で振るわれた幾万の斬撃は、闇竜の頭部が消失してからようやく、「斬った」という音を世界に追いつかせた。

 骨が砕け、肉が裂け、地面に叩きつけられる鈍い音が、少し遅れて重なってくる。


『完全討伐報酬を挑戦者たちに送ります』


 闇竜が、どさりと地に崩れ落ちたのと同時に、無機質なアナウンスが頭の中に響いた。

 この闇竜がゾンビではなく、ちゃんと生きていたとしたら――正直、こんなに楽にはいかなかっただろう。


 生きている竜は、人間以上に狡猾に攻めてくる。

 ブレスを囮に複数属性の魔法を展開してきたり、物理攻撃だって、ただ振り回すだけじゃなく、フェイントを織り交ぜてくる。

 古代竜がそうであったように――。


 既に倒してしまったものに思いを馳せても虚しいだけだ。

 後ろを振り返ると、少し離れた場所で沙耶と七海と小森ちゃんが、肩で息をしながらもハイタッチを交わしているのが見えた。

 私はそこに混ざることなく、静かに踵を返して闇竜の胸の中心部を開き、魔石を取り出した。


「……くっさぁ」


 腐敗した肉と血の匂いが、魔石そのものに染みついている。鼻だけじゃなく、喉の奥までじんわりと侵食してくるような悪臭だ。


 いつもの習慣で、そのまま口元に持って行こうとしたが、反射的に吐き気が込み上げてきて手が止まった。

 さすがにこれはそのままいくのはキツい。


 アイテム袋から、前にコンビニで買い込んだ除菌シートを取り出し、念入りに魔石の表面を拭く。

 たかが気休め、されど気休め。少なくとも、さっきよりはマシな匂いになった……気がする。


 雑念を捨てて、魔石を口に当て、一気に流し込んだ。

 舌に触れた瞬間、鉄よりも濃い、ざらりとした味が走り抜ける。


 体の内側から、熱湯を流し込まれたみたいな感覚と共に、魔力が溢れ出そうになるのが分かった。

 無秩序に外へ飛び出そうとするそれを、魔脈に押し込み、循環させながら、自分の魔石へ格納していく。


 大粒の汗が額から頬を伝い、顎からぽたりと落ちた。

 沙耶たちに異変を悟られないよう、魔力が漏れないギリギリのラインを必死に維持しながら、私は何でもない顔をして歩き出す。


 数歩、数十歩と進むうちに、胸の奥で暴れていた魔力が、少しずつ静かになっていくのが分かった。

 そうやって安堵した瞬間――瓦礫のひとつに足先を引っかけた。


 魔力の制御に手一杯で、足元の確認を怠ったか……。


 このまま顔面から転んで派手にすっ転ぶのは、まあ、自業自得として甘んじて受け入れよう――と、諦めの境地に入ったところで、いつまで経っても地面と衝突する衝撃が来ない。


「あーちゃん、大丈夫?」


「あぁ、カレン。ありがとう、大丈夫だよ」


 ふわりと体が支えられ、上半身が誰かの胸に預けられていることに気づく。

 見上げれば、そこにはいつもの無表情――だけど、僅かに目尻を下げたカレンの顔があった。


 倒れそうになった私を、カレンが肩を抱き寄せるようにして支えてくれていた。


 よく見ると、カレンの服は至る所が破け、焦げたような跡も付いている。布地の隙間から白い肌が覗いていて、その様子が、戦闘の激しさを無言で物語っていた。


「手こずったんだね、服がボロボロじゃん」


「ん。この服の破れは封印を解除した時に破けた。翼出したり、棘生えたりした」


「そうなんだ……その姿見てみたかったな」


 軽く冗談めかして言ったものの、本音ではかなり気になっている。

 戦闘で破れた訳ではないそうだ。よく見れば、肌に目立つ傷ひとつない。

 流石、カレン。力の使い方が雑に見えて、実際は自分の身にはちゃんと甘い。


 そのまま肩を貸してもらいながら、ふたり並んで沙耶たちのところへ向かう。遠目に、3人がほっとしたように手を振るのが見えた。


『スキル名:【闇】を取得しました』

『スキル名:【器】を生成しました。スキル名:【闇】は【器】に格納されます』


 頭の中で、いつもの機械的な声が響く。

 魔石の吸収が終わったのか、さっきまで暴れていた魔力も完全に落ち着き、代わりに新しいスキルが身体に貼りつくような違和感を残した。


 【闇】……は、まあ分かる。闇竜だし。

 問題は、その後に続いた「【器】を生成しました」の一文だ。


 よくわからないスキルを獲得――いや、今、確かに「生成」って言ったよな……?


 心の中で【全知】に問いかけようとするが、いつもの即答が返ってこない。

 沈黙。ノー応答。


『叡智の神が時を待てと言っています』

『愛の神が反応してほしそうに貴女を見ています』


 ……横から何かが混ざってきた。


 ふむ、叡智の神は本当に何でも知っているんだな。

 そう言っているんなら、今は深く考えなくていいのだろう。

 愛の神は、今はちょっと黙っててほしい。


 とりあえず、実務から片付けよう。

 沙耶に、「闇竜の肉を燃やして骨だけにしちゃおう」と言いかけたところで、カレンがビクリと反応した。


「あーちゃん……闇竜はどうするつもり……?」


「肉を燃やして骨だけにして骨を持って帰って武器や防具の素材として使おうかなって思ってたけど……」


「可能なら、やめてほしい。お父さんに言って、亡骸だけでも国に……」


 闇竜の巨体に近づきながら、カレンと並んで歩く。

 触れられる距離まで近づいたところで、カレンが何かに気付いたように目を見開いた。


「魔石が、ない!?」


「あっ……もしかして魔石ないとマズい……?」


「ん! 竜の魔石は、どんな時でも1つ。世界に、危機が訪れた時に4つの元素の竜と2対の竜が古代竜にその身を捧げて、古代竜が世界を救う……」


 顎に手を置き、カレンはブツブツと自分の中の知識を引っ張り出すように呟き始めた。

 七竜の話、世界の危機――さっきまで他人事みたいに聞いていた神話が、急にやけに生々しく響いてくる。


 ……何も気にしないで魔石を食べてしまったんだけど、これ、もしかして結構大変なことをやらかしたのでは?


 心臓が早鐘のように鳴り、口の中から血の気がひゅっと引いていくのが自分でも分かった。


「あのね、カレン……」


「あーちゃん、話はあとで。闇竜の魔石が無い……何者かが持ち去った? いや、でも……未だに顕現しない古代竜とも関係が……?」


「その、魔石の事の話なんだ」


「何か知ってるの? あーちゃんから古代竜の力を感じるのと繋がりが?」


 完全に推理モードに入っているカレンが、真剣な目でこちらを見る。

 言いにくさで胃がきゅっと縮むのを感じながら、私は観念して口を開いた。


「すっごい言いにくいんだけど……食べちゃったの。魔石……」


「へっ?」


 その瞬間、ダンジョン内の空気が――本当に、音が消えたみたいに静寂に包まれた。

 遠くで崩れ落ちる瓦礫の音も、仲間たちの息遣いも、一拍だけ、世界から切り取られたように、何も聞こえなかった。

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― 新着の感想 ―
結構不味そう
カレンショーーック!と取り込んで大丈夫か肩掴んでガクガクさせる流れ?
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