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64話--カレンとリンド--

 飛んでいる竜の顎が、ぎちぎちと嫌な音を立てながら大きく開いた。

 空洞になった喉奥――そこに、じわり、と光が集まっていくのが見える。


(――竜の息吹ドラゴンブレス


 見慣れた現象だった。回帰前、何度も命を奪われかけた光景。

 骨に肉片が張りついたようなゾンビ竜でも、そこに込められている“質”だけは、生前と変わらないのだろう。


 同時に、肌を刺すような重圧が辺りに満ちた。


「っ……!」


 息が止まるような感覚。

 振り返ると、他四人は膨大な魔力から発される圧に押し潰されるように、その場で固まっていた。

 肩は震え、顔は引き攣ったまま。指一本すら動かせていない。


(そうか――【竜の威圧】!)


 この場でまともに動けるのは、【竜体】と同質の気配を抱えた私だけ。

 考えるより先に、私は【八剣】を展開した。


 空中に花弁のように並ぶ八本の剣。そのうち一本を掴み、竜の開いた口めがけて、全力で投げつける。


 次の瞬間、耳を劈くような音がダンジョン内に響いた。


 ――盛大にガラスを叩き割ったような、あの音。


 竜の口内に生じかけていた魔力の構造が砕け散る。

 同時に、こちらへ押し寄せていた【竜の威圧】に、自分の中の同じ力をぶつけた。


 竜と、私。

 二つの【竜の威圧】が正面からぶつかり合い、ぎゅうっと空気が軋むような感覚の後――ぱん、と弾けるように圧が消える。


 重く淀んでいた空気が、急に軽くなった。


「はっ、はぁ……っ」


「っく、はぁ……!」


 喉を押さえながら、大きく息を吸い込む音が後ろから聞こえる。

 四人とも、まだ息は荒いが、呼吸は再開したようだ。


「あ、あーちゃん……? その力……」


 カレンがかすれ声で私を呼ぶ。


「ごめん、説明は後」


 短く返し、視線は空に釘付けのまま。


「何故? 何故ですかねぇ!? 下等生物にんげん如きが【竜の威圧】の中で動くだけではなく、同じく【竜の威圧】を出して相殺? ありえない。ありえなイ!!!」


 甲高い絶叫が上から降ってきた。

 見上げると、竜の頭上に立つリンドが、髪を振り乱しながら喚き散らしている。


 カレンも、横で同じ疑問を抱えている気配があった。

 けれど、今は説明している暇はない。


 完全に復活したのか、沙耶と七海が同時に竜に向かって技能を放つ。

 いつの間にか、小森ちゃんが全員に【支援】スキルで上昇効果を掛けてくれていた。


「【炎球】【土槍】【炎槍】!」


「【速射】【強射】【貫通】!」


 杖の先と、弓の先から、夥しい量の魔法と、強力な魔力を込めた矢が次々に放たれていく。

 炎と土と光の軌跡が空を走り、竜めがけて殺到する。


 それらが命中した瞬間、巨大な爆発が起こった。

 轟音と共に、黒煙が竜の巨体をすっぽりと覆い隠す。


「ん、私もやる。【炸裂する闇】【喰い散らす悪夢】【血槍】」


 隣で、カレンが軽く手を翳した。


 沙耶と七海の魔力が火花なら、カレンの魔力は爆発だ。

 桁外れの密度を持つ闇と血の技能が、黒煙の中の竜へと突き刺さる――はずだった。


 だが、その直前。

 薄紫色の半透明な膜が、ふっと空間に現れた。


 それはまるで、天蓋のように竜を包み込み、迫る全ての攻撃を拒むように煌めく。


「……あれを防ぐのか」


 私たちの攻撃を受けたはずの空間で、膜だけが静かに波打った。

 黒煙が薄れ、竜の輪郭だけがかろうじて見えてくる。


 そこへ、上から粘つく声が降ってきた。


「おや、おやおや。この魔力はザレンツァの放蕩皇女ではありませんか!! 何故下等生物とご一緒に? あぁ、聞くまでもありませんね……」


「アラミスリド。今日と言う今日は許さない。七竜が全て顕現する前に闇竜を殺すなんて……!」


 カレンの声が、いつになく低く、鋭かった。


「信仰が古いんですよ、ザレンツァは。古代竜を基軸とした七竜信仰は過去の遺物……そろそろ我が主の寵愛を受けるべきなんですよ」


「胡散臭い魔王なんて存在は信用に値しない。古より強者として生き続けている七竜こそが正義」


 空中で、カレンとリンドが互いに叫び合う。

 その間、竜からの攻撃は来ず、私たちも打ち返さない。

 ただ、空に浮かぶ二人の言葉の応酬を、下から見上げるしかなかった。


 どうやら本当に、二人の間には国を挟んだ確執があるらしい。

 アラミスリドとザレンツァ。

 さっきから出てくる単語だけでも、ただの顔見知り以上の因縁を感じさせる。


 しばらくして、カレンがふうっと長く息を吐き、頭をがしがしと掻いた。


「ごめん、あーちゃん。あいつは私に任せてほしい」


「分かったよ。思う存分やってきな」


 カレンの声は、いつもの気の抜けた調子に戻っているようで、その実、底の方で冷たく静かな怒りを湛えていた。


「ん。闇竜のゾンビは……任せた。魂を世界に返してあげて……」


「了解」


 短い言葉を交わした瞬間――カレンの姿が、ふっと掻き消えた。


 気配を追うより早く、いつの間にかカレンは竜の頭上へ移動していて、リンドの襟首をがっしり掴んでいた。


「向こうで、本気で戦おう」


「相変わらずクソ馬鹿力ですねぇ!!」


 悲鳴に近い抗議も無視して、カレンはリンドを竜から引きはがし、そのまま別方向へ容赦なく蹴り飛ばす。


 支配者を失った影響か、竜の動きが一瞬ふらついた。

 そして――鈍い咆哮を上げ、真紅の眼窩を私たちへと向けてくる。


「沙耶、七海、小森ちゃん。竜は翼膜で風の技能を使って浮いている。実際に戦闘した時はそうだった。ゾンビになっても変わらないはず」


「了解、翼に技能を打ちまくって竜を落とせばいいんだよね?」


「そういうこと」


「単純っすね」


 回帰前に戦った古代竜の時ほどの、骨の髄まで凍るような威圧感はない。

 ゾンビとなった時点で、生きている時ほどの思考能力は残っていないのだろう。

 それでも油断すれば即死しかねない相手だが――“届く”相手であることは間違いない。


 地面に落とせさえすれば、あとは私の仕事だ。

 息吹も、私が物理的に叩き落とせばいい。


「沙耶と七海は左右に展開! 小森ちゃんは七海の方へ」


 矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、私は前へ一歩踏み出す。


 左右に駆けた沙耶と七海が、それぞれ射線を確保するように位置を取り、小森ちゃんが七海の背へぴたりと張り付く。


 次の瞬間――左右から放たれた技能が、竜の翼に向かって一斉に炸裂した。


 風を震わせる爆音と、焼けた骨と腐肉の臭い。

 私は竜の動きから目を離さないようにしながら、並行して遠くで暴れ始めた“もう一つの戦場”に意識を割く。


(カレンの方は――大丈夫だろうか……)


 心のどこかでそう呟きながら、私は目の前の竜へと剣先を向けた。

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― 新着の感想 ―
>「あ、あーちゃん……? その力……」 >沙耶がかすれ声で私を呼ぶ。 あーちゃんと呼ぶのはカレン。沙耶ならお姉ちゃんと呼ぶ
>「何故? 何故ですかねぇ!? 下等生物如きが【竜の威圧】の中で動くだけではなく、同じく【竜の威圧】を出して相殺? ありえない。ありえなイ!!!」 想像の中で子安武人の声で再生されてるんだけど なんと…
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