表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/130

54話--事後と訓練--

 妙に体が怠くて、意識が水底から浮かび上がるみたいにゆっくりと目が覚めた。

 昨日――カレンに首筋から血を吸われてからの記憶が、ところどころ途切れていて曖昧だ。


 確か、自室のベッドに居たはずだ。

 なのに、目を開けてみるとそこは寝室で、しかも私は何も着ていない。

 さらに追い打ちをかけるように、左右から、上から、ぴったりと張り付くようにして寝息を立てている子たちも、全員、同じく服を着ていなかった。


 ――あ、うん。これは、まさか……いや、まさか、だよね?


 脳が事実の認識を拒否しようとしているのが分かる。

 心臓がいやにうるさい。とりあえず、現実逃避より先に、状況の確認が必要だ。


 そっと皆を引きはがし、布団をずり上げて掛け直してから、足音を殺して寝室を出る。

 洗面所に駆け込んで、鏡の前に立った。


 首筋には、カレンの牙が刺さったであろう跡が三つ。

 それだけでは飽き足らなかったのか、胸元にかけて、うっ血したような跡が点々と残っている。


「なんだこれ……昨日の夜に一体何が……?」


 自分で口に出しておきながら、返事は分かっている。

 分かっているけど、認めたくない。そんな感じだ。


 とりあえず、シャツだけ羽織ってリビングへ向かった。

 湯を沸かして、まずは珈琲。落ち着くのはそれからだ。


 ヤカンの中でぽこぽこと小さな気泡が立ち始めた頃、寝室のドアが開いて、カレンがふらりと出てきた。


「ん、あーちゃん。おはよ」


「……おはよう。カレン、昨日何があったか聞いてもいい?」


「とても、すごかった。途中から他の子たちも混ざった」


 いつもよりほんの少し頬を赤らめて、身を寄せて言ってくるカレン。

 私は思わず頭を抱え、深く息を吸い込んだ。


 起きた時点で予想はしていた。していたけれど、せめて違っていてほしいと淡い期待もしていた。

 しかし、カレンの一言がそれを木っ端微塵にしてくれる。


 つまり――。


「私はまた、やったのか……」


「ん。途中からすごい乗り気だった、よ……?」


「それは聞きたくなかったなぁ」


 カレンいわく、どうやら途中からは私もノリノリだったらしい。

 多分、吸血の影響と、無意識にまで刷り込まれた「やられたらやり返す」精神が悪い方向に発揮されたのだろう。


 こうも肉欲に振り回されるのは、正直よろしくない。

 回帰前の世界で、それが原因でどれだけのパーティーが崩壊していったか、嫌というほど見てきた。


「あーちゃん、私の眷属に……ならない?」


「眷属って?」


 カレンの説明によると、吸血鬼は自分の配下として従わせる存在を「眷属」と呼ぶらしい。

 眷属になった時の恩恵やら魅力やらを、さらっと営業トークのように並べ立ててくるあたり、どこかプレゼンを聞かされている気分になる。


「悪くはしない……だめ?」


「うーん。私は今のままが気に入ってるから遠慮しとくよ」


「むぅ……あんなにも、相性良かったのに……」


 「何が」とか「どの辺が」とか、聞いたら負けだ。

 藪蛇にもほどがあるので、そのまま流して珈琲の準備に集中する。


 湯が沸いたので、マグに珈琲を注いで一口啜る。

 ふぅ……寝起きの一杯は、胃袋より先に頭を覚ましてくれる。


 朝ご飯を何にしようか考えていると、カレンがぽん、と手を叩いた。


「ん、じゃあ私があーちゃんの側室入る」


 唐突にぶっ込まれたワードに、思わず盛大にむせた。

 喉に珈琲が変な風に入って、涙が滲む。


 咳がようやく収まってカレンを見ると、彼女は珍しく、少しだけ恥ずかしそうに視線を泳がせていた。


「ごめん、側室って?」


「ん……他の子も、そうでしょ? あーちゃんは皆等しく接するって、言ってた。私のものにならないなら、私があーちゃんのものになる。これが一番いい解決法」


「私にはよく分かってないんだけど、要約すると……?」


「帰るの諦めてあーちゃん達とずっと一緒に居る」


 なるほど。要するに「ここに残る宣言」か。

 つまり、カレンがずっとこっちに居る=正式にパーティーメンバーが一人増える、ということになる。


 帰還を諦めると言い切ってはいるが、故郷への未練が完全に無いわけではないだろう。

 もし将来的に向こうへ行く機会があるなら、その時は彼女の両親にきちんと挨拶して、今のパーティーでやっていく許可を取るべきだ。


「……まあ、そう言ってくれると私的にも助かるかな。これからよろしくね、カレン」


「ん。よろしく」


 差し出した手を、カレンはしっかりと握り返してくれた。

 これで正式に、カレンが私たちの一員になる。


 主力として前線でダメージを稼げる前衛は、パーティーの花形だ。

 その上、女性で前衛を務められる人材はさらに希少。そんな一人が確定で居てくれるのは、心強いにもほどがある。


「それじゃあ、服着てきなよ。ついでに沙耶たちを起こしてきてほしいかな」


「ん。わかった」


 カレンはぱたぱたと小走りで寝室に戻っていった。

 私はその間に朝食の支度を始める。


 


 食事を終え、皆でリビングのソファやラグに思い思いの格好で寝そべりながら、今日どこのダンジョンに行くかの相談をしていた。


 十日後には、最強パーティーを決める大会が控えている。

 協会の訓練場は、ハンターであれば利用料さえ払えば誰でも借りられるから、今日は対人戦の練習に充てるのも手だ。


「よし、対人戦の練習しよっか」


「さんせー!」


 真っ先に手を挙げたのは沙耶だった。

 七海と小森ちゃんも、顔を見合わせてからこくりと頷く。


 カレンは大会には出ない予定だけど、練習の手伝いとしてはこれ以上ない適任だ。

 全員で準備を整え、車に乗り込んで協会へ向かう。


 


 協会に着くと、ロビーのあちこちから視線が飛んでくる。

 新人ハンター、依頼を受けに来た中堅どころ、観察に来た役人風の人間まで、実に様々だ。


 首筋のあれこれについては、ストールでしっかり隠しているので、とりあえず外見上の問題はない。

 受付で訓練場を借りるための手続きを済ませ、指定された番号の部屋へ向かった。


「対人戦って言うけど何をするっすか?」


「うーん。正直なところ私にも分かってないんだよね……何をしたらいいんだろ」


 意気揚々と家を出てきたはいいが、落ち着いて考えてみれば私は対人戦の訓練なんてしたことがない。

 ひたすらモンスターを相手にしてきた回帰前の経験は山ほどあるが、人相手は別物だ。


 助けを求めるように小森ちゃんを見ると、申し訳なさそうに首を横に振られた。

 そりゃそうだ。分かるわけがない。


 沙耶も腕を組んで「うーん」と唸っている。

 訓練場の真ん中に陣取ったはいいが、妙な沈黙が流れる。


「カレンは何かいい案ある?」


「ん、簡単。逃げ回る私とあーちゃんに攻撃を当てれれば、そこら辺の人族は倒せる」


「それもそうだね……。私とカレンが的になって動くから、沙耶と七海はそこに当てれるように。小森ちゃんは2人をサポートしてあげて」


「わかりました!」


 沙耶の快活な返事だけ確認して、あとは聞かずにカレンと目を合わせる。

 無言のうちに意思疎通を終え、そのまま二人して訓練場内を縦横無尽に駆け回り始めた。


 跳ね、滑り込み、壁を蹴り、床を蹴る。

 狭い室内で、スーパーボールさながらに弾む感覚はちょっとだけ楽しい。


「えっ、微かにしか見えないのに当てろって言うんすか!?」


「割と無理難題押し付けてきたなぁ……いつものことだけど」


「沙耶ちゃん、七海ちゃん。ある程度規則的に動いているから、進行方向を予測して攻撃したほうがいいかも」


 後方から、小森ちゃんの落ち着いた声が聞こえてきた。

 ちゃんと状況を見て、分析して、言葉にしてくれる。こういうところ、本当に頼りになる。


 私とカレンとは違い、3人はまだ戦闘経験が少ない。

 だからこそ、「言われた通りに動く」だけじゃなくて、自分で考えて、試して、失敗してもらいたい。


 暇そうに欠伸をしながら全力で駆けているカレンに、私はちょっかいを出すように時折近づき、肩を軽く叩いて挑発した。


 さあ、3人は、私たちに攻撃を当てられるかな――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ