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53話--手合わせ--

 この前の遺跡ダンジョンみたいに、何も知らないまま巻き込まれるのはもうごめんだ。

 だから今日は、カレンにちゃんと話を聞いておこう――そう思った。


 ちょうどいいことに、さっきまでの着せ替え大会で体力をごっそり持っていかれた私とカレンは、リビングの床に転がるようにして力尽きていた。

 ソファにもたれてぐでーっと伸びているカレンは、手を伸ばせば触れそうな距離。話しかけるには絶好のポジションだ。


「カレン。今日ダンジョンで会った魔族は知り合い?」


「ん。あまり話したことない……。考えてること、よく分からないから……」


 ぽそっと零された一言に、ああやっぱり、と思う。

 ラヴィス――あの女の魔族。湿地で会った時のあのしゃべり方と、戦いよりも盤面を弄ぶような立ち回りを思い返すと、確かに前線で暴れるタイプというより、知略寄りに見えた。


 ……とはいえ、普段何を考えているか分からないのは、正直カレンも大概だ。

 いや、もしかして――本当に何も考えてないだけ? と一瞬よぎったが、すぐに自分で否定する。


 ――そんな訳はないか。

 あの戦いぶりが、思考無しでできるわけがない。


「私の居た世界――魔界は、力が全て。ラヴィスは……他の強いのと、よく一緒にいる」


「そうなんだね……。あともう一つ。魔脈を開くのが魔族しかできないって言ってたけど、本当なの?」


「ん。間違いではない……。人族も、魔力がある状態で産まれてくれば、できるようになる……かも? 魔脈を開くには、魔力を手足のように動かせないとダメ」


 なるほど、と心の中で頷く。

 だからこっちの世界では一切知られていない技術だったわけだ。回帰前も含めて、そんな話はただの一度も聞いたことがない。


「私の魔脈は開いちゃってよかったの……?」


「ん。大丈夫。秘伝の技術じゃないし」


「それならいいんだけど……」


 言葉ではそう返したけれど、胸の奥に小さな棘のようなものが残っている。

 ラヴィスが口にした「裏切り者」という単語。あれがどうにも引っかかって仕方ない。

 なにか、面倒ごとに巻き込まれる前兆みたいで――。


「お姉ちゃん、さっきから話してる魔脈って何?」


 いつの間にか近寄ってきていた沙耶が、テーブル越しに身を乗り出してきた。

 その後ろには、同じく気になっているらしい七海と小森ちゃん。


「あぁ、昼間話してたカレンから教えてもらった新しい技術? かな。めちゃくちゃ痛いってやつ」


 正直にそう答えると、3人の視線が一斉に鋭くなる。

 魔脈を開けるということは、それだけ魔力の扱いに幅が出る。

 パーティーとして動く以上、できれば3人にも開いてもらえればダンジョン攻略の幅はぐっと広がるはずだ。


「私たちも色々考えてさ、結構気になってるんだよね。どのぐらい効果あるの?」


「うーん……どのぐらい、って聞かれると説明しにくいなぁ。あ、そうだ……カレン!」


「ん? なに、あーちゃん」


「手合わせしよっか。降参したほうが負け」


 言葉にすると、カレンの瞳にキラッと光が灯った。

 魔脈が開いた同士で殴り合ってみれば、その差は一番分かりやすい。

 それに、3人は「魔脈前の私」の【神速】をギリギリ視認できていたはずだ。比較対象としても悪くない。


「いいよ。負けた方が勝者の言うこと1つ聞く」


「……急に負けられない戦いになったなぁ」


 言外に「血」とか「色々」を要求されそうで、背中に嫌な汗が伝った。


 袖を捲り、庭へ出る。

 私が魔力を流して剣を出すと、カレンも同じく赤い短剣を手の中に形作った。

 おそらく、私と同じ原理――魔力を流し込めばいつでも創り出せる、魔力製の武器だろう。


 本気で殺し合うつもりはない。

 互いにその暗黙の了解があるからか、空気は張り詰めていながらも穏やかだった。


「沙耶、合図して」


「怪我しないでね……? それじゃあ、開始――」


 沙耶の声と同時に、カレンから魔力が噴き出したのがはっきりと分かった。

 肌を撫でる空気の密度が、一瞬で跳ね上がる。


 予測済みだったので、私も全力で応じる。

 【神速】を二重に重ね、さらに魔脈を通る魔力の流れを意図的に加速させる。


 次の瞬間――。


 剣戟の音が、百も二百も重なったような轟音となって庭に響き渡った。

 けれど外から見れば、きっと私たちは一歩も動いていないように見えているだろう。


「すごい、あーちゃん。もうそこまで動けるんだね。私の全力……受け止められたの初めて!!」


「いてて……魔脈が開いても2重詠唱は負荷が大きいなぁ」


 言葉を交わしながら、剣と短剣は止まらない。

 カレンの瞳は珍しく爛々としていて、興奮が隠しきれていなかった。


 再び動く。

 軽い気持ちで始めた手合わせのはずなのに、気づけば互いにもっと深いところまで踏み込もうとしている。

 刃を合わせるたびに、カレンから伝わってくるものがあった。


 ――戦う相手がいなかった孤独。

 ――自分を受け止められる相手をずっと探していた焦燥。


 剣を交えながら、その感情が魔力越しにぶつけられているような気がした。


 10分、20分と打ち合いを続けていると、ふと変化に気づく。


 無表情がデフォルトだったカレンが――笑っていた。

 恍惚と、頬をほんのり赤く染め、心底楽しそうに。


「楽しい、楽しいよ! あーちゃん!!」


「私もだよ。カレン」


「あーちゃん相手なら、封印解いてもいい? いいよね?」


 カレンの体から、爆発かと思うほどの魔力が一気に溢れ出した。

 足元には、複雑な紋様の魔法陣が幾重にも重なって展開されていく。


 背筋が冷える。

 戦いに集中しすぎて、すっかり忘れていた。ここが住宅街のど真ん中だということを。


 この状態で、本気の大規模魔法なんて撃たれたら――。


「ごめん、私の負け」


 私は剣を離し、両手を上げて降参のポーズを取った。

 カレンが目を丸くして、一瞬で悲しそうな顔をする。


 胸がキュッと痛んだが、それでも止めなきゃいけないのは分かっていた。


「あーちゃん……どうして?」


「ここで互いに本気出して戦ったら、どれだけ被害が出るか分からないからね……。本気の勝負は次の機会にとっておかない?」


「ん、そうだった。ここ、魔界じゃない……」


 カレンも、ようやく自分の「場所」を思い出したようだ。

 誰にも迷惑のかからない場所だったら――きっとどちらかが動けなくなるまで、私たちは戦い続けていたに違いない。


 それに、さっき聞き逃せなかった言葉がある。


 ――封印。

 一体何を、どこまで隠しているのか。今の全力ですら、まだ底ではないということなのだろう。


 落とした剣を消し、呼吸を整えながら沙耶たちのところへ向かう。

 3人で、何か真剣に話している様子だった。


「七海さん、小森さん、少しでも見えた?」


「無理っす。スキルの効果で視力は強化されてるはずなんすけど、全く見えなかったっすね」


「わたしも、ダメだった」


「うん。私も見えなかった……よしっ、決めた!」


 沙耶が勢いよく立ち上がり、そのまま私の目の前まで歩いてきた。

 目を真っ直ぐに見て、宣言する。


「お姉ちゃん、私にも魔脈ってやつ、できる!?」


「多分大丈夫だと思う……カレン、やれる?」


 カレンが沙耶の背中にそっと手を当て、何かを探るように目を細める。

 少ししてから、こくりと頷いた。


「ん、大丈夫。魔脈はできてる。開くだけ」


 そのまま寄ってきた七海と小森ちゃんの背中も順番に触って確認している。


「この二人も、開くだけ」


 ……あの地獄みたいな痛みを、3人とも経験することになるのか。思わず心の中で合掌したくなる。


 全員でリビングに戻り、3人がソファに並んで腰掛ける。

 あれ、自室でやらないのか? 痛くて暴れてテーブルとか壊しそうなんだけど。


「ん。じゃあお覚悟」


 カレンがそう言うと、3人の背中をぽん、ぽん、ぽん、と続けて軽く叩いた。

 叩かれた瞬間、それぞれの体から力が抜け、そのままぐったりと崩れ落ちる。


 ……いやいやいや、私の時と違わない?


 3人が気を失ったのを確認してから、私は思わずカレンに詰め寄った。


「ねえ、カレン。私の時と違くない?」


「あっ……えっと、あーちゃんは、この子たちと違って、魔脈の密度が違いすぎたの。普通なら魔石近くを開くだけで、いい……。あーちゃんは私がコントロールして全部の節を開かないと、ダメだった」


 目を泳がせながら説明するカレン。

 どう考えても怪しさ満点だが、そこを深追いしてもろくなことにはならなさそうなので、ひとまず飲み込んだ。


「この子たちには耐えきれない、だから意識飛ばした」


「うん、それができるなら……その方がいいね。あの痛みは私が味わうだけで十分だよ」


 いくら強くなるためとはいえ、あれを「はいどうぞ」はさせたくない。

 3人が目を覚ました頃には、魔脈はちゃんと開いているだろう。そう信じておく。


 やるべきことは済んだ。

 打ち合いと魔脈の暴走で体もずっしり重いし、気が抜けた途端に眠気も押し寄せてきた。


「ちょっと寝るか……」


 そう呟いて、自室のベッドへと向かう。ドアを閉めて、そのまま勢いよくベッドに飛び込んだ。


 ――ふわり、と布団の匂いと共に、微かな気配が鼻先をくすぐる。


「なんだかベッドの横に気配を感じるんだけど……」


「ん。後追った。負けた方、言うこと1つ」


 視線を向けると、当然のようにそこにカレンがいた。

 ベッド脇に立ち、そのまま私に覆いかぶさるように近づいてくる。


「あ……忘れてた。えっと……カレン? 何で私に覆いかぶさって――」


 首筋に熱い吐息がかかった。

 押し返そうと力を込めようとするが、さっきまで【神速】を2重で回していたせいか、腕にほとんど力が入らない。


「ん、血は1回だけ。大丈夫、後は優しくする」


「ちょっ――」


 言い終える前に、カレンの唇が私の首筋に触れた。

 次の瞬間、鋭い疼きと共に、牙が肌を貫く感覚が走る。


 カレンは迷いなく、私の首筋に牙を――突き立てた。

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