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52話--ラヴィス--

 斬りかかろうと剣を構え、一歩踏み込もうとしたその瞬間、女の魔族は肩をすくめるような仕草で、ひょいっと両手を挙げた。降参、というより「ちょっと待った」のポーズに近い。


「あらあら、せっかちね。お姉さんの話は聞く気はないの?」


 湿地に似合わない、妙に甘ったるい声。

 爬虫類みたいな黄色い瞳が、底の見えない笑みを浮かべながらこちらを舐めるように見てくる。


「魔族にいい思い出が無くてね……」


 思わず肩が強張る。

 脳裏に浮かんだのは、遺跡のダンジョンでのあの地獄じみた戦いと、沙耶たちに向けられた、あの魔族の笑い声だ。


「流石ジルドを殺しただけあるわね。私の名前はラヴィス」


 さらりと口にされた名前に、心臓が一瞬だけ跳ねた。


 ――やっぱり、向こう側ではもう知られてるのか。


 カレンも、私がジルドを殺したことを当然の前提みたいに話していたし、魔族社会の情報網は侮れない。

 ひょっとして「人族のくせに生意気な存在」とか、そういうラベルでも付いているんだろうか。


 それにしても、不思議なのはそこからだ。

 カレンもこいつも、どいつもこいつも、わざわざ「まずは会話」から入ってこようとする。

 魔族の間で「初対面の人族には挨拶してから殺しましょう」みたいなマナーでもあるのか。今度カレンに聞いてみよう。


「そう……」


 とりあえず相槌だけ打つ。

 特に興味はない。というか、興味を持ったらロクなことにならない予感しかしない。


「あら、興味ないなんて心外だわ」


 ラヴィスが唇を尖らせる。芝居がかった仕草ひとつひとつが、いちいち癇に障る。


「今回は被害は出てないからいいけど、早くダンジョン閉じてくれないかな?」


 ショッピングモールのど真ん中にダンジョンなんて作ってくれて、本当に迷惑だ。

 この後、絶対ニュースになる。ネットも騒ぐ。おそらく協会からの報告書も増える。

 長話するほど、こっちの胃に優しくない。


「それとも、貴女がボスで貴女を倒せばダンジョンは閉じるのかな?」


 淡々と確認しつつ、足はもう一歩前に出ていた。

 ラヴィスの瞳がわずかに細くなったのを見て、即座に踏み込み――。


「短命種は本当に短気ね。生き急いでもいいことなんてないのよ? 私はただ、偉大なる御方の痕跡があの辺の座標から感じられたからダンジョンを出して確認させに行っただけ」


「偉大なる御方……?」


 聞き捨てならない単語が引っかかった。

 ラヴィスは「待ってました」と言わんばかりに胸を張り、両手を広げる。湿地のぬかるみを踏む音すら、どこか舞台の効果音みたいに聞こえた。


「竜種の原点とも呼ばれている、古代竜エンシェント・ドラゴン様よ。前回は復活が完全ではなくって、憎き人族に討たれてしまった……。だけれど!! 今回はそんな事は起こらない! この私が、いる限り」


 誇らしげに叫び、胸に手を当てるラヴィス。

 その姿に、胸の内側がざわりと揺れた。


 ――古代竜。

 私の中に、まだ焼けつくように残っているあの気配。

 そして、あの魔石の味。


「つまり、だ。貴女を殺せば古代竜は復活しないってことだね?」


 言い終わるのとほぼ同時に、剣を振りかぶる。

 言葉遊びはここまでだ。


 踏み込み、剣閃。

 ラヴィスの腕から伸びた長い爪が、ギィン、と金属同士がぶつかり合うような音を立てて刃を受け止めた。


 爪の硬度、魔力の密度。

 そのどれもが、ただのモンスターとは一線を画している。


 間髪入れず、前蹴りを叩きこむ。ラヴィスの腹部に命中した感触が脚から伝わるが、吹き飛ぶほどではない。

 むしろ、地面を滑るようにバランスを取り直し、近い間合いで爪が振るわれた。


 剣戟が湿地に連続して響き渡る。

 泥水が跳ね、斬撃のたびに空気が震え、周囲の木々がざわめいた。


「ほんっと、野蛮ね。対話もままならないなんて!!」


「流石魔族。これで決めきれないかぁ……あ、こんなのはどうだろう?」


 数合交えたところで、体が新しい感覚に馴染み始めているのが分かった。

 魔脈で身体の中を駆ける魔力の質。

 それは今までの「血流に乗る魔力」とはまるで違う。


 魔力が流れる「道」があるのなら――そこに意図的に圧をかけてやれば、どうなるだろうか。


 私を中心に、魔力の奔流がうねり始める。

 全身の魔脈を通じて膨れ上がった魔力が、制御しきれないほどの圧力で外へ溢れ出す。


 溢れた魔力は、自然と一つの形に収束していた。


 ――【竜の威圧】。


 濃度を増した圧迫感が、波のようにラヴィスへ向かって叩きつけられる。


「何故、なぜ、ナゼッッ!? 人族ごときが偉大なる竜の気配を身に纏っているの!?」


「自然に発動しちゃったか。すごいね、魔脈って。気を抜くとすっ飛んでしまいそうだけど」


 自分でも苦笑したくなる。

 魔脈の底上げに【竜体】と【竜の心臓】のブーストまで乗っかっているのだから、出力が馬鹿みたいなことになっている。


 ラヴィスは露骨に動揺していた。

 さっきまで余裕綽々だった表情があっという間に崩れ、黄色い瞳が見開かれる。


 その隙を、逃すほど甘くない。


 地面を蹴った瞬間、世界が再び遅くなる。

 魔脈を通した【神速】は、ただの高速移動から、ほとんど瞬間移動に近い感覚を私に与えてくる。


 ラヴィスの視界に残像すら映らない速度で懐へ入り込み、その左腕を根元から斬り飛ばした。


「おかしい、おかしいのよ!!! どうして人族が魔脈を!? 魔脈は人族には開けない……『原典』にそう書かれているのよ。まさか、魔族の中に裏切者が……?」


 叫びながら後ずさるラヴィス。

 腕を失った痛みよりも、常識が崩れたショックで取り乱しているように見える。


「貴女たちの内部状況は知らないけど……私は何も考えずに斬ればいいだけ」


 私がやることは昔から変わっていない。

 敵がいて、守るべき人がいて、邪魔をするなら斬る。それだけだ。


 剣を構え直し、止めを刺すべく踏み込んだ、その刹那――。


「――ん。そこまで」


 すっと、私の剣先が空中で止められた。

 刃の前に差し込まれた白い手。

 いつの間にか、そこにはカレンが立っていた。


 気配すら感じなかった。

 ラヴィスも同じらしい。目を見開き、信じられないものを見るような顔をしている。


「何故、お前がココに!? カレン・アート・ザレンツァ!!」


「ん。久しぶり、ラヴィス。戻ったらパパに迎えに来るように伝えてほしい」


 カレンはひらひらと片手を振りながら、まるでご近所さん同士で立ち話でもしているかのようなテンションで言った。


 言葉とは裏腹に、空気は険悪だった。

 二人の間に漂う張り詰めた気配は、こっちまで肌がぴりつくほどだ。


「そうか、そうだったのか。まさか、お前が裏切者だったとはね……」


「……? なんのこと?」


 カレンが首を傾げる。

 その仕草はいつも通りなのに、ラヴィスの視線は酷く冷え切っていた。


「惚けたって無駄だよ。そこの人族の存在がお前の裏切りの証拠さ」


「……私?」


 カレンと顔を見合わせて、同時に首を傾げる。

 本当に心当たりがない顔をしている。少なくとも、私の知る限りでは。


「ん。相変わらずラヴィスはよくわかんない……」


「言ってろ、この事は魔王様に報告させてもらう。お前の父親にも連絡が行くだろうよ。娘が裏切って人族の味方をしてるってな!!」


 吐き捨てるように言い残し、ラヴィスが手を振り下ろした瞬間――ダンジョン全体が揺れた。


 足元から、天井から、地響きのような音が連続して響き、湿地を成していた地形がぐにゃりと歪む。

 岩肌が崩れ、空間そのものがひび割れていく。


 ――ダンジョン崩壊。


 魔族の権限とやらを使って、強制的に終了させたのだろう。

 数秒もしないうちに視界が白く弾け、次に目を開けた時には、私とカレンはダンジョンの外――ショッピングモール前の広場に立っていた。


 閉じていくゲート。その直後に、盛大な歓声と拍手が耳を打った。


 ……そうだった。

 思いっきり正体を晒した状態でダンジョンに入ったんだった。


 スマホが震える。画面を確認すると、沙耶からのメッセージだ。


『お姉ちゃん、どしよ……?』


「沙耶たちは先に車に戻ってるらしいから全速力で移動すれば追われないと思う」


「ん。先行ってる」


 カレンが一言だけ告げると、その場からふっと気配ごと消えた。

 魔族の本気の移動速度、やっぱりおかしい。


 私の方には、さっき一緒に戦っていたハンターが慌てて駆け寄ってきた。


「あのっ……ありがとうございました!!」


「気にしないで。当たり前のことをしただけだから」


 できるだけ短くそう告げ、会話の余韻が続く前に踵を返す。

 これ以上ここに居れば、質問攻めとカメラの餌食になるのは目に見えている。


 車のある立体駐車場へ向かって、【神速】で駆け抜けた。

 人の目に映らないギリギリの速度でビルの隙間を縫う。


 ――間違ったことは、言っていないはずだ。


 あのハンターたちの力量では、リザードマンは荷が重すぎた。

 放っておけば、確実に死者が出ていただろう。


 回帰前には「横取りされた」と文句を言ってくる輩もいたが、さっきの彼らの反応を見る限り、今回は大丈夫そうだ。


 観衆をうまく撒き、どうにか車に辿り着いた。

 ドアを開けて中を覗き込むと、シートと足元いっぱいに買い物袋が詰め込まれている。


「随分と沢山買ったね」


「お姉ちゃんの分もあるよ。冬物持ってないでしょ?」


 沙耶が当然のように言う。

 その通りすぎて何も言い返せなくなった私は、そっと視線を逸らした。


 ――聞かなかったことにしよう。


 そのままハンドルを握り、家へと車を走らせる。

 帰宅後、「せっかくだから」と言う名目で、私とカレンが3人の着せ替え人形にされたのは、言うまでもない。

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