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49話--歓迎会と夜襲--

 相田さんたちが帰っていったあと、リビングにふっと静けさが戻った。

 さっきまで人の気配で少しだけ騒がしかった空間が、エアコンの音とテレビの砂を噛むような音だけを響かせている。


「……よし、カレンの歓迎会でもしよっか」


 ぽつりと口に出した言葉に、自分でうんうんと頷いて立ち上がる。

 何だかんだで、こっちの世界に来てからまともなもの食べてないって言ってたし。あれだけ腹ペコ顔されると、多少危なっかしくても放っておけない。


 食料の買いだめ騒動は、ダンジョンができ始めた最初の頃に比べればすっかり落ち着いていた。

 物価はじわじわと上がったままだけれど、少なくとも「店の棚が空っぽで何も買えない」なんて状況ではない。普通に買い物ができる、というだけでなんだかありがたい世界になったなぁ、と少しだけしみじみしてしまう。


 徒歩圏内にあるいつものスーパーへ、私はカレンを連れて歩いて向かった。

 全員で行くと、カゴの中身が「誰がこれ入れたの?」ってものだらけになるので今回はお留守番組と出撃組に分けた。……というのは建前で、こっちの世界の社会勉強という名目で、カレンだけを連れ出した格好だ。


「ん、不思議」


 スーパーの外観を見上げながら、カレンが小さく呟いた。

 相変わらず、表情はほとんど動かないのに、声の端にだけほんの少し好奇心が滲んでいる。


「露店じゃない。建物内で食料を売ってる……?」


「カレンの方は露店なんだ」


「そう。食料は市場。建物は服とか宝石とか、庶民の手の届かないもの」


 なるほど、世界が違えば「当たり前」も違う。

 こっちだと「スーパーで食料品、テナントで服と雑貨」が普通だけど、向こうでは建物=高級品の場所、って認識なのか。


 自動ドアが「ウィーン」と音を立てて開き、冷気と一緒に独特のスーパーの匂いが鼻をくすぐった。

 野菜の青臭さと、冷蔵ケースから漏れる冷たい空気、清掃用の洗剤のわずかな匂い。それらが混じり合った「あぁ、スーパーだ」と分かる空気。


 入ってすぐのコーナーで、色とりどりの野菜と果物が私たちを出迎えてくれる。

 ピカピカに磨かれたリンゴに、妙に元気な緑色をしたレタス。こっちの世界の「食料の顔」たちだ。


 このスーパーはゴールドでの決済にも対応しているから、財布の残高を気にしてため息をつく必要はない。

 ――まあ、「好きなだけ」と言っても、両手に持てる範囲内だけど。アイテム袋なしで山ほど買い込めるほど人間はできていない。


 カレンは落ち着いた足取りでついてきながらも、視線だけはキョロキョロと忙しく動いていた。

 無表情なのに、視線の動きだけで「あ、今あれが気になってるな」っていうのがすごく分かりやすい。


「あーちゃん、アレ、何?」


 指先でちょん、と何かを差す。

 その先には、カゴが山積みにされている場所と、その隣にずらっと並んだショッピングカート。


「あれ? あぁ、買い物かごとカートね。使ってみる?」


 こくり、と無言で頷く。

 こういうところ、本当に子供みたいで少し可愛いと思ってしまう自分がいる。


 カートを一つと、カゴを一つ取り出してカレンの前に置くと、じっとそれを観察してからおそるおそる取っ手を握った。


 表情はいつも通りの無表情なのに、仕草の端々から溢れる「初めてのおもちゃ」に触れた子供みたいな好奇心は隠しようがない。


「前に押して動かすんだよ。暴走しないようにね」


「ん」


 簡単な説明だけして、カレンにカートを任せる。

 私がその横を歩きながら、メモ帳を片手に買い物を開始した。


 一応、買うものは事前にリストアップしてある。

 けれど今日はカレンの歓迎会だ。せっかくだし、いつもより少し豪勢に行こう。


「……? なんで?」


 しばらく進んだところで、カレンがぴたりと足を止めた。

 首をかしげて、手に取ったトマトをじっと見つめている。


「どれも魔力がない」


「え?」


 言われてみて、私も目を凝らす。

 魔力の流れが視認できるようになってから、意識して見ようと思えば、物や空気の中に流れる魔力がうっすらと「色」として見えるようになった。


「本当だ。元々、魔力が存在しない世界だったからじゃないかな?」


 トマトからは、栄養はあっても「魔力」という意味での輝きは一切感じられない。

 ダンジョン産の食材やモンスターの肉はほんのりと魔力の色が宿っているのに、こっちの世界由来のものは、まるでただの影のように沈黙している。


「ん、困った……お腹膨れない……」


 カレンの肩がしゅん、と目に見えて落ちた。

 あぁ、そうか。魔族は「魔力を食べる」って言ってたっけ。


「食べるだけじゃダメなの?」


「うん。私たち魔族は食材に入っている魔力を吸収する。食材の栄養素も、吸収するけど、微々たるもの……」


 つまり、味としては食べられるけど、燃料としてはまるで足りない、ってことか。

 エンプティ状態の車に砂糖水を入れるようなものかもしれない。


「うーん……」


 どうしたものか、と頭をひねる。

 いくらこっちの食べ物が美味しくても、カレンにとっては「味だけ」の存在になってしまう。


 ――あ、そうだ。


「カレン。魔力があればいいんだったら、食事に私の血混ぜたりしたら大丈夫?」


 我ながら発想が中々に物騒だとは思う。でも合理的ではある。


「ん、大丈夫だけど……そんな手間かけるなら直接――ぐぇっ」


 私の頬に手を伸ばそうとした瞬間、その額に手刀を落とした。

 コツン、と指先にほどよい手応え。


「隙あらば血を吸おうとするのはやめなさい」


「いたい……」


 小さく頬をさすっているカレンを見て、内心でため息をつく。

 この調子で四六時中血を狙われていたら、こっちの身体が持たない。


 とはいえ、食事自体は普通に楽しめるようなので、買い物自体は続行することにした。


 特売とか一切見なかったことにして、少し高めの肉をぽいぽいカゴに入れていく。

 メモに書いておいた野菜もいくつかピックアップ。あとは――お酒。

 ……と手を伸ばしかけて、ぴたりと止めた。


(ダメだ、沙耶と七海はまだ飲めない年齢なんだった)


 危ない危ない。何となく雰囲気で買ってしまうところだった。

 また今度、私だけでこっそり飲む用に買いに来よう。


 必要なものを一通り揃え終わり、レジでゴールド決済を済ませてスーパーを出る。

 買い物袋は、カレンが興味深そうに両手で抱えている。どうやらカートだけでなく、レジ袋にも興味があるらしい。


 ……そのときだ。


 背筋に、針のような感覚が走った。

 肌の表面を、ざりざりと逆撫でするような視線。明らかに「好意」や「興味」ではない、もっと冷たい何か。


 四つ。

 はっきりとした「敵意」が、四つの方向から刺さっている。


(あー……やっぱり、昨日と今日で随分目立っちゃったからなぁ)


 【竜体】を得てから、感覚がやけに鋭くなった。

 音、匂い、空気の動きに加えて、「自分に向けられた敵意」も、まるで熱源を探知するように分かるようになってしまった。


「あーちゃん……狙われてるよ?」


 隣を歩いていたカレンが、小声で囁く。

 彼女も同じものを感じ取っているのだろう。瞳の色が、少しだけ深くなる。


「分かってるよ、カレン。後つけられるのも面倒だから、撒こうか」


「殺さないの? 私の国じゃ、殺してる」


「ここじゃあ殺すと殺した方が悪くなるんだよ、そういうルールなんだ」


 説明しながら、自分で言っていて「めんどくさい世界だな」と思ってしまう。

 でも、それがこの世界の「正しさ」だ。私1人の感覚で勝手に踏み越えていい一線じゃない。


「むう、窮屈……」


 カレンが心底不服そうに唇を尖らせる。

 その顔が年相応というか、妙に可愛らしくて、苦笑いしか出てこない。


 互いに目配せを交わし、一拍の後に同時に地面を蹴った。


 一瞬で景色が流れ始める。

 ビルの看板が、街路樹が、信号が。全てが色の線に変わって後ろへと吹き飛んでいく。


 【神速】を使っているので、普通の人間の目には私たちの姿は捉えられないはずだ。

 なのに、横を見ると――カレンは、まるで散歩の延長みたいな顔で涼しい顔をして並走していた。

 技能を使っている気配もない。


 思わずカレンの方に視線を向けてると、すぐに気づいたのか、彼女もこちらを見返してきた。


「大丈夫。ちゃんと教える」


「ほんと? ありがとね」


「ん、貸し1つ」


 さらりと「貸し」を積み上げてくるあたり、さすが魔族というか、したたかというか。

 ……まあ、こうして段々とカレンへの借りが増えていくのは、今後の私への課題ということで。未来の私に、頑張ってもらおう。


 そうして敵意を撒き散らかしながら家へ戻り、歓迎会も無事に終えて、リビングで全員まったりモードに移行した頃だった。


 ソファに沈み込んだ私の視界の端で、すっとカレンが立ち上がる。


「どこ行くの?」


 と聞く前に、彼女はふらりと玄関の方へと歩いていった。

 最初は「夜風にでも当たりに行ったのかな」とぼんやり思った。だが、昼間カレンが言っていたこと――「狙われてるよ」の声が頭をよぎる。


 嫌な予感が、じわりと背中を撫でた。


「沙耶、ちょっと出てくる」


「はーい。あれ? カレンさんも居ないね」


「そうっすね。トイレっすかね?」


 特に疑うこともなく答える七海の声を背に受けながら、私は足早に玄関へ向かった。

 靴をつっかけ、ドアを開け、外へ出る。


 夜の空気は、少し冷たく湿っていた。

 街灯のオレンジ色がアスファルトを淡く照らす中で、その輪の外側――住宅街の影の中に、いくつもの気配が潜んでいるのが分かる。


 周囲をぐるりと取り囲むように、人の気配。

 気配そのものは上手く消しているつもりなのだろうが、そこにこびりついた「敵意」までは隠せていない。


(……最低でも四人。いや、倒れてる気配も混じってるから、もっとか)


 一つ、また一つと、刺さるような敵意がふっと消えた。

 まるで時計回りに、誰かが順番に「処理」していっているみたいだった。


「カレン……!」


 次に消えるであろう気配の方角を割り出して、私は【神速】を発動した。


 視界が一瞬、線になって――

 たどり着いた先で見たのは、短剣を振り下ろそうとしているカレンの姿と、その足元で凍り付いたように座り込んでいる男の姿。


「ダメだ! カレン!!」


 咄嗟に剣を出して、カレンの短剣を受け止める。

 金属同士がぶつかり合う高い音が静かな住宅街に響いた。


 カレンの視線が、ゆるりと私の方へ向く。

 その隣で、私の家の方へ敵意を向けていた男に【竜の威圧】を叩きつけると、彼はガクンと膝を折り、その場に崩れ落ちた。


「大丈夫。殺してはない」


「……本当?」


 じとっとした視線を向けると、カレンはこくりと頷いてから、淡々と報告を始めた。


「ん。あーちゃんが殺しはダメって言った。だから足と手の健を切って再生できないように繋げた。声帯も傷つけて声が出ないように治した」


「…………」


 頭を抱えて、深く長いため息が勝手に漏れた。


 この子の世界は、弱肉強食で、強い者が全て。

 そこでは「殺さないようにしている」だけ、彼女なりに大分頑張って譲歩してくれていることは分かっている。


 分かっているのだが――分かっているのだが、こっちの世界の倫理観と照らし合わせると、色々とダメなポイントが渋滞している。


 短剣を止められた男に向き直り、私は淡々と問いかけた。


「誰の差し金?」


「しっ、知らねぇ……俺たちはただ、金を貰って依頼を受けただけだ!!」


 声が震えている。

 【竜の威圧】で心の底からの恐怖を刻み込まれた上に、さっきまで自分たちを狩って回っていた張本人と目が合っているのだから、無理もない。


「そう……今日はもう帰りな。死にたくないでしょ? どっかに転がってる仲間も回収してね」


 【竜の威圧】を解くと、男は心底ほっとしたように大きく息を吐き、そのまま地面に手をつきながら立ち上がった。


「分かった……。くそっ、聞いてねぇぞ、こんなに強いなんて……」


 ぶつぶつと文句を言いながら、ふらふらと仲間たちのいる方向へと歩いていく男の背中を見送ってから、私はゆっくりと振り返る。


 そこには、短剣を納めたカレンが、少しだけ肩をすくめて立っていた。

 表情は相変わらず薄いけれど、その仕草には「怒られる前の子供」の雰囲気が滲んでいる。


「……さて」


 私は、こめかみを押さえながら、ゆっくりと深呼吸をした。


「じゃあカレン。お説教、タイムだよ」


 この世界のルールと、私たちの「これから」のために。

 魔族の第二王女様には、少しだけ痛い授業を受けてもらう必要がある。

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― 新着の感想 ―
ナーロッパとかなら簡単に処分出来るけど情報化社会だとねぇ やるならせめて姿見せずにやらないと 理想はカメラにも映らず死体とかも消すこと 権力と一応繋がりあるし一般人よりは安全だろうけども
物騒な世の中だな…
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