表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/128

46話--魅了--

 その後――「お腹が空いて動けない」とその場にぺたんと座り込んだカレンを、小脇に抱える形で私は帰路についていた。


 街並みを飛び移りながら、心の中で【全知】に問いかける。


 ――【全知】、【宣言】スキルを……カレンを信用してもいいのか?


『回答します。【宣言】スキルの強制力は絶対に逆らえるものではありません』


「そうか……」


 少なくとも「危害は加えない」という部分については、信用していい、ということだ。


「ん。あーちゃん、お腹空いた」


 私に抱えられたまま、カレンが器用に腕を伸ばして、ぽす、ぽす、と私の太ももを叩いてくる。

 そういえば、魔族って普段何を食べて生きているんだろう。人間と同じ食事で大丈夫なのか、それとも――。


「カレンって何が主食なんだ?」


「血、精気、魂、自然力……なんでもござれ」


「自然力って何……? ハイエルフの主食?」


「そう。ここ、自然が無さすぎ。絶望した」


 さらりと重い単語を並べながら、カレンがビルの谷間を見下ろす。

 確かに、森のダンジョンや山岳系のフィールドに比べれば、この世界は圧倒的に緑が少ない。

 都心なんて尚更で、コンクリートとガラスの海ばかりだ。


 ぐぅ、と、私の腕越しに腹の音が伝わってきた。


「いつから食べてないの……?」


「もう、3レンツ……こっちの単位だと3週間。頑丈さが取り柄の私でも流石に限界」


「3週間!?」


 あまりの数字に思わず足を止めてしまった。

 カレンを地面に降ろし、私は顎に手を当てて考える。


 見知らぬ土地で、帰り道もなく、一人きりで三週間。

 飲まず食わずで彷徨って、唯一顔を知っている相手に出会ったら――。


 ……そりゃ、なりふり構わず助けを求めるよね。


 私だって、そうする。

 さっき「血でも大丈夫」と言っていたのを思い出し、決心して人差し指の腹をナイフで軽く切った。


「ほら、私の血でいいなら」


「……いいの?」


 今にも噛みつきそうな顔なのに、それでもちゃんと確認を取ろうとしてくるあたり、魔族といえど根は律儀なのかもしれない。


 こくりと頷き、私は指先をカレンの口元へ差し出した。


 カレンがそっと指を咥えた瞬間――腰が抜けそうな甘い感覚が、脊髄を駆け上がった。


 沙耶たちとシたときの、あの波のような快楽に似ている。

 いや、それ以上に直接的で、指先から脳まで「甘さ」だけで満たされるような感覚が襲ってくる。


 舌が指の傷口をなぞるたび、体の芯にビリビリと何かが走る。

 喉の奥から、聞いたこともないような声が漏れそうになって、慌てて反対の手を噛みしめた。


 5分、10分――永遠にも思える時間が過ぎたように感じたが、カレンがようやく指を離した。


 へなへなとその場に尻もちをつき、震える指で時計を確認する。


「……30秒しか経ってない……?」


「すっっっごく美味しかった。今まで飲んだ血の中で1番。生まれ変わった気分」


「今のは……?」


「吸血は吸われている側が苦痛にならないように快感を与える。知らなかったの?」


「知るわけ……ないよ……」


 ほとんど腰砕けだ。

 脚に力が入らず、立ち上がる気力も湧いてこない。


 ――【全知】、これは攻撃じゃないのか!?


『回答します。貴女から提案し、相手からは念押しに確認されています。承諾したのは貴女のため攻撃ではありません』


「私は淫魔の血も継いでる。だから、他の吸血鬼より快感が強い……らしい」


 さらっと爆弾を投げ込んでくるな、この魔族は。


 回帰前から、私は「モンスターを倒すため」の知識ばかりを集めてきた。

 こういう、「倒す必要のない」部分の知識がすっぽり抜け落ちていることを、今ほど悔やんだことはない。


 事前に知っていれば、もう少し心構えぐらいはできたはずだ。


 カレンが私の頬に片手を添え、耳元に唇を寄せる。


「首筋だと、今の快楽の数倍……試してみる?」


「――っ! やっ……」


 囁き声が耳をくすぐった瞬間、腰の辺りにぞくりとした寒気が走った。

 カレンの人差し指が、喉元から首筋をゆっくりなぞる。


 ぞわ、と鳥肌が立ち、耐えきれず声が漏れそうになる。


 ごくり、と唾を飲み込む音が、自分でも嫌になるほど大きく聞こえた。


 ――数倍、への期待を抱くな。気を保て、私。


 じわり、と口の中に広がる鉄の味。

 内側の頬を噛んで意識を痛みに引き戻すと、頭にかかっていたモヤが一気に晴れていった。


 私はカレンから飛び退き、剣を顕現させて構える。


「私の【魅了(チャーム)】を破った……流石、あーちゃん。快感に溺れる人族ならいけると思ったのに」


「やっぱりか。おかしいと思ったんだ」


 いくら私が「流されやすい」とはいえ、さっきの流れで「首をどうぞ」なんて差し出すほど馬鹿じゃない。

 何か見えない力が働いているとは薄々感じていたけれど、案の定、スキルだったわけだ。


 口の中に溜まった血を吐き捨てる。

 それを見て、カレンが「もったいない……」と小さく嘆息した。


「口の中、切っちゃった? 大丈夫? お姉ちゃんが消毒しようか?」


「どこからそういうの覚えてくるのさ……嚙んだ傷ならもう治ってるから大丈夫」


「……本当に人族?」


 手をワキワキさせてにじり寄ってきたカレンを、一歩踏み込みで牽制する。


 口の中の傷は、魔力を流した瞬間じわりと温かくなり、すぐに塞がった。【高速再生】だけでなく【竜体】にも似た効能があるのだろう。


 すっかり元気を取り戻し、むしろテンションが上がっているカレン。

 この制御不能な爆弾を、家に連れて帰って三人と同居させて、本当に大丈夫なんだろうか……。


 攻撃はしないと【宣言】しているとはいえ、今みたいな「別の意味で危険な行為」は想定外だ。


 私がじっと疑いの眼差しを向けていると、カレンがぱちぱちと瞬きをしてから口を開いた。


「大丈夫。あーちゃん以外には、しないよ」


「本当に?? 今みたいのもダメだからね?」


「うん、他の子と話してみたかったんだよね。わくわく」


 ……「しないよ」と言い切った後で、「他の子と話してみたい」と付け足すあたり、どこまでを「しない」の範囲に含めているのか、非常に不安ではある。


 とはいえ、これ以上ここで押し問答しても埒が明かない。

 私が跳び上がると、カレンも何事もない顔で同じ速度でついてくる。


 少なくとも、脚力だけで言えば、今の沙耶たちより余程高い。

 家に着いたら、色々と質問攻めにして正体と能力を洗い出す必要がある。


 庭に着地すると、ちょうど玄関から沙耶が顔を出した。


「……お姉ちゃん。その人、誰? また拾ってきたの?」


「人を捨てられた子猫とかをよく拾ってくるみたいな言い草だね……」


「間違いじゃないでしょ。それ繰り返して実家に猫と犬が3匹ずついるの分かってる?」


「うぐ……」


 何も言い返せない。

 確かに、雨の日に震えていた子猫とか、山の中で迷っていた犬とか、いろいろ連れ帰った記憶はある。


 さて、カレンのことを何と説明したものか。


 ――そういえば、短剣で戦っていたし、前衛もできる。

 ……うん、新しいパーティーメンバー、ということにしておこう。


「あっ、新しいパーティーメンバーだよ。斥候と前衛をしてもらう予定」


「ん。初めて聞いたけど多分そう。カレン・アート・ザレンツァ。カレンって呼んで?」


「橘さん……? その方、人間じゃない、ですよね……?」


 小森ちゃんが、おずおずと口を開いた。

 【解析】スキルで見られているのか、隠しようがない。


「小森ちゃんの【解析】か。隠せそうにないや、カレン。自分で説明して3人を納得させて……」


 親指を立てると、カレンはこくりと頷き、三人の方へと歩いて行った。

 私から説明するより、本人から話してもらった方が早いだろう。うん、多分。


 私は庭の椅子に腰かけ、遠巻きに様子を眺めることにした。


 ほどなくして、カレンは私と初めて出会ったときのダークエルフ風の姿になったり、背中から黒い翼を生やしたり、尻尾を増やしてみたりと、変幻自在にデモンストレーションを始めた。


「尻尾は、収納できない。だから腰に巻く。肌の色は、気合で変えれる……」


 聞き耳を立ててみれば、説明も説明でカオスだ。

 ……気合なのか。すごいな、魔族。


 三人の反応を見ていると、最初こそ目を丸くしていたものの、やがて質問を重ねたり、笑ったりと、いつもの空気になっていく。


 どうやら、受け入れる方向でまとまったらしい。


 最後に、沙耶がカレンとしっかり握手を交わし、カレンがこちらへ戻ってきた。


「全部、説明した。妹ちゃん、話が分かる子」


「なら良かった。家の中でお昼でも食べながら、この後の予定を擦り合わせようか」


 椅子から立ち上がり、大きく伸びをする。

 玄関のドアを開けながら、私は心の中で小さくため息をついた。


 ――本当に、これから忙しくなりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
吸血は許可いるのに魅了は要らないの!? それとも吸血の快感に魅了が含まれてた?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ