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45話--青髪の少女--

 皆で朝食を食べ終えると、食器を片づける私の背中に、沙耶の椅子がキィと音を立てて寄ってきた。

 振り返る前から、何か報告があると分かる気配だ。


「色々調べてみた感じ、『開拓者』の評価が凄い下がってるね」


 スマホを片手に、沙耶が淡々と言う。

 隣で同じように画面を覗き込んでいる七海が、口の端を曲げて付け足した。


「そうっすね。目を引くために記事の見出しには変な解釈で書かれてるっすけど、ウチらに批判的なコメントは特に見当たらないっす」


「正論で草、とか……聖女のリーダー、本当に聖女かよ。とか……ハンカチ渡したのとかも記事になってますね」


 小森ちゃんまで、控えめにスマホをこちらに見せてくる。

 画面には、昨日のあの一幕を切り抜いた写真。私が報道陣を睨んでいる瞬間と、その下に大量のコメント欄。


 どうして、と言いたい。

 ――けれど、報道陣にコメントしたのは紛れもなく私だ。

 私の発言が、ああいう風に切り取られ、好き勝手に解釈され、見出しに踊る。


 ハンカチの記事に関しては、もう何も分からない。


「うわ、ハンカチの記事書いた人、漏らしてた人じゃん」


 沙耶が記事の筆者欄を見て、吹き出しそうな声で言った。


「すごい根性っすね、尊敬するっす」


 七海が感心したように頷く。尊敬の方向が間違っている。


「私には何が何だか分からないよ……」


 思わず本音が口からこぼれる。

 ニュースで見聞きしていた「芸能人がSNSで炎上しました」だの「一言が切り取られて炎上」だの、そのときは遠い世界の話だと思っていたけれど――。


「ネットの民は、わたしたちの味方みたいなので特に問題ないと思います」


 小森ちゃんが、いつもの柔らかい笑みでそうまとめた。

 その一言に、少しだけ肩の力が抜ける。


 ……うん。自分では検索する気はない。

 自分の名前やあだ名を検索するなんて、精神衛生上よろしくないのは、回帰前で身に染みている。


 情報収集は、素直にネット慣れしている三人に任せよう。


 次のダンジョンに行くときからは、昨日みたいなことがあると面倒なので、移動は車に切り替えることにした。

 ついでに、今回の一連の件を林さんにメールで簡単にまとめて送っておく。動画も記事も、林さんなら全部チェックしてくれるだろう。


 テーブルの方を見ると、三人は「面白コメント」を探すモードに完全移行していて、肩を寄せ合いながらスマホと格闘中だ。


 今日は元々、ダンジョンの予約も入れていない、完全オフの休みの日。

 だからこそ、私は一人でダンジョンに行って頭を空っぽにしたくなった。


 ソファの上から軽く手を振りつつ、携帯で三人にメッセージを送る。


『ちょっと一人で潜ってくる。何かあったら端末に連絡ちょうだい』


 既読がつくのを確認して、私は協会の端末アプリを起動し、近場のダンジョンを一つ予約した。

 昨日のこともあって、今日は地上ルートは避けることにする。だから――。


 私はビルの屋上から屋上へと飛び移りながら、予約したゲートの場所へ向かっていた。

 【神速】は使わず、あくまで「人間離れした身体能力」ぐらいに抑えておく。これなら、そうそう目撃情報も上がらない……はず。


 ゲートのある広場の屋上付近に着地し、軽く息を整えてから地上へ降りる。

 協会スタッフの前でスマホのQRコードをかざすと、端末がピッと音を立てた。予約情報と本人確認が取れたらしい。


「確認できました。どうぞ、気をつけて」


「ありがとう」


 軽く会釈して、私はゲートへと歩み寄る。

 紫色の揺らめきが視界いっぱいに広がり、独特の圧迫感のある魔力の気配が肌を撫でていく。


 足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


「すぅーー、はぁーー。うん、やっぱり落ち着くなぁ」


 肺いっぱいに、濃密な魔力を吸い込む。


 遺跡のダンジョンで古代竜の魔石を取り込んでからというもの、魔力が薄い地上では、どこか肺の片側だけが空気足りてないような、息苦しさを常に感じるようになってしまった。


 魔力増加法で絶え間なく魔力を取り込むことで、どうにかバランスを維持しているけれど……正直、結構しんどい。

 その点、ダンジョン内は天国だ。

 魔力の密度が段違いで、なにもしなくても肺に馴染む空気が流れ込んでくる。魔力増加法も必要ないぐらい、身体が勝手に満たされていく感覚がある。


 襲い掛かってくるコボルトを、反射のように斬り伏せながら、ぼんやりと考える。


 本当に、遺跡のダンジョンの後は色々あった。


 命の危機を乗り切ったあとというのは、不思議なもので、生きている実感を求めてしまう。

 回帰前の私は、その衝動を全部「一人で」どうにかしていたけれど――。


 いくら記憶の中を探っても、今のこの身体で「一人慰めた」覚えはない。

 そう、あれは不可抗力で、互いに生の実感が欲しかっただけで……。


 沙耶とだけ、のつもりだった。

 それがいつの間にか七海と小森ちゃんも混ざり、気がつけば、私の身体と三人の身体が溶け合って境目を失くしてしまったかのような、底なしの快楽。


 3人が、私の――。


 コボルトのボスが、ちょうど目の前に現れた。


「アレは私には刺激が強すぎたなぁ。毎日のようにやってたら中毒になるよ、アレは」


 懺悔というよりは、自分に言い聞かせるように呟きながら、ボスコボルトを見据える。


 回帰前の、瞬間的に弾ける快楽とは違う。

 あのときの感覚は、ゆっくりと、波が何度も寄せては返して、全身を優しくも容赦なく攫っていくようなものだった。

 自分のものとは思えない甘い声が喉から零れて――。


 ――いかんいかん。詳細に思い出したら、この場で別の意味で動けなくなる。


 幸いなことに、あれ以来、体を許したのはあの一度きりだ。

 そう自分に言い聞かせ、煩悩を断ち切るように力を込めて剣を振り抜く――つもりだった。


 結果。


「うえ、服に付いた……力加減もまだまだだなぁ」


 剣が当たった瞬間、コボルトのボスは爆弾でも仕込んでいたのかという勢いで四散した。

 肉片が飛び散り、私は綺麗に返り血を浴びていた。


 現代アートさながらの紅い模様が、私の白いシャツの胸元に花開いている。


 ……今日、普段着のまま来ちゃったんだよなぁ。

 モンスターの血で染まることを想定していない服装で潜るのは、やっぱり良くない。


 ため息をひとつこぼし、剣を収納してダンジョンの外へと戻る。

 通報されないように、地上では【神速】を使って一気に帰ろう。人の目に映る前に駆け抜ければ問題ない。


 ビルの上を、風を裂くような速度で駆けていると――。


 私の足に、何かがしがみついた。


 ――【神速】中の私を掴むだと!?


 ダンジョンの中ではないからと、完全に気を抜いていた。

 反射的に足を振ってしがみついたものを振り払い、その勢いのまま剣を生成してビルの上に着地する。


「いたい……。あーちゃん、助けて……?」


 足元で、青い髪と青い瞳の少女が、涙目でぺたんと座り込んでいた。


 涙目ではあるのに、表情筋はほとんど動いていない。

 声にも抑揚が乏しく、どこか、全体的に「無気力」な印象を受ける声色。


 ――この声、どこかで。


「ん、忘れた? 私、カレン」


「カレン……? は? どうして魔族がこっちに!?」


 一拍おいて、全身の血が一気に冷えた。


 臨戦態勢のまま、目の前の少女――カレンをじっと見据える。

 彼女は、あのダークエルフのダンジョンで出会った、魔族の少女だ。


 遺跡での一件があって以来、「魔族」と聞くだけで、ろくでもない記憶しか思い浮かばない。

 反射的に【竜の威圧】を全力で放出すると、カレンの目が大きく見開かれた。


 ただ、私の記憶にあるカレンの肌は、もっと浅黒かったはず。

 目の前の彼女の肌は、今はほとんど人間と変わらない、白に近い色をしている。


 違和感が、じわりと募る。


「驚いた。すごい成長してる……ジルドが死んだのも頷ける」


「ジルド……? あの遺跡に居た魔族の事か?」


「そう、本体で死んだから死んでる。あのロクデナシを殺してくれてありがとう」


 恨み言をぶつけられる覚悟をしていたので、口から出たのが感謝の言葉だったことに、思わず固まる。


 前回と同じく、カレンからは敵意が感じられない。

 ――とはいえ、前回も「戦う気はない」と言った直後に実験と称して斬りかかってきたのを、私は忘れていない。


「大丈夫、戦うつもりはない。それより助けてほしい……」


 胸の前で人差し指同士をそっと突き合わせ、言いづらそうに視線を上げてくる。

 無表情なはずなのに、どこか「困っている」と分かるのが不思議だ。


 カレンと話していると、警戒心と一緒に毒気まで抜かれていく。

 とりあえず、剣は消さずに、話だけは聞いてみることにした。


「要件は?」


「簡単なダンジョン作って、ゲート通って、こっち来た。すぐ戻るつもりが、初めて見るものが多くて、目移りした」


 カレンは、話しながら、だんだん私から視線を逸らし始める。

 どこか後ろめたそうな動きだ。まあ、サボって遊び歩いていた、みたいなものなのだろう。


「帰ろうと思って、ゲートのところに戻った。誰かに攻略されてて、ゲートが閉じてた……つまり、私、帰れない」


「来た時と同じようにダンジョン作って帰ればいいんじゃないの……?」


「ムリ。こっち、権限ない。ダンジョン作れない……対価は払う、泊めさせて……?」


 首を横に振るカレン。

 帰る場所がなくなった、というのは確かに可哀そうだ。けれど――相手は魔族だ。


 どうするべきか、頭が痛くなる。

 そんな私の葛藤を知ってか知らずか、カレンは捨てられた子犬のような目でじっとこちらを見上げてくる。


 ……その目に、私は屈しない。屈しないぞ。


「あーちゃんたちに危害は加えない。両親と私の名に懸けて【宣言】する」


 そう言った瞬間、カレンの身体が淡い光に包まれた。


 これは――スキルだ。


 力ある存在に対し、「宣言」して約束を絶対のものに変える。

 回帰前に噂で聞いたことがある程度で、詳細までは知らないが、少なくとも軽い遊びで使うような類のものではない。


 七色の光がカレンの周囲をぐるぐると旋回し、やがて一段と輝きを増す。


「ハイエルフと淫魔(インキュバス)のハーフで女王である母と吸血鬼(ヴァンパイア)と悪魔のハーフであり王である父の子。カレン・アート・ザレンツァが【宣言】する。私は貴女達に攻撃はしない」


 朗々とした宣言が終わると、光はすべてカレンの胸元へと吸い込まれていった。


 聞き逃せない単語が、いくつもあった気がする。


「ちょっとまって、確認させて? お母さんが悠久の時を生きるって言われてるハイエルフと、生物の精気を吸って生きる淫魔のハーフ?」


「うん。女王」


「お父さんが吸血鬼と悪魔のハーフ」


「うん、大王」


「その2人? の子供」


「うん、私。ザレンツァ大魔帝国、第二王女。王位継承権第一位、カレンちゃん。ぶいっ」


 カレンが、無表情のまま、こちらに向かって小さくピースサインを作った。


 ……もしかしなくても、私はとんでもない存在に、取り返しのつかない【宣言】をさせてしまったのではないだろうか。

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― 新着の感想 ―
普通「たち」なんて曖昧な言い方されると抜け道疑うことばかり頭に浮かぶんだけどなんか毒気抜けるんよね…… そして3人はそんな事があってちゃんと言葉にしたのか なんかしてなさそうなんだよなぁ()
とんでもねぇ…
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