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41話--終幕--

 魔石を飲み込んだ瞬間、喉の奥が焼けるように熱くなった。

 それは胃に落ちる前に液状化し、そこから一気に――爆発でも起こしたみたいに、私の内側から「何か」が噴き出した。


 胸の中心を軸に、全身の血管という血管を灼熱の奔流が駆け巡る。

 骨の髄まで抉られるような感覚に、思わず奥歯を噛み締めた。


(っ……! これ……が、古代竜の魔力……?)


 意識を保っているのがやっとの状態で、その魔力の奔流を両手で抱え込むように意識を向ける。

 この力さえ使えれば――まずは【再生】で体を――。


『警告。強すぎる魔力に器が耐えきれません。解決策を検索中…………スキル名:【進化】と【合成】を器に使うことを承認してください』


 内側から破裂するかのような痛みが、肉を、骨を、臓腑を、片っ端から砕いていく。

 【再生】で治す速さよりも、明らかに崩壊のスピードの方が勝っている。


 視界が赤く滲んだ。

 頬を伝う液体の感触――それが汗なのか、血なのか、もう判別もつかない。


 【全知】が何かを喋り続けている。

 けれど、言葉を理解するだけの余裕が、今の私にはほとんど残っていなかった。


 それでも、わずかに聞き取れたのは――「承認」という単語。


 少しでも可能性があるなら、迷う理由はどこにもない。


「……しょう、にんする」


『器からスキル行使権が付与されました。【全知】を【進化】します――【全知全能】へ進化……失敗しました。資源(リソース)が足りません。【決して小さくない加護】と【祝福】を【全知】へ【合成】します』


『成功しました。【全知全能】を獲得……該当スキルは神の権能のため制限時間があります。時間経過後【全知全能】は【全知】に戻ります。残り30秒です』


『【再生】を【進化】します。【高速再生】へ進化しました。残り28秒です』


 何をどうしたのか、細かいプロセスは頭に入ってこない。

 ただ、一言、二言が、霧の向こうから響いてくるみたいに耳に届く。


 次の瞬間、さっきまで身体を内側から裂いていた痛みが、嘘みたいな勢いで引いていった。


 噴き出していた血が傷口へと戻っていくような、奇妙な感覚。

 さっきまでバラバラになりかけていた肉と骨が、熱を帯びながら、急速に「正しい形」に組み上がっていく。


『古代竜の魔石を器の魔石に【合成】……成功しました。【竜の心臓(ドラゴンハート)】を取得しました。残り25秒です』


『【怪力】と【剛腕】と【高速再生】を器へ【合成】……失敗。古代竜の剣と鞘を追加、再合成します。残り20秒です』


「っ……ぁ……」


 胸の中心――心臓のあたりに、気を失いそうなほど鋭い痛みが走った。

 思わず左手を押し当て、その場に膝をつきそうになるのをこらえる。


 同時に、右手から「何か」がふっと消えた感覚があった。


(……剣?)


 意識が霞みかけている頭で、かろうじてそこまで考える。

 【全知】の声が、さっきまでの無機質な機械音ではなく、どこか人の声に近い響きを帯び始めていることに、そのときようやく気が付いた。


『大成功しました。【竜骨】と【竜体】を獲得。器に適用します。残り15秒です』


 矢継ぎ早に告げられる報告と同時に、全身が燃えるような熱に包まれる。

 皮膚の内側で炎が渦巻き、血が沸騰しているかと錯覚するほどの熱量。


 思わず腕を見ると、皮膚の下を流れる血管のラインが淡く光を帯びていた。


 遺跡の方へ歩いていた魔族が、その場でぴたりと足を止めたのが、遠目にも分かる。


『【王の威圧】が竜の魔力によって【進化】しました。【竜の威圧】を獲得しました。残り5秒です』


「なっ、何なんですカッッッ!? その力ハ!!」


 魔族の声が、はっきりと焦りを滲ませる。


『【全知全能】を終了します。神は貴女を――』


「……ありがとう、【全知】」


 最後まで聞く必要はなかった。

 この絶望的な状況を、どうにかするために全力を尽くしてくれたことだけは、嫌でも分かる。


 静かに礼を言って、顔を上げる。


 ――世界が、変わって見えた。


 空気の流れ。舞い上がる灰。大気中に漂う魔力の粒子。

 今までただの「気配」としてぼんやり感じていたものが、一本一本の線として、目に見える形で浮かび上がっている。


 魔族へ視線を向けると、その全身を覆う魔力の流れと、心臓の鼓動までもが手に取るように分かった。

 視線が合った瞬間、魔族が一歩、無意識に後ずさる。


「何故、何故ッッ!! 貴女から偉大なる竜の力を感じル!?」


「うるさいよ」


 言い終えるのと同時に、視界が一瞬で縮む。

 気づけば、魔族の懐に潜り込んでいた。


 伸ばした手で顔面を鷲掴みにし、そのまま全力で遺跡の方へと投げ飛ばす。


 ずしん、と鈍い音を立てて、魔族が瓦礫の山に叩き込まれる。

 舞い上がった破片の一部が、こちらへ向かって飛んできた。


 腕を軽く振る。

 それだけで魔力が動き、瓦礫に触れた瞬間、粉雪みたいに細かく砕け散った。

 魔力の流れが、自分の意識ひとつで素直に応えてくれる感覚があった。


 背後で、かすれた声がした。


「せっ、先輩……申し訳、ないっす……」


 振り返ると、七海が顔を上げていた。

 全身ぼろぼろで、今にも倒れそうなその頭を、そっと撫でる。


「大丈夫。後は任せて」


 短くそう伝え、アイテム袋から回復薬を三本取り出して渡す。

 七海と小森ちゃん、そして沙耶の分。


 踵を返し、再び遺跡へと向き直る。


 瓦礫を吹き飛ばしながら、魔族が身を起こした。

 さっきの一撃でそれなりのダメージは入っているはずなのに、その動きはまだ十分以上に速い。


 放たれた瓦礫の塊を、私は反射的に剣で切り払う。

 切り裂かれた破片が霧のように四散した瞬間、ようやく「違和感」に気づいた。


(……さっき、右手から剣が消えたはずなのに)


 ちらりと手元を見る。

 そこには、いつの間にか、さっきまで握っていた剣が当たり前のように収まっていた。


 疑問が喉元まで上がりかけたが、今はそれを押し込む。

 考えるのは後でいい。


「そノ太刀筋……まさか、貴女ハ!」


「終わりにしようか」


「剣聖、と呼ばれた事があるでしょウ!? 今ではなク! 未来デ!!!」


「私が何て呼ばれていたか、どうでもいいんだ」


 魔族が展開しようとした魔法陣を、形になる前に片っ端から斬り裂いて潰していく。

 炎も雷も、土槍も、発現する前に「線」の状態で断ち切られ、霧散した。


 一歩、また一歩と、魔族へ近づくたびに『何か』が押し寄せていくのが分かる。

 【竜の威圧】――あれが今、周囲の空間ごと捻じ伏せているのだと直感した。


 同じ速度で、魔族も後退する。

 まるで追いかけっこみたいな間合いの攻防が続いたが、その均衡も長くは続かなかった。


 魔族の背中が、土で塞がれた壁にぶつかる。


「何故ッ、ここに土ガ!? 待ちましょウ、剣聖。貴女も管理者共に煮え湯を飲まされてイるのでしょウ!?」


「そうだね。急に過去に戻ったと思ったら女になってたし……」


 口に出してみて、改めて自分の境遇の理不尽さに苦笑したくなった。

 けれど――。


「でもね、それとこれは話が別」


 逃げ道を断つように、魔族の両脚を斬り飛ばす。

 足を失った魔族が、片腕で地面を這い、必死に私から距離を取ろうとする。


 その背中を、靴の裏で押さえつけた。

 もう、一歩も進ませない。


「お前は私の守る人を……大切な人を傷つけたんだ」


 言葉と共に、剣を振りかぶる。

 迷いは、一欠けらもなかった。


 振り下ろされた刃が、魔族の体を音もなく二つに断ち切る。

 真っ二つに裂かれた身体が、その場にどさりと崩れ落ちた。


『完全討伐報酬を挑戦者たちに送ります』


 無機質な音声が、ゴブリンロードのときと同じように響く。

 魔族の胸から魔石をもぎ取ってアイテム袋に押し込み、私は踵を返した。


 ――沙耶たちのところへ、走る。


 ダンジョンの攻略が終わって気が抜けたのか、忘れていたはずの疲労が一気に押し寄せた。

 足は重く、息もすぐに上がる。汗が額から首筋へと伝っていく。


 それでも、遠くに三つの影が見えた。


 上半身を起こそうとしている沙耶の周りを、七海と小森ちゃんが支えるように座っている。

 私に気づいたのか、三人とも同時にこちらを振り向いた。


 喉の奥で荒ぶる呼吸を整えながら、倒れている沙耶のもとへ歩み寄る。

 伸ばした手を、その小さな手に重ねて――。


「――ほら、帰るよ」


 掠れた声で、それだけを告げた。


 沙耶は、泣き声にならない声で何かを言おうとして、うまく言葉にならないみたいだった。

 それでも、その震え方が感情を全部物語っている。


 泣きじゃくりながら、必死に伸ばしてくる手を引いて、ゆっくりと起き上がらせる。


 そのまま、そっと抱きしめた。

 腕の中で、彼女の体温と、震えと、確かな生の気配を確かめるように、きつく、きつく。


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