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34話--クリアと連続--

 ダンジョンの攻略が終わると同時に、ボスの死骸の足元の地面がぼこりと盛り上がった。

 土が崩れ、中から古めかしい木の箱が、ずしりとした存在感を伴って現れる。金属の金具はくすみ、所々に打ち傷が残っていて、いかにも「宝箱」といった風情だ。


 見慣れた光景。けれど、今日は少しだけ特別だ。

 私は軽く手招きして、少し離れたところで矢を確認していた七海を呼んだ。


「七海がトドメ刺したんだから開けてみな」


「承知っす!」


 七海は「待ってました」と言わんばかりに駆け寄ると、勢いよく宝箱の取っ手を掴み、そのままガバッと蓋を引き上げた。


 ──バキッ。


 嫌な音がしたかと思うと、蓋は蝶番ごと外れて地面に転がった。

 木の破片がぽとぽとと落ちる。案外脆いってこと、言い忘れてた……。


「あ」


 七海が気まずそうに固まる。

 ……まあ、中身が無事なら別にいいか。宝箱自体はただの包装だ。


 覗き込むと、そこには分厚い本のようなもの──技能書と、ずっしりとした重みのある金貨、小指の先ほどの大きさの魔石がいくつか転がっていた。草原の光を反射して、魔石の表面が淡くきらめく。


「先輩! これなんすか?」


 七海が、両手で抱えるようにして一冊の本を取り出し、私に差し出してきた。

 古ぼけた皮表紙には、見慣れた模様。指先で触れると、技能書特有の、じんわりとした魔力の反応が伝わってくる。


 表紙をめくり、内部の文字を走り読みする。

 すぐに内容が頭の中で意味を結んだ。


「【解析(アナライズ)】の技能書だね。……【支援】のスキル持ち用の技能だ。残念ながら七海には使えないよ」


「そうっすか……」


 一瞬しょんぼりしたように肩が落ちるが、すぐに何かを思いついたらしく、ぱっと顔が明るくなる。


「あ、でも【支援】なら小森ちゃんが使えるっすよね? あげるっす!」


「えぇっ……いいんですか!?」


 七海は「はいこれ!」と言わんばかりの勢いで、技能書を小森ちゃんの胸元へぐいっと押し込んだ。

 もはや「渡す」というより「押しつける」に近い動きだが、意図としては善意なのはわかる。


 小森ちゃんは胸元で本を抱きしめるようにして、目をまん丸くしていた。

 そんな三人のやり取りを横目に、私は周囲へと視線を巡らせる。


 攻略済みのダンジョンは、一定時間が経つと“崩壊”する。

 ここは屋外型なので、空から崩れてくるタイプだ。時間の感覚で言えば、もう残り五分もない。


 そのことを理解している沙耶は、黙々とコボルトの死骸にナイフを突き立て、魔石を回収していた。無駄がない動きだ。

 ぼーっとしていると、せっかく倒した分の魔石を取り逃がす。私もそろそろ本気を出さないと、全部は回収しきれない。


 時間がないので、さっき三人に教えた「腹を割いて手を突っ込む方法」はやめにして、私用のやり方を使うことにした。


 ──と言っても、大したことではない。


 【剣術】スキル持ちである私は、剣だけでなく“刃物全般”の扱いに補正が乗る。

 つまり、ナイフ程度なら力をあまり込めずとも骨を切断できる。胸に縦に線を入れ、そのまま胸骨ごとざっくりと切り裂き、直接、心臓の位置から魔石を摘出するだけだ。手を突っ込む必要すらない。


 私がそんな調子で作業している間にも、三人は慣れない手つきで必死に解体していた。

 額に浮かぶ汗と、顔についた血とで、皆、戦いとは違う意味でぐったりしている。


 しばらくして、地面全体がぐらりと揺れた。

 ダンジョン崩壊の合図だ。


 見上げれば、青く晴れた空に細い亀裂が走り、ガラス片のような黒い破片がぱらぱらと剥がれ落ちていく。その奥には、星一つない暗闇がぽっかりと口を開けていた。


 不安になったのか、三人が一斉に私のそばへと近寄ってくる。

 それぞれの視線が空と私の顔とを何度も行き来しているのが分かる。


 私はもう何度もこの光景を見ているので、特に恐怖もなく、ただ崩壊を待って立っていた。

 やがて、視界が一瞬で真っ暗になり──


『コボルトリーダーの魔石とコボルトのククリナイフを獲得しました。ゲートが閉じた際に確認してください』


 無機質な声のアナウンスが響き、暗闇が霧散する。


 目を開けると、そこはダンジョンの外。

 亀裂を覆っていたブルーシート越しではなく、素の空の色が視界いっぱいに広がっていた。


 最初に耳に飛び込んできたのは、複数人分の歓声と拍手だった。


 視線を向けると、対策本部のテントの周辺にいた自衛官たちが、ゲートが閉じていくのを指さしながら声を上げている。歓喜と驚愕と安堵が入り混じったような、独特の表情だ。


 ゲートが完全に消失すると、人垣の中から相田さんがゆっくりとこちらに歩いてきた。


「この目で見るまで信じられんかったが、本当に消えるんだな……」


「まあ、見ないと分からないよね。はい、これ」


 私はポーチからくしゃっとしたコンビニ袋を取り出した。

 中には、回収した魔石と金貨の半分を突っ込んである。ぎっしり詰め込んだせいで、魔石の角が袋を内側から突き破っていたが、まあ、中身さえ落ちなければ問題ない。


 そのまま相田さんに袋を手渡す。


「じゃあ、次行っていい?」


「あぁ……血塗れだが怪我とかはしてないのか?」


 視線が、私の服についた血の跡をなぞるように動く。

 袖口から乾いた血がぱりぱりと剥がれ落ちた。


「全部返り血だから……腕のは魔石を取り出す解体をしたときにできたから気にしないで」


「分かった」


 心配そうな眉が、わずかに緩む。

 私がひらひらと手を振ると、相田さんは軽く頷いて見送ってくれた。


 車を止めてある方へと歩き出したところで、背中から声が飛んでくる。


「嬢ちゃん! 本当にありがとう!」


 振り返ると、相田さんの掛け声と同時に、その場にいた自衛官たちが一斉に敬礼していた。

 真っ直ぐな礼に、少しだけ胸がむず痒くなる。


 こういう“素直な感謝”を正面から受け止めるのは、どうにも照れくさい。

 私は視線を逸らすように、そそくさと車へ向かった。


 車内からタオルを取り出し、ペットボトルの水で湿らせてから、手のひらや指についた血を拭き取る。三人にも同じように濡れタオルを渡した。


 服についた血は、すでに乾いて黒くなっている。これをどうにかするのは、家に戻ってからだ。


「次行くよー」


 皆が座ったのを確認してから運転席に座り、エンジンをかける。

 ダンジョンに入ってから今までの時間を確認すると、まだ一時間も経っていなかった。


 このペースなら、移動時間も含めて今日は七件くらいは回れそうだ。

 次のダンジョンの位置を頭の中で地図と照らし合わせる。車で十分もかからない距離だ。


 ──よし、行こう。


 ハンドルを切り、車を出す。


 ◇ ◇ ◇


 それからさらに二件ほどダンジョンを攻略し、四件目のダンジョン近くにある小さな駐車場に車を止めたところで、遅めの昼ご飯にすることにした。


 コンビニで買っておいたサンドイッチのパックを開ける。

 中身の具材はそれぞれ違うのに、口に放り込めばどれも等しく「腹に溜まる味」だった。


 サンドイッチを咀嚼しながら、こっそりと三人の様子を観察する。

 言葉には出していないが、隠しきれていない疲労が顔と仕草に滲んでいた。


 肩は少し落ち、まばたきの回数も多い。

 魔石の回収も、初めての戦闘も、スキルの連続使用も、慣れていないうちは神経をすり減らす。私の感覚でスケジュールを組めば、そりゃこうなる。


 次のダンジョンは、私一人で行ったほうがいいだろう。


 初日から限界まで酷使したら、「ダンジョン=きつい・怖い」という印象だけが残ってしまう。楽しいとか、達成感があるとか、そういう前向きな感情を味わう余裕がなくなるのは良くない。


 サンドイッチを最後の一切れまで口に詰め込んでから、私はドアを開け、車を降りた。

 慌てて三人も、もぐもぐと咀嚼速度を上げて追いかけてこようとする。


「今回はいいよ、休んでて」


「でもっ――」


「無理して怪我されるより休んでもらった方がいいからさ。疲れが抜けるまで、隊列で行くのは見送るよ」


 言い切ってから、後部座席のドアを軽く押して閉める。

 ガラス越しに見える三人は、まだ何か言いたそうな顔をしていた。けれど、それ以上は口を開かなかった。


 散歩に出かけるような気分で、私はダンジョンへと向かう。

 ……いや、実際には、散歩というよりランニングくらいのテンションだけれど。


 メンタル的な負荷が私と三人ではまるで違う。

 そこをちゃんと考えてやらなかった自分に、心の中で小さく舌打ちする。次からは、最初から隊列前提の、余裕を持ったスケジュールで動くべきだ。


 ゲート前に設けられた小さなテントで許可証を見せ、ブルーシートの中へ。

 紫色のゲートに手を伸ばし、その表面に触れる。


 世界が反転し、視界が暗転──そして、すぐに別の空間へと切り替わった。


 鼻をつく、濃い獣臭と、湿った土の匂い。

 そこは岩肌むき出しの洞窟だった。天井は低く、ところどころから滴る水がぴちゃん、ぴちゃんと音を立てている。


「なんか私一人で行くとゴブリンだなぁ」


 自然とため息が漏れる。

 今日、三人と一緒に潜ったときは最初がコボルト、その次がスライム、三件目がまたコボルトだった。

 それに対して、一人のときはやけにゴブリンと縁がある気がする。


 しかも、洞窟タイプのゴブリンは、弓も魔法も使いづらい。天井が低く、通路も狭いので、矢が壁に当たるし、炎球は反射熱で自分たちが茹だる。

 結局、前に出て斬るしかなくなる。つまり、どうせ私一人でやる羽目になる。


 通路の先から、甲高い笑い声と足音が響いてきた。

 襲い掛かってきたゴブリンの首を無造作に撥ね、倒れた身体から魔石を回収していく。


 鼻が曲がるような臭い。

 コボルトも相当だったが、ゴブリンはまた別方向に下品な臭さだ。いくら慣れたとはいえ、これはどう頑張っても「慣れたくない」。


 【神速】を起動し、一気にダンジョンの奥へと進む。

 すれ違いざまに首を刈り、通路を塞ぐ群れはまとめて胴ごと断ち切り、道を掃除するように進んでいく。


 階層をいくつか下ったところで、開けた空間に出た。

 そこには、十数体のゴブリンの群れが溜まっており、その奥には他より一回り大きな個体が、粗末な鉄槌を構えて立っている。ボスだ。


 返り血で頬が温かくなる感触を感じながら、そのまま群れごとまとめて斬り伏せる。


『完全討伐報酬を挑戦者に送ります』


 足元のゴブリンたちが動かなくなったところで、攻略を知らせるアナウンスが洞窟に反響した。


 ボスの足元に、また宝箱が現れる。

 今回は私がトドメを刺したので、そのまま自分で蓋を開けた。


 中を覗くと、そこには一冊の技能書と、いくつかの魔石と金貨の小山があった。

 技能書の表紙に触れると、弓の意匠が刻まれているのが分かった。


 内容を確認する。


 【強射】。

 射撃の威力を底上げする、【弓術】用の技能だ。


「七海が喜びそうだね」


 ぽつりと独り言をこぼす。

 宝箱の中身を一通りアイテム袋に収め、ダンジョンの崩壊を待ちながら、私は早くも次の予定──この技能書を七海にどう渡そうか、そんな些細なことを考えていた。


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