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22話--妹と後輩--

 髪を乾かして、寝る前のストレッチまでした記憶はある。

 けれど――ベッドに倒れ込んだあとの記憶が、すっぽり抜け落ちていた。


 筋肉痛でギシギシと軋む体と、カーテンの隙間から差し込む眩しい日差しが、私が「盛大に寝落ちした」のだと雄弁に物語っている。


 ふと自分の格好に目をやると、寝間着を着ていたはずなのに、今は下着姿だった。

 しかも、腕や腰、背中、脚の要所要所に、冷湿布がぴたぴたと貼られている。


「寝る前に貼ったっけ……?」


「やっと起きたんだね、おはよ。お姉ちゃん」


 隣を見ると、同じように布団に潜り込んでいた沙耶が、ぱちりと目を開けてこちらを見ていた。


「おはよう、沙耶。やっと……って?」


「何もかにも2日も寝てたんだよ。寝苦しそうにしてたから脱がせて湿布貼っておいたよ」


 ……二日。


 さらっと言ったけど、二日。


 なんて気が利くんだこの子は、と素直に感謝が込み上げてきて、思わず添い寝している沙耶をぎゅっと抱き寄せた。

 沙耶は「もっと褒めるが良いぞ」と言わんばかりのドヤ顔を浮かべる。


 ありがたいので、まずは両手でその頬をむにむにと揉みくちゃにしておく。

 指を離すと、ここぞとばかりに私の胸に顔を埋めてきた。


「湿布くさっ!!」


「沙耶が貼ったんでしょ……」


 冷湿布特有のハッカの匂いが、自分でも分かるくらい強烈だ。顔をしかめて離れた沙耶を見て、心の中で「それは自業自得ってやつだよ」とだけ呟く。


 それにしても――二日間も寝てしまったのか。

 ミノタウロス戦の負荷が、想像以上に体に残っていたらしい。


 沙耶をそっと抱き離し、ベッド脇に置いていた仕事用端末の電源を入れる。

 立ち上がった画面に並んだ通知の数に、思わず眉が跳ね上がった。


 不在着信40件、未読メッセージ30件……。


 着信の内訳を確認すると、小森ちゃんと職場の後輩からが大半を占めていた。

 メッセージも同じ顔ぶれだ。


 内容をざっと読む。

 テレビやネットのニュースを見て、ミノタウロスと戦っていたのが私なのではないか――と疑いつつ、安否と真偽の確認をしたい、といったものばかりだ。


「何みてるの?」


「昨日一昨日に送られてきた通知」


「へぇ……小森さん? からは来てた?」


「来てたよー」


 沙耶が珍しく、他人のことを気にしている。

 やっぱり沙耶も、小森ちゃんとは友達になれそうだと感じているのだろう。


 無事を伝えると共に、「今度よかったら食事でも」と誘うメッセージを打ち込む。

 送信ボタンを押して数秒もしないうちに、「行きます!」と元気な返事が返ってきた。


(早いな……元気で何よりだけど)


 いつにするか、沙耶も一緒でいいか、スケジュールをどう合わせよう――などと考え始めたところで、家のチャイムが鳴り響いた。


 同時に、職場の後輩からメッセージが届く。

 『伝えることがあるんで出てほしいっす』――ということは、このチャイムの主はほぼ確実にあいつだ。


 玄関モニターを覗くと、案の定、後輩が一人立っていた。

 寝ぼけた頭を軽く振ってから玄関に向かい、ドアを開ける。


「ちっす! せんぱ――、って何て格好で出てくるんすか!?」


「あ、そうだ。下着だった……まあいいや。上がって」


「よくないっすよ!? ウチが狼だったら貞操の危機っすよ??」


 相変わらず元気でうるさくて、そしていらないところまで気が利く奴だ。


 遠慮なく家に上がってくる後輩――小島(こじま) 七海(ななみ)は、くりっとした大きな瞳に、短めの金髪ツインテール。

 身長は150センチくらい。

 胸はそこそこあって、語尾に「っす」をつければ敬語になると本気で思っているタイプの生き物である。


「相変わらず殺風景……あれ? あの美少女だれっすか?」


「二つ下の妹の沙耶だよ。沙耶、この騒がしいのは職場の後輩の七海」


「小島 七海っす! よろしくっす! 妹さん!」


「……沙耶です。私の姉がいつもお世話になっております」


 テンプレート的な社交辞令を添えて頭を下げる沙耶。

 知らない人に対する態度になった瞬間、さっきまでの甘えた表情が嘘のように消えている。


 沙耶は、少し人見知りなところがある。

 姉に甘える時と、外に向ける顔のギャップが、見ていて分かりやすい。


 そんな沙耶の空気を、一瞬で嗅ぎ取ったのか――七海の目が、きらりと光った。

 そしてすっと距離を詰め、沙耶の耳元に口を寄せる。


「妹さん……同盟組まないっすか?」


「同盟……? 何のこと?」


「ウチには分かってるっす。妹さんも同類っすよね?」


「勝手に一緒にしないでもらえますか? 私は姉に気づかれることなく発散してるんで……そんな欲丸出しな視線を送る貴女とは違います」


 ……え、今なんて言った?


 私には聞こえないギリギリの音量で会話しているらしく、内容はまるで拾えない。

 蚊帳の外にいるのは若干納得いかないが、ここで「何の話?」と首を突っ込むのも怖いので、私は台所へ退散することにした。


 ケトルに水を入れてスイッチを入れ、湯が沸くまでの間、ふたりの様子を眺める。


「知らないっすよね? 仕事中の先輩の姿」


「うぐっ……確かに知りませんけど私は幼少期からの姿を……」


 どうやら、私の話をしているらしい。

 沙耶が、ちょっと動揺しているのが遠目にも分かる。


(年も近いし、仲良くしてくれるといいんだけどなぁ)


 七海がスマホを取り出し、何やら画面を沙耶に見せ始めた。


「これは仕事中、髪が邪魔で後ろで縛る先輩っす」


「っす――――」


「そしてこっちはクソみたいな条件を出してきた会社の外で、その会社の看板に中指を立てる先輩っす」


「……組みましょうか、同盟」


「そうこなくちゃっす」


「ID教えるので後で送ってください。私も厳選したの送ります」


「助かったっす。捗るっす。タメ語でいいっすよ」


「じゃあ七海さんで」


「ウチは沙耶ちゃん呼ばせてもらうっすね」


 ……何を共有するつもりなのかは、あえて聞かないでおこう。

 なんとなく胃が痛くなりそうな予感がする。


 湯が沸いたので、インスタントコーヒーをマグカップに溶かす。

 コップをトレーに乗せ、リビングへ向かうと――ちょうどふたりががっちりと握手をしているところだった。


「これからよろしくっす! 沙耶ちゃん!」


「七海さんもよろしくね!」


 ……どうやら、予想以上に仲良くなれそうだ。良かったのか、良くなかったのかは、まだ判断を保留しておく。


 トレーをテーブルに置き、ようやく私も寝間着に着替える。

 すると、やけにニコニコした沙耶が、私と入れ違いで寝室へ入っていった。


 ちょうどいいタイミングだ。七海からの「伝えること」とやらを聞いてしまおう。


「七海、伝えることって?」


「そのことなんすけど……あれっ!? 車の中に忘れ物したんで取ってきていいっすか!?」


「いいよ」


「ちょ、ちょい取ってくるっす!」


 七海は鞄を抱えて、ばたばたと玄関へ駆けていった。

 残されたリビングは、一気に静かになる。


 さっきまでの賑やかさが嘘みたいで、少しだけ寂しさを覚えた。

 気分転換に、とりあえずコーヒーをひと口啜る。


 リモコンを手に取り、なんとなくテレビをつけると、お天気占いのコーナーをやっていた。

 ちょうど星座ランキングの発表のタイミングらしい。


「一位の星座はかに座の方! 恋愛運が急上昇!? もしかすると複数の人から狙われるかもっ!」


 私は――7月3日生まれなので、かに座だ。


「……はいはい」


 1位だったけれど、当たってもいない占いに、私は小さく鼻で笑った。

 複数どころか、一人相手するだけでも手一杯なんだけどなぁ――と、湿布の匂いが残る自分の体を見下ろしながら、心の中でだけぼやいておいた。


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