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17話--妹とスライム--

 沙耶のスキルを確認しつつ、のんびりと草原を歩いていると――ふっと、肌にまとわりつくような違和感が走った。


 魔力とは少し違う、もっと生っぽい、湿ったような気配。

 足を止めて、周囲をぐるりと見渡す。


 見晴らしの良い草原だから、二足歩行のモンスターならすぐに見つかるはずだ。

 けれど、視界に影らしい影は見当たらない。背丈より高い草むらもない。ということは――。


(……少なくとも、いきなり背後から斧でかち割られる心配はなさそう、かな)


 とりあえず一安心したところで、隣から小さな悲鳴が上がった。


「きゃっ!? お姉ちゃん、なにこれ!?」


 振り向くと、沙耶が片足だけ妙に変な姿勢で固まっている。

 その足元には、踏みつぶされた緑色のゲル状の何かがぐにゃりと広がっていて、靴の裏からは、混ぜすぎた納豆みたいなねっとりとした糸がだらりと垂れていた。


 見た目はスライム、匂いは……うん、あまり嗅ぎたくない。


「スライムだね。踏み潰すのもいいけど、焼くのも効果的だよ」


「なんか思っていたのと違う……こう、ぷるぷる、って……」


 沙耶が期待していた「スライム像」と現実には、大きな溝があったらしい。

 残念ながら、現実のスライムはマスコットでもなければ愛玩動物でもない。

 ぷるぷる喋りかけてきたりしないし、そもそも声を出すための器官なんて持ち合わせていない。


 魔力を含んだ消化液が繊維に付着すれば、服がじわじわと溶かされる。

 防具屋が泣いて嫌がる原因のひとつで、「装備破壊専門」なんてありがたくない異名までついているモンスターだ。


 沙耶が踏み潰したそれは、まだ小さな幼体だったのだろう。

 ぐにゃりと潰れたきり、再生することもなく、その場で固まってしまった。


「スライムが出てきたってことは、ここはスライム系のダンジョンだね」


「私に任せて! どんなやつでも燃やすんだから!」


 沙耶は杖をぶんぶん振り回して、やる気を全身でアピールしている。

 膝あたりまで伸びている草が、杖にぶつかるたびにざわざわと揺れた。


(……まあ、まずは足場の確保からだね)


 このダンジョンは、沙耶のレベル上げ用と割り切って、私はサポート役に徹しよう。


 【神速】を発動。

 視界の色が一段階明るくなったような錯覚とともに、身体がふっと軽くなる。


 地面を蹴り、剣を握り直して草むらへと飛び込む。

 膝丈の草を刈り払いながら、ついでに紛れていた数匹のスライムもまとめて斬り捨てていく。


 刈り取られた草が、ざぁっと波のように倒れていく。

 沙耶を中心に、およそ半径一〇メートルほどの草を一気に薙ぎ払い、最後にスライムの残骸を踏まないよう足元を整えてから【神速】を解除した。


 身体にまとわりついていた、あの独特の加速感がすっと引いていく。

 残り使用可能時間は、およそ四〇秒。いざという時の切り札として温存しておこう。


「さて、沙耶。これから楽しいスライム狩りの時間だけど、準備は大丈夫?」


「まっかせてよ!」


 胸を張って即答する沙耶。その表情からは、不安よりも期待のほうが強く伝わってくる。


 私はポーチから、ホブゴブリンとゴブリンの魔石を取り出した。


 スライムは、魔力を持つ「なにか」に集まる習性がある。

 その魔力が強ければ強いほど、遠くからでも吸い寄せられてくる。


 魔石自体は、凝縮された魔力の塊だ。

 これを適当にばら撒けば――はい、簡易スライムホイホイの完成。


 どの方向から接近してくるのか分かるように、地面に剣の柄で線を引く。


「ほら、ここ。十字の線を『十二時』、下の一本線を『六時』ってことにして、スライムが来る方角を私が言うから、その方向に【炎球】を打ってね」


「こんな事する必要ある……? ドッカーン! で終わりじゃないの?」


「スライムのダンジョンは、一匹一匹は強くないんだよ。ただ――沙耶! 四時の方角!」


「えっ!? あっ、【炎球】!」


 咄嗟の指示にも、沙耶は慌てながらも杖を構えて技能を発動させる。

 放たれた炎の球が、指定した方向へまっすぐ飛んでいき、遠くで何かを焼き払う音と煙が上がる。


 ……沙耶にはまだ言っていなかったが、スライムダンジョンは「数」が問題だ。


 個々の強さは大したことがない。

 普通の武器でも倒せるし、踏み潰すことだってできる。だが――数百、数千と群れられると話は別だ。


 今回のダンジョンはそこまで規模があるとは思えないが、それでも油断していい相手ではない。


(とはいえ、魔法持ちがいるなら話は早いんだけどね)


 【魔法】スキル持ちは、体内に溜められる魔力量が多い上、空気中の魔力までも利用できる。

 さっきの規模の【炎球】を連発しても、魔力切れになるまでにはまだ余裕があるはずだ。


「次! 三時と十一時!」


「二つ!? えーっと、【炎球】!」


 一回の詠唱で、二発の【炎球】が同時に生成された。

 先ほどよりひとまわり小さいが、それでもスライムを蒸発させるには十分すぎる威力だ。


 ――多重詠唱マルチキャスト


 本来であれば、込める魔力量を増やせば、一本目と同じサイズのものを複数出せる。

 今のは魔力量そのものは「一発分」だったため、大きさが半分になったのだろう。


 それでも、初めての実戦で自然と多重詠唱を発動させるのは大したものだ。

 スキルさえ覚醒していれば、使ったことのない【技能】でも、身体が勝手に使い方を理解していく――私が剣を握った時と同じように。


 今の沙耶は、まさに「魔力」という新しい手足を、実戦の中で覚えていっている最中なのだ。


「やったぁ! お姉ちゃん見てた!?」


「見てたよ。初めてなのによく出来たね」


 魔石の反応も薄れてきた。

 一通りスライムを掃討し終えたらしいので、沙耶の元へ歩いて行き、素直に労いの言葉を口にする。


 沙耶は照れくさそうに頬を掻きながら、少しだけ身体を寄せて、頭を私のほうへ傾けた。


(……これは、撫でてほしいアピール、だよね?)


 ここまで頑張ってくれたのだ。

 素直に頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。


「えへへへ……」


 髪を撫でるたび、小さく喉を鳴らして嬉しそうに笑う沙耶。

 その様子が可愛くて、つい手が止まらなくなる。


「それにしても、派手に燃えてるね……」


「そうだね……」


 私たちの視線の先では、さっきまで一面に広がっていた草原が、綺麗さっぱり焼き払われて、黒い土と灰だけの景色へと変わりつつあった。


 突発型ダンジョンだから、多少の地形破壊は問題ない。

 とはいえ、こうして見ると、やり過ぎ感は否めない。


 燃え上がる炎の向こうに――異様に大きな影が揺れた。


「あれが、ボスかな?」


「お姉ちゃん……煙たい……」


「もう少しの辛抱だよ。ほら、あれを見てごらん」


「何あのでかいの……きもっ……」


 高さ三メートルはあるだろうか。

 巨大なゲル状の塊が、どろりどろりとその質量を揺らしながら、こちらへ向かってずるずると進んできていた。


 ビッグスライム。

 あのサイズになると、普通のパーティでは出会いたくない相手の筆頭だ。


 呑み込まれたが最後、内側から溶かされて、穴という穴からスライム組織を流し込まれる。

 窒息で意識を失ったあと、ゆっくりと消化されるか、あるいは養分だけ吸われて吐き出されたあとに分裂用の素材にされるか――結末はどちらにせよ同じだ。骨ひとつ残らない。


「ここからは共闘しようか」


「私は何をすればいいの?」


「合図をしたら【炎球】を全力で三発、私に向かって打ってほしい」


「え゛……?」


 沙耶の戸惑った声を、あえて聞こえなかったことにして、私はビッグスライムへ向かって駆け出した。


 このサイズになると、全身からゲル状の触手を伸ばしてくるはずだ。

 沙耶の準備が整うまで、前衛として触手を切り落とし続けるのが私の役目だ。


 案の定、ビッグスライムはむちのようにしなる触手を伸ばし、私の身体を打ち据えようとしてくる。

 あるいはロープのように巻き付け、拘束しようともしてくる。


 それを片っ端から、再生できないほど細かく刻んでいく。


 スライムの粘液が剣にまとわりつき、きゅるきゅると嫌な音を立てる。

 それでも手を止めず、私を無視して沙耶のほうへ伸びた触手を優先して斬り落としていく。


「沙耶! 今だよ!」


「ほんとに打つよ!? え、【炎球】!!」


 沙耶の位置から、三発分の【炎球】が拡散するような軌道で飛び出した。

 このままでは、真ん中の一発しかビッグスライムに直撃しない。


 回転をかけて曲げる、といった高度な制御は、まだ先でいい。

 今は――私が補う。


 息を吐き、意識を一点に絞る。


「【神速】」


 静かに技能名を唱え、全力で剣を振るう。

 炎の塊といえど、そこに存在する以上は「空気の流れ」の影響を受ける。


 剣で空気を削り、真空の筋を作る。

 その空白を埋めるように空気が一気に流れ込めば――炎の軌道を、意図した方向へと誘導できる。


 【炎球】が私のそばを通り過ぎる刹那、残像が残るほどの速度で動き、風の道を作る。

 そのまま大きく跳躍し、空中から三発すべての軌道がビッグスライムへと吸い寄せられていくのを確認する。


 着地と同時に、背後で爆音が重なった。


「うん。いい感じ」


「ほへぇ……かっくいい……」


『戦の神が貴女に拍手を送ります』


 頭の片隅で、【全知】が余計な報告を流してくる。

 どうやら、戦いの神様とやらにも今の一幕は気に入ったようだ。


 背後では、戦隊モノの敵爆破シーン顔負けの大爆発が起きていた。

 三発の【炎球】が同時に直撃し、ビッグスライムの巨体を内側から焼き尽くす。


 巨大な火柱が立ち上り、ゲル状の身体が悲鳴も上げられないまま崩れ落ちていく。

 全身が炭のように黒く縮み、最後には燃やすものをすべて燃やしきった炎がふっと消え、一陣の風だけが私たちの頬を撫でていった。


『完全討伐報酬を挑戦者たちに送ります』


『レベルが2上がりました。能力値は各自で確認してください』


「うわぁっ!? なななななにこれ!?」


 突如、頭の中に響いた無機質な音声に、沙耶がびくっと肩を跳ねさせる。


 そういえば、ダンジョン報酬アナウンスのことは詳しく説明していなかった。

 初めて聞けば、驚くのも無理はない。


「ダンジョンをクリアすると聞こえる音声だよ。慣れれば目覚ましみたいなものだから」


 軽く説明してから、ビッグスライムがいた場所へ向かう。

 炭とスライム液の残骸をどかすと、その下から傷一つない木製の宝箱が姿を現した。


「私開けたい!」


「開けていいよ」


「わーい!」


 沙耶が勢いよく蓋を開けると、中には回復薬が五本、私の顔ほどもある緑色の球体、技能書、そして金貨がぎっしりと詰まっていた。


 沙耶は他のものそっちのけで、迷いなく金貨に手を伸ばした。

 ……なんとも分かりやすくて現金な妹である。


 私は技能書を手に取り、中身を確認する。

 ――【小回復ヒール】。


 ごく基本的な回復魔法だが、覚えておいて損はない。

 切り傷程度なら瞬時に塞げるし、回復薬を使うほどでもない擦り傷や打撲に使える便利スキルだ。


(これは後で沙耶に覚えてもらおう)


 次に、緑色の球体を持ち上げる。

 掌にずっしりとした重さと、ぷにぷにとした弾力が伝わってくる。


「これは……何?」


『回答します。名称:スライムコアになります。食べると防御力が永続的に二上昇します。燃やすとレベルが一上昇します』


 ……食べられるのか、これ。


 防御力が永続的に上がるなんて話は、回帰前ですら聞いたことがない。

 「スライムダンジョンのレア報酬でレベルを上げられるアイテムが出る」という噂はあったが――なるほど、これがその正体か。


(レベル+1か、防御+2か……悩ましいところだね)


 私一人だけなら、迷わず燃やす一択だ。手っ取り早く強くなれるのは大きい。

 けれど、今回の功労者は沙耶だ。判断は彼女に委ねるべきだろう。


「沙耶。この緑の、食べれるらしいんだけど……」


「おいしいの?」


『回答します。食感はアロエに近く、無味無臭です。濃いめの砂糖水に一晩漬けてから食べるのをおすすめします』


 【全知】が、珍しく具体的なレシピまで教えてくれた。


(……そこまで言うなら、食べてみるのもありかな)


 防御力はあって困るものではないし、貴重な経験にもなるだろう。


「アロエみたいな食感で、砂糖水に漬ければ美味しくいただけるって」


「じゃあヨーグルトに混ぜて食べようよ~」


「名案だね、それ」


 確かに、アロエといえばヨーグルトだ。

 砂糖水に漬けて甘くしてからヨーグルトに混ぜれば、立派なデザートになりそうだ。


 宝箱の中身をすべてアイテム袋へ回収したところで、ダンジョン全体がぐらりと揺れた。

 制限時間が近い――突発型ダンジョンの「お開き」の合図だ。


 この現象については事前に説明していたが、実際に揺れを体感すると、やはり怖いものは怖いらしい。

 怯えたように肩をすくめる沙耶の隣に寄り、軽く肩を抱いて寄せる。


 視界が暗転し、耳の奥に重たい水音のような感覚が走る。


『完全討伐による追加報酬を送ります』


『ビッグスライムの魔石とスライムオイルを獲得しました。ゲートが閉じた際に確認してください』


『愛の神が貴女のスライムオイルに細工をします』


 最後に、妙に不穏な青い画面が表示されたところで――

 私と沙耶にとっての「初めての共同ダンジョン攻略」は幕を閉じた。


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