168話--vsカレン--
開始の合図と同時にカレンの姿が消え、気配と勘を頼りに剣を傾けると武器と武器が衝突する硬い音が響いた。
その後もカレンの見えない攻撃を防いでいるとカレンが姿を現した。数歩離れた位置で、刃を低く構えたカレンの輪郭が陽炎のように揺れて現れた。
「ん。慣れた。本気で行く」
そう言うと伏せているように見えるほど姿勢を低くして――消えた。魔力反応も、気配も無い。
神経を尖らせていると、スッと腕に刃が当たる感覚で反射的に身を翻した。二の腕の皮膚が薄く裂け、赤い線が浮かぶのと同時に風を切る音が後れて届く。
攻撃をされているはずなのに、その攻撃に意思が乗っていない。殺意も敵意もなく、当たり前のように刃が飛んでくる。
魔法の起こりも発動する際に漏れ出る魔力も感知できない――これが、今のカレンの本気か。
カレンの攻撃を防いでいると目の前に赤い結晶でできた槍が唐突に飛来した。
剣で弾いて正体を確かめる。これは……。
「――魔法も、か! いいねぇ!」
思わず笑みが浮かぶ。私の声を合図にしたかのように攻撃の密度が上がっていく。カレンが短剣を振るう軌道の合間を縫って、虚空から闇の礫が次々と射出される。
カレン自身の短剣、血の魔法、闇の魔法、そして発動しない魔法陣と本物の魔法陣。
わざと陣に描かれている文字を一つだけ間違えたりして魔力反応だけ起こすフェイクだ。
この高速戦闘中に魔法陣の小さな文字を一文字ずつ見て本物と見比べる余裕なんてない。偽物だろうが本物だろうが破壊するしか私には手段がないんだ。眼前に浮かぶ術式の幾何学模様を、視界の端で捉えるたびに剣先で刻んでいく。
見分ける必要なんてない。反応があるもの全て片っ端から斬り捨てるんだ、と言えどこのままじゃ決着まで時間がかかりすぎる。
カレンの魔力量は沙耶の数倍。しかも沙耶のように大技ではなく魔力消費の少ない魔法を使っている。
徐々に私に切り傷が増えていく。薄皮を一枚切ったかのような小さな傷が無数に付いては自然治癒される。腕や頬の傷が塞がっていくが、その数は増える一方だ。
ふ、と異変に気づいた。
今は戦闘開始から十分ぐらいが経過したが……暑い?
頬が、体全体が火照ったように熱い。呼吸が浅くなり視界が霞む。力の入りが鈍くなっているのがわかる。肺に取り込む空気が、熱を帯びた粘質なものに変わっていく感覚がある。
「ん。やっと効いてきた……。あーちゃん、耐性高すぎ」
「毒……じゃないよね。まさか……」
「ん。その通り」
姿を現したカレンがピースを作りながら言った。
あのピースはカレンがよくやってる生産者表示だ。よく分からないけどそうするのがいいって七海が言ってたらしい。右手の二本指を立てて、少しだけ小首を傾げる仕草を見せる。
そして、今私を蝕んでいる正体は強力な感覚増幅薬……カレンは媚薬と言ってる物だ。感覚を増幅する副作用として力が抜ける。
ちゃんとした使い方をすれば増幅された感覚により魔力の精密な作用が出来たりするんだけれど……間違っても戦闘で使う物ではない。
「……作用と副作用の効果が異様に高くない?」
握っていた剣が手から離れる。握力の維持すら困難になるほど強力な感覚増幅薬は初めてだ。カランと音を立てて剣が床を転がり、私の指先が幽かに震える。
前に使った時は普通に動き回れたが、これは動けそうにない。服が擦れる感覚ですら気を抜くと力が抜けて地面にへたり込みそうになる。布地が肌を撫でるわずかな摩擦が、脳を痺れさせるような過剰な情報として伝わってくる。
「ん。新しく作った特製だよ」
「ははっ、いいね。手段を選ばないのがカレンらしい」
「ん。醜態晒す前に棄権するといい」
カレンが言った。確かにこのまま動いたり攻撃やら何やらされたら恥ずかしい姿を全世界に放映されるだろう。
けれど――。荒い呼吸を整えようと、あえて深く息を吸い込み、肺の感覚に意識を集中させる。
「毒なら死ぬまでは動くからね。これはいい手段だけど……今ならやれそうだ」
「ん……? それはまず――」
「遅いよ。【八剣】」
私の背中を中心に八本の剣が展開され、四本を攻撃用として残りの四本を防御用とした。
魔界に行く前に覚えたけれど扱いが難しすぎて諦めていた技能だ。
これほど感覚が増幅されていれば……うん、八本とも手足のように動かせる。カレンの攻撃を全て防いで即座に残りの剣で反撃が入り、肩辺りが浅く切れた。自身の思考速度が、過敏になった神経系に同期していく感触がある。
「いいね、これ。出来なかったことがやれる」
「ん。ズル、インチキ」
「薬使ってきたカレンには言われたくないけど……」
私が今やったことは増幅した感覚でカレンの攻撃を察知して防御と反撃を同時に行った。
普通の状態だと魔力操作やら諸々が複雑に絡み合って中々できない事だが増幅薬の効果で私の処理速度も向上しているようだ。宙に浮く八振りの剣が、カレンの短剣を弾きながら同時に死角を突く。
二本の剣戟を防ぐのに顔を歪めてるカレン。剣を一本増やして三本にすると傷が増え始めた。
私の攻撃を防ぎながらもこっちに飛ばしてくる魔法は防御用の剣で斬る。飛来する赤い槍を、背後の剣が一振りで粉砕していく。
四本目を増やしたところでカレンの負う傷が無視できないほどになり両手を挙げて口を開いた。
「ん。降参」
「惜しかったね。即座に攻撃されてたらヤバかったかも」
「ん。次は待たない。悔しい……今度から原液使う……」
「え゛……? あれで薄めてたの……?」
「ん。だからもう普通に動けてる」
「ほんとだ……」
勝負がついたのでリングを降りると沙耶が微妙な顔をしながら迎えに来た。
また何かやらかしたか……? リングは破壊していないし、戦闘は手短に済ませた。階段を下りる私の顔を、彼女はじっと見つめている。
思い当たる節が――。
「お姉ちゃん……何であんな恍惚とした表情してたのさ……」
「……?」
「まぁ……うん。別にいっか、時間が経てば分かるよ」
すべてを諦めたかのような表情をして沙耶が戻っていった。
それに着いて行って本部に戻るとシャーロットはソワソワとしており、ロシア代表は顔が青ざめていた。
「代表は聖女、お前さんだろ? 早く戦おうぜ」
「私は別にいいけど……どうなの? 大会の進行的には」
「あっ、はい! 全体的な進行的にはシャーロット選手との戦いは最後にしていただけると視聴率的にも好ましいのですが……」
「だってさ。先にそっち二人で戦ってよ。その後、私とロシア代表。シャーロットは一番最後だよ」
「ちっ……おい、行くぞ。ボルシチ野郎」
「殺す気で行く。死ぬなよ、メスゴリラ」
相変わらず険悪そうな雰囲気をまといながら二人が本部から出て行った。
仮にも大きな国内で最強のハンターだ。どんな戦いになるか見ものだ。二人の背中を見送りながら私は椅子に座った。




