166話--協議--
本部へ向かうと黒いスーツを纏った偉そうな人、相田さん達、シャーロットとロシア代表の人と多分その国のお偉いさんが待っていた。リング脇に設置された長机を囲むように、数人がパイプ椅子に腰掛けている。
何やら物々しい雰囲気を醸し出しており、相田さんが渋い顔をしている。眉間の皺を指で揉みほぐしながら手元の資料に目を落としていた。
「何かあったの?」
「ぶはっ、お前のせいだぞ、聖女」
吹き出して笑いながらシャーロットが言った。座ったまま上体を反らし、テーブルをバンと叩く。
訳がわからなくて相田さんに視線を送ると大きくため息を吐いてから渋い顔のまま言った。眉間の皺を押さえていた手を離し、疲れた様子で私を見る。
「嬢ちゃんと戦いたくねぇって言って此処に居る選手以外が棄権したんだ……」
「えぇ……?」
「ある程度強いハンターほど強さや名声よりも生き延びる事を重視するしな。死ぬ覚悟で戦える奴の方が少ねぇよ」
確かにそうだ。ある程度強い奴はそれ以上強くなる前に保身に走る。回帰前に居たハンター達もその手の輩が多かった。
別に責めるつもりはない。どのような選択をしようと、その者が選んだ選択なのだから私がとやかく言う権利はない。
「あーあ、あれだけイキってた中国の野郎も居なくなっちまったし、紅茶野郎もそそくさと逃げやがった。残ったのはボルシチ野郎と聖女様の身内だけ――」
言い切る前にシャーロットの顔面へ拳が飛んできた。隣に座っていたロシア代表が、無言のまま真横に腕を突き出している。
肉を打つ音が本部に木霊する。シャーロットは微動だにせず言った。直撃したはずの顔は少しも揺れず、皮膚がへこむことさえなかった。
「何だぁ? 羽虫でも止まったか?」
「クソメスゴリラが。貴様は誰かを侮辱していないと呼吸が止まるのか? 面の皮の厚さに関しては最強だな」
喧嘩が始まりそうな空気だ。一歩引いて観戦するとしよう。巻き込まれないように距離を取り、壁際へ移動する。
腕を組んで眺めていると服の裾が引っ張られた。
「ん」
「ありがと」
カレンがどこから取り出したか分からない干し肉を渡してきたので礼を言って受け取った。ポケットから出したにしてはサイズが大きいそれを手渡される。
干し肉を齧りながら対岸の火事のように観戦しているとお互いの国のお偉いさんが止めに入った――が、聞く耳持たず。スーツ姿の男性たちが慌てて二人の間に割って入ろうとするが、びくともしない。
助けてほしそうにこちらを見たが私たちは動く素振りすら見せなかった。スーツの男たちと目が合ったが、干し肉を噛む動きを止めずに視線を逸らす。
「嬢ちゃん。何とかしてくれねぇか……? 話が進まねぇ……」
私たちが自発的に動いて解決してくれる、という線が消えたので相田さんに頼んだようだ。相田さんがげっそりした顔でこちらに歩み寄ってくる。
正直面倒だが相田さんから言われたのなら動くしかないだろう。小さく息を吐いて口の中の干し肉を飲み込んだ。
「ねぇ、その辺にしたら? そんなに気に食わないなら外出て二人で戦ってくればいいじゃん」
我ながら良い提案だ。
シャーロットとロシア代表の選手の決勝戦はまだ行われていないので一石二鳥じゃないか。
そう思って言ったもののお互いに聞く耳持たず、というか聞こえていないようだ。怒声と打撃音が響く中、私の声は届いていない。
仕方ない。もう少し声を張り上げて……。
「そもそも、私のせいって言ったけど元を辿れば私と戦ったアメリカ代表の選手が本気を見せてほしいって言ったからそうした訳であって、元凶は私じゃなくてアメリカ側じゃないの?」
「なっ、嬢ちゃん!?」
「私は国際交流戦で本気を出すつもりなんて微塵にも無かったし……。それに、これって何のための集まりなの? 戦いたくない人たちが多いから試合は中止して皆仲良くしましょうとでも言うつもり?」
相田さんの制止を振り切って言いたかったことを言い切ると本部内だけでなく会場全体が静けさに包まれた。周囲の喧騒が嘘のように止まり、複数のカメラレンズがこちらに向けられていることに気づく。
……まさか。
「お姉ちゃん……この協議も全世界に放送中だよ……?」
「えぇ、そういう大切なことは前もって言ってくれないと……まあ、いいか。間違ったこと言ってないし」
「ん。流石正論パンチの鬼」
用意されていた椅子に座る。パイプ椅子の冷たい感触を背に感じながら足を組んだ。
いつの間にかシャーロットとロシア代表の睨み合いは止まっており、ようやく話が始まりそうだった。お互いにそっぽを向いてそれぞれの席にドカッと座り直している。
「……仲裁、と言っていいのか分からんが助かった。では、話を始めよう」
「我々、国際交流戦の運営委員からの提案は――」
色々と長い前置きを聞き流しながら話を要約すると……、日本代表が三人も居るから、その三人に表彰台を独占されるとメンツが立たないので日本代表を一人に絞ってアメリカ代表、ロシア代表、日本代表で一人ずつの計三人で順位を決めたい。ということだ。
まあ、何とも身勝手な話だ。
沙耶とカレンを見るとあからさまに嫌そうな顔をしている。それもそうだ。私だって聞き入れたくはないし……。
「うーん……。何か承諾する前提で話してるみたいだけど私たちが嫌だって言ったらどうするの?」
「その場合は私の国は日本に経済制裁するってよ」
「シャーロット……! 貴様っ!!」
「裏でネチネチと話してやがって、気に食わねぇんだよ。ダンジョンで命を張ったこともねぇ雑魚が権力をたまたま持っているだけで偉そうにしてるんじゃねぇぞ」
「まあまぁ……あまりきつい言葉使いすぎない方がいいよ、隣の黒服さん涙目じゃん」
「おっと、すまねぇな。私が嫌だったらいつだって国から追い出してくれて構わねぇぜ? 無理だろうがな! ガハハッ!」
事情を暴露したシャーロットに付き人のお偉いさんが怒鳴ろうとしたが手痛いカウンターを貰ってしまい、押し黙った。顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
本当に言いたい放題、やりたい放題だ。自国の最高戦力なので追い出すことができないのをしっかりと理解している。椅子の背もたれに体重を預けて高笑いしている姿を見る。
「ちょっと相談させてね」
そう言ってカメラの画角から離れて音声が拾われない距離まで移動してから話す。本部テントの隅へ沙耶とカレンを招き寄せた。
「どうしたい?」
「私はお姉ちゃんと戦いたかったんだけど……」
「ん。わたしも」
「儂としては引き受けてほしい。嬢ちゃんのお陰で日本の国際的な立ち位置はだいぶ回復した。ここで更にもう一押ししておきたい」
沙耶、カレン、相田さんからの意見を聞く。それぞれの顔を交互に見る。
相田さんが言っていることは間違いではないのだけれども、そのまま話を受けるのも何だか違う気がする。腕を組んで指先で二の腕を軽く叩く。
「沙耶とカレンは私と戦えればいいの?」
「一位の人とも戦ってみたかったけど、それはまた別の機会でいいや」
「ん。同感。あーちゃんに全力でぶつかりたいだけ」
「私も~」
「よし、じゃあ会場を借りて誰が代表として出るか決めるために二人と勝負しようか」
名案だ。
会場のリングにはルトリエが展開してくれた結界もあるので周りに危害は加わらないし、沙耶とカレンの雄姿も皆に見せられる。ちらりと振り返って、まだ新しい結界に覆われているリングを確認する。
「いいね、それ!」
「ん。賛成」
「じゃあ、相田さん。承諾するけど条件があるって言ってさっきの事を伝えてほしいかな」
「分かった。せっかく勝ってくれたのに儂らの政治の問題に付き合って貰って悪いな……」
「気にしないでよ」
そう言って相田さんが運営委員の方へ向かう。重たそうな背中を見送ってから二人に向き直る。
振り返ると沙耶とカレンがじゃんけんをしており、沙耶が勝っていた。突き出したチョキを得意げに見せている。
「じゃあ、私が先ね!」
「ん……わたしは後……」
勝負の順番を決めていたようだ。
さて、久しぶりの皆の実力を見れる時が来た。非常に楽しみだ。首を軽く回して骨を鳴らし、準備運動を始めた。




