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138話--順応と準備--

 

 皆でああだこうだと言い合いながら私たちは第一層からじわじわと階層を進み、今は五層まで到達した。

 魔力濃度は階層が変わるたびに一段階ずつ高くなる。

 その変化に合わせて、各階層ごとに必ず順応時間を取るようにしている。


 石に腰を下ろして周囲の気配を探りながら私は魔力の流れをぼんやりと眺めた。

 リリィ曰く、限界まで耐えてから一気に順応するやり方は失敗した時のリスクが高すぎるとのことだった。

 

 今は五層に入って最初の広い空間。四人が腰を下ろして魔力の流れに身体を慣らす間、私はいつでも動けるように立ったまま周囲の護衛に徹している。


 そういえば、ここへ来る時――前に一人で来た時のような、時間がねじ曲がる感覚はなかった。

 異様な吐き気と気持ち悪さがないということは時間の流れは大丈夫なのか、少し気になった。


『回答します。神々の用意した特別手段のため歪みは感じません。時間の対比は約六万対一です』


 頭の中に全知の冷静な声が降ってきた。

 私が一人で試練場に来た時にいくら聞いても答えてくれなかったのは、あの当時は神々の妨害が強すぎたのと、まだ最終層をクリアできていなかったせいで権限が足りなかったということなのだろう。


「お姉ちゃん、終わったよー」

『左様です』


 タイミングを合わせたかのように沙耶の声と全知の声が重なった。

 順応を終えたことを確認して私は手にしていたゴーレムの魔石を握り直し、沙耶の方へと向き直る。


「うわ、何その足元のガラクタ」


 私の足元には、さっき私がまとめて粉砕したゴーレムの残骸が山になっていた。


「ゴーレムの残骸。魔石が価値高いから、綺麗に抜き取ってね」


「……どうやって??」


「そりゃ素手で……」


「みんなと試してくるね〜!」


 なんだか言い忘れていることがあるような……あ、魔石を取るときにもたつくと自爆するんだった。

 皆に止まるように言わないと――。


「ちょっと待っ――」


「ゴーレムって案外柔らかいんですね!」


 私の制止を完全に上書きするように小森ちゃんの朗らかな声が響いた。

 振り向いた先で小森ちゃんは平然とした表情のまま、ゴーレムの胸部装甲を拳でぶち破り、石片の奥から光る魔石を引き抜いていた。


 ……なんか、思ってた以上に強くなってない?


「あの娘は魔力による強化幅が大きいようじゃな。その分燃費も悪いが、魔力量で補っておる」


 隣に立ったエルアが感心したように言う。視線の先では、小森ちゃんが次のゴーレムの胴体を同じ調子で抉り取っていた。

 拳に魔力を集めているのが遠目にも分かる。殴るたびに石の表面が紙みたいに裂けていく。


「このまま試練場進んで魔力を順調に増やしていったらどうなる?」


「断言はできぬが、最終層で順応できれば妾に近い膂力になるじゃろうな」


 エルアの声は冗談半分ではなく、純粋な評価だった。

 つまり、今この瞬間に怪物の卵が生まれてしまったということだ。

 前を見やれば涼しい顔でゴーレムを千切っては投げている小森ちゃんと、その光景を見て引きつった笑顔を浮かべている沙耶と七海の姿。


「ゴーレムは任せてくださいっ!」


 小森ちゃんが魔石を掲げるようにして宣言すると、言葉通り先陣を切って走り出した。

 その背中は試練場に来る前とは比べものにならないぐらい頼もしい。


 私たちも遅れないように作戦を切り替えて、小森ちゃんの後ろに続いた。



 勢いのまま五層を突破して途中の順応休憩を挟みつつ十層の手前まで来た。

 階層を上がるごとに魔力の密度は上がっているが、皆の顔つきにも少しずつ余裕が出てきている。


「ん……? あーちゃん、この気配って……」


 空気を嗅ぐようにしてカレンが眉をひそめた。


「うん。風竜だよ。カレン含めた四人で倒してもらうからね」


「私たちで……?」


 沙耶が驚いたように目を丸くする。その横で七海が肩をすくめた。


「どうせ先輩のことっすから一人で倒してるんすよね?」


「よく分かったね。皆ならやれるよ。危なくなったら助けるから、強敵だと思うけど戦ってきな」


「頑張ります!」


 言葉と同時に四人の表情が引き締まった。

 それぞれが手にした武器は、この階層までにモンスターから剥ぎ取った物を私とエルアで調整したものだ。

 カレンは細身の長剣、沙耶は魔導書代わりの刻印板、七海は扱いやすい片刃の剣、小森ちゃんは鉄棍。どれも身体に馴染んできている。


 カレンたちがその場で輪になって作戦会議を始めたので、私とリリィとエルアは少し離れた岩の上に腰を下ろしてそれを眺める。


「ねぇ、リリィ。装備に細工できたりしない?」


「む? あやつらのか? 流石にそれは……」


「違う違う。私が今着てる黒いタイツみたいなやつなんだけど……」


 リシルに作ってもらった訓練用タイツ――超重鉱石を糸にして作った重りのタイツだ。

 試練場に来る前は、歩くだけで息が上がるくらいには重かったのに今となっては履いているのかどうかすら意識しない。

 単純に私が成長しすぎたのだろう。


「むむっ? くそおも石ではないか! 面白い使い方をしとるのう!」


 リリィの瞳が完全に新しいおもちゃを見つけた子どものそれに変わった。

 タイツの生地を指先でつまみ、ぺたぺたと触りながらにやりと笑う。


「それで、どうしたいのじゃ? 重さによる破壊力はそのままにして重さを感じなくすることもできるのじゃ。何でも言うてみるがよい」


「めちゃくちゃ重くしてほしい」


「……? 聞き間違いかの?」


 リリィが思わず二度見した。

 普通は楽をしたい方向にお願いするはずだ。重さを消して快適に戦えるように、とか。


「もう、尋常じゃないぐらい重くして。訓練用に作ったのに訓練にならないからさ」


「つくづく脳筋じゃのう……」


 ぶつぶつと文句を言いながらもリリィは素直に協力してくれた。

 私の太ももあたりにそっと手を当てると、じわりと濃い闇が布地に染み込んでいく。

 その瞬間、足元からじくじくと重さがせり上がってきた。


「好きな重さで静止をかけるがよいぞ」


「ありがとう。まだ重くして大丈夫だよ」


 重力が倍、三倍と増えていくような圧迫感が脚から腰へ、背骨へ、肩へと順番にのしかかってくる。

 筋肉一本一本が悲鳴を上げ始めるが、まだ動ける。


 試練場で身に付けた魔力の運用技術に肉体が追いついていない気がしていた。

 ならば、肉体の方を引きずり上げるしかない。

 

 みし、と足元で不吉な音がした。

 地面の石が、私の体重に耐えきれずわずかに沈む。

 古代竜の尾で叩きつけられた時と同じくらいの重さが全身にのしかかってきたところで、ようやく限界を感じた。


「もう大丈夫だよ」


「う、うむ……」


 リリィが引きつったような笑みを浮かべる。

 自分で重くしておいて何だが、さすがにやりすぎと思ったのかもしれない。


 歩み出そうと一歩踏み出すたびに、地面がじわりと陥没しかける。

 このままでは移動するたびに試練場の床に穴を開ける人間ブルドーザーの完成だ。


「何とか対策を練らないと、地球に戻ったときに穴だらけになってしまう……」


「魔力の操作で地面を補強しながら動けば良いじゃろ?」


「それだ」


 言われてみれば単純な話だった。

 足元から地面へと魔力を流し込み、踏む瞬間だけ土と石を固めるように循環を組み替える。


 重心を落としてそっと一歩踏み込む。

 さっきまで沈みかけていた地面が、今度はしっかりと身体を支えてくれた。

 よし、陥没しなくなった


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