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137話--皆の魔脈と一層--


 視界がゆっくりと晴れていくと、そこは見覚えのある景色だった。

 高く伸びた木々が頭上で枝を絡ませ、薄暗い木漏れ日がまだら模様を作っている。

 湿った土と草の匂い、遠くで鳴くモンスターの声。試練場の第一層の森の中だ。


 周囲を一周ぐるりと見渡す。殺気も魔力のうねりも感じない。今のところは敵の気配はない。

 ひとまず、みんなが状況を飲み込んで落ち着くまで待つとしよう。


「本当に初期化みたいなアナウンスがありました……!」


 小森ちゃんが半ば呆然とした声で言うと、他の三人も顔を見合わせてから同時に頷いた。

 その中でもカレンは、見て分かるぐらい露骨に狼狽している。いつもの半眼がさらに揺れていて、落ち着きなく視線が彷徨っていた。


「どうかした?」


「ん、あーちゃん……魔脈が閉じた……」


 あぁ――そういえば、私も最初は一度全部閉じたんだった。

 生まれたときから魔脈が開いた状態が当たり前の魔族であるカレンからすれば、生涯初の感覚だろう。呼吸の仕方を急に忘れた、くらいの違和感かもしれない。


 カレンの肩に手を置いて、軽く力を込める。


「痛いよ?」


 先に宣言だけして、空気中の魔力を指先に集める。

 カレンの体内へ流し込んでいきながら、毛細血管をなぞるみたいに慎重に魔脈の位置を探し、一本一本をこじ開けるようにして繋いでいく。


 内部を傷つけないように丁寧に、けれど止まらない程度の速さで。

 魔脈が焼けるように通り始めたのだろう、カレンの表情がみるみる歪んだ。歯を食いしばって目尻をうっすら震わせる。


 尋常じゃない痛みが襲ってきているはずなのに、声を漏らさないあたりはさすがの胆力だと思う。


 私の魔力で導いているからか、最初のときよりずっと早く終わりそうだ。

 その間、沙耶たちが「次は自分か」とでも言いたげな顔でこちらを見ている。怯えた目が三つ揃っている光景は、なかなかに圧が強い。


「ん……。あーちゃん……何で急に……」


「これで私の魔脈を解放した時の借りを返せたね」


「ん、コレが因果応報……?」


 忘れかけていたけれど、カレンと魔脈という単語のおかげで記憶の海から当時のことを引きずり上げられた。

 心の準備すらできていない状態で激痛を味わわされたあの日の仕返し――そう考えると、少しだけスッキリする。


むごいことをするのう……」


 横からエルアが冷えた目でこちらを見て言った。


「これぐらいしか方法無くない?」


「わらわに任せよ! ほれっ!」


 エルアが呆れ混じりにため息をつくより早く、リリィが前に出て指を鳴らした。

 ぱん、と乾いた音と同時に沙耶たちの足元から闇がふわりと立ち上がり三人を繭のように包み込む。


 ほんの一瞬、視界から彼女たちの姿が闇に飲み込まれ、次の瞬間には霧が晴れるみたいに闇が消えた。


「魔脈が開通してる……?」


 沙耶が腕を握ったり開いたりしながら呟く。体内の魔力の流れが戻ったことに気づいたのだろう。


「よくわかったのう! わらわにかかれば容易いことよ!」


 胸を張るリリィ。その横でエルアも腕を組んで頷いた。


「うむ。リリィは力の扱いが得意じゃからのう」


 そんなに簡単に開通させられると、私の立つ瀬が――と、額に手を当てていると、じりじりとした視線を感じた。


「あーちゃん? 何で私のこと見てるの? 別に怒ってなんかないよ?」


 いつの間にかすぐそばまで来ていたカレンが、にっこりと笑って私を見上げていた。

 その笑みは形こそ穏やかだが口癖の「ん」が消えている。


 こういうときのカレンは、だいたい本気で怒っている。


 苦笑いしか出てこない。何かカレンの好きそうなもので誤魔化したいところだが生憎こういう時に差し出せる餌が手元にない。


「後で……好きなだけ詫びるから機嫌直してよ」


「……何でも?」


 カレンの問いに顔が自然と渋くなる。

 そんなことを言えば何を要求されるか分かったものじゃない。それでも、そのくらいのことを言わないと機嫌は治らなさそうだ。


「一つだけね」


「……ん。家帰ったら覚悟してね」


「お、覚えてたらね……」


 がんばれ、未来の私。

 リシルの件もそうだし、この姉妹への負債は確実に積み上がっている気がする。

 ――後回しにする癖、本格的に直さないとなぁ。と現実逃避しかけたところで、森の奥からモンスターが近づいてくる気配がした。


 この足音と気配は――ゴブリンだ。


「初心に帰ってカレン以外の三人で戦ってみなよ。ちなみにこの場所はスキルと技能使えないからね」


「何でそんな重要なことを今言うの!?」


 沙耶が目を見開いて大きな声を上げる。

 ……言ってなかったっけ? うん、多分、言ってなかった。


 魔法陣を描いて魔法を撃とうとする沙耶。支給されたばかりのボロいショートソードを構える七海。そして――素手でゴブリンの頭をカチ割る小森ちゃん。


 乾いた鈍音とともにゴブリンが崩れ落ちた。


「あんなに肉体派だったっけ……?」


 器用に拳に魔力を集めて強化しながら殴っている。

 その動きはぎこちないながらも、ちゃんと武器として成立している。


「うむ、あの娘は格闘の筋が良いのう」


「エルアから見てもそう感じるんだ。色々と教えてあげてよ」


「言われるまでもない。妾が教えるのを途中で投げ出したことはないだろう?」


「確かに私の時も最後まで教えてくれたっけ……」


 三人の戦闘を見守りながら、周囲からは好き勝手なヤジが飛び交った。


「ちがうのじゃ! 魔法陣の構築は同時に複数やるのじゃ!! 何のために人の子の脳みそが左右で分かれてるとおもってるんじゃ!!」


「……え?」


「リリィの暴論じゃぞ。そんな訳がある筈なかろう」


「ん! ななみん、違う。もっとシュってパーンって感じ」


「了解っす!」


 今ので伝わるんだ……。

 さすが感覚派同士、というべきか。言語化を投げ捨てた説明で通じ合っているのは、それはそれで凄い。

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