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135話--識別--



 何とか沙耶を説得し終えて私はルトリエたちを連れて帰路についた。

 途中で、ずっと我慢していたみたいに沙耶が口を開いた。


「お姉ちゃん、その右目どうしたの?」


 言われて、ようやく違和感の正体に意識が向いた。

 視界は普通に見えている。痛みもない。けれど、さっきから右側だけ少し濃く見える気がしていた。


「右目……? どうなってる感じ?」


「白黒反転してるよ。ほらっ」


 沙耶がポケットから小さな手鏡を取り出して、私の目の前に突き出す。

 鏡の中の自分と目が合った。左目はいつもの色。右目だけが白と黒が反転したような異様な色合いをしている。


 見覚えのある配色だった。

 まるで、ルトリエと同じ目のような――あ、と、喉の奥で声にならない声が漏れる。


「ルトリエ、私の右目斬り飛ばした後に治したじゃん? その時に何かした?」


「うむ……? 記憶の共有はしとらんから……うーむ、面倒じゃ。直接聞け」


 ルトリエが面倒くさそうにため息を吐き、指を軽く鳴らした。

 その瞬間、地面に四つの影が落ちる。影はゆらりと膨らみ、煙のように形を持ち始めた。


 もやが晴れて輪郭がはっきりしていくと、その姿に見覚えがあることに気づく。


「あ、分身体だ」


「うむ……。コイツらが自我の統合を拒んだせいで妾の中で五月蝿くて堪らん。力配分は弄らせて貰ったが、それでも皆、妾の一割程度じゃ」


 言いながらルトリエはこめかみを押さえている。

 頭の中で四六時中しゃべられていたら、確かに騒がしいどころの話ではないだろう。


 改めて分身体たちに視線を巡らせる。

 背丈がやたら大きいのと逆にやたら小さいのは一目で分かる。問題は最初に会った分身体と最後に戦った分身体だ。


 身体の造形はほとんど同じ。

 髪も、顔の作りも、まとっている空気も似ていて、パッと見での判別が難しい。


 本体のルトリエと見比べながら、細部を観察していく。

 頬を赤らめている方は本体よりもわずかに目尻が上がって見える。

 逆に周囲を楽しそうに見回している方は少しだけ目尻が垂れて柔らかく見えた。


「くふふっ、力が一割しか無ければお主に蹂躙されてしまうな?」


 楽しそうに笑いながら最後の分身体らしきルトリエが肩を震わせる。


「……ルトリエ。なんか最後の分身体の性格違くない?」


「む? 一緒じゃぞ。元より此奴は被虐願望が強い性格じゃ。己の力が強いが故に強き者に虐げられることを望んでおったのじゃな」


 最後のルトリエは音もなく私の背後に回り込んだかと思うと、そのまま腕を前に回してきて、抱きしめるような形で私の胴に手を回した。

 頬ずりまでしてくる。背中からぴったり密着されて何とも言えない顔になる。


 戦闘中に感じていた優しさは攻撃したくないからではなく――ただ、攻撃される事を望んでいただけ、ということなのだろう。


 沙耶とカレンが状況についていけず揃えて首を傾げていた。

 また説明をしないといけないのか……。



 あれこれ説明しているうちに気付いたら家の前まで来ていた。

 最後のルトリエはまったく離れる気配を見せず、しがみつき続けた結果、途中から小さなルトリエまで私の足にしがみついてきて二人を装備した状態で歩く羽目になった。


 玄関を開けて家の中に入ると、ようやく興味が別のものに移ったのか二人ともぱっと私から離れて室内の探索に散っていく。


「ん。あーちゃん、私、どこかで見たことある」


 カレンがぽつりと呟く。


「ルトリエを?」


「ん……結構前のことだからあまり覚えてないけど、見たような気がする……」


 確かにルトリエが私を見たとき、一目で魔族の魔力操作を身につけていることを見抜いていた。

 互いに、どこかで関わっていてもおかしくない。


 とはいえ、ルトリエに聞いたところで数千年も試練場に居たせいで「そんな昔のこと覚えておらんわ」で終わる未来しか見えなかった。

 真相はカレンが思い出すまでのんびり待つしかない。


「ルトリエ」


「何じゃ? あやつらは戻さんぞ。戻したら何を言われるか分かったもんじゃない……」


「戻さないなら呼び名を考えてよ。私はなくても分かるけど他のみんなが分かりづらいだろうからさ」


「ううむ……全員、集合じゃ」


 ルトリエが軽く声を上げると、さっき散っていた分身体たちが渋々といった様子で集まってきた。

 本体を含めた五人で、ぐるりと円になって小声で会議を始める。

 今のうちに、こっちでも識別手段を用意しておこう。


「沙耶、なんか余ってるアクセサリーとかない?」


「うーん……あっ、あるかも! ちょっと待ってて!」


 沙耶はぱたぱたと廊下を駆けて自室へと消えていった。

 しばらくして何かを手に持って戻ってくる。


「はい、これでいい?」


「……なにこれ、首輪?」


「失礼な! チョーカーだよ。ちゃんとしたアクセサリーだよ」


「それにしてはカラーバリエーションがあるね……」


 沙耶から受け取ったそれは、どう見ても首輪にしか見えない――いや、チョーカーだ。

 赤、青、緑、黒、白の五色。人数分ぴったり揃っている。


 何故こんなに持っているのかは深掘りしないでおいた方が平和だろう。

 おしゃれアイテムに目がない沙耶のことだ、勢いでまとめ買いしたに違いない。

 まだ揉めている気配のする円卓会議へ声を掛ける。


「名前決まった人ー」


「うむ、妾は決まったぞ。ラストじゃ」


「あぁ、最後のルトリエだからラストね……はい、これ」


 白のチョーカーを手渡す。

 付け方が分からないのかラストは首をかしげたまま固まっていたので後ろに回って留め具を整えてやる。


 喉元に収まった白い帯を指でなぞりながらラストは妖艶に笑った。


「ふふふっ……これで身も心も……」


 危険な後半部分は聞き流すことにした。

 面倒なことは聞かなかった事にするのが一番だ。


「次は妾じゃのう。エルア、じゃ」


 大きなルトリエが名乗りを上げて一歩前へ出る。

 その巨体に見合った落ち着いた歩幅で私の目の前まで来た。


「ラストみたいに安直じゃないんだね」


「うむ? 本体が言うにはこの世界のどこかの言葉で二番目、という意味があるとのことじゃぞ」


「……安直だった」


 小さくため息を吐きながらエルアの首に青色のチョーカーを付ける。

 続いて、小さなルトリエがぴょこぴょこと走り寄ってきた。


「妾はリリィじゃ! よろしくたのむぞ!」


「多分これも安直だろうなぁ……はい、赤色ね」


 しゃがんで目線を合わせてから赤のチョーカーを付けてやる。

 リリィは満足そうにくるりと回ると、そのまま駆け出してエルアの脚をよじ登り始めた。


 あっという間に肩車状態になる。

 天井まではそこまで高さがなく、ぶつかりそうで見ているこっちが少しヒヤヒヤする。


「妾はイルじゃ」


「うん、緑色ね」


 最初に会ったルトリエ――イルの首に緑のチョーカーを装着する。

 これで分身体四人の名付けと識別はひとまず完了だ。


 残すは、本体であるルトリエだけ。

 黒のチョーカーを手に持って、こちらを見るルトリエに歩み寄る。


「妾は要らんじゃろ!?」


「付けといてよ。ほら、私とお揃いだよ」


 首筋に沿うように刻まれた黒い線を軽く指でなぞしてみせる。

 最初に庇護を貰った時についた印だ。


 ルトリエは露骨に渋い顔をしたが、やがて観念したように肩を落として首を差し出した。


「これで……よし」


 黒のチョーカーを留め具までしっかりと留めてから立ち上がる。

 一気に五人も増えたせいで家の中の空気がいつもより騒がしく、そして狭く感じられた。


「あ、部屋ないから全員お姉ちゃんの部屋ね」


「……嘘でしょ?」


「拾ってきたんだからちゃんと面倒見てね〜」


 沙耶の言葉に、何も言い返せなかった。

 私の部屋は十畳ほど。ひとりで過ごすには十分広いが、そこに追加で五人。さらにリシルもいるので私を含めて七人になる。


 どう考えても多すぎる。

 頭の中で布団の配置を想像して小さくため息を吐いた。

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