134話--帰還と言い訳--
〜カレンside〜
『カレン!!! ミミックゲート!!!』
朝の静けさをぶち抜いて頭の中に直接叩き込まれたみたいな、あーちゃんの声が響き渡った。
眠気でぼんやりしていた意識が、その一撃で覚醒する。
けれど体はまだ起ききっていなくてテーブルに突っ伏したい気持ちをなだめながら、私はマグカップとパンを行ったり来たりさせていた。
「ん……鼓膜破れるかと思った……」
じんじんする耳を両手で押さえる。
今の叫びには、はっきりと魔力が乗っていた。距離があるはずなのにすぐ隣で叫ばれたみたいに響いたのは、そのせいだろう。
と、玄関の方からばたばたと慌ただしい足音がして、ドアが勢いよく開いた。
「カレンさん! 今、お姉ちゃんの声が!」
駆け込んできたのは、あーちゃんの妹だった。
魔力操作の筋が良くて、この拠点の中ではトップクラスの潜在能力を持っている子だ。
「ん、聞こえたんだね」
「ミミックゲートって? 何か知ってるの?」
肩で息をしながら詰め寄られて、マグカップをいったんテーブルに置く。
あーちゃんから何度か聞かされていた話を、頭の中で順番に並べ直してから口にした。
「ん……それは――」
できるだけ淡々と、けれど誤魔化さないように。
ミミックゲートがどういうもので、何が起こり得るのか。
言葉を重ねていくたびに、妹ちゃんの顔色がどんどん悪くなっていくのが分かった。
それもそうだ。
魔界から戻ってきて、まだ十日ほどしか経っていない。
その姉がまた、何年も帰ってこないかもしれない――なんて話、素直に受け入れられる方がおかしい。
私だって、もし立場が逆だったら……間違いなくブチギレている。
あーちゃん、やっぱり悪い子。
「……どうしよう、カレンさん」
今にもその場にしゃがみ込みそうな声で呟かれる。
「ん。とりあえずあーちゃんの声がした方向に行ってみよっか」
考え込んでも答えは出ない。
なら、体を動かした方がまだマシだ。
残っていた朝ごはんを口に詰め込んで、喉に流し込むように飲み込む。
妹ちゃんの肩を軽く叩き、玄関へと促した。
私の朝の時間を乱してくれた分、無事に帰ってきたらあーちゃんにはちょっとしたお仕置きが必要だ。
それくらいの意地悪は許されるはず。
外に出ると、まだ朝の冷えが空気に残っていた。
白い息を一つ吐いて、声のした方角へと足を進める。
少し歩いた先で視界の端にあり得ないものが映った。
「……ん?」
建物の間、開けた空間の中央。
そこに異様な大きさのゲートが口を開けていた。
ぞわり、と肌が粟立つ。
お父さんが作っていたゲートより大きい。
ただ巨大なだけじゃなくて存在そのものが周囲の空気を歪ませているようで、近づくだけで胸の奥に圧がかかった。
私はあーちゃんの言っていたミミックゲートという言葉を、どこかで軽く見ていたのかもしれない……。
「何あれ、あの大きさ……」
隣で妹ちゃんが息を呑む。
「ん。とりあえずゲートの足元まで行こう」
彼女の手を取って、ゆっくりとゲートに近づく。
近づけば近づくほど、そこから漏れ出る魔力の密度が増していくのが分かった。
ただの魔力じゃない。そこに別の何か、が混じっている。
冷たいのに、どこか懐かしいような異質な感触だ。
手を伸ばして、そっと表面に触れてみると弾かれた。
「ん、不思議」
表面に触れた瞬間、ぷにりとした抵抗を感じて、それ以上先に進めない。
押しても引いても力を入れれば入れるほど、見えない壁に押し返されるだけだ。
「……確かに。でも、カレンさん。私たちができることって本当に無いの?」
ゲートから手を離した妹ちゃんが、しがみつくような視線を向けてくる。
「ん。無い。信じて待つだけ」
現実的に私たちにできることなんてそのくらいしかない。
無理やりどうにかしようとすれば、たぶん先に壊れるのはこっちだ。
「また、かぁ……お姉ちゃんのバ――」
妹ちゃんが盛大にあーちゃんを罵倒しようと口を開いた、その瞬間。
ミミックゲートの縁が音もなく縮み始めた。
「え――?」
手を引こうと反射的に腕を動かす。
けれどゲートが閉じる方が早かった。
内側から押し出されるように何か柔らかいものが飛び出してきて私と妹ちゃんの両手が同時にそれを掴んだ。
「ん? 柔らかい」
予想していた感触と違う手触りに首を傾げる。
とてもよく知っている感触だ。
そして聞き慣れた声が上から降ってきた。
「……二人してなんで私の胸に手置いてるの??」
そこには色々な場所に傷跡を残したあーちゃんが立っていた。
◇
〜主人公side〜
ゲートから出た瞬間、視界いっぱいに広がったのは青空と、森と……両側から、胸を揉まれている自分だった。
何を言っているか分からないと思うが、私にも何が起きているのか分からない。
「……え?」
状況を理解するより先に脳が処理をするのを拒んで頭の中が真っ白になった。
顔を上げると、キョトンとした顔で私を見つめている沙耶と目が合う。
その瞳の色と表情の温度に、胸の奥がきゅっとなった。
――何年振りなのだろう。
抱えていたルトリエを思わず地面に落とした。
両手を沙耶の背中に回して、そのまま強く抱きしめる。
「えっ、ちょっ、お姉ちゃん!?」
息の詰まりそうな声が耳元で上がる。
それでも、しばらく腕の力を緩めることができなかった。
体温が、鼓動が、ちゃんとここにある。
試練場の中では夢みたいな光景を何度も想像していたけれど、現実はそのどれよりも鮮明だ。
「……ごめん。迷惑かけたよね、どれだけの時間が経った? 国際交流戦は?」
喉が乾いているのに、言葉だけは溢れてくる。
「ん、あーちゃんの叫び声が聞こえてからまだ一時間経ってない」
「……へ?」
あまりにも予想外の答えに、間抜けな声がこぼれた。
「ん。逆に聞きたい。あーちゃんは中で何年過ごしたの?」
カレンが落ち着いた声で口を挟む。
相変わらずマイペースな口調なのに、ちゃんと私の状態を測っている視線だ。
「どのぐらいなんだろ……? ルトリエ、知ってる?」
地面と仲良くしているルトリエに視線を送る。
彼女は土を払って立ち上がり、軽く伸びをしてから口を開いた。
「ふむ……? 妾が庇護を与えてからは七年じゃのう。それ以前は分からん」
「だってさ、多分七年とちょっとかな」
口にしてみると、改めてその重さが胸に沈んだ。
七年。
試練場の中では日付を数える余裕すらなくて、ただひたすら進むことだけに意識を向けていた。
だからこそ戻ってきてからのこの感覚のズレが余計に大きく感じる。
しばらくそうしていると胸元にこつこつと何かが当たった。
――沙耶だ。抱きしめ続けていたのを完全に忘れていた。
「……死ぬかと思った」
押し殺したような声に、ようやく腕の力を緩める。
「ごめん……」
少し距離を取ると沙耶は大きく息を吸ってから、じとっとした目で私を睨み上げてきた。
「それで、その隣にいる美人さんは誰なの? また拾ってきたの?」
視線が、私の隣――ルトリエへと流れる。
……しまった。
どう説明するか、考えていなかった。
カレンを見ると、どこからともなく干し肉を取り出して、もぐもぐしながら状況を見物する気まんまんの顔をしていた。
完全に傍観者のポジションだ。
頼みの綱であるルトリエの方を見る。
何かいい感じに説明して、と、目力で訴えかけると、彼女はそれに気づいたらしく、親指を立てて「任せよ」と言わんばかりに一歩前に出た。
嫌な予感しかしない。
「妾は……此奴の所有物じゃ。嫌がる妾を無理矢理ーー」
「お姉ちゃん??? ちょっとお話ししようかぁ?」
沙耶の笑顔から一瞬で温度が消えた。
こめかみあたりから冷たい汗が流れ落ちる音が聞こえた気がする。
「ルトリエ!? 何でそんな誤解しか生まない説明を……」
「何を言っておろう。誤解も何も事実じゃろうて」
「お、ね、え、ちゃ、ん? 納得のいく説明してくれるんだよね?」
「……はい」
完全に謀られた。
無理矢理契約を結んだ仕返しだ、と言わんばかりにご機嫌な笑みを浮かべているルトリエを睨む。
彼女は「くははっ」と気持ちよさそうに笑ってカレンから干し肉を受け取り、そのまま傍観者チームへと合流した。
ちくしょうめ、後で覚えておけよ……。
心の中でだけ、全力の怨嗟を投げつけていると、視界の前に沙耶の影が落ちた。
腕を組み、人差し指をゆっくりと地面に向けて突き下ろす仕草で、「ここに座れ」と無言の圧をかけてくる。
これは、本気で怒っているときのやつだ……。
逆らう選択肢など、当然ない。
素直にその場に座り込むと、沙耶の影がじわりと大きくなった気がした。
『愛の神が微笑んでいます』
ここぞとばかりに出てくる青いウィンドウを消しながら言い訳がましく沙耶に説明をするのであった。




