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114話--別れと16層--

 親方から新しい装備一式を受け取って工房を後にした。

 外に出ると、さっきまで熱気でむせ返っていた空気が嘘みたいにひんやりしている。

 肩にかかる風竜の防具は軽く、動きの邪魔になる可能性のあった大剣は親方に引き取ってもらった。


 そして、交易所に登録しておいた素材は、すでに全て売り捌かれているらしい。

 カードに刻まれた金貨の数値は今以上に増える気配がない。


「……次の階層には、広場の中心にある転移石に触れれば行けるはずだ」


 隣を歩くジャックが、ぽつりと呟いた。

 声はかすれていて胸の奥に溜め込んだ名残惜しさがそのまま滲んでいる。


「どうしたの、そんなしんみりしちゃって」


 わざと軽く返すとジャックは足を止めて私の方を見た。


「俺は……お前に何も返せていない。色々と受け取ってばかりだ」


 拳をぎゅっと握りしめて目線を落としたまま言った。

 私はそれを見て見ぬふりをして言葉を紡いだ。


「じゃあ、何ができるか次会うときまでに考えといて。百九十五層だっけ、そこまでいけば行き来できるようになるんでしょ?」


 なるべく大げさに肩をすくめてみせる。

 借りを作ったと感じているのなら返したいときに返してくれればいい。


「前人未到の階層だぞ……? いくらお前が強いからって、それは流石に――」


「行くさ。待たせてる人たちが居るからね」


 ジャックの言葉を遮って断言した。

 言葉にした瞬間、胸の奥がじわりと熱くなる。安全地帯の空気は心地良くて、気を抜けば長居してしまいそうだったけれど――思い出すのは地球で私を待っている沙耶たち皆の顔だ。


 騒がしい声。うるさいぐらいの笑い声。

 文句を言いながらも毎日一緒にいてくれた日常。

 それを取り戻すには、この試練場をクリアするしかない。


 どれだけ時間が掛かろうと絶対にクリアして帰る。

 装備という不安要素がほぼ消えた今、私が考えるべきことはただ一つ――最短で最下層まで駆け抜ける事だけだ。


「不思議だよな。そう意気込んで深層に進んで行った奴らは誰も戻ってこなかった。お前がそう言うと……本当にできるんじゃないかって思えちまう」


 ジャックは諦め半分、期待半分といった目で私を見る。

 

「そのうち二つ名も付くだろうから、ランキングでも見て期待しててよ」


「分かった。多分どんな二つ名でも気づけるだろうな。一人で深層を攻略していくバカなんて、お前ぐらいだろうし」


 からかうように言いながらも声色にはどこか誇らしさが混じっていた。

 ジャックはそのままくるりと背を向け、少しだけ速い歩調で歩き始める。

 手を頭の後ろで組んで伸びをしながら進んでいく背中は少しばかり哀愁が漂っていた。

 


 次の日の朝は、思っていたよりも早くやってきた。

 昨日ジャックと別れてからは塩コショウや香辛料をこれでもかと買い込み、最後の銭湯をじっくり堪能してから早々に眠りについた。


 まだ薄暗い時間に目が覚める。

 予定より早く起きてしまったが、そのおかげで宿のチェックアウトもゆっくりできた。

 鍵を返して礼を告げてから私は一人で広場へ向かう。


 この安全地帯で増えた人との繋がりは多くない。だが、その少ない繋がりの中心にいたのは間違いなくジャックだった。

 彼が声をかけてくれなければ私は安全地帯の仕組みも、交易所も知らないままだったかもしれない。


 そんなことを考えながら石畳の道を歩く。

 朝が早いからか通りを行き交う人影はまばらで、いつも賑わっている露店も開店準備の最中だった。


 ジャックが言っていた中央の転移石が、遠目にもはっきりと見える距離に近づいたとき、その脇に見慣れた二人分の人影が立っているのが見えた。


「本当に朝早いよな。見送りするこっちの身にもなってくれ」


「もう! お兄ちゃん! 恩人さんに何てことを言うの!!」


 ジャックとアリアだ。

 仲の良い兄妹らしく、いつもの調子で言い合っている。

 それが当たり前の日常を取り戻した証拠のように見えて自然と頬が緩んだ。


 私が笑ったのを見て、アリアは、はっとしたように顔を赤くし恥ずかしそうに俯いた。


「あのっ、これ……!」


 アリアが胸元でぎゅっと抱えていた布袋を差し出してくる。

 受け取って中を覗くと干し肉が隙間なく詰め込まれていた。噛み応えのありそうな肉の香りと、しっかりした燻製の匂いがふわりと立ち上る。


「長く持つように濃い目に作ってあります。食べるときは水か何かと一緒に食べてください!」


「ありがとう。助かるよ」


 本当に何から何まで世話になりっぱなしだ。

 礼を言うと、アリアはまた俯いて指先でもじもじと服の端をいじる。

 明るい性格をしているが人と真正面から話すのはそこまで得意ではないのかもしれない。


「顔を見せに戻ってくるって言ってたからな。辛気臭い別れの挨拶は要らねぇよな?」


 ジャックがわざと軽く笑ってみせる。

 私もそれに合わせて肩を竦める。


「そうだね。気長に待っててよ。仲介料の金貨もあるし――」


「おいっ!」


「お兄ちゃん? どういうことかな? 後でちょーっと詳しく聞かせてもらおうかな?」


 アリアの声は明るいのに、その目だけが全く笑っていなかった。

 どうやらジャックはアリアに仲介料の話をしていなかったらしい。自業自得だ。


「兄妹で積もる話もあるみたいだし、私はこの辺で行くよ」


「お前が元凶だろ!?」


「はははっ、また、ね」


 笑いながら片手をひらひら振って見せる。

 転移石に手を伸ばして触れた瞬間、視界の前に赤いウィンドウが浮かび上がった。


『安全地帯より十六層に移動しますか? はい・いいえ』


 迷いは一つもない。

 指先で「はい」をタッチする。


 久しぶりに感じる、骨の奥からふわりと浮き上がるような転移の感覚。

 歪み始めた視界を通して、もう一度だけジャックとアリアの方を振り返る。二人は肩を並べて立ち、ほんの少しだけ潤んだ目でこちらを見ていた。


 その光景を胸の奥に焼き付けるように見つめているうちに、世界が反転し――足元の感覚が途切れた。



 地面の硬さが足裏に戻ってきた瞬間、肌を刺すような濃密な魔力が全身を包み込んだ。

 全身の毛穴が一斉に開いたかのようなむず痒さに、反射的に一度息を止めてから、ゆっくりと吸い込む。


 目を開けて周囲を見渡す。

 そこは人工物の一つも見当たらない、荒れ果てた大地だった。ひび割れた地面が延々と続き、遠くには黒ずんだ岩山の影が煙のように揺れている。


 風はほとんど吹いていない。だが、空気が重い。

 大きく息を吸い込み、再び瞼を閉じる。

 魔力を薄く広げて流れを読む。周囲一帯を濁った川の中のように感じ取り、その濁流の中心を探る。


 強大な魔力を、ただ垂れ流している方向が一つだけある。


(あっちか)


 目を開き身体の向きをそちらへと変える。

 武器はある。防具もある。非常食も、最低限の生活用品も揃っている。


 なら、やることは単純だ。

 最速で最短距離を走り、ボスを狩る。


 風竜の防具に魔力を流し込む。

 装備の内側に、さらりと風がまとわりつく感覚が走り、体を包み込んだ。セット効果の【風】が発動したのだろう。

 皮膚を撫でていた空気の抵抗が、ふっと消える。


 足に力を込めて地面を蹴る。

 その一歩で視界が一気に流れ出した。荒野の景色が後方へと吹き飛ぶように遠ざかり地面と空の境界線が一本の線に近づいていく。


 速度は明らかに今までの比ではない。

 それにもかかわらず、風が頬を打つことはなく完全な無風。その違和感が逆に気持ち悪くもあった。


 しばらく走ると地平線の先に影が見えてきた。

 近づくにつれ、その輪郭がはっきりしていく。巨大な牛の頭、誇張されたような筋肉の塊。肩で揺れる鎖。握り締めた大斧。


 ボスだと思われるミノタウロスが荒野の真ん中に立っていた。

 以前に渋谷で戦った個体を思い出してみる。

 あの時のミノタウロスと比べると目の前のそれは軽く十倍はある。全長五十メートルほどか。

 ビルのような巨体が、そこにあるだけで圧を放っている。


 けれど胸の奥には不思議なほど何も湧かなかった。

 むしろ、体の芯が静かに熱を帯びていく。柄を握る手が自然と力を込める。

 私の直感が、ひどく落ち着いた声で囁いていた。


 ――両断できる、と。

 その確信に従って私は速度をさらに上げた。


 ミノタウロスの周囲には中型のミノタウロスが群れている。

 腕や脚に鎖を巻き、槍や棍棒を構えた取り巻きたちがボスを囲う壁のように並んでいた。


 その中へ音も立てずに踏み込む。

 風が全てを削り取っていくように、私が動いた軌跡から遅れて血が舞い上がる。

 剣を振った感触すらも感じないほど滑らかだ。


 一体、また一体。

 取り巻きのミノタウロスたちの首や四肢が時間差でばらばらに崩れ落ちていく。


 私の姿はボスの視界には捉えられていないのだろう。

 巨体のミノタウロスは自身の周囲を固めていた護衛が急に血を噴き上げて倒れていく様子を、ただ呆然と見つめるしかない。

 鼻先から熱い息を噴き出し、理解の追いつかない状況に困惑したように一歩後ずさる。


 その足が地面を踏みしめる瞬間、私はすでに空中にいた。


 踏み切り、跳躍。

 巨体の額すれすれの高さまで一気に飛び上がる。眼前に怒りとも恐怖ともつかない色を浮かべたミノタウロスの瞳が迫る。


 その視線を真正面から受けながら、私は剣を振りかぶった。

 横一文字に、一閃。


 風竜の剣に纏わせた魔力と風が巨大な首を難なく断ち切る。

 足元に着地した瞬間、背後で重い何かが地面に転がり落ちる鈍い音が響いた。


 振り返るとそこにはボスの首が、信じられないものを見るような目をしたまま地面に横たわっており、少し遅れて胴体から噴き出した血が赤い雨となって降り注いだ。

 数秒後には、その巨体も地響きを立ててどさりと崩れ落ちる。


 血が静かに土に吸い込まれていくのを横目に私は淡々と仕事に取り掛かった。

 巨体が完全に動かなくなったのを確認してから、まずは頭部を解体し、使えそうな部位を次々と素材袋に詰めていく。


 倒れた胴体も順を追って切り分ける。

 筋肉の付き方や骨の太さを確かめながら魔力を帯びた部位を優先して取り外していくと胸の中心部に硬い感触が触れた。


 そこには脈動するような魔力を内包した魔石と淡い光を放つ転移石が埋まっていた。

 転移石は一旦横に避けて周囲の肉を丁寧に削ぎ落として解体を終える。


 ミノタウロスの肉は牛肉に近い味だ。

 これだけの量があれば、しばらく食料に困ることはないだろう。

 取り巻きのミノタウロスの死体にも手を伸ばし食べられそうな部位を次々と素材袋に詰めていく。


(塩も胡椒もあるし、今度はちゃんとしたステーキにして食べよう)


 そんな呑気なことを考えながら、私は黙々と解体作業を続けた。


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