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112話--工房と素材--

 交易所から少し離れた通りに出ると、空気の温度が一段階変わった気がした。むっとする熱気と、鉄と油の匂いが混じった独特の空気。

 そこには鍛冶屋と思しき店が道の両側にずらりと並んでいた。看板代わりに各店の前に剣や斧、鎧の見本が突き立てられていて通り全体が一つの武器見本市みたいになっている。


「おやっさーん、入るぜー!」


 先頭を歩いていたジャックが、そのうちの一軒の扉を乱暴に開けて中に声を投げ込んだ。

 慌ててその背中を追って中に入った瞬間、外よりもさらに濃い熱気が全身を包み込む。焼けた金属の匂いと煤けた石壁の匂いが鼻を刺した。


 奥では槌が一定のリズムで鉄を叩いている。カン、カン、と耳に心地いい音が続き火花がぱっと散っては消えていく。

 槌を振るっている人物に目をやると低い身長にずんぐりとした体形、胸まで届く長いひげ。

 見覚えのある種族――エルフと並んで亜人に分類される、ドワーフ族だ。


 モノづくりに長けていて安全地帯で流通している貨幣も彼らが作っている。そんな話をジャックから聞いていたのを思い出す。


 しばらくリズムよく槌の音が続いたあと、ぴたりと止んだ。

 ドワーフがゴーグルを上げ、こちらを向く。


「んあ? 【親切】のジャックじゃねぇか! 来てたなら早く言え!」


「相変わらず声がでけぇな……入るときに言ったぞ?」


「ガハハッ! そんな小さな声じゃ聞こえんわい! それで、何の用じゃ!? 確かお前さんは深層に進むのは諦めてたはずじゃから武器は不要だろ?」


 ジャックが肩を竦め、私の方を顎で示した。


「俺が使う武器じゃねぇよ。作ってもらうのはこいつの武器だ」


 視線がこちらに流れてくる。

 ドワーフの親方が私を上から下までまじまじと見て眉をひくりと動かした。


「おい、ジャック……とんでもねぇ奴を連れてきたな」


「……そんなにヤバいのか?」


「内に秘めてる魔力量が尋常じゃねぇ。人族のくせに魔族と同じ魔力の流れをしてるし、竜の気配まで感じやがる。お前さん、何者だ?」


 驚きが喉元まで突き上がる。

 一目見ただけで、そこまで言い当てられたのは初めてだった。


 普段、魔力は外に漏れないように制御している。無駄を減らすためでもあり、余計な警戒をされないためでもある。

 その魔力の流れ――たぶん魔脈のことだろう――はカレンから教わった技術だから魔族由来と言っていい。

 そこに加えて【器】の竜の気配まで拾われた。


 横を見ると、ジャックは「何の話だ?」と言いたげに首を傾げている。

 つまり、今の親方の観察眼がずば抜けているということだ。


「ただの人族だよ。武器を作ってほしいんだ。可能なら防具も」


「……その背負ってる大剣と手を見せろ」


 促されるまま、大剣を背から外して親方に手渡す。

 親方は柄と刃を交互に見てから短く息を吐き、今度は私の方に手のひらを見せるよう指示してきた。

 言われるがままに手を広げて見せると親方の口元がわずかに緩む。


 改めて自分の手を意識して見る。

 女性の手らしい繊細さはほとんど残っていない。剣を握り続けてできた分厚いタコが掌を覆い、拳での戦闘も多かったせいで、手の甲や指先には小さな傷がいくつも刻まれていた。


 こっちの世界に来る前は、ここまでひどくはなかったはずだ。

 多分、この試練場に入ってから増えた傷だろう。


(あぁ、沙耶に怒られそうだ)


 沙耶はスキンケアだの、傷痕だのにうるさい。

 肌に残っている跡を見たら眉間にしわを寄せて小言の嵐を浴びせてきそうだ。

 ……私が無頓着すぎるだけなのかもしれないけど。


 親方は、しばらく私の手と大剣を何度も見比べていたが作業台から羊皮紙を引っ張り出して、さらさらと設計図のようなものを書き始めた。

 描き終えたところでそれをこちらに向けてくる。


「お前さんの普段使っている獲物はこんな見た目をしとるじゃろ」


「……すごいね。そっくりだ」


 そこに描かれていた剣は私が今まで使っていた剣とほとんど同じ形をしていた。

 手と柄の僅かな癖から常用していた武器の形状を逆算できるほどの職人だということなのだろう。


 胸の奥がじわりと熱くなる。期待してもいい。

 この親方なら、私の剣に迫るものを作ってくれるかもしれない。


「作ってやりたいが……相当な業物を使っていたじゃろ?」


「そこまで分かるんだね。前に作ってくれた職人が傑作だって自慢してたぐらいには良い物だったよ」


「いい武器を作るには相応の素材が必要だ。この階層じゃあお前さんの望む素材は無い……いや、一つだけあるな」


 一拍おいて、親方が目を細めた。


「十層のボスの風竜だ。昔に一度だけ剥がれ落ちた鱗を拾ってこの階層に来た奴が居て、そいつから見せてもらったが、鱗一枚のくせに尋常じゃない魔力が籠っていた。それならあるいは――」


「あるよ、風竜」


 親方の言葉に被せるようにポーチに手を入れ、素材袋から風竜の爪を一つ取り出して机の上に置く。


 その瞬間、工房の空気がぴたりと固まった気がした。

 熱いはずの空気が妙に冷たく感じる。


 沈黙が数秒続き、親方が爪を掴んだまま勢いよく私の手首を取った。


「こんなやべぇ物をその場で出す奴がいるか! こっちに来い!」


「え、あっ、うん」


 どうやら、盛大に怒られている。

 ちらりと振り返るとジャックは工房の真ん中でまだ口をぱくぱくさせていた。完全に放心状態だ。


 親方に手を引かれて案内された先の部屋は、さっきの工房とは雰囲気がまるで違った。

 四方の壁、床、天井に至るまで、びっしりと魔法陣が描かれている。魔力の流れを整える紋様や、封印めいた直線が幾重にも重なっている。


「出せ。ここなら問題ない」


「結構な量あるから、ちょっと待ってね」


 素材袋に手を突っ込み、十層で解体した風竜の素材――鱗、牙、爪、翼膜、尾の棘、腱を順に取り出して机の上に並べていく。

 最後に魔石袋から風竜の魔石をそっと取り出して中央に置いた。


 親方は、しばらく開いた口を閉じることすら忘れているようだった。


「聞くまでもないが……これらはどこで手に入れた……?」


「十層。風竜を倒して手に入れたよ」


 事実をそのまま伝えると、親方の肩が小刻みに震え始め――次の瞬間、腹の底から笑い声を響かせた。


「ガッハッハ! あのバケモノを倒す奴が現れるとはな! いいぜ、作ってやる。剣と防具だったな? おい、カノッサ! 来い!」


 豪快な笑いと共に親方が誰かを呼ぶ。

 しばらくして扉が開き、女性のドワーフが入ってきた。エプロンを締め、髪を頭の上でまとめている。


「あなた。私にも仕事が――」


「後回しだ。今日からこの工房では、そこの嬢ちゃんの装備を作り終わるまで通常業務は全て停止だ」


「……理解したわ。その後ろの素材ね? ……すごい、本当にあるなんて、夢みたいだわ」


 二人して机に積まれた風竜の素材を前にうっとりしている。二人の目が完全に獲物を見つけた猛獣のそれだった。

 よくわからない熱量に少し気圧されていると女性のドワーフがくるりと振り向き、今度はまっすぐ私を見た。


「それで、私はこの子の採寸をすればいいのね?」


「ああ。よろしく頼む。人族は異性の種族に触られるのを嫌がる奴が多いからな」


 どうやら、そこまで配慮してくれたらしい。

 女性ドワーフ――カノッサがエプロンのポケットから巻き尺を取り出し、手慣れた動きで肩幅や腕の長さ、腰回りまで次々と測っていく。


 立ったままじっとしているだけなのに背筋が少し伸びた。

 戦闘用の装備を全力で作ってもらえる。そう実感した瞬間でもあった。



「三日だ。三日で作ってやる。お代はその時で構わねぇぞ」


 採寸がひと通り終わり、魔法陣の部屋から工房へと戻ると親方がきっぱり宣言した。


「ありがとう。じゃあまた、三日後に」


 頭を下げて工房の方へ出るとジャックがまだ同じ場所に立ち尽くしていた。目の焦点が合っていない。


「……本当に風竜を倒してるんだな」


「あ、生き返った」


「たかが爪なのに、全身が斬り刻まれたかのような圧倒的な風の魔力……あれが竜の素材か……」


 ぶつぶつと独り言をこぼし続けるジャック。

 頭の中で爪を見たときの事を思い出しているのだろう。


 行きたい場所にはひと通り行けた。交易所も済ませたし、武器と防具も手配できた。

 こうなると、ぼんやりしたまま動く気配のないジャックは、このまま放置しても問題ない気がしてくる。


 宿に戻って寝るか、それとも――湯船で温まってからベッドに倒れ込むのも悪くない。


 銭湯の湯気と湯に沈んだときの脱力感を思い浮かべて私はくるり、と踵を返した。

 今の私の気分は風呂を所望しているようだ。


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