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111話--交易所--

 しばらくすると階段の上からどたどたと足音が降りてきて寝癖のついたジャックがアリアに腕を引っ張られながら姿を見せた。

 まだ瞼が半分しか開いていないようだ。


「随分と早いな……? 朝飯食ってからでいいか?」


「おはよう。全然構わないよ。私は食べてきたから外で大剣の手入れでもして時間潰してようかな」


 軽く手を振って家の外に出る。

 扉が閉まる音を背中で聞きながら背中の相棒にそっと手を添えた。


 何だかんだで、この大剣を手に入れてからもういくつもの階層を潜ってきた。

 血を浴びて何度も振り抜いて、壁代わりにして盾代わりにもした。

 戦いのたびに一緒にいてくれた道具というより感覚としては身体の一部に近い。


 刃先を光の下にかざして、表面を確かめる。


「うわ……ガタガタじゃん……」


 思わず声が出た。

 角度を変えれば変えるほど刃こぼれと打痕が増えて見える。まっすぐだったはずのラインは細かい波打ちになっていた。


 力任せに振り回していた自覚はある。

 それでも折れずにここまでもってくれたのだから、むしろよく耐えてくれた方だろう。


 大剣自体は必ずしもカミソリみたいな切れ味を求められる武器じゃない。

 一番大事なのは重さと勢い、叩き込む力。切れ味はその力を通しやすくしてくれる補助要素にすぎない。

 とはいえ、ここまで刃が欠けてしまうとさすがに効率が悪い。力で押し切れる相手ばかりならいいが、これから先もそうとは限らない。


「やっぱり新しい武器は無いとダメだなぁ」


 独り言のつもりでぼやいているとタイミングよく背後から声が飛んできた。


「何を一人でぶつくさ言ってるんだ?」


「あ、ジャック。もう食べ終わったんだね」


 振り向くと、まだ目の端に眠気を残したジャックが大きなあくびをしながら扉のところに立っていた。

 寝癖で跳ねた茶髪が彼の気の抜けた雰囲気に拍車をかけている。


「どこから行く? 交易所か? それとも鍛冶屋か?」


「武器作ってもらうための金が無いから先に交易所かな」


「了解した。こっちだ」


 あっさりと方針が決まり、ジャックの背中を追って歩き出す。


 十五層の街並みは朝の空気のおかげか昨日とは少し印象が違って見えた。

 商人たちが店を開け始め通りには人の流れが生まれ始めている。まだ完全には賑わいきっておらず、ざわめきの手前みたいな落ち着いた雑音が心地よい。


 石畳を踏みしめてしばらく進むと、ひときわ大きな建物が視界に入った。


 正面の扉の上には、くすんだ金属板に大きく「交易所」と刻まれた看板。

 建物自体は石造りで重厚感があり扉の金具や窓の枠には細かな装飾が施されている。


「ここだ。会員になれば取引ができるようになる。お前さんみたいにパーティーを組んでない奴は、本来なら登録に会員の保証人が必要だが、それは俺が引き受けよう」


「助かるよ」


 扉を押し開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。

 中は高い天井と壁一面に並んだ掲示板、カウンターがずらりと続いている。人の出入りも多く、ざわざわとした声と紙の擦れる音、硬貨の触れ合う音が混ざっている。


 ジャックが歩きながら簡単に説明してくれる。

 ここでの会員証は、そのまま身分証の役割を果たすらしい。さらに銀行のように金の預け入れや引き出しもできるとのことだ。安全地帯の中なら、階層をまたいで利用できるというのも便利だ。


 受付で渡された登録用紙に必要事項を書き込んでいく。

 名前、簡単な出身地の欄、連絡先として使う宿の名前。文字はこの世界の言語だが、自動翻訳の機能が働いているからか特に困ることにはならなかった。


 最後まで書き終えて紙を返すと受付の人がさらりと目を走らせてから顔を上げた。


「二つ名持ちのジャック様が保証人をしているのであれば、問題はありませんね」


「……二つ名?」


 耳慣れない単語に首を傾げると横に立つジャックが途端に視線をそらし、耳まで赤くした。


「【親切】だ。アリアの解毒剤のために翼竜の尾針を求めて、新入りに片っ端から声をかけていたら試練場から名づけられたんだ」


「へぇ……そんなシステムがあるんだね」


 この大迷宮そのものが自由奔放な神々の意志で動いている箱庭だ。

 名前を勝手に付けられても不思議ではない。


「とりあえず! 支部長のところに通してくれないか? ここだと人目に付きすぎる」


「承知しました。こちらです」


 照れ隠しのように声を張り上げるジャックを受付嬢が無表情のまま先導していく。


 交易所の奥、他とは明らかに雰囲気の違う重厚な扉の前で足が止まった。

 金属の装飾が施されたその扉を受付嬢はノックもせずにあっさりと開ける。


「支部長。お客様です」


「あのね、サルファ君。入るときはノックをしてって、いつも言ってるよね?」


「善処します」


「いつもそう言ってるけど、もう五年だよ? 五年。五年間も言ってるのに全然改善されてなくない?」


「検討を加速させます。それでは」


 機械のような口調でそう言うとサルファと呼ばれた受付嬢はくるりと踵を返して扉を閉め、戻っていった。

 ……かなり癖のある人材が揃っているようだ。この交易所、大丈夫なのだろうか。


 部屋の中には細身の男性が一人、ソファに身を預けていた。

 丸眼鏡越しにこちらを見やり、柔らかく笑う。


「おや、【親切】のジャック君と……誰だい?」


「……そういえばお前さんの名前聞いてなかったな」


 今さらの自己紹介。

 ちょっとだけくすぐったい気持ちを抑えながら短く名乗る。


「アキラ。好きなように呼んでもらって構わないよ」


「ほう……知らない名前だね。本日はジャック君と、何の用事で来たんだい?」


 支部長の視線が探るようにこちらを撫でる。

 私は軽く目配せすると持ってきた品をジャックが渡した。


 ゴトリ、と袋が机の上に置かれる。

 口を開けて中を覗き込んだ支部長が次の瞬間、見事なまでに目を見開いた。


「ゴーレムの魔石。かれこれ四十年、交易所で働いているが、傷一つない代物は初めてだ……」


「他にも色々とある。全部見てくれ」


「なっ――!?」


 支部長は言葉にならない声を漏らしながら震える手で袋の中身を机に並べていく。

 磨き上げられた魔石の数々が光を反射して部屋の空気を一段階明るくしたように思えた。


 ぶつぶつと何かを呟いているが声が小さすぎてほとんど聞き取れない。

 ただ、その表情は驚愕と興奮と、計算の気配で忙しい。


「これを全部、貴女が……?」


「そう。どのぐらいで売れそう?」


 単刀直入に聞くと支部長は魔石から視線を離さないまま口を開いた。


「まずはこのゴーレムの魔石。こちらはこれほど良い状態の物を見たことがないので断言はできないが……手数料を引いても、金貨五百枚は確実に超えるだろう」


 一個あたり金貨五枚。という計算が頭に浮かぶ。

 まぁまぁな値段だなぁ、と考えているとジャックがすかさず口を挟んできた。


「おい、多分これ一個あたり金貨五百枚だぞ」


「そんなに高いの……?」


「そうだね。僕も全部の金額は、ちょっと想定できないぐらいだ。すぐに売れるだろうけど、金貨の現物を持つかい? それともカードのみで済ませる?」


「そのカードってどこでも使えるの?」


「安全地帯ならどの階層でも使えるよ。魔力波長を登録してくれれば無くした時も銀貨5枚で再発行ができる」


「じゃあカードだけでいいよ」


 これだけの額の金貨を袋にジャラジャラ詰めて持ち歩くのはさすがに現実的ではない。

 重さもそうだが狙ってくださいと言っているようなものだ。


 放心しかけているジャックを横目に今のうちに支部長へ条件を伝えてしまう。


「手数料を差し引いた利益の一割をジャックに渡してね。そういう約束だから」


「……は? 待て待て待て、多すぎるぞ!?」


「金はあって越したことはないでしょ。色々良くしてくれた礼だよ。支部長さん、そういうことだからよろしくね」


「アキラ……お前、もしかして常識って言葉を知らないのか?」


 ひどい言われようだ。

 とはいえ、ジャックからすれば想定外の金額なのだろう。

 彼は何度も自分の取り分を減らそうとして口を挟んでくるが全部聞かなかったことにして流す。


「おや。先ほど試しにオークション形式で出したのが即決されたね。金額は……金貨五千枚だ。購入者は……百三十五層の【識者】の錬金術師だ。手数料は金額の二割だから、四千枚が君たちの利益だね」


「そんなに詳しくわかるんだね。値段設定はそっちに任せるから、売れたら随時反映してね」


「任せてくれたまえ。もう既に反映済みだ。カードに魔力を流せば残高が見れるから、そっちで確認するといい」


 差し出されたカードを受け取り、言われた通りに魔力を流すと数字が浮かんだ。


 金貨三千六百枚。

 その数字を眺めていると次々と数値が跳ね上がっていく。

 倍々と勢いよく増えている。


 日本円にざっくり換算して、ゼロを一つ、二つ増やして……考えるのをやめた。


「傷一つないゴーレムの魔石はね、錬金術師からすると垂涎の品なんだ。彼らは自分自身に戦闘能力が無いから、質の良いゴーレムを作って戦闘をする。命と自分の戦力に直結するものだから、飛びつくように売れているのさ」


「それなら普通に取ればいいのに……」


「無理さ。ゴーレムは核である魔石を壊すか取り除くかしないと止まらない。取り除くのも一瞬でやらないと自爆機能が作動してしまう。壊す方が取り除くより、遥かに危険も少ないし楽なんだ」


 さらりと言われたけれど、いやな情報を聞いてしまった。

 今まで何も考えずに、勢いで魔石をもぎ取っていたけれど、少しでも手間取っていたら爆散していたらしい。


 知らぬが仏、という言葉が頭をよぎる。


 カードをポーチにしまい、席を立つ。

 ジャックは自分のカードを見つめたまま、軽く震えていた。

 

「どんどん増えてる……アリアになんて説明したらいいんだ……?」


「おめでとう、ジャック君。君が今までしてきた【親切】が、実利になって返ってきたんだ。喜ぶべきだと思うよ」


 支部長が、心底楽しそうに笑いながらそう言うと、ジャックは盛大に頭を抱えた。


「もういい……後で考えるわ……」


「人生、諦めが肝心だよ」


「元凶には言われたくねぇよ。次は鍛冶屋だったな? 一番腕の良い奴を紹介してやるから、着いてきな」


 ジャックがカードをしまい込み深く息を吐いてから立ち上がる。

 私もそれに続き、軽く頭を下げてから支部長の部屋を後にした。


 背後で支部長が終始楽しそうな笑顔で手を振っているのが見えた。


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