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104話--5層と報酬--

 見える範囲――闇がほどけていく先に、鈍い輪郭が浮かび上がった。

 一見すると鎧。いや、鎧というより鎧そのものが歩いている重厚さだ。石と金属の境目が曖昧な無骨で無機質な塊が、石畳の上を軋ませながらこちらへ向き直る。


 通称:ゴーレム。魔石の魔力を原動力として動く無機物だ。ダンジョンでも遭遇することは稀にあるが、基本的には定められた範囲から出てこない――はずだ。


 それが、こうして通路を歩いている。

 意味するところは一つだ。


「ここも警備ルートってことね」


 護るために巡回を繰り返すゴーレムと、その場から動かず侵入者が来た時だけ動くゴーレムの二種類。目の前の個体は完全に前者だ。


 そして、私が動いた瞬間と同時にゴーレムも動き出した。

 ゴーレムが地響きを立てながら、こちらへ速いペースで詰めてくる。石畳の継ぎ目が震え、空気が押し潰されるみたいに重くなる。暗闇の中でも、眼前に迫る圧だけは嫌でも分かった。


(見た目から推察に……この材質に大剣を振ったら、刃こぼれは確定。下手すれば欠けて終わり)


 背中の大剣に触れかけて、やめる。握った時の頼もしさはあるけど、この迷宮で武器を失うのは自殺行為だ。


 ならば手段は一つ。

 拳を全力で握り込み、相手が踏み込んでくるタイミングに合わせて腰を落とす。重さを受け止めるんじゃない。こちらの芯を通して、貫く。


 ゴーレムの腹部へ叩き込んだ瞬間――金属が折れる時のような特徴ある音が迷宮内に響いた。

 硬い。だが、割れる。


 拳が沈み、鈍い抵抗が崩れる感触が確かにあった。どうやら、拳で貫ける程度の強度らしい。


 ……けれど。

 ゴーレムに痛覚はない。怯む様子もなければ動きが鈍ることもない。

 そのまま私を振り回し、壁へ叩き付けようとしてくる。


 視界が流れ、蝋燭のない闇が引き伸ばされる。風切り音。石の匂い。壁が近づく――。


「やっぱり魔石(コア)を狙わないとダメか」


 受け身をとって体を捻る。

 壁にぶつけられる直前に、腕の力を流して衝撃を逃がす。

 ゴーレムの関節の動きは単純だ。掴んで振り回す。叩き付ける。そこに駆け引きはない。


 核となる魔石の位置は――胸の中心。ゴーレムは大体そこにある。


 ふう、と息を吐いて足に力を籠める。

 弾けたバネのように瞬間的に加速する。掴まれたままの角度を逆に利用し、相手の腕を足場にして一気に距離を詰める。視界の端で別のゴーレムが動き出す気配がしたが、気にしない。


 胸部の中心に手を差し入れて、掴む。


 魔石を、千切り取る。

 ひとつ、ふたつ、みっつ――周囲のゴーレムも含めて魔石を順に奪っていく。魔力の流れが途切れた瞬間、巨体はただの重たい塊に戻る。


 地に足がついて髪をかき上げると同時に、ゴーレムたちが崩れ落ちる音が迷宮内に木霊した。

 石が砕ける音、金属がぶつかる音。


「そういえば……ここの魔石は食べれるのかな?」


 周囲に新しい気配がないことを確認してから、抜き取った魔石を掌で転がす。

 表面は冷たい。地球では魔石を口に入れれば唾液に反応して液状化するんだよね。


 口に入れる。

 ガチッ、という音。


 同時に、前歯に激痛が走った。


「かったっ!?」


 反射で吐き出し、思わず歯を指で触る。

 欠けた感触はない。歪みもない。……良かった。吐き出した魔石は右手に収まっていて、表面にほんの少しだけ傷が付いている。


 この世界の魔石は食べれない。覚えたぞ。


『創造の神が貴女の行動にドン引きしています』


 赤いウィンドウが目の前に現れた。余計なお世話だし、そもそも何で見てるんだ。

 ウィンドウを閉じて考えを巡らせる。


 ――そうだ。前の階層で称号とやらを手に入れんだ。

 せっかくなら確認しておこう。戦闘中に余計な情報で視界を塞がれるのは嫌だけど、内容は把握しておきたい。


 意識を向けると、赤いウィンドウがすっと整列する。


『称号:ゴブリン討伐者

 効果:ゴブリン種に対しての攻撃力が20%上昇します。

 ゴブリン種の毒のすべてを無効化します』


 ……強くないか?

 攻撃力の上昇は、今の私なら誤差に近い。どうせ殴れば壊せるし切れば落ちる。

 けれど、毒無効は嬉しい。ゴブリンの毒は自らの糞と野生の毒草と毒虫をすり潰して武器に塗られている。野生のものを使う性質上、地域によって毒の種類が違うことが多い。


 それを全て無効化できるなら、面倒が一つ減る。

 今度、本当に無効化できるか試してみるとしよう。


「よし、進むか」


 短く呟いて、魔力探知を広げる。魔力量の多いモンスターが居る方向へ、足音を殺して歩く。

 道中で遭遇したゴーレムは、全部同じ処理だ。近づいて、魔石(コア)を抜く。崩れ落ちる音を背に、魔石を腰のポーチへ放り込む。重さが少しずつ増えていくのが分かる。

 あとで何かに使えるかもしれないし。


 ゴーレムは攻撃力が高い。まともに受ければ、いまの装備じゃ骨ごと持っていかれる可能性がある。

 でも動きは遅い。速さで戦う私はゴーレムからすれば天敵と言っても過言ではないだろう。


 ひたすら、丁寧に。確実にゴーレムの魔石を抜き取りつつ進んでいると、ひときわ大きな扉の前へ出た。


 探知をしなくても分かる。扉の向こうから漏れ出る魔力が、肌を刺す。空気が薄くなるような圧。呼吸が浅くなる。喉の奥がひりつく。


 前の層で戦ったゴブリンキングの比じゃないな。

 背中の産毛が、じわりと逆立つ。


 両頬を叩いて、気合を注入する。痛みが一瞬だけ意識を上げてくれる。大丈夫だ。この魔力量なら勝てる――そう判断できる程度には、冷静でいられる。


 重い扉に手をかけ、押し開ける。

 軋む音が伸び、扉が開いた瞬間に――壁に掛けられていた蝋燭へ一斉に火が灯った。まるで、入場を待っていたみたいに。


 橙の光が揺れ影が踊る。

 そして中央に鎮座する巨大な物体から、ギラリと光が漏れた。


(RPGのボス戦みたいだ……)


 笑ってしまいそうになるのを飲み込む。

 高鳴る胸の鼓動がうるさいほどに聞こえてくる。。呼吸を整え視線を固定する。

 そして、巨大なゴーレムへ駆け出した。

 

 私が駆け出すと、巨大ゴーレムの頭部がわずかに下を向いた。見ている。目という器官はないのに、確かに視線が刺さった。


 次の瞬間――右腕が動いた。


 大きい、という次元ではない。空間を丸ごと殴り飛ばすみたいな速度で、拳が横薙ぎに迫る。風圧だけで蝋燭の火が一斉にしなり、熱が横へ流れた。


 私は床を蹴って前へ滑り込み、拳の下を潜る。石畳が唸り、背中のすぐ上を鉄の嵐が通過する。かすっただけでミンチになりそうだ。そういう圧だった。


 通り過ぎた拳が壁へ当たると広間全体が震え、柱の埃がぱらぱらと落ちる。

 壁の一部が砕けて石片が雨みたいに降ってきた。火が揺れ、影が暴れた。


 だが私は足を止めない。ゴーレムの懐へ――胸の下へ回り込み、そのまま跳ぶ。

 ……届かない。高さが足りない。小さく舌打ちをしてゴーレムを登る。


 膝を曲げ、ゴーレムの腿へ踏み込み、金属の板の段差を足掛かりにして一気に駆け上がる。

 滑るし硬い。けれど継ぎ目があるから指先を引っ掛けられる。


 ゴーレムが私を掴もうと腕を戻す。

 私は腕の動きに合わせて体をひねり、肘の内側へ飛び移った。そこは死角。巨体の関節は大きい分、動き出すまでの溜めがある。


 その一拍で、私は拳を叩き込む。

 狙いは胸の中心……じゃない。


 まずは魔石までの道を開ける。

 拳が金属板へ当たり、鈍い音が広間に響いた。手首に衝撃が返ってくる。

 さっきの巡回ゴーレムとは比べ物にならないほど硬い。貫ける、という感触がない。


 なら、貫けるまで殴るまで。

 同じ場所に、同じ角度で、短い呼吸のまま連打する。拳が潰れないように魔力を薄く纏わせ、骨の芯を通す感覚で打つ。

 拳の皮が裂けて血がにじむ。私の今までの経験が痛みを堪えさせてくれる。痛みなんかで手を止めたらこの先のモンスターに勝つことなんてできないだろう。


 金属板が、わずかに凹んだ。

 ゴーレムが呻くような振動音を鳴らし、腕を振り払おうとする。

 私の身体が宙へ浮き掴まれていないのに、振り回される。巨体の動きは、周囲の空気ごと持っていく。


 飛ばされた。

 私はその勢いのまま、柱へ足をついた。石の柱が軋み、反動で跳ね返りゴーレムの胸へ戻る。

 狙いは、さっき凹んだ場所。今度は拳じゃない。


 掌底を骨の付け根から叩きつける。衝撃を面で伝えて、亀裂を走らせる。

 ピシ、と乾いた音がした。


 凹みの中心から、細い線が走る。

 亀裂が見えた瞬間、小さく笑みがこぼれた。いける、ここからだ。


 ゴーレムが両腕を振り上げる。

 叩き潰す動きだ。


 私は胸から離れ、ゴーレムの肩へ跳び移った。

 次の瞬間、両拳が床に落ちる。石畳が爆ぜ、衝撃がゴーレムを通って足裏に突き上げてくる。蝋燭の火が一斉に消えかけ、広間が一瞬暗転した。


 私は肩から背へ回り込み、首の付け根に指を突き立てる。金属板の継ぎ目を探り、引っかける。

 指先に、かすかな隙間。


 そこへ魔力を流し込む。

 ゴブリンキングにやったように一気に大量の魔力を流し込んで内側から弾ける圧力を生み出す。


 ビシリ、と亀裂が大きく広がった振動が背骨を通って私へ伝わる。

 内部に何かがあるのが分かる。これは……魔力が通る道だ。

 多分コアへ繋がっているだろう。


 私は背中を蹴って前へ回り込み、再び胸の中心へ。

 広げた亀裂を指でなぞるようにして、そこへ拳を差し込む。指先が金属板の裏へ入った。入った瞬間、ゴーレムの腕が私を掴もうと伸びる。


 ――来る。

 私は拳を差し込んだまま、体を沈める。腕が私の背中をかすめて空気が裂ける。

 掴まれれば終わり。掴まれない。あと一センチ、あと一息。


 息を吸って、吐く。

 吐きながら拳をひねる。


 金属板が悲鳴を上げた。裂けて剥がれる。

 亀裂が一気に開いて、胸の中心が露出する。


 そこにあったのは――淡く脈打つような光。

 魔石(コア)


 岩の檻に嵌め込まれ、周囲に複雑な魔術式みたいな溝が走っている。

 光は穏やかなのに、近づくだけで皮膚がチリチリと痺れた。魔力の密度が違う。触れれば皮膚が爛れるかもしれない。


 それでも、迷う理由がない。

 私は両手を突っ込み、コアを包む枠ごと掴んだ。


 熱い。指が灼ける。皮膚の内側がひりつく。

 けれど握力を緩めない。体内で魔力を循環させ、熱を逃がし圧を抑え込む。


 全力で引く――が、魔石が動かない。

 ゴーレムが身をよじる。胸の中で何かが引っ張られる感覚。

 つまり、コアはただ嵌まっているだけじゃない。抜かれそうになったら戻る構造になっている。


「じゃあ……無理やりにでもやるしかないね」


 口に出したのは、呼吸のリズムを整えるためだった。

 私はコアを握ったまま、左右に揺さぶって内側の支えを壊す。


 ミシ、ミシ、と硬い音がした。

 ゴーレムが腕を振り下ろす。拳が私を叩き潰しに来る。

 私は胸の穴の中へ半身を潜らせるようにして避けと拳が外側の鎧を叩き、金属板がめくれ破片が飛び散った。

 破片が頬を切って熱い血が流れる。


 でも、手は離さない。

 もう一度、全身の力を指先へ集める。

 ――引き抜く。


 今度は抜けた。

 コアが、ずるりと胸の内側から引きずり出される感触。

 重く熱い。魔力濃度に震える。光が掌の隙間から漏れ、広間の影が一瞬だけ青白く染まった。


 コアを抜かれた巨大ゴーレムは、動きを止めた。

 膝が折れ肩が落ち、首が前へ垂れる。巨体がゆっくりと崩れていく。

 床が再び震え柱が唸り、石畳にひびが走る。倒れ込む直前、ゴーレムの胸の穴から風が抜けた。

 生き物じゃないのに、息を吐いたみたいに。


 私は崩れる巨体から飛び退き、床を転がって衝撃を逃がす。


 背中に石片が当たる。痛い。でも些細な痛みだ。

 広間に静寂が戻る。蝋燭の火は、いつの間にかまた灯っていた。さっきよりも大人しい揺れ方で、炎がそこにいる。


 私は掌の中のコアを見下ろした。


(これ……持ち歩くの?)


 疑問が浮かんだところで、赤いウィンドウが視界の端に滲んだ。


『レベルが上昇しました』

『称号:錬金術師の天敵を獲得しました』


 また称号か、と息を吐く。確認は後回し。今は――転移石だ。


 私は倒れた巨体へ近づき、胸の穴の奥を覗いた。

 コアがあった場所のさらに奥、魔力の流れが集まっていた中心に――淡く光る石が埋まっている。


 転移石。

 なるほど。ボスの核のさらに奥に仕込む仕様。悪趣味だけど分かりやすい。


 私は転移石へ手を伸ばし、今度は慎重に掴む。熱はない。冷たいだけだ。

 2つ前の階層のスライムの時の反省が生きている。


 握りしめて、砕く前に周囲を一瞥する。

 ――宝箱がある。


 恐る恐る近づいてみると宝箱が開いた。

 中には小さな麻袋。

 【全知】、これなんだか分かるか?

 

『回答の承認が得られたため回答します。アイテム名:魔石袋です。入るものは魔石に限られますが際限なく収納が可能です』


 ……間違いなくこの世界の神々が介入しているアイテムだ。

 まだ序盤もいいところなのに、こんないいアイテムが手に入るわけがない。


『創造の神が胸躍る戦いに褒美を与えます』

『全能の神が他世界のため何も与えられないことを悔しがっています』


 赤と青のウィンドウが出てきた。

 ため息をついてウィンドウを消して手に持っていた巨大なゴーレムの魔石とポーチに入っていた魔石を袋に収納した。


 他に何もないことを確認して転移石を砕く。

 骨の奥をくすぐる浮遊感が再びやってくる。


 視界が歪み、蝋燭の火が線になって伸びて――私は次の階層へ移動した。



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