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100話--集落--

 森の中を歩きながら、道端に生えている草をちぎっては口に運ぶ。

 噛みしめて、舌の上で転がし、味と舌触りと喉を通る感覚で性質を確かめていく。


 毒のある草、食べられる草、薬効のある草。

 どれがどれかを、舌で判別していく作業だ。


 見たことのない草ばかりだからこそ、いざという時に迷わないように、今のうちに舌と頭に叩き込んでおく必要がある。


「ぺっ、にっが……」


 噛んだ瞬間、舌がしびれるほどの苦味が広がった。

 思わず吐き出しながらも、その奥に微かに感じる、すーっと風が通るような後味に眉を上げる。


 この独特の「すっ」とした感覚は、大体薬効のある草に共通する特徴だ。

 毒草の刺すようなえぐみとはまた違う。


 薬草と判断して、根元からまとめて引き抜き、腰に括りつけてあるポーチに詰め込んでいく。

 一体化しているスキル【竜体】には【高速再生】と同程度か、それ以上の効果がある。

 それでも、備えあれば患いなしだ。回復手段はいくら多くても困ることはない。


 しばらく森の中を進んでいると、前方に「何か」がいる気配を感じ取った。


 私はすぐ近くの木に身軽に登り、幹に背を預けて気配を完全に殺す。


 緑色の体表、尖った耳、歪んだ口元。

 見慣れた醜い顔――ゴブリンだ。


 四体一組でうろついている。

 この世界でも、生態そのものは大きく変わらないのだろうか、と頭の片隅で思う。


(そういえば、一番最初に倒したモンスターもゴブリンだったな)


 通り過ぎるのをやり過ごすか、それとも先に潰すか。

 周囲に別の気配がないか、慎重に探りを入れる。

 感覚の届く範囲には、他の気配はない。


 ――よし。倒すか。


 ゴブリンたちが、ちょうど私のいる木の真下まで来たところで足を止めた。

 飛び降りるタイミングを計りながら様子を窺う。


 ゴブリンたちは、鼻をひくひくと忙しなく動かしながら、周囲をきょろきょろと見回している。


 そのうちの一体が、突然こちら――私のいる方向を指さして叫んだ。


(バレた!?)


 気配は完璧に隠してるはずだ。音も立てていない。


 躊躇う意味はない。

 木の上から重力に身を任せて落下し、一番近くにいたゴブリンの頭上目がけて剣を突き立てる。


 ぐしゃりと鈍い手応えが掌に伝わり、そのまま反動を利用して薙ぎ払うように横一文字に一閃。

 剣筋に触れた二体の首が、きれいに飛んで宙を舞う。


 残りは、私を最初に見つけた一体だけだ。


 目を血走らせて飛びかかってきたゴブリンの顔面めがけて拳を叩き込む。

 拳と地面の間に頭蓋を挟み込むようにして、そのまま地面へと叩きつけた。


 ぐちゃり、と嫌な音と共に脳漿が飛び散り、辺りの気配が一気に静まり返る。


『レベルが1上昇しました』


 頭の中に、【全知】とは響きの違う、無機質な機械音声が流れ込んできた。

 突然のことに、思わず剣を構え直しそうになる。


 ……ふむ。どうやら、レベルアップのシステムそのものは、私の知るものと大きくは変わらないらしい。


 ゴブリンの胸元を割り、魔石を取り出してポーチにしまう。

 派手に血をぶちまけてしまったので、これ以上ここに長居をすると他のモンスターが寄ってくる可能性が高い。

 さっさと離れるに越したことはない。


 移動しながら、先ほどの「バレた理由」に思考を向ける。


 ゴブリン……確か、他種族のメスを攫って子を孕ませる習性があったはずだ。

 そのためか、雌の匂いには異様に敏感だと、回帰前の資料でも見た覚えがある。


 ――匂い、か。


 そう考えれば、さっき鼻をひくつかせていた行動にも納得がいく。


「薬草をすりつぶして肌に塗るか……」


 昔は森に入るとき、必ず匂い消しをしていた。

 基礎中の基礎とも言える立ち回りだというのに、力に任せて突き進める状況が続きすぎて、すっかり怠けていたらしい。


 もっと根本的な部分を、改めて思い出しながら進んだ方が良さそうだ。


「あ、魔力増加法……」


 ふと、そこで気づく。

 チュートリアルとやらが始まってから、当然のように日課にしていた魔力増加法を一度も行っていない。


 ――まさか、もう一回あの痛みを味わう羽目になる、なんてことはないよね?


 そう考えた瞬間、ちょっとだけ嫌な汗が背中を伝った。

 それでも、この世界の魔力密度がどれほどかを確認する意味でも、一度はやるべきだ。

 大きく息を吸い込みながら、意図的に大気中の魔力を肺の奥まで取り込む。


 その瞬間――。


「ッッ!!??」


 全身をのたうち回らせたくなるような激痛が、骨の髄から一気に駆け巡った。


 魔力増加法と、魔脈の開放を同時にやっているような痛み。

 それを何倍にも濃縮して、内側から無理やりこじ開けられているような感覚だ。


 意識が、ふっと遠のきかける。

 それを必死に、自分の中心に縫い止めるようなイメージで、気合だけで引き留める。


 ……時間にすれば、数十分ほどだろうか。

 体感では、数時間は転げ回っていた気分だ。


 それでも、徐々に痛みの波が引いていき、荒れ狂っていた魔力の流れが落ち着きを取り戻した。


「……魔力の流れが、いつもより速い気がする。気のせいか……?」


 じっと自分の体内に意識を向けると、血管とは別に走る「魔力の川」が、以前より太く、勢いよく回っているのが分かる。


 やはり魔力増加法だけではなく、魔脈の開放まで一気にやってしまったらしい。

 あれだけ感じていた体の重さが、さっきよりわずかに軽くなっている。


 深く、もう一度息を吸い込む。

 一呼吸だけで、地球の十倍はあるであろう魔力が肺の中に流れ込んでくる。


 これは――鍛錬に関してだけ言えば、最高の環境だ。


 魔力を取り込み続けながら、探索を再開する。

 この階層で遭遇するのは、ゴブリンと、数種類の野生動物のみのようだ。


 六十体目のゴブリンの魔石をポーチに放り込みながら、ひとまずそう結論付けた。


「武器が心許ないんだよなぁ……」


 試し斬りのときにも感じたが、支給されたロングソードは、強度も切れ味も心もとない。

 いつも使っている愛用の剣は、いくら念じても呼び出せない。

 今、手元にあるのは最初に渡されたロングソードと、ゴブリンから奪った鉈だけ。


 ため息を一つ漏らしつつ前進していると、前方に「塊」のような気配がまとまっているのを察知した。


 私は足を止め、匂い消し用の薬草をもう一度すり潰し、肌に塗り込んでから、気配を殺して慎重に近づいていく。


(集落か……)


 木々の隙間から覗いた先には、簡素な小屋がいくつも立ち並び、その間を、百を超えるであろう数のゴブリンが徘徊していた。


 その中に、一回り体格の大きい個体――ホブゴブリンが一体。

 周囲に威圧感を撒き散らしながら、警戒態勢を敷いているのが遠目にも分かる。


 さらに、集落の奥――粗末な柵で囲われた檻の中に、若い女性たちが六人、閉じ込められていた。


 泣きじゃくって肩を震わせている子。

 目の焦点が合わず、完全に心がどこかへ飛んでしまっている子。


 種族はバラバラだ。

 獣人が一人、エルフが二人、小人族(ノーム)が二人、人族と思しき少女が一人。

 全員、私と同じような粗末な麻布の服を身にまとっている。


 ――このまま見て見ぬふりをしたら、寝覚めが悪いどころの話じゃ済まないな。


 自然と剣を手に取り、いつも通りの構えで、集落の正面から堂々と歩み出る。


 私の姿を視界に捉えたホブゴブリンが、喉を裂くような叫び声をあげた。

 途端に、周囲のゴブリンたちが一斉にこちらへ突っ込んでくる。


 斬る。殴る。蹴る。

 最低限の動きで急所だけを正確に撃ち抜き、一体ずつ確実に沈めていく。


 何体目を斬り伏せたあたりからか、動きがただの作業の延長のように感じ始める。


 八十一体目のゴブリンを斬っている最中、急に、刀身の進みが鈍った。

 嫌な感触と共に、刃が半ばで止まる。


「切れ味がもうダメか」


 力任せに押し切ってゴブリンを両断し、その勢いのままロングソードを振り抜く。

 空を裂いた刃は、しかし、もうこれ以上戦闘に耐えられそうもない。


 刃は波打つようにガタガタで、ほとんどのこぎりだ。


 使い物にならないと判断し、近くにいたゴブリンの頭めがけてロングソードを投げつける。

 鈍い音と共にゴブリンが沈み、地面に転がっていたショートソードを拾い上げる。


「さっきのロングソードよりはマシ……か」


 もう一本、別のショートソードも拾い上げ、両手に一本ずつ逆手で構える。


 短剣は好んで使ってこなかったけれど、強い使い手と手合わせした経験は何度もある。

 動きそのものは、身体が覚えている。


 腰を落とし、さっきまでよりも速度に重きを置いて地面を蹴る。

 飛び出した身体に合わせて、両手の刃が黒い残光を描き、ゴブリンの首筋を次々と掻き切っていく。


 やがて、周囲のゴブリンたちが一掃される頃、最後に残ったホブゴブリンが咆哮を上げ、こちらに突進してきた。


 獲物は、太い木製の棍棒。

 その一撃は、正面から受ければ普通の人間なら粉々になるだろう。


 大きな縦振りを、紙一重のところで身体を捻って避け、その勢いのまま首筋に一閃。


 ギィン、と耳障りな金属音。

 ショートソードの刃が、悲鳴をあげるようにして途中で折れた。


(力任せに振りすぎたか……)


 カレンが見ていたら、間違いなく「ん、0点」と辛口の採点をされるところだ。


 ホブゴブリンが、口の端を吊り上げてにやりと笑い、棍棒を豪快に振り回す。

 それを、一歩、半歩の差でギリギリ避けていく。


 やがて、大きな隙を晒す大振りの瞬間が訪れた。

 私はその攻撃を避けつつ、同時に相手の背後へと回り込む。


 背中に手を置いて、勢いをつけて肩車のように飛び乗り、左手で額を、右手で顎を掴む。


 しっかりとホールドしてから、全身の力を込めて両手を一気に引き絞る。

 ぼきり、と骨が折れる嫌な音と共に、ホブゴブリンの首が不自然な角度に折れ曲がった。


 その場に、力なく崩れ落ちるホブゴブリン。

 折れていない方のショートソードを首筋に突き立て、確実にトドメを刺す。


 辺り一面に、ゴブリンの死体が山のように転がっている。

 立っているのは、私一人だけだ。


 血の匂いが、むっとするほど濃く漂う中、私は檻の方へ向かって歩き出す。


「――――▽◆!」


 檻の中の女性たちが、一斉に何かを叫んだ。

 こちらに向かって感謝なのか、警戒なのか、訴えかけているようだが、言葉が理解できない。


 私は首を傾げ、分かっていないということを身振りで伝える。

 彼女たちを解放する前に、まだやるべきことが残っている。


 ゴブリンたちの住処――小屋を一軒ずつ回り、幼いゴブリンと雌のゴブリンを、全て始末していく。


 ハンターたちがゴブリンの集落で死ぬ、一番多い理由は「情け」だ。


 「まだ子どもだから」と見逃した結果、背中から刺される。

 ゴブリンは、非常に執念深いモンスターだ。

 自分の縄張りを荒らした相手に対する恨みを、一生忘れないと言われている。


 だからこそ、禍根を残さないためには、この手を血で汚してでも、集落ごと「終わらせる」必要がある。


 最後の小屋に潜んでいた個体を片付け、ゆっくりと息を吐く。


「いくらモンスター相手と言えど、結構来るものがあるなぁ……」


 相手が人間ではないとはいえ、怯えた目をした「弱い存在」を、自分の意思で手にかける行為は、決して慣れるものではない。


 いつものダンジョンと違い、ここがどういう場所で、何が次の階層への鍵になっているのか、何一つ分からない。

 だからこそ、やれることはすべてやらなければならない――頭では理解している。

 それでも、胸の奥が少しだけ重くなる。


 ふぅ、と小さく息を吐き、胸の中に溜まっていたもやを吐き出すように、意識を切り替える。


「さて、と。囚われてた人たちを開放しに行こうか」


 もう一度剣を握り直し、檻の方へと足を向けた。


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― 新着の感想 ―
魔石食べる要素だいぶ無くなっちゃったね
弱いから情けをとかは最低限対話できる前提だからね〜 対話不可な相手に逆恨みと報復の違いとか説くことすらできない
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