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【ホラー】くだんの人【短編】

作者: スケキヨ

※注意※

作中に登場する人物や事件は全て架空のものであり、現実の全部と無関係のフィクションです

 朝の身支度をしていた時、母が言った。


「Aさん亡くなったらしいわよ」


 その日の夜は定時で上がるなり居酒屋へ一直線して閉店まで一人で飲んだ。


 大好きな母には悪癖がある。


 芸能人から近所の知り合いまで、わたしが好ましいと思っている誰かの訃報、不祥事、不幸を、聞いてもいないのに突然教えてくるのだ。


 ちなみに今回は声の役者さんだった。わたしは洋画劇場とロードショーで育った世代なので、吹替役者さんにひとかたならぬ思い入れがある。Aさんがもうこの地球にはいないなんて信じたくない。そんな事、知りたくなかった。できれば一生知りたくなかった。


 自分がネットでうっかり知ってしまったとか、それなら自業自得で、普通に落ち込むだけだから、よくないけど、よいのだ。

 知りたくない話を、聞いてもいないのに知らされる事が嫌なのだ。


「Bさん逮捕されたそうよ」


 一昨日は応援していた芸人が金銭トラブルで法に引っかかったらしい。昼休憩中、わざわざラインで教えてくれた。


「Cさん離婚したんだって」


 先月は知り合いの女性だった。幼馴染の姉で、とくべつ親しかった訳ではない。わたしが一方的に憧れていた。寡黙で勤勉な様子がとても素敵だったから、風の噂に結婚したと聞いた時とても嬉しかった。これから良い事ばかりあればいいと思った。今は2児の母で、浮気したクソ夫と離婚調停の末シングルマザーとなり複数のパートを掛け持ちしていることまで母は教えてくれた。


 業務用スーパーで買った洋酒(英語で書いてあるからなんという酒かは知らないが、酒が好きなわけではないから問題ない。度数が40を超えていればなんでもよい)を漏斗で500ミリペットボトルにドボドボ注ぎながら(小分けにしないと冷蔵庫に入らない)、なんか、なんだったか、そういう妖怪、いたよなあと思った。


 藪から棒に不吉な事を言うだけ言って死んでしまう迷惑で怖い妖怪。


 たった一言でわたしの一日を台無しにできる母は凄い。何か超能力として軍事利用できるかもしれない。


 母は「もしもこれを言ったら、あの子はどういう気持ちになるかしら」、とか、一度も、少しも、考えないのだろうか。


 考えていないならそれはデリカシーとか思いやりが死亡している。

 考えた上でなら「〇〇さんが死んじゃった!悲しいよ~!」とわたしが嘆いたらうっとうしいという事なんだろう。

 

 まあ、そういうことなんだろう。


 夜中の2時に「怖い夢を見た」とわたしを叩き起こし、パート先の次長がいかに自分に不親切かを毎日語り、いかに自分が男運に恵まれず夫が不出来で、両親は自分にだけ冷たく妹にだけ甘い酷い冷血漢なのだと泣く背をさするのはわたしの役目だ。ずっと昔からそうだった。


 自分を慰めるための生き物を、自分が慰める道理は無いのだろう。


 というような話(愚痴)を目の前の姉にこぼしているが、姉はめっちゃスマホを見ていて全然聞いていないので一周回ってちょっとおもしろい。対家族限定でわたしの声は無音だ。ちょっと超能力っぽい感じがする。軍事利用できるかもしれない。


 玄関のほうが騒がしい。姪のあーちゃんと母と父が帰ってきたようだ。


「ただいま~!」

「ただいま」

「おかあさん、おばちゃん、ただいま」

「あーちゃんおかえり。ただいま言えてえらいね」


 あーちゃんをわしゃわしゃするとキャッキャと笑った。超かわいい。鼻水凄いけど全然許す。


「あーちゃん、じいじとばあばには?「ただいま」言えるかな?」

「おばあちゃん ただいま」

「おかえりあーちゃん!かわいいねえ~。ほら、じいじは?」

「ただいま」


 父はちょっと残念そうにしている。あーちゃんは父に対してそっけないのだ。拗ねたのか、父は2階の書斎に引っ込んだ。


「あーちゃんはなかなかじいじって呼んでくれないわねえ」

「だってじいじはおじいちゃんじゃないもん」

「あーちゃん、ツラに騙されちゃあいけないよ。あのおじいさんはよくお若いですねって言われていい気になっているけど、きちんとジジ...お年寄りだからね」

「でもおじいちゃんじゃないもん」

「ええ...あーちゃん意外と見る目が無い説...?どうしよう姪まで男運悪かったらおばちゃん悲しいんだけど。ちょっとお姉ちゃん、ねえ、お姉ちゃん、お姉ちゃ、...もー、マジで誰もわたしの話聞かねえなぁ...」


 あーちゃんはまだ「だっておじいちゃんじゃないよ?」と言っている。とりあえず手洗いうがいをするために手を引いて二人で洗面所に向かう。

 いらついてうっかり幼児の前で乱暴な言葉を使ってしまって少し焦った。


 だから背後で母が真っ青になっているのも、その母の顔を不思議そうに見上げているあーちゃんの無垢な表情にも、スマホを見たままの姉が小さく嗤ったのも、わたしは気が付かなかった。


 まだ何も知らないわたしは、姪とふたりで丁寧に手を洗い、仲良く口に含んだ水をガラガラ鳴らして、キャッキャと笑った。

読んでくださってありがとうございます。m(_ _)m

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