幽霊についての考察 その2
僕とFはその日、珍しく二人でホラー映画を見ていた。
こんな事は滅多に無い。Fはそういった創作物を嫌っていたからだ。
Fは僕の友人で同級生の男の子。まだ「子」と呼んでも差し支えない年齢のある夏の終わりに、僕はレンタルビデオ屋でホラー映画のDVDを借りてきて、見る前にFを誘ったのだ。
「やだよ、そんなの」
最初、電話口のFは取りつく島もなくそう言い放った。
でも僕はしつこく食い下がった。今年流行った1番怖いと言われるホラー映画。なんとしても見てもらいたかったからだ。
Fはいわゆる「見える人」だった。幽霊と呼ばれるものが見えて、ごく稀にだが声も聞こえるらしい。
そんなFだから敢えてホラー映画を好んで見ようとはしてこなかったらしい。以前からどんな反応をするのか興味があったし、この最恐と名高い作品ならばあの小学生の頃から小生意気さを兼ね備えたFのビビる姿も見れるかもしれない。そんな悪戯心もちょこっと覗かせた僕の誘いは本当にしつこかったと思う。
「わかった、わかったよ。仕方ないなぁ。これからお前ン家行くからちょっと待ってて」
しばらく押し問答した後にFはそう言って折れてくれた。やった!と、その時の僕はとても喜んだ記憶があるが、今にして思うと完全に弟扱いされていたのかも知れない。
しかしこうして僕とFの珍しいホラー映画の視聴会は始まったのだった。
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まぁ、怖くは無かった。本当だ。
オカルトマニアの僕にとってはこの程度・・・なんて・・・事は・・・ない、はず?
すみません嘘です。
いや、めっちゃ怖いんですけど。
こんな髪振り乱した幽霊が現実で追いかけてきたら絶対泣く。遠隔で扉閉めて開かなくしたり包丁飛ばしてきたり、電気消したり。こんな無敵の幽霊に勝てるわけないじゃん。
夏も終わりだというのに冷や汗でびっしょりになった僕がふと隣のFを覗き見る。きっとFもビビってるはずだと期待して横目で見てみると・・・
薄暗い部屋の中でFはつまらなそうに目を擦っていた。
これにはかなり驚いた。怖がるどころか眠くなるレベルだなんて。もしかしてFはもっと怖い目に日常的に出会って見慣れているのではないだろうか?と、そちらの方が気になったくらいだ。
「怖くないの?」
僕は小声で聞いてみた。
「ああ、怖くない」
「なんで?めっちゃ怖いじゃん」
「作り物だからな、お化け屋敷と一緒」
僕にとって映画の中の幽霊は”もしかしたらこんな怖い事が自分の身にも起こるかも知れない”と、思わせるくらいのリアルな存在だった。
話題作と言われているだけあって完成度も高く、とてもじゃないが作り物と一蹴できるようなモノではない。過去数々のホラー映画を見てきた僕でも心底震え上がる出来栄えだ、と思う。
そのような内容のことをFに伝えると、
「だってこんな幽霊いねーもん」
と、言われた。それは幽霊を見慣れているFならではの意見だろうか?幽霊を見てきた経験上のものだろうか?なら、今までまだそのような凶暴性を持った幽霊に出会った事が無いだけで、日本のどこかには激しい恨みを持った超能力まで使える幽霊がいるかも知れないじゃないか。
「いや、俺が見た事ない、という訳じゃなくてこんな幽霊は存在しない」
「なんでさ」
「前にも言ったかもしれないけど」
そう言ってFは髪の毛をボリボリと掻いた。
「幽霊は基本的に非力だ。鉛筆一本動かす力だって無いんだ」
「でもさ、ポルターガイストとかよくある話だろう?念じたら飛ばせるんじゃ無いの?」
髪の毛を掻く手が止まる。
「そうか、まずは認識の話をしようか」
何か確信がある時のFだ。
「よく考えてみろ、Y。お前はお皿を飛ばす時にどうやって飛ばすんだ?」
「こうやって、かな」
僕はフリスビーの要領で手を振って見せた。
「だろ?なんで幽霊になったら手を使わないで飛ばす発想になるんだ?」
「あ、そうか」
「幽霊が振りかぶって投げてたら笑えるだろ?でもそうじゃない発想には元が人間なら行き着くはずが無いんだ。きっと投げようとする。でも触れない。物を投げようとする幽霊は見たことないけどきっとこれを繰り返すんじゃ無いかな。それに例えば・・・俺たちが座ってるこのソファはどうやって投げる?」
「無理だよ、持ち上がらない」
「だろ?なんで筋肉のある人間が持ち上げられないものを掴むことすらできない幽霊が持ち上げられるって思うんだ?幽霊は基本的にモノを持ち上げられない。触れることもできない。俺が見てきた幽霊は”ただそこにいるだけ”だ。幽霊ってそういうモノなんだと俺は思うぜ」
でも、でもさ?
もしかしたら人間にはまだ隠された力があって、死ぬ事、肉体から離れる事によってそういった超能力に目覚めるかも知れないじゃん?
と、反論するとFは一旦、そうかも知れないな、俺も死んだ事がないからその後のことはわからん、と同意して、そのあと「でもな」と返してきた。
「でもな、Y。ここからは理論的に”幽霊はあり得ない力を手に入れる事ができるか?”を考えていくぞ。
今の現実社会から見てみて、幽霊が力を持っているというのは考えにくい。というのが俺の考えだ。
なぜって、便利だからさ。
死んだら力が強くなる、現実世界にいられて触れ合うこともできるなら、みんな死んだほうが便利だろ?」
目から鱗が落ちる音がした。
え?ちょっと待ってそんな理由?
「死ぬこともない、永遠にそばにいられてコミュニケーションが取れるならみんな死んでも家族のそばにいるよな。仕事だって死んだ方が効率的だろう?百歩譲ってデメリットもあるから幽霊になってまでやりたくない、としてもさ、世の中の権力者がわざと殺して利用しない理由が無いんだ。だってその方が効率的だからさ。
給料も要らない、暗くてもいいから電気代もかからない。念写すればコピー代もかからない。仕事は生きてる人間の10人分はできる。瞬間移動できれば出張も楽々。こんな便利な社員がいるなら殺してでも雇いたいというのが経営者の本音だろうし、そういったスーパー社畜幽霊が世の中にたくさんいてもいいじゃ無いか?でもそんな話一度も聞いたことないだろ?」
うーむ、言われてみれば確かにそのような・・,あれ?でも呪いで他人を滅ぼそうとしたなんて話も聞いたことあるし、とんでもない強いエネルギーがあると知っていてもまだ上手く利用出来てないだけかも知れないじゃないか、雷や地震のエネルギーみたいにさ。
口ではFに勝てないとわかっていても僕は精一杯の抵抗を試みる。
「う、怨みとか強い念を持ってないと幽霊にはなれない・・・とか?」
「一緒さ。極端な話、戦争で負けて殺された国はそりゃもう強い怨みを持ってるよな?戦争なら自然発生的に悪霊なんてポロポロ生まれてくるだろう。でも戦争で殺されれば殺されるほどその国が強くなるなら戦争で負ける国なんて存在しなくなる」
なるほど・・・確かにこの映画のようなスーパー幽霊が大量発生して戦争に使われればそりゃ強い。負けるところが想像出来ないしきっとどこの国の軍隊も使うだろう。使うのが人間の歴史で当たり前となっているだろうし、それなら“幽霊の反撃により奇跡の逆転勝利”なんて戦争の記録があってもいいはずだ。いや、その場合反撃された相手の国もまた強くなるから堂々巡りなのか?
「生きてる人間の方が幽霊より強い、俺の経験からもそうなっちゃうんだよなあ」
なるほどなあ、だからこの映画をつまらなそうに見ていたのか。Fの目には現実感が無さすぎたんだな。じゃあFは世の中のポルターガイストや呪いなんてものも本当は無いと思っているのか?
「んにゃ、それはあるんじゃないか?」
え、だって今幽霊は非力だって。
「幽霊の力なら出来んだろうさ」
そう言ったFの表情が少しだけ陰を帯びたような気がした。
「この世に起こっている現象を否定はしないよ。もし、そのような事が起こったのならば、きっと原因があるはずだし、それを幽霊と結びつけている今の風潮には否定的というだけさ。
俺はな、Y
ポルターガイストも呪いもあると思う。
ただ、もしそのようなものがあるとしたなら、きっとそれは幽霊以外の“ナニカ”の仕業なんだろう、と考えている。
神とか悪魔とか妖怪とか宇宙人とか人智を超えた存在なのかもしれないし、未知の科学現象かもしれない。呪いなんかはそうだろ?生きてる人間のかける呪詛は何かの力を借りたり、ある一定の法則があるように見える。お祓いもそうだな。
そこにたかが人間の幽霊が関わってくるとは思えない。
きっとそういう事なんだろうと思うぜ」
何度目だろう。ぐうの音も出ないとはこの事だ。
僕はホラー映画が好きで子供の頃からよく見ていた。そして今流れている映画もあれだけ怖かったのに、急に色褪せてしまったように見えるのはきっと気のせいでは無いのだろう。
僕はFをホラー映画鑑賞に誘ったことを少しだけ後悔していた。僕はきっとこの先の人生でホラー映画を心の底から楽しめる事は二度と無いだろうから。
「まぁ、そんな顔すんなって」
Fのカラカラと笑う声が聞こえた。
「怖い事なんて生きていればいくらでも起こるさ。幽霊なんかじゃなくてもな。まぁもしYが不思議で理論的におかしな現象に出会った時は今の話を思い出してくれればいいよ。
その時はきっと、人間では無い“ナニカ”が近づいてきている時だ。その時は全力でその場から逃げるんだぞ、Y。約束だぞ」
僕は急に背筋が寒くなり、大きな音で唾をゴクリと飲み込んだ。
幽霊はいる。それを大前提としてその他の超常的な存在も感じている。そんなFの世界に少しだけ足を踏み入れてしまった気がした。
そしてその時は僕たちのすぐそばまで近づいて来ているのだった。
この半年後、僕たちは山の中で不思議なものに出会う。Fが全力で逃げろと叫んで僕は息が続く限りに走った。
あの時の素早い(僕にしては)反応はきっとこの日のアドバイスがあったからだと思う。
僕はたぶん一生このアドバイスを忘れない。
僕たちの世界には、人間以外のナニカがいる事を僕たちはもう知っているのだから。




