しょんぼり
アンソニー爺さんちの垣根に縋りついてまるまったマットと少し話した。
言われたことは、マットが一番感じてることだから。卵が孵化しないかも、見初めてもらえないかも、といつも不安で独りの時はグルグルグルグル気持ちが空回りして苦しい。一緒に授業を受けている時や浜で製塩してる時は気持ちが紛れるから、ちょっとマシだった。
うん。シングルタスクでどっちかだけでいっぱいになるんだね。分かる。集中しないと塩が指先に寄って来ないから、塩のことだけ考えるのが良いよ。卵は、思いを寄せてもかえってくるものじゃない。
マットの塩の結晶は、また独特で卵とかピーマンにみたいに薄い中空の塊で現れる。ごく細かい結晶が外側だけに連なってマットの指先に着いてくるのを小さな両手で上手にキャッチしてて可愛いのだ。水気は程なくして切れる。そしてカシャンと崩れる。鶏卵の殻のカケラのようにその場に残骸然としてあるので、毎回形を保てないか悩むマットだが、わたしたちのローテーションチームの中で彼の塩が一番人気なのだ。細かめで使いやすい、量の加減がしやすい。それまではミラおばさんのフレーク状の塩が溶けやすいと人気だった。水面に薄氷が張るように針のような細い塩が指先を中心に液面の揺れていた。初めて見たとき、水盤を覆う半透明の結晶が美しくてウットリした。ミラおばさんの塩は都に納める品物の筆頭で特に高級品として珍重されているという。食材の旨みを引き立てる角のない塩味だそうだ。液面の薄氷っぽい繊細な塩は網杓子でワサワサと容赦なくかき集められて水気を切ってしまう。あんなに綺麗なのに。
そして翌日は浜に降りる日だ。階段の手前で鍋を被り、重装ブーツを履き、昨夜トムに補修してもらった衝立も持つ。軽量化するために葺いてある板は薄いので、魚が刺さり過ぎると割れる。到着時に刺さった魚を干しがてら小屋の周囲に置く。滞在中、小屋のダメージを軽減するためにも持参の衝立でガードしている。帰りにお土産増えているのはままあることだ。
衝立の中空の部分には枯草と魚竜の鱗のカケラが詰めてある。海の中で死闘を繰り返す魚竜の鱗は丈夫なので、装備品に加工する。防具とか磨いて裏に金属箔をつけて鏡にする。顔出すと魚が撃ち込まれるから柄付きの鏡を盾から出して覗くのだ。鱗には魚は刺さらない。刺さるような鱗なら生きてないだろう?切り端も少しでも突き刺さらないことを願って衝立の中に入れるのだ。
歩きにくいブーツで慎重に階段をおりる。玄いざらりとした踏面は大きめで一歩づつ足を進める。一人づつ並んでゆっくり進むので、緩く崩れている脇の崖に生えた薮に白い五弁の花がいくつも咲いているのも眺められる。木苺なら残念だ。足を踏み込んだら落ちちゃうから、ぜったい取りに行けない。
トムがわたしの前を行く。
木道の手前でわたしを待っている。先導の大人はユムシを煽っているところだ。
そのとき、今日はなぜ岩が赫いのか?と目を疑う。
岩は波打つように細かく振動している。のではなく、ザワザワとこちらに向かって動いてる。赫いのは岩じゃない。いつもの玄い岩が向こうでは露出している。こちらに向かっているのは赫いフナムシだ。
なぜ?
なぜ フナムシは向こうに逃げない?
こっちまで突っ込むのはどうして?
なんででもいいやもうくるなよ
やばい へんなこえでてるんじゃない?
すいながらのどからこえでてるんじゃない?
ヒァァァ。。。フヒュゥゥゥ。。。
「グローバー?」
後ろから降りてきたマットが喉を鳴らすようにグフグフと不快な笑いかたをしている。これは言いふらされる。
フナムシって向かって来るのがイヤ
ニンゲンのほうが重くてデカいからフナムシにびびることはない。というのは知っててなおイヤ




