デコxベティ
甲羅にめぐらせたロープと牽き具でベティ号と荷車が接続される。ベティ号は甲羅が高く足回りがしっかりしたとても立派な陸亀で、アンソニー爺がうちのベティは金色の甲羅が美しいと言い張る、濃淡のある琥珀色の亀だ。公園の築山型滑り台が歩いているような怪獣感があって最高にかっこいい。
甲羅に渡したオレンジのロープには鈴とか焦茶の小さな袋がくくりつけられている。袋の中身はベティのオヤツだって。
今日は日帰りで隣の集落まで届けにゆく。その間卵の見守りは亀仲間のレイチェルおばさんが請け負っている。子供が侵入して抜け駆けしようとした挙句卵がダメになった惨事があるのだ。
重量で軋む荷車を曳いて悠々と発進するベティの勇姿に見送りの子供たちはうっとりだ。リックリックと歩く様子は見飽きない。騎乗して甲羅の上で上下にブレるアンソニー爺さんはアレで乗り物酔いしないそうだ。それを聞いたとき最高に尊敬したよ。
琥珀色の甲羅の縁取りは明るいレモン色で甲羅にいくつもあるコブのグラデーションが美しい。それを引き立てる金色の鈴。オレンジの綱。アクセントに散らすオヤツ袋の焦茶。アンソニー爺さんはベティを飾るのに余念がない。だが、わたしならベティは緑の綱と紫の袋でもっと華やかにデコりたい。クリスマスオーナメントみたいなのとか。
「マットはベティのドレスアップ考えたことある?」
都電並みの速さを誇るベティの後姿を見送るマットに声をかけると首を捻る。
「オレは自分の東風の装備のほうばっかりだなぁ。あと食餌とオヤツ。。。。訓練のスケジュールもか」
まだ見ぬ亀に名前、ついていた。しかもマットのくせにわりとまともなことをいう。
前に長くてめんどくさい家庭の事情って端折った話をしよう。まともなことをいうと、海からこれだけ迫られてなお人類が存続しているのは、こっちにもチートがあるからだ。魔法アリだ。
水という水にちゃっかり居着く連中と日々対峙している、というのは、コップの中や水瓶に金魚がいる状態で飲めるか?水槽の水で飯が炊けるか?そういうことだ。もちろん嫌なので紛れ込んだものはやっつけるし水はキレイにしたい。そういう魔法。そしてもっと積極的に対決できる魔法があるのだ。が!有っても必ず勝てるわけじゃない。魚竜みたいなのが浜に打ち上がるから存在は知ってる。あんなのとは戦えない。それでも数年に一度くらいは危機的な敵襲に遭っている。
犠牲が出る。そうでなくてもヒトはわりとちょいちょい死ぬ。海からの怪異に襲われただけじゃなく、病を得たり、山で滑落したり、野生動物にやられたり、喧嘩をしたり、老齢を待たずに逝ってしまう。ヒトはだいたい1年近くかけて妊娠出産をするが、そのとき一人増える。稀に多胎もあるけど、年に一人増やす。
人口増を望んでも、毎年は出産できない。身体の負担が大きい。しかも女しか産めない。女でも出産可能な年齢が限られていて、さらに健康であることが必須。なぜなら、出産は身体が弱るから。
斯様に増えない集落の大切な人員。夫が防衛で亡くなったから、残された妻子が飢えて弱るような境遇にはしないと先々代が宣言して、書類上の家族に迎えたのだ。遺族の住まいと職と子の養育を先々代が担う。女世帯とみくびられないように、子の就業の際にも亡父の挺身が報われるように、先々代の名を使うようにした。分家といえど一族の名なので、この一帯で就業したなら、粗略には扱われない。
もちろん、妻が残された僅かな物とささやかな思い出と夫の名を守るという場合でも、住まいも子の養育への助成はある。新しく家族を作ることも妨げない。
そういう母たちの長屋がわたしの家の近くにある。父はそこに通わない。見えてる地雷原に飛び込む気はないと言う。兄にもその恐ろしさを詳細に語って聞かせている。母が、母たちが家族を失った喪失感を共に聞き支えている。その妻を蔑ろにしてまで得る快楽や感動はないからな、と折にふれて聞かせている。妻だけに気持ちを捧げ贈り物をして情を交わしているだけで幸せなのだから。
各情婦の機嫌を伺い、贈り物の格付けの諍いを調整して、逢瀬の不公平感がないようにしつつお前だけが特別。情婦たちに引っ張りあいされるほど愛されてる実感サイコーっ!みたいな泥沼ハーレムが好きな人もいるらしいけど、うちの家族は感覚があわない。
ね。めんどくさい話でしょう?
次話 24日朝6時すぎです よろしくお願いします