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海からの尖兵

 ベティ号の卵はまだ孵ってなかったけれど、マットは未練がましく小屋の見えるところでモジモジ立ったり座ったり跳ねたりして持ってきた棒をヒュンヒュン振り回したり地面をつつき回し過ぎてて折って叫んだりと鬱陶しかった。アンソニー爺にまたパシリをさせられても推定卵所在地を見つめていた。アンソニー爺は今だけお使いに不自由しない。毎日子供が喜んで届け物をしてくれる。パンも焼きたてを走って届けにくる。モテモテ。

 孵化しても亀が見初めてくれるとは限らないし、運送業の適性がある亀とも限らない。日向ぼっこ好き個体はわりと多い。パイロットは選ばれし勇者のお仕事と言われる所以だ。

 マットは放置することにして、トムの仕上がりを見物する。アンソニー爺の家の周りは木を伐採しただけの草むらが雑に広がっていて、街道まで見渡せる。ゴロつく石や切り株があって足元は悪い。そこで指導を始めるサムは負傷で兵役を引退して、こうした後進の指導に当たっている。体格も良く見込みがあると選ばれたトムはわたしのお守り兼個別指導で実践訓練中。

 あんな刃物を振り回して危ないと思う。ハラハラするけど、どうやらこれが普通らしい。ちょっと引くよね。足元の草むらに目をやり、カマキリとかバッタくらいいないか。と子供らしいことを考える。

そう。まだ七歳だからね、短く刈った髪は柔らかくくるくるの巻き毛で紅色。袖を捲るとそばかすのある白い腕に生えている産毛もよく見ると紅い。

 空にかざすとキラキラと紅が透けてとてもキレイ。腕越しにトンボか蝶でも飛んでいれば良いんだけど、なんかウンカっぽい?蚊柱?が見えるくらいだ。蚊柱だから輪郭が曖昧なんだけど荷車より太くてドングリの木より高いから異様。

「サムー!すごい蚊柱ァァァ!!」


 あれはね、違ったよ。蚊じゃなくてゾエア。カニとかの幼体。海水浴でチクチク刺さったことは有るだろうか?透明で見えにくい、ちりめんじゃこに混ざっているやつ。アレが溜池の上に群れていた。

 水中にいるものだと思っていたのが間違い。この界隈ではいろいろな生き物が隙を突いては陸に進出してくるのが普通だって。確かに、ウナギも池から出て道でウニュウニュしてるのは浜名湖界隈の常識だ。

 サムはゾエアが刺さると痛いから、と爺さんにも警告してそそくさとおいとまする。

「坊ちゃんもマットも危ないから水に近寄らないようになさって。トムも水辺は不用意に動くと膝からした持っていかれるぞ」

 海から離れても川を遡ってくるし、ゾエアみたいな風に乗って侵入してくるって。今だって戻る畦道の先に転がっているのはスライムじゃなくてナマコ。黒紫のイボがしっかりしたまあまあ上等なやつ。先に気づいたマットと競争で駆け寄りカルタ取りみたいにそれぞれの網を突き出す。ビュッと水を吐くナマコの攻撃から身を逸らした隙にナマコはマットの網に転げこむ。吐くのが酸混じりなので浴びたくないのだ。

 マットは腰の壺にナマコをそっと入れる。酸は雑草の駆除に使うと便利で、ドクダミとかミントとかホウズキみたいな宿根草のしぶとい系もカタバミみたいな小さな粒の球根をワラワラ散らして逃げおおせる系にも使える。ただし液を所持していると畑の草むしりを言いつけられるので、面倒くさい。


これから帰宅する家についても、なにも言ってないね。記憶にある自室とはずいぶん違うんだけれど、グローバー的には「‥‥ふつうのいえ?」特筆すべき施設や自慢するような豪華さがない認識なので今まで意識していなかった。でも、周りの七歳男児に聞いてみればいい。

ゆうくんち、どんな?って詮索がましいことを訊ねても

こくびを傾げて、え?ふつう。くらいしか返って来ないし、なんなら34歳児ですら言う。

首都圏沿線の1K築深、駅まで徒歩15分コンビニは駅から戻る途中に2軒ある。軽量鉄骨の立体長屋に服と本と調理器具と趣味の資材を溜め込んだあの自室。アレは……。え?ふつうの汚部屋?

 それとはまず大きさが違う。築年数なら何倍も違うビンテージ石材建造物は小学校くらいの大きさで緊急時にはここに集落住民が避難できる広さのホールを備えている。体育館付きの校舎みたい。

あの日、トイレの床が石って言ったけど廊下も部屋も石材で、大理石みたいなオシャレ石材じゃなくてもっと固い暗灰色の岩。天井が高く石の連なるアーチで支えられている。ダークカラーの室内で圧迫感が出そうだけれど、面積も広く天井も高いのであまり感じないのと自室の内装は木材もあしらってあるのでグローバー的にはふつうなんだろう。オシャレ建築様式もなにもない無骨な石積みで長年の風雪に晒されてしみた雨垂れ模様の縦縞がさらに威容を増しているのでガーゴイルが付いてなくて本当に良かったと思う。古くなって擦り減ったガーゴイルのついてる建物って一層迫力が増してオバケが出る前にもうチビるほど怯えるわ。

 集落は木造平屋で家の周り特に海側にしっかりと石積みの防壁を設けている。沖縄の台風に耐える家みたいに塀に庇われるように作られている。海とうちの間には防風林と野菜などの畑があり海からの湿った風や霧でしっとりと育つので美味しい。麦などはもっと海から離れて街道よりで育てている。


築深は不動産広告では見ないけど 築浅物件はオススメに多く掲載させてますよね。

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