大好き
甘いものが足りない。毎日、足りない。
甘葛を煎じて煮出したシロップ。鼻に抜けるちょっと青くさい草っぽい匂いと爽やかな独特の風味と口中にしっかりした甘味。冷たい井戸の水で割って喉を反らして飲み干す。ひんやりが胸を伝う感じ。
このあいだ摘んだ甘葛は皆がそれぞれの家族に分けてしまったから、いくらにもならなかった。兄や父は本家の方で砂糖も入手しやすいはずなのに、それはそれ。こっちで採れる甘葛は特別。そう言ってはせびって行った。半分とは言わないし、村にはない釣り針やペンやお下がりのナイフもくれたから、うちの兄はいいやつなんだろう。
でも。甘いもののことを考えていると、夢の中にまで出てくる。
起きたあともしばらく、喉の奥にからむような甘みの記憶。
次、刈りに行くまでに間が空くので、別の甘味を調達しよう。そうしよう。なんで思いつかなかったかな。暑いと甘いものがいっそう美味しくなるよね。
エールがあるなら、モルトが絶対あるはず。どこだ。大麦を出せっ。パントリーや納屋、物置、ストックのありそうなところを覗いてまわる。母たちの作業場など通りかかるときはいつ見咎められるかドキドキしたけど、シャベルと麻袋を小道具に携える演技が功を奏したと思う。バレてない、よね?
モルト飲料も甘いとは思うし、健康に良さげではあるが。でも!もっとべったり甘いものが欲しいので、大麦のモヤシを調達するのだ。
わりと手順は難しくない。作り方をまとめて書くと
・大麦を水に浸す
・芽が出るまで置く
・広げて乾かす
・臼もどきで潰す
・鍋に入れて湯を足す
・ぬるいところに置く
・しばらく待つ
・布で漉す
・鍋に戻して火にかける
・焦がさないようにかき混ぜる
途中で何度か匂いを嗅ぐ。
草っぽさが抜けて、甘い気配が立てばいい。
ならなくても、そのまま煮る。
こんな感じ。難しくないんだ。
煮詰めれば飴になるし、そのままなら甘い湯だ。
芋の澱粉が麦芽によって上手く分解されているなら甘い。そうあるはずだけど。
もしもダメでも、まだ次にも機会を狙うし。麦芽と芋、わたしが容易に手に入れられるものだ。
物置から持ち出した桶に大麦を入れて井戸水に浸す。ぷくぷくと気泡が立つ。石で重しをして、直射日光の当たらない納屋の隅へコソコソと隠す。翌日、さらに翌日。何度も目を盗んで様子を覗きにゆくと、麦殻の隙間から白い芽がつん、と顔を出す。見つけた瞬間、胸の奥がきゅっとする。
甘さの芽だ。
「なにこれ」
マットが覗き込む。おい、なぜいる?
「モヤシ」
「食える?」
「たぶん」
「じゃあ食おう」
「干す」
マットにとりあうことなく、広げた簀の上で芽吹いた麦を干すと、匂いが変わる。草と粉と、まだ名前のない甘い予感。アサが鼻を近づけて、ふんふんと息をかける。おまえもなぜ?
少し齧って、首を傾げる。嫌いじゃないけど、夢中でもない。山羊は正直だ。
乾いたモルトを石臼で砕く。粉になりきらない粒が残るのがいい。鍋に入れて水を張り、火にかける。目立たないよう裏庭に隅でこっそりやっていたつもりなのに。芋を蒸し、砕いたモルトを混ぜた。温度を保つように芋の入った壺を藁で包んでわたしの小さくなったシャツを着せ、古シーツを巻く。見つからないように物置の奥に隠す。物置の中にいい匂いがした。
次の朝、トムが薪をくべ、サムが火加減をみる。マットは落ち着かず、周りをうろついては何度も鍋を覗く。壺の中の芋がシャバシャバの汁となんかになっていたのを布で濾しわける。その汁をこうして煮詰めている。
じわり、と甘い匂いが立つ。
砂糖の直球じゃない。遠回りしてくる甘さ。喉の奥で広がるやつ。甘い。夢にまで見るというのだろうか。
芋粥の話を思い出す。
木べらで底をなぞると、鍋の中身が少しだけ重くなる。色も、わずかに深い。指先についた一滴を舐める。熱い。甘いかどうかは、まだ決めない。でも喉の奥に、消えずに残る感じがある。薪をひき出して火を弱め、また混ぜる。焦がしたら全部だめだ。もそもそと背後で気配が動くが、誰も口を出さない。
次回2/14 バレンタインです
皆さんは準備しましたか?わたしは羊羹を買いました。なんかもう迷走してよくわからない。。。




