1-7
リューが吠え、双銃を一斉発射すると、ふたつの銃口から巨大な竜巻が生じ、無骸霊を呑み込んだ。
凄まじい力を内包する竜巻は、無骸霊のみならず、周囲の木々も巻き込み、まとめて吹き飛ばす。
「無骸霊がわずかに圧されてる……期待してなかったけどすごいわね。流石は戦闘狂。まぁ一旦森をめちゃくちゃにしたのは置いといて」
「もっと素直に褒めろよ! ツンデレなんて今どき流行んねぇぞ!」
「……リューはすごいね。ネルポイント+100」
「ほら見ろトウカ! ネルはお前と違って素直でかわいいぞ!」
「……でも今トウカをバカにしたからネルポイント-1000」
「やべぇ選択ミスったか」
「……女の子を比較するのはナンセンス、だよ」
「ほんとノンデリよね。フーリンもこりゃ苦労してるわ」
「あーもういいからお前ら援護してくんねぇか!!??」
トウカやネルと掛け合いをしながらも彼は復帰した無骸霊と互角の勝負を繰り広げていた。
しかし流石に消耗したのか、次第にリューの息は荒くなる。
「ネル! ギブアップってことだから一発デカいのぶち込んでやって!」
「……かしこまった」
言われ、ネルは右腕の臨界巨星を思い切りスイングする。
風を切るそれはリューの頭上をギリギリで通過し、無骸霊を横から殴りつけるが、無骸霊は当たる直前に後方へ高速で移動し、躱した。
「うぉ危ねぇ! 当たりそうだったぞ今!」
「……じっとしてて。下手に身動きすると本当に当たるから」
「怖いこと言うなよな!?」
「……それだけ信頼してるってこと、だよ」
「嬉しくねぇ!」
喚くリューを無視し、ネルは改めて臨界巨星を構える。
「……本命はこっち――“終焉巨星”」
掌から放つのはブラックホールキャノンだ。
小さな黒球が左手側から発射され、無骸霊は正面から大剣でガードした。凄まじい威力だが、無骸霊の黒い炎は黒球を呑み込み、さらにそれを上回るエネルギーで凌駕する。
「……“終焉巨星”セカンド」
しかしネルはもう一方の臨界巨星の掌部にチャージしたままのブラックホール弾を保持したまま、それを直接無骸霊に叩きつけた。
「……わたしの攻撃を防いだ……!?」
しかし直撃の直前、無骸霊の周囲から高出力の霊子が噴き出し、壁となって、臨界巨星を押し返す。
「ネル! 屈んで!」
「……トウカ!」
言われた通りネルが屈むとトウカは彼女の頭上を飛び出し、黒い炎の壁に向かって己の霊能を発動する。
「――斬り咲け、“鉄華”!」
直後、黒い炎を突き破り、いくつもの刀の刃が地面から生成され、それらが花弁のように折り重なって鉄の華を形作り、無骸霊を呑み込む。しかし、
「この力は……!?」
直後、鉄の華は黒い炎の爆発で内側から吹き飛んだ。
その中から姿を現した無骸霊は当然のように無傷だった。
「あれでもダメなの……!? なんなのよアンタは……!?」
「……すごい霊子の反応……ヘタな霊子炉より出力が高い……」
「おいおいなんだよコイツ……Sランクはあるヤバさじゃねぇか?」
動揺する一同だが、無骸霊の霊子出力はみるみるうちに上昇し、莫大な熱量が地面を赤熱化させ、周辺の草木を焦がし、3人の肌を炙る。
トウカたちが息を呑む中、無骸霊はおもむろに大剣を天高く持ち上げ、その刃を炎を収束させていく。
全高100メートルには達するであろう、黒い炎の柱が生じた。
あれが振り下ろされればこの一帯が丸ごと吹き飛ぶのは想像に難くない。
「……まずいよ。攻撃が来る……みんな構えて!」
無理だとわかっていてももう遅い。
無骸霊は躊躇いなく、大剣を振り下ろす。
「――ッ!」
3人は息を呑む。
しかし無骸霊が繰り出そうとした攻撃は、直前で食い止められた。
無骸霊の炎を凌駕するほどの“血”が無骸霊を呑み込んでいたからだ。
「“アイツ”が来たのか!」
リューが吠える。
「拮抗……いえ圧している……!」
トウカは驚愕に目を見開く。なんとか“血”の拘束から抜け出した無骸霊だったが、その周囲に無数の“血の槍”が生じ、じわじわと“無骸霊”を追い詰めていくからだ。
「……やっぱり圧倒的だね、“彼”は」
続けて無骸霊の前に突如として“血の津波“が生じ、無骸霊はそれを真正面から炎で押し返す。
しかし血と炎が相殺し、掻き消えるとその内側から黒い“影”が高速で飛び出してきた。
「――ッ!」
無骸霊が大剣で迎撃するが、黒い“影”はそれよりも速く、懐まで入り込むと槍で無骸霊の胸を貫いた。
すると無骸霊の全身を包んでいた赤黒い霊子の炎が弱まり、消えていく。
「……無骸霊の反応が消失……」
ネルは茫然とした様子でホログラムウィンドウのステータスを告げた。
「待たせてすまない。無事か? お前たち」
「さすが“吸血鬼”だな……つくづくお前が仲間で良かったと思うぜ、ヴラム」
立ち尽くすリューたちのもとにゆっくりと歩いてくるのは黒コートを羽織った金髪の男、ヴラムだった。
彼は仲間の無事を確認するようにその場にいる全員の顔を一瞥する。
「いやーヴラムがすぐ近くに居て助かったわ。必死になってイノリを背負って走ってたらルミアと一緒に居たからさ。んで、ルミアにイノリは任せてこっちに案内したってわけ」
「……ナイス、フーリン」
「ネルいえーい! もっと褒めて褒めてー!」
右手をbの形にしたネルに対し、フーリンはピースで応じる。
「あちこちで湧いている無骸霊狩りに勤しんでいたんだが、例の“怪獣”の反応と、それとは別に気になる霊子の反応を感じたものでな。それでフーリンがイノリを背負って現れたもので、急いでここに来たんだ」
「……ものすごいバイタリティね。私たちには到底無理だわ」
トウカは改めてCLOUD最強と称されるヴラムへ畏怖に似た感情を覚えた。
「……あれ? 刺された筈なのに生きてる……? 傷も残っていないし」
ネルが倒れている少年をまじまじと観察する。
彼の胸は上下しており、ヴラムによって貫かれた筈の胸にも傷は一切見当たらない。
「ん? その男は……」
するとヴラムは意識を失って倒れている少年の顔を見、彼が誰なのか思い出した。
「何か知ってるの?」
「まぁな、数時間前に駅で少し話しただけだが……」
続けてリューがとある異常な点に気づいた。
「おい待ってくれ……コイツの霊子反応が正になってるぞ!?」
「……そんなのはあり得ない……あれは間違いなく負の霊子反応だった……」
「それってつまり……無骸霊から人間に戻ったってこと? 冗談でしょ……?」
一同はざわめく。
これまで幾度となく無骸霊と戦ってきた彼らにとってこれは初めての異常事態だった。
「じゃあコイツは何だって言うのよ……!?」
「……ふむ。面白いな」
一同はヴラムの顔を見て驚く。
何故なら普段笑わない彼が珍しく笑みを浮かべていたからだ。
「この男はAIZがなるべく無傷で確保するべきと判断した存在だ。無骸霊との戦いを終わらせる鍵になるかもしれない」